退屈しのぎの一団の話 11
「じゃあ、語りますね……」
ヤンがこう切り出したところで、扉を叩く音がロビーに響いた。一旦話を止め、カールが扉を開く。そこには、武装した兵士が数名立っていた。その奥には、鬼の形相をした太鼓腹の男が立っていた。何事か、と一同は騒めく。
「ここに、ヤンという子供はいるか?」
兵士が重苦しい口調で答えた。一斉に、一同の目がヤンに集まる。わけがわからないまま、ヤンはキョロキョロと周りを見回す。太鼓腹の男は、指輪が入りきっていない人差し指をヤンに向けて叫んだ。
「あ、お前だなぁ!その胸にかけている宝飾を盗んだのは!」
「はぁ?」
ヤンはいつになく間抜けな声を上げた。ぽかんと開いた口には、パンが一片入りそうだった。
霙が振り込むのを気にしながら、カールが切り出した。
「つまり、ヤン君が、盗みを働いたと?」
カールが尋ねると、太鼓腹の男は頷いた。ヤンに兵士達の矛先が向けられる。ヤンは狼狽えてはいるが、太鼓腹の男の方をじっと見て眉をひそめ、首を傾げている。
「まぁ、落ち着けって。お前の言ってるのは、こいつが首に下げてるこれだろ?盗まれたもんなら、裏の装飾がわかるよな?」
ピョートルはにやり、と笑った。太鼓腹の男は、拳を握りしめ、当然、とばかりに叫んだ。
「それには大きな百合の紋章が刻まれている!王御用達のものだからな!」
ピョートルがくるり、と首輪をひっくり返す。そして、にやり、と笑った。
「これ、百合に見えるか?」
一同はその宝飾を見る。ヤンが息苦しそうにしていたのを見て、ピョートルは手を離した。
「太陽、ですかな」
アブラヒムが言った。一同は頷く。カールはヤンの首に下げられたものをそっと外し、太鼓腹の男の前に堂々と見せた。
「こちらでしょうか?」
太鼓腹の男はぽかんとしている。パチン、という薪の音が部屋に響いた。
しばらくそのまま装飾を見ていた男は、兵士達に何かをささやいて、途端に部屋の中を見た。
「これは、失礼しました……。申し訳ない」
ヤンに向けて深々と頭をさげると、彼らは去っていった。一同はほっと一息ついて、席につき直した。カールが首飾りをヤンに手渡す。ヤンは、少し震えていた。
「もう、来たんだ……」
ヤンがポツリと呟くと、カールは一瞬ヤンの方を向いたが、黙ってカウンターの方へ向かって行った。
マルガレーテがヤンの背中をさすった。ヤンは恥ずかしそうに顔を下げ、席につき直した。
「明日には、勅令が降りるでしょうか」
アブラヒムはのんびりと口を開いた。
「樽の水が、随分減っている」
ジェームズは樽の中身を一瞥して呟いた。一同は、樽の方に目を向けた。ピョートルが深いため息をつく。マクシミリアンが手を挙げた。
「ちょっと休憩しましょうかねー、いや、語り手が疲れていてはいい話などできませんから」
アブラヒムが黙って頷く。霙の入った扉の前を拭くカールが、一時間後にお呼びしますよ、と言った。一同はそれぞれ部屋へと向かって行った。ヤンだけが、窓の外を不安げに見つめていた。
三十分経つと、マクシミリアンはロビーに戻ってきた。そこには、不安そうに外を眺めるヤンの姿があった。
マクシミリアンは暖炉の近くに置かれた薪を黒い灰の中に放り込むと、火起こしで火を起こした。
「風邪引くよ。ただでさえ、外があの通りなんだから」
ヤンはハッとしてマクシミリアンの方を見た。追い詰められた小鹿のような、怯えた表情をしている。マクシミリアンは至って冷静に、いつも通りの商談用のの笑顔を見せた。
「あぁ、ごめんよ。考え事かい?」
ヤンは首を横に振った。マクシミリアンは暖炉の火を眺めながら、目を細めている。木の焼ける匂いが部屋にほんのりと漂いだした。
「ところで、ヤン君。君はカールさんと出会ったのはいつなんだい?」
ヤンはぴくりと動き、マクシミリアンの方を見た。暫くの沈黙の後、ヤンは周りを見渡してから、絞り出すように言った。
「カールさんとは、前にもお話しした通り、学生寮の閉鎖の際に、お世話になることになりました」
「違うね。君は嘘をついている」
「どうして?」
ヤンが不安そうにマクシミリアンを見る。それに言葉を返すでもなく、彼は口角をつりあげた。チャポン、という音が鳴り、ヤンが立ち上がる。マクシミリアンはロビーの方を向いた。カールが、水のようなものを持って立っている。ヤンは、固まって、悲鳴のような高い声を出した。
「カールさん、どうでしょうか?ヤン君は是非、私の小僧に雇いたいのですがね」
マクシミリアンはカールに鋭い目を向けながら、商談用の笑みを浮かべている。カールは首を横に振った。そして、ヤンの座る席のすぐ隣に座り込んだ。
「残念ですが、彼は学生でしてね。所在の知れない、外の商人になる気はないようですよ?」
カールはヤンを一瞥した。ヤンの首筋を汗が伝った。体がガタガタと震えている。マクシミリアンはヤンの頭を撫でて、その耳元で囁いた。
「カールさんとは随分と長い付き合いのようですね?」
ヤンが頭を抱える。絹製の服の首回りが重たそうに汗を吸い上げている。暖炉の火が、ゴォ、と声を上げた。風が吹き、ガタガタと窓が揺れる。
「おや、暖炉が暑すぎるようだね。少し、火を落とそうか」
カールが暖炉の火を消した。傾きかけた陽が窓の外を赤く染める。荷馬車が宿の前を通り過ぎた。カールはヤンの右手を取り、マクシミリアンを一瞥すると、受付の机の奥にある、扉に顔を向けた。マクシミリアンは、商談用の笑みのまま、ヤンの左手をとった。ヤンの手はじっとりと濡れていた。
「カールさん、いかがでしょう、奥の部屋で少しお話をしませんか?」
「マクシミリアンさん、世の中には金で買えないものがありますよ」
カールが咎めるように言うと、マクシミリアンは怪しく笑みを浮かべた。
「ふふ、貴方がそれを、いうのですね」
カールがヤンの手を引っ張る。三人はロビーを離れ、受付の扉の奥へと、姿を消した。
薄暗い部屋へと入っていった三人を、私は見逃さなかった。ヤン君は明らかに怯えていたし、マックスの笑みは明らかに異様なものだった。私は、扉に耳を当てた。中から密かな声が聞こえる。
「その手を離してください、マクシミリアンさん。いい加減にしなければ、私にも考えがありますよ」
「今、宝飾の所有権は私にもあるのですよ」
宝飾?ヤン君の、宝飾のことだろうか。私は逸る気持ちを抑えながら、より強く扉に耳を押し付けた。
「私は貴方が信用できない。確かに、貴方は数々の土地で金を稼いでいた。然し、ヤン君はそうではない。そうでしょう?」
「大丈夫ですよ、彼のことはしっかり、送り届けますので」
送り届ける?彼は、この町の学生だったはずだ。なぜ、送り届けるなどというのか。私は、扉越しの言葉を待った。然し、暫くは声がしなかった。そして、私の肩に何かが当たった。私は一瞬背筋が凍ったが、直ぐにいつもの調子に顔を整えて振り返ると、そこにはイワンがいた。
「あまりいい趣味ではありませんね」
イワンが小声で呟いた。私は誤魔化すように笑う。イワンの顔はいつものように強張っている。
中からこちらに近づく音がした。イワンは私の手を引くと、無理やり椅子に座らせ、自分は暖炉の前に陣取った。
「あぁ、暖炉が付いていませんね。寒かったのでは?」
私が呆気にとられていると、マックスとカールが部屋から出てきた。イワンは、二人に軽く頭を下げた。マックスは、少し汗をかいているようだった。イワンが暖炉の方をまぶしそうに眺めている。
「マクシミリアン様、カールさんと商談ですかな?」
マックスは眉を少し歪ませる。
「ええ。そんなところです。いやぁ、いい話ができましたよ」
マックスは頭をかいて笑っている。
私は思わず叫びたくなるのを堪えた。
「ヤン君、いつもはそろそろ夕食を運んでいる時間ですが、遅いですな」
イワンが何気なく言った。マックスの顔があからさまに強張った。暖炉に目を向けていたイワンがゆっくり振り返る。
「おや、何か?」
マックスは強張った顔を何とか直し、後ずさりをしながらドアノブに手をかけた。
「カールさんが呼んでいるので、少し失礼しますね」
その直後、怒号が響いたのを聞き、イワンが外へ飛び出していった。私は一人、ロビーに取り残されて突っ立っていた。声を聞きつけたのか、マティアスとジェームズが階段を駆け下りてきた。
「マルガレーテさん、何かあったんですか!?」
私は、受付の先にある扉を指差した。 それを認めたマティアスがその扉を開けようと恐る恐るドアノブに手を近づけた。その直後、マックスとカールが扉を思い切り開け、マティアスの鼻に扉が直撃した。マックスとカールはイワンがそうしたのと同じように、外へ飛び出していった。マティアスが鼻を抑えながら、玄関の方を見ていた。鼻血がポタリと落ち、慌ててジェームズがハンカチと雑巾をマティアスに差し出した。外の霙が、吹雪に変わっていた。その後、一同はヤンの姿を見ることはなかった。




