異世界召喚
「くっ……」
ゆっくりと意識が覚醒していき、光に眩んだ視界が帰ってきた。
辺りを見渡すとむき出しの岩肌が見える。どうやらここは洞窟の中らしい。
「地下牢……か?」
とも思ったが鉄格子のようなものは見当たらない。牢獄とするにはずいぶんと無防備すぎる。
と、不意に背後に人の気配を感じ振り返りざまに銃を突きつける。
「せ、成功じゃ……!」
そこには見慣れない老人が立っていた。
まるで古い物語に出てくる魔導士の様に足元まですっぽりと覆うローブにごつごつとした大きな木製の杖を手にしていた。
「お前は誰だ、ブラザーフットの人間ではないな?」
老人は銃を突きつけられているというのに臆せずに近づいてくる。
それどころか表情には安堵したかのような笑みさえ浮かんでいる。
「ぶらざーふっと? はて、それはなんの事ですかな」
老人はルーカスの目の前まで歩み寄ると……。
「異なる世界の勇者様よ、どうか我らの世界をお救い下さい」
跪き、深く頭を下げた。
「は?」
ルーカスは銃を撃つことも忘れ、間の抜けた声を上げる。
「王がお待ちです、謁見の間へご案内しましょう」
突然の事に理解の追い付いていないルーカスを置いて老人はすたすたと歩いていってしまう。
「おい待て、ここはどこでお前は誰だ」
仕方なく後を追いながらルーカスが尋ねる。
「これは自己紹介が遅れまして。 ワシは王宮魔術師長のシャールと申します」
そういうと老人……シャールは扉を開けた。
薄暗かった洞窟に光が差し込み外の景色が目に飛び込んでくる。
「そして……我らが王国、シーデルフ王国へようこそ、優者様」
そういって振り返り、深く頭を下げるシャールの後ろには巨大な扉があった。
「それではこれより国王陛下よりお聞きください」
装飾華美な巨大な扉が開かれるとそこは巨大な広場だった。
おそらく世界を探してもこれほど広い部屋はそう無いだろう、天井には巨大な怪物と戦う人々の姿が描かれている。いくつもある窓は全てステンドグラスがはめ込まれていて、端から物語のようになっているようだ。
「おお……貴方様が此度召喚されたという勇者様ですかな……」
そんな広大な広場の中央、周りよりも一段高くなったところに王は座していた。
その椅子もまた装飾の施された豪華なもので、座っている人間の地位の高さを物語っているようだ。
「私はこのシーデルフ王国の国王、ウィスト=アルベルト=シーデルフと申します」
そう名乗った男……この国の王、ウィストは座したまま軽く会釈をした。
「俺はルーカス。 勇者かどうかは知らないが、気付いたらここに連れてこられていた」
辺りの様子を伺いながら一礼する。
周囲には武装した近衛兵と思わしき兵士達が数十名。一人を相手にするにはいささか多い気がするが、相手がこの国の最重要人物だと考えると妥当なのだろうか。
「突然の事で未だ混乱しておられると思います。 まずはそのことについて謝罪を」
今度は立ち上がると深く頭を下げる。
なるほど、さっき座ったままだったのは国王という立場上で、今度は立ち上がったのは個人的な謝罪……ということだろう。
「いや、いい。 命があるならそこまでのものじゃない。 それよりも説明をしてもらいたいのだが」
ルーカスがそう答えると少し安心したかのように微笑み、再び玉座に腰掛ける。
「そうですな、まずはそこからでしたな。 まず貴方様はこことは異なる世界より呼び出された存在……それは、薄々察しているとは思います」
異なる世界……確かにここはルーカスがいた場所の周辺には該当しない。 それに道すがら見た限りでは電気はなく、さらに外には近代的な建物は見当たらなかった。
「なるほど、これが手の込んだドッキリでなければそういうことか」
「ええ、この世界を救って頂きたく、貴方様の世界より呼び出させていただきました。 この世界にはそういった術が古来より伝承されておりまして……」
王はどのようにして俺を呼び出したか自慢げに語り出した。 正直、何を言っているかよくわからない。
「待った。 そのさっきから言ってる世界を救う。 それはどういう意味なんだ?」
長くなりそうだった説明を遮り、気になっていたことを聞いてみる。
「王の話を!」と周りは少しざわついたが、聞いても分からないことを話されても時間の無駄だ。
「おお、これは失礼。 ではその辺りも含めてご説明致しましょう」
王が手で合図を送ると近くにいた兵が地図を持ってきて広げた。
見たことのない地図だ。 ここが異世界だというのが本当なら当たり前のことだが。
「まずはこちらをご覧頂きたい。 その地図の右側に最も大きく広がっているのが我が国です」
そういわれ地図を見る。 見たことのない文字で地名が書かれているようだが、読めない。
しかし最も大きな範囲の国はすぐに見つかった。 どうやらこの王国は地図の右半分、その三分の一ほどを占めているらしい。
「そして左側を見て頂きたい」
視線を左側に移す。 そちら側は……
「空白?」
中間あたりは少し描かれているが、その先は空白だ。
「そちら側は魔の領土……我々と永く争っている魔族の領域でございます」
魔族……またずいぶんとファンタジーな用語が出て来たものだ。
「そちらに行った者は帰ってこず、未だにどのような場所なのかわかっておりません」
なるほど、いわば未開の地。 ……じゃあ地図のスペースいらなくないか……?
などと思ったが口にするほど野暮ではない。 いずれそこも領土にするとかそんな思惑だろう。
「そこより襲ってくる魔族、今までは我々だけで対処出来ていたのですが……」
周りの兵士達も渋い顔をしている。
「最近になって強くなった、または数が増えた、だから他の世界から戦力を呼び出した、そういうことか?」
「おお、さすがは勇者様ですな! その通り、ここ最近奴らの動きが活性化しておりまして、過去最大の侵略を許しております」
兵士がまた別の地図を見せる。
その地図では中央よりやや右側が黒く塗られていた。
「そこで勇者様には奪われた土地の奪還、そしていずれは魔の領土……魔界の制圧をお願いしたいのです」
ところで、俺は勘が良い方だ。 今まで何度も自身の直感に従って命を繋いできた。
その俺の直感が告げている。 これは何かおかしい、妙なことがある、と。
「その依頼を受けるかどうかの前に、いくつか質問をしたい」
この抱いた違和感を拭うためには情報が足りない。 この話の裏を見るには聞かなければならないことがある。
「もちろん良いでしょう。 我々に分かることなら何でもお答えしましょう」
「まず、相手はどんな姿形をしてるんだ? まさか戦った、見た者が全員死んだなんてことはないだろう」
周りの兵たちが当然だ! と言わんばかりに口を開く。
「奴らは我々とそっくりな容姿をしている!」
「しかし奇妙な術を用い戦う卑怯な者どもだ!」
「されど我ら誇り高き王国騎士団! あのような者どもに負けるはずはない!」
一つ、ピースのはまったような感覚があった。 なんとなくこの話が見えてきた。
「なるほど、次に俺についてだ。 たしかに一般人よりは戦えると思うが、なぜよりにもよって俺なんだ? 呼び出すなら傭兵だとかその辺りの方が適任だろう」
暗殺や情報収集というった事ならば俺の専門分野だ。 しかし話を聞く限りではどうも表立って戦わせたいような言い方だ。
「それは……分かりませぬ。 我々の用いた召喚の儀ではその時に最も必要となる技能を持った勇者が呼ばれるとしか伝えられておりませぬゆえ……」
また一つ、ピースがはまった。 俺の予想が正しければ、これは……。
「なるほど……ではこの依頼は魔界を獲ってくる、そう理解してよろしいのですね?」
「おお……!おお……!では、行ってくれるのか勇者よ!」
王がこれ以上ないほどの喜色を表す。
それはそうだろう。 彼からしてみればこれで世界を獲ったも同然なのだから。
「ええ……やり方を任せて頂けるなら、ですが」
対して俺は、実に爽やかな……内面はどうあれ、爽やかな笑みを浮かべるのだった。