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異世界聖拳伝承 勇者エクスパンダー×爆空!!  作者: ふじわらしのぶ
序章 最後の魔槍 ~ 新しき道。未来の可能性 ~
7/14

幼き日々との別離

みんなはホットケーキミックスを使ってホットケーキを焼いてね!

 爆空はフライパンを用意した。


 この時代にはガステーブルは存在しないので台所に作られた暖炉が使われた。


 暖炉はガスコンロに比べて火の調節がとても難しいので、この場においてのみ爆空の母親が直接監修することになった。


 フライパンで何かを焼く時も母親が手伝うと言ったのだが、爆空は頑としてこれを断わった。

 

 爆空の母親であるメリンダは心配そうに息子の姿を近くから見守る。


 だが、爆空は今年六歳になったばかりなのだ。


 食器の後片付けを手伝うことはあっても子供一人では台所で火を扱うにはまだ早すぎる年齢だったのだ。 

 さらに後ろにはメリンダと爆空の姿を見守る倫空の姿があったのは言うまでもない。


 「まずはフライパンを暖めろ。火加減はそうだな、水を落としてすぐに蒸発するくらいだ」


 爆空は母親が火を入れてくれた暖炉に備え付けられた専用の台の上にフライパンを乗せる。


 普段は母親が何気なしに料理をしているのを見ていたが、実際に暖炉の前に立つとかなりの熱気を感じた。


 とても熱い、爆空は思わずその場から離れてしまおうかと思った。


 しかし、母はいつも家族の為にここで一生懸命になって料理をしてくれているのである。


 母の厚意に報いるためにこの場から一歩も退くことは出来ない。


 セシルの為に、父の為に、そして恩師リュウ・パンパンの為にも目的を果たすためには一歩も今は我慢しなければならない時なのだ。


 全身を汗まみれにしながら爆空は熱気に耐えた。


 次第にフライパンも加熱され、いっそ手放してしまいたいくらいに熱くなっている。


 爆空は再び、全身に喝を入れる。爆空は自分は何の為にここでこうしているかを考えた。


 「そろそろフライパンに水を垂らしてみろ、ゆっくりだぞ。爆空よ、先程から何やら苦しそうだが。どうだ、熱いか?」


 この師匠は不甲斐無い己の性分を見抜いている。


 この程度の熱さで怯むような軟弱者に指導を受ける資格はない。


 そう考えた爆空は生まれて初めての虚勢を張った。


 パンパンの厳しい態度を伴った質問に対して、爆空は不敵な笑みを浮かべながら答える。


 「僕は大丈夫です、お師匠様。パントーネ村で過ごす夏はもっと暑いですよ」


 「その意気や良し。さっさと水を入れてしまえ」


 爆空は匙で掬った水をフライパンの中に投げ入れる。


 水はジュっと音を立てながら、すぐに水蒸気に変わってしまった。


 これでパンケーキを焼くことが出来る。


 爆空の苦労は報われたのだ。


 爆空は砂糖とミルク、そして小麦粉がほどよく溶かれたパンケーキの原液が入ったボウルに向かって手を伸ばす。


 しかしその時、リュウ・パンパンは爆空を大声で叱りつけた。


 「愚か者め。誰が生地を焼けと言った!まずはフライパンの上でバターを溶かしてからだ!」


 「申し訳ありません。お師匠様」


 「フライパンに集中しろ、爆空。今お前は火を操り、パンケーキを作ろうとしていることを忘れるな。かつて人は火をその手にすることを許されなかった。だが、今のお前は神の定めた理に背き火を手にしているのだぞ。ここにいる爆空という存在は無力な子供ではない。神に背き、人の英知を受け継ぐ立派な大人だ。加熱されたフライパンを手にしながら別のことを考えるな」


 爆空は師匠の言いつけ通りにフライパンに全神経を集中させた。


 直接ではないにしろ暖炉を伝って火の熱気が感じられる。


 「バターを落とせ」


 爆空は加熱されたフライパンの上にバターを静かに落とした。


 高温で熱せられたバターはすぐに溶けて固体から液体に姿を変える。


 爆空も母親が調理している際に何度か見たことがある光景である。


 しかし、いざ自分の手で加熱されたフライパンの中で溶け出しているバターの姿を見るのとではわけが違った。


 食材が調理加工されて料理に生まれ変わっているのだ。


 やがて溶けたバターの芳醇な香りが爆空の臭覚を刺激する。


 今この瞬間、爆空は一人では何も出来ない無力な子供から自らの力で世界の有り様を変えることが出来る大人の世界に踏み込んだことを実感した。


 「爆空よ。溶けたバターの大いなる使命を己の手によって導け。回せ、フライパンを。握ったフライパンを手首だけで円を描くように回すのだ。横にだ」


 爆空はパンパンに言われた通りにフライパンを回す。


 フライパンの中に円を描くように、だが決して溶けたバターを外に出してしまわないように。


 「よし。一度、火からフライパンを遠ざけろ。次にヘラとパンケーキ生地の原液を持って来い」


 「とうとう焼くのですか!?パンケーキをッ!」


 「そうだ。お前の手でパンケーキを焼くのだ。パンケーキ原液を見事焼き上げて、パンケーキ・ドラゴンに生まれ変わらせるのだッ!お前の手でッッ!!」


 ある日、川を泳ぐ一匹の鯉が己の運命に目覚めた。


 鯉は己の意志だけを頼りにして天を目指して滝を登り続ける。


 幾多の試練の時を乗り越えて鯉は滝を登り、ついに天にまで達した。


 その時、鯉は己の姿が変わっていることに気がついた。


 もはや自分は鯉ではない、命尽きるその時まで天を翔る龍だ。


 龍はやがて蛇に似た体を蒼穹で一周させて、一個のパンケーキへと変じるのであった。


 「パンケーキッッ、ドラゴンッッ!!!!」


 爆空の背に雷鳴が落ちた。


 作りたい。


 雲と風を纏い、天を自在に翔るパンケーキ・ドラゴンを何としてでも自分の手で作り上げたい。


 かつて自分の人生でこれほどまで何かを欲したことがあっただろうか。


 爆空は原液の入っているボウルをすぐに持って来た。


 もう誰にも止められない。僕がパンケーキ・ドラゴンの創造主となるのだ。


 「おたまを使え。最初は少しずつ、ゆっくりと原液を流して行くのだ。やれるな?」


 メリンダは急いで台所にあるおたまを爆空の為に持って来た。


 そして、爆空は母親から受け取った鉄製のおたまを握り締め、ボウルの中に沈めていった。


 乳白色のパンケーキ原液をおたま一杯ぶん、掬い上げる。


 原液はボウルの中で立つくらいの理想的な粘度を保っている。


 さらに幸運なことに忌まわしいダマは出来ていない。


 この原液の完成度ならば、理想に近いパンケーキを作ることが可能だろう。


 パンパンは爆空の技量に満足した。


 「フライパンを台に戻せ。それでは、おたまをフライパンの中に傾けろ」


 「はいっ!」


 爆空がボウルとおたまを持っていたので、フライパンは父親の倫空が暖炉の上に置かれた調理台の上に置いてくれた。


 パンパンと爆空は爆空の両親に感謝した。


 爆空は片手に持ったおたまをパンパンの指示通りにゆっくりと傾ける。


 そして、乳白色の液体をフライパンに落とした。


 フライパンの上に落ちた乳白色の液体は真下から暖炉の熱を受けつつ、小さな円状に広がる。


 「爆空よ。おたまを回しながら、ゆっくりとパンケーキを広げつつ厚みを作り出して行くのだ。終わりの時は私が告げる」


 爆空は無言のまま、また一度おたまをボウルに入れた。


 そして、適量の原液を掬い上げてから再びフライパンの中に回し入れる。


 これは月だ。例えるなら、それは秋の名月。


 爆空は自らが作り上げた満月を欠けさせないように、ゆっくりと原液を垂らし続けた。


 「もういいぞ」


 「はいッ!」


 「後はフライパンの余熱で生地を仕上げる。フライパンを台から引き上げるがいい」


 爆空は台からフライパンを引き上げた。


 鉄製のフライパンは余熱でパンケーキの生地を温め続けた。


 暖炉はヒーターやガスコンロと違って火の分量を調節できないので、少しの熱量で調理したい場合はフライパンの余熱に頼るしかないのだ。


 爆空はフライパンの上で片側だけ焼きあがったパンケーキを見た。


 これは終わりではない。む


 しろ本番はここから先に存在するのだ。


 爆空は今すぐにでもひっくり返してパンケーキを完成させたいという衝動を押さえ込んだ。


 「皿を用意しろ」


 「お師匠様、もう出来上がってしまったのですか」


 「否。パンケーキを両面焼きにする為の工夫だ。まずはへらを使って焼きあがったパンケーキを皿の上に乗せろ」


 爆空はへらをフライパンの底に当てながら少しずつパンケーキの生地を剥がした。


 パンケーキ生地は溶かされたバターでコーティングされた上に余熱で焼き上がっているので容易に剥がすことが可能な状態だったが、フライパンはかなり古い道具である。


 ここで生地がフライパンにくっついて不恰好になってしまっては今までの苦労が台無しになってしまう。

 

 爆空は細心の注意を払いながら皿の上にパンケーキを乗せた。


 おいしそうなキツネ色に焼きあがったパンケーキが皿の上に乗っている。


 だが、これはあくまで半分だけ焼き上げたにすぎない。本番はこれからなのだ。


 「フライパンの上に皿をひっくり返してパンケーキを戻せ。それから少しだけ台の上にフライパンを上げるのだ。今度は少しだけだ」


 爆空は再び、フライパンの上に未完成のパンケーキを戻した。


 そして、フライパンを暖炉に置かれた台の上に戻す。まだ子供の爆空にはとても熱かった。


 しかし、彼は決して弱音を吐くことはない。


 火傷になってもフライパンから手を放すつもりはなかった。


 今の今まで自分を見守ってきてくれた両親の、師匠の、セシルの信頼に応えるためにしっかりと両手でフライパンを握った。


 やがて、パンパンからフライパンを台から遠ざけるように言われた。


 爆空はフライパンを持ったまま最後の作業に移る。


 焼きあがったパンケーキを皿の上に盛る時が来たのだ。


 このパンケーキが臥龍のまま終わるか、昇竜となって天を翔け上がるのか。


 今、パンケーキの運命は爆空の意志一つに委ねられた。


 爆空は最後の作業の前に目を閉じて、これまでの苦労を思い出す。


 粉を混ぜ合わせる。


 フライパンを暖める。


 暖めたフライパンにバターを落とす。


 生地を焼き上げる。


 どれも今までの人生で未経験の出来事だった。


 自分の力だけではここまで来ることは出来なかった。


 他人の力を借りなければ、己の意志一つすら完遂することが出来ない。


 だが、多くの人々に支えられてここまで来ることが出来た。


 爆空は深呼吸をする。


 ここで失敗するくらいなら自分は生きている意味はない。


 爆空は決死の覚悟を以って今、フライパンの傾けながら皿の上にパンケーキを乗せる。


 上下が逆転し、最良の状態で少しだけ表面が焦げたパンケーキが皿の上に乗せられた。


 「おおっ!」


 「まあっ!」


 見たこともない料理の姿に爆空の両親は感嘆の声を上げる。


 少し薄めのパンのようでいて、ふっくらとした外観の美しさ。


 そして、鼻腔をくすぐる芳醇なバターの香り。


 それは、倫空とメリンダが今まで見たこともないようなご馳走だった。


 否。目の前のごちそうよりも、これを作った爆空の成長を二人は喜んだ。


 あの弱気な爆空が自分の意志で何かを成し遂げたのだ。二人にとってこれほど嬉しい出来事はなかった。


 「見事だ、爆空よ。このパンケーキ、初めてにしては上々の仕上がりと言わざるを得まい。精進するがいい」


 「お師匠様」


 「胸を張れ、爆空。お前は子供なりに努力して一つの功を成したのだ。今、弱気になってはせっかくのパンケーキが泣くぞ?」


 爆空は泣いた。


 それは悲しみの涙ではない。


 生まれて初めて己の力で何かを成した自分に対する喜びの涙であった。


 そして、リュウ・パンパンも必死に涙を堪えながら弟子の成長を祝福した。


 この他者を労わる優しい心と強い意志を持つ爆空こそがファイティングカナブン・アーツの後継者にふさわしい人間であることを再認識したのであった。


 そんな感極まる光景の中、両親が爆空の前に現れる。


 両親ともに皿の上のパンケーキを見て、その出来具合に感心した。


 倫空はパンケーキを指でさしながら、流した涙を拭う爆空に訪ねる。


 「ところで爆空。これはいつ食べるんだ?」


 「いつって、これはセシルちゃんのお見舞いに持って行くつもりなんだけど」


 爆空は両親にも後でパンケーキを作ってあげるつもりだった。


 「あのな。セシルちゃんの家にお見舞いに行くのは明日だぞ」


 「あっ!」


 見舞いの期日を忘れたつもりはなかった。


 しかし、パンケーキを作る作業に熱中するあまりセシルの都合をすっかり忘れてしまっていたのだ。


 爆空とパンパンはは頭の中が真っ白になってしまった。


 その後、致命的な記憶ミスで気落ちする爆空は両親に慰めながら、その後、出来上がったパンケーキを三等分して家族みんなで食べた。


 パンケーキの材料はまだ残っているので、セシルの分は新しく作ればいい。


 爆空は前向きに考える事にした。


 こうして爆空は次の日、早起きをして前日に作ったものよりも出来のいいパンケーキを焼き上げるのであった。


 それから爆空は両親と三人でお昼頃にセシルの家に出かけた。


 三枚に重ねたパンケーキサンドを持って、爆空はセシルの喜ぶ顔を思い浮かべながら。


 そして、三人はセシルの家に到着した。セシルの母親は娘の見舞いに来てくれた爆空とその家族を歓迎し、すぐにセシルの部屋まで案内してくれた。


 そして、爆空の持って来たバスケットの中にあるパンケーキを見てセシルが歓喜の声をあげる。


 「すごい!このパンケーキ、どうしたの?」


 「爆空がセシルちゃんの為に早起きして作ったのよ。とってもおいしいから食べてね」


 「これを爆空君がセシルの為に作ってくれたの?すごいわね。セシル、爆空君にちゃんとお礼を言わないと駄目よ」


 いざセシル本人を前にすると爆空は赤面して何も喋れなくなってしまったので、代わりに母親がセシルと彼女の母親にいろいろ説明してくれていた。


 爆空とセシルの父親は居間の方で何か話し合っているようである。

 

 セシルは爆空と一緒に居間へ移動して、同じテーブルで一緒にパンケーキを食べるように言ってきた。


 その時、玄関先で会話していた倫空とセシルの父親が家の中に戻って来た。


 母親譲りの快活で優しそうな風貌のセシルとは違って、彼女の父親はどこか神経質な雰囲気でどこか陰のある顔立ちの男だった。


 父親の姿を見つけて、セシルは心配そうに声をかけた。


 「お父さん。私……」


 「セシル。爆空君にはまだ言っていないのか」


 「はい。言っていません」


 先程まで明るい雰囲気で話していたセシルが落胆していた。


 この父娘おやこの間一体、何があったのだろうか。


 セシルの父親は社交的な性格ではなかったが、理由もなく他人に叱責したりするような人物ではないことは爆空も知っていた。


 爆空の不安な様子を見たセシルの父親はばつの悪そうな表情になった。


 「すまない、爆空君。君がせっかくセシルを心配して見舞いに来てくれたというのに、私がセシルを叱ったりして。私は外に散歩に行っているから君たちはゆっくりしていってくれ。本当に申し訳ない」


 セシルの父親はそう言い残して、外に出かけてしまった。


 「うちのお父さんがごめんなさいね、爆空君。今、何か飲み物を用意するからメリンダさんも、倫空さんもイスに座ってくださいな」


 セシルの母親もハーブティーを淹れる為にキッチンへと引っ込んでしまった。


 居間にはセシルと、爆空、そして爆空の家族だけが残される。


 セシルの表情はすっかり暗いものになってしまった。


 両親が居間から姿を消してしばらく時間が経過した後に、セシルは涙を流しながら、爆空に告げた。


 「爆空君。私ね、お父さんの仕事の都合で遠くにお引越しすることになってしまったの。パンケーキ、作って持ってきてくれたのに。本当にごめんね」


 そして、ついには両手で顔を押さえて泣き崩れてしまった。


 「え?」


 爆空は一瞬、セシルが何を言っているか理解出来なかった。


 爆空はセシルの為にパンケーキを作った。


 自分の作ったパンケーキで少しでも彼女が元気になってくれたらという思いを込めて。


 彼女が元気を取り戻したら、今度は自分から遊びに誘おうと考えていた。


 パンケーキが上手に焼けたら全てが良い方向に流れていくはずだった。


 爆空は己の無力さに奥歯を噛み締める。


 自分は無力な子供のままだった。


 目の前で泣き崩れる幼馴染の女の子に何もしてやることのできない、以前と変わらない意気地無しのままだったのだ。


 その日はそのまま、セシルの家でハーブティーをご馳走になり、爆空たち家族は家に帰って行った。


 引越しの日取りなどの説明をセシルの母親から聞かされていたが全く覚えていなかった。


 爆空は家に帰った後に両親と会話する事はなかった。


 無言のまま夕食を終えた後、彼は部屋の中に戻る。


 そして、自分の部屋でパンパンの魂が宿る黒パンを前にある決意を語った。


 「お師匠様。僕はもう決して人の前では泣きません」


 爆空は両目に涙を溜めて、パンパンに語った。


 小さな肩を震わせて、身を引き裂くような悲しみを必死に堪えた。


 「爆空よ。お前の身に何があったかを聞くほど私は無粋ではない。だが、世の中には自分の思い通りにならないことは山ほどある。それはこれから先、嫌というほど思い知らされることになるだろう。男子が涙を断ったくらいでどうにかなるほど世の中は甘くはないぞ」


 パンパンはその気になれば爆空と記憶を共有できるが、今回はあえてそうしなかった。


 しかし、爆空の身に何があったかぐらいは理解できる。


 おそらくそれは親しいものとの突然の別離。パンパンにも同様の経験があった。


 「僕を強くしてください。涙に負けないように。セシルちゃんの悲しみを、どこかの誰かの悲しみを受け止めてあげられるくらい強い男に僕はなりたい。ならなくちゃいけないんだっ!」


 ついに爆空の両目から涙が溢れ出した。


 これが人前で見せる最後の涙と言わんばかりに。


 リュウ・パンパンは爆空にかつての自分の姿を重ねる。そして、厳しい口調で爆空に告げた。


 「聞けい、爆空よ。強さとは諸刃の刃。私がお前に教えてやれる強さとはそういう種類のものでしかない。私の知る限りでは、この世に正しい強さなど存在しない。強さとは常に誰かを傷つけるものでしかない。お前はそれでも私の元について強さの何たるかを学ぼうというのか?この問いかけに己の命を賭けて答えてみせろ、爆空・バーンズ!!」


 爆空は涙を止めた。


 それは幼い爆空の決心が、己の無力に打ちひしがれる弱いの心を乗り越えた証拠だった。


 彼はもはや己の無力に嘆く子供ではない。


 「はいッッ!!!お師匠様ッッ!!!」


 爆空は内なる烈火の如き決意を叩きつける。


 そして、今度はパンパンの番であった。この時に彼もまた腹を括ったのだ。


 この少年がこの先、どんな過ちを犯そうと最後までそれを見届ける生涯の師匠としての決意を。


 爆空という少年に運命に抗う力を授けること、これこそがパンパンの天から授かった新しい使命だったのだ。


 「ならばよし。今、お前の退路は断たれた。明日からは地獄のような修行の日々が続くことになる。覚悟しろよ、小僧」


 「はいッッ!!!」


 かつてリュウ・パンパンが生涯の恩師ミン・パオパオからファイティングカナブン・アーツを授かったように、今度はパンパンが爆空に奥義を授ける時が訪れたのだ。


 運命の皮肉に苦笑しながらも、パンパンは爆空の未来に希望を見出していた。


 血塗られた魔槍まそうと呼ばれたファイティングカナブン・アーツの歴史を変えるのは爆空である、と。


 その後、パンパンは明日からの修行に備えて爆空に今日は休むように言い渡した。


 爆空は再び、深々と頭を下げて寝る支度をした。


 この日、爆空は見ることが無かったが夜空に流星が落ちた。


 それは新たに生まれた師弟を祝福したものだったのかもしれない。


 それから数日経過した後に、セシルと両親は遠くの町に引っ越すことになった。


 セシルの家族を見送るために、その日村中の人間が村の出入り口に集まった。


 当然、爆空もセシルを見送るために集合場所に現れた。


 爆空は、荷馬車の前で浮かない顔をしているセシルを見つけた。


 そして精一杯の笑顔でセシルに己の内心を打ち明ける。


 「セシルちゃん、元気を出して。僕が大きくなったらきっと君に会いに行くから」


 「爆空君」


 「今より強くなって、君を守れる立派な男になるから。だから心配しないで」


 「うん。私も大きくなったらパントーネ村に帰ってくるから、その時はあのおいしいパンケーキをまた食べさせてね」


 「ああ」


 二人は最後に手をつないで、別れの挨拶をすませた。


 村長と村の人々に見送られながら、セシル一家はパントーネ村から旅立って行った。


 爆空はセシルの姿を最後まで見守ってから家に帰った。


 最後まで涙は見せない、セシルを笑顔で見送る。


 爆空は誓いを守ったのだ。


 そして、爆空は修行を続ける為に今日もパンパンの前に姿を現す。


 「今日もまた貴様の覚悟を見せてみろ、爆空よ!」


 「はいッ!」


 一人の男になる為に、己の無力に涙を流さぬ為に、今日も爆空は過酷な修行を続ける。

次回更新からは爆空の青年編が始まります。そして、予定通りに「白虎の祠」も始まります。それでは失礼します。

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