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異世界聖拳伝承 勇者エクスパンダー×爆空!!  作者: ふじわらしのぶ
序章 最後の魔槍 ~ 新しき道。未来の可能性 ~
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魔槍、果てる時

すごい時間を食ってしまいました。これも自分が無能ゆえにです。待っていてくれた読者様、本当にごめんなさい。次はなるべく早く頑張ります。

 獣よ、己に科せられた運命を呪ってくれるな。

 

 お前が呪うべきは邪なる気を纏う拳の使い手、ただ一人でいい。


 この凶にして猛なる技を前にして生き残る気概があるならば、死力を尽くして立ち向かって来い。


 お前の相手は魔を宿せし拳の使い手ただ一人なのだから。


 闇洞夜風イービルストリームより生まれた淀みきった大気が傷ついた野生の獣を魔の眷族へと変えた。


 これは誰の責任でもない。爆空やセシルが生きるこの世界においては運のめぐり合わせが悪かった、としか説明しようのない出来事である。


 だがしかし、リュウ・パンパンは運命の悪戯に憤りを感じずにはいられなかった。


 一人を生かすために、一人の命を捨てさせる運命が科した残酷な選択。


 だが、爆空少年は誰に文句の一つも言わずに自らの身を差し出したのだ。


 勇敢なる者の英断といえよう。しかし、彼はまだ子供なのだ。


 パンに転生してしまった自分は何もしないままで、少年は自らの魂が消滅する運命を選んでしまった。


 許せない。


 今ここに少年の肉体を借りて立っている己が、何よりも許せなかった。


 特に何か誓いを立てたわけではなかったが、リュウ・パンパンは人知を超越した存在によって新しい道を示された時に魔槍を使うことを自らに禁じた。


 この想いは今となっても変わることは無い。


 だが、今の今だけは違う。


 幼い少年との約束の為に、少女の命を守る為に、今この時の限りの中で禁忌の魔槍の封印を解き放つ。


 これが拳士リュウ・パンパンの最後の戦いになることを確信しながら。


 獣の方に向けられた爆空の左手は今にも爆ぜ飛んでしまいそうな闘志を隠そうともせず、ただ魔獣を威圧した。


 命の危険を感じた魔獣は巨体に宿る強力を鎌のように伸びた爪に収束させる。


 魔獣の前肢が乗せられていた地面は紙切れのように一瞬で引き裂かれた。


 真に恐るべきは魔獣の強力か、はたまたパンパンの魔槍か。


 爆空の幼馴染の少女セシルは少年の安否を祈りながらその場を見守る。


 そして、天の意思の代行者たる白き獅子は尊厳に満ちた眼差しで事態を推し量るばかりだった。


 魔獣の巨大な鎌のごとき爪が、爆空に襲い掛かる。


 それは勢いに任せて少年を魔槍もろとも叩き折ろうという算段だった。


 魔獣の咆哮があたり一体、森の木々と大気を震撼させる。


 それは地の底から吹き出る瘴気が獣に魔力を与えたのか。


 セシルは両耳を塞いで苦しそうにしながらその場でへたり込む。


 だが、パンパンの魂を宿す爆空の肉体は直立不動のまま轟音と暴風を受け止める。


 見よ、魔獣に向けられた彼の左の掌は恐るべき咆哮を受け止めているのだ。


 この小さな肉体のどこにそのような力が隠されているというのか。


 その時のリュウ・パンパンの頭の中には少年時代に師パオパオからファイティングカナブン・アーツの基本形を習った日の事が思い出される。


 左の掌で風を受け止めて、右の掌から受け止めた風の力を後方へと流す。優秀なカナブンは決して風に逆らったりはしない。


 風に逆らわず、だけどそのまま流されず自由気ままに空を飛ぶ。


 師のかつての教えを思い出して、パンパンは涙を流した。


 何度生まれ変わり、どんな姿になろうとも人と人に芽生えた絆は決して消えはしない。


 「偉大なる師よ。貴方の教えてくれたこの技で、私はこの小さな命を必ず守る」


 魔力を含んだ咆哮を受けてもビクともしない爆空の姿が魔獣の本能を激しく揺さぶった。


 弱肉強食は、この世界の絶対のルールではなかったのか。


 お前のような小さな生き物は、より大きな生き物の食料となることが逃れられぬ宿命ではなかったのか。


 魔獣は恐怖と困惑を打ち破るために、今度は両手を振り上げて爆空に向かって襲い掛かる。


 己が野生の熊であった頃はこれで大抵の敵は倒すことが可能だった。


 しかし、それは獣の浅知恵にすぎない。


 今、魔獣が戦っている相手はこれまで戦ってきた容易な相手ではないのだ。


 異世界に存在する武術の盛んなピザマーン帝国において屈指の実力者ばかりを集めた皇帝の命を受けた百人の刺客との決闘に勝利し、彼を捕縛するために集められた千人以上もの精鋭を倒した不世出の大拳士リュウ・パンパンその人なのだから。


 パンパンはひたすらその時を待った。


 魔獣の攻撃が自分の肉体に触れるその瞬間を。


 その時こそが魔獣の最後の瞬間になるのだ。


 そして、魔獣は関節を鞭の様にしならせて攻撃をしかける。


 それは異国の死神が持つという大鎌のような鋭い両手を重ねて振り下ろす攻撃。


 だが、彼は待ち続ける。魔獣の爪が彼に触れるその時まで。


 風を掻き分けて、魔獣の爪が爆空少年の額に触れた。


 とうとうその時が訪れたのだ。


 爆空の目がかっと開かれる。


 今こそ起死回生の反撃をしかける時なのだ。


 爪が額に触れた瞬間に爆空は小さな手で魔獣の手をしっかりと押さえる。


 魔獣の致命の一撃は、いまだ攻撃の型を成していないので彼を傷つけることはない。


 そして、そのまま魔獣の攻撃を相手の望むような最良の形で爆空の後方へと逃がした。


 魔獣はまたも驚愕した。


 魔獣の爪が爆空の肉体に触れたときに勝利を確信したはずだったが、今度は攻撃が当たったはずの爆空の姿が消失したのである。


 今の攻撃が少年の体に命中したなら、縦から爪に切り裂かれて地面に叩きつけられたはずなのだ。


 しかし、彼の姿は未だに見つけることが出来ない。これは一体どうしたことなのだ。


 なんと爆空の姿は魔獣の後方にあったのだ。


 彼は魔獣の片方の腕に両手を絡める。


 次いで相手の攻撃を寸前の間合いで受け止めて、手で掴んだ跡にそのまま身を捻り投げ飛ばす。


 天に向かって唾する者はその身に吐いた唾を受けることになる。


 これが必殺の当身返しの投げ技、デッドリーカナブンアヴェンジャーだッッ!!


 爆空によって極められた魔獣の手首は肩の付け根から螺旋の形に歪み、限界まで収縮されたゴム紐が元に戻ろうとするように旋回する。


 みしりみしりと不快な音を立てて、魔獣の剛腕の骨格は残すところなく粉砕、筋繊維は破裂し、大鎌のような爪は根元から捻じり折れた。


 そして、そのまま自らの放った攻撃の威力で爆空に背負い投げを食らわされる。


 これではいかに頑丈な甲殻に覆われていようと無事ではすまない。


 魔獣は地面に叩きつけられた衝撃で頭部を半壊させ、大量のどす黒い血を地面にぶちまける破目となった。


 だが、強靭な生命力を持った魔獣はここまで肉体を破壊されても死ぬ事はない。


 否。この場合は意識を失ったまま死ぬことができればどれほど幸福なことか。


 爆空は、リュウ・パンパンは知っていた。


 魔獣がこの程度の攻撃では死なないことを。


 彼はこの戦いに決着をつける為に死に損ないの魔獣に向かって歩き出す。


 魔槍の拳士の魂を宿す少年の大きな瞳にはこれから失われるであろう命への悲哀が込められていた。


 魔槍と呼ばれた左腕で魔獣の頭部を切断する。


 どれほど強靭な肉体を持つ生物でも、そこまでされれば二度と立ち上がって来ることはないだろう。


 消滅した爆空の魂に誓って、この場で踏みとどまることだけは許されない。


 この幼い肉体を血で染めることは許されないことだが、そうしなければセシルの命を守ることはできないのだ。苦汁の決断だった。


 「苦汁の決断とは笑わせてくれる。リュウ・パンパン。二度目の人生でまたもや同じ過ちを繰り返すのか」


 その時、またもや白い獅子の姿がパンパンの前に現れた。


 白い獅子は魔獣に止めを刺そうとするパンパンの間に立ちふさがった。


 これは一体どういうことか。


 あまりの突然の出来事にパンパンは白い獅子の姿に向かって疑問の視線を投げかける。


 爆空少年に自決にも似た覚悟をさせ、パンパンに魔獣を倒して少女を救うように仕向けたのは他でも無いこの白い獅子ではないか。


 「何を言うか。私がこの魔獣を倒すようにを焚きつけたのは貴方ではないか。神の使いよ、この後に及んで私にどんな非があるというのだ」


 「確かに私は目の前の障害を乗り越えろと言ったが、命を奪えとは言っていない。ここで踏み止まれ、リュウ・パンパン。この魔物こそが、かつてお前が殺した親友チャオ・ポッポの転生した姿だと言ったらどうするつもりだ?」


 クワガタ虫剣法の達人、チャオ・ポッポ、皇帝によって送り込まれた百人の刺客のうちの最後の一人。


 彼はパンパンの親友だったのだ。


 五体を貫く衝撃のあまり、パンパンは両膝を折る。


 白き獅子の一言が無敵の達人の闘志を打ち砕いたのだ。


 「嘘だっ!」


 パンパンは両手で耳を塞いで、白き獅子の告白を拒絶した。


 そんな事実は絶対にあってはならない。


 この醜い怪物が、あの心優しい親友であるはずがない。


 パンパンは未だ息絶えぬまま無様に足掻き続ける魔獣の姿を見る。


 必殺の威力を誇る投げ技によって頭を潰され、片方の腕が千切れそうになっても怪物はどこかに向かって進もうとしている。


 そして、そこはセシルがいる方角ではなかった。


 「目を開けてよく見ていろ。リュウ・パンパン。例え全身が魔に侵されようとも、このものは自分の巣に帰る為に必死なのだ。この者の帰りを待つ家族の為に」


 パンパンの親友ポッポには年老いた両親、ポッポの妻、そしてポッポ自慢の息子夫婦がいた。


 ポッポが愛する妻との間に念願の男子が誕生した時の彼の喜ぶ様は今でもしっかりと覚えている。


 パンパンにとってポッポと彼の家族は実の家族同様のつき合いがあったのだ。


 パンパンは刺客となったポッポを倒してしまった時から彼の家族のことは自然と考えないようにしていた。


 そんなことが許されるはずがない。


 パンパンは不幸続きの幼き日々を思い出す。


 戦争の被害が拡大して、戦場から逃げてきた兵士にパンパンの父親は殺されたのだ。


 それから間もなく故郷の村を敵国の兵士に焼かれ、祖父と弟のプンプンの三人で逃げた。


 祖父は逃避行の途中で風邪が原因で死んだ。


 残されたパンパンは人生に絶望して、弟と一緒に死のうと人気のない森を彷徨っていた時に同い年のポッポとポッポの父親と出会った。


 二人は身寄りのないパンパンとプンプンに不憫に思い、家に連れ帰ることにした。


 そして、パンパンとプンプンは家族同様の歓待を受けることになった。


 今でも決して忘れる事のない出来事だ。


 偏に自分が真人間として成長できたのはポッポ親子のおかげだと思っている。


 だが、そんな彼がパンパンに向かって放たれた百人の刺客のうちの最後の一人だった。


 その時、ポッポを目の前にしてもパンパンは事態を用意に受け入れることが出来た。


 皇帝のパンパンに対する執着心、どんな状況でもまず第一に家族のことを考えるポッポの性格。


 それらを考えれば不可避の状況でもあったのだ。


 だからパンパンとポッポのどちらかが死ぬまで続けるという形での決闘を受け入れる。


 思い出の中の最後に出会ったときのポッポも笑っていた。


 「よお、パンちゃんや」


 「ポッポ」


 パンちゃんとは親友ポッポだけに許した呼び名だった。


 ポッポは自身の操るクワガタ虫剣法の決闘時の正装である長いマフラーを首に巻いていた。


 その時、パンパンは確信した。この戦いが終わった後にどちらかが必ず死ぬ事を。


 「俺が百人目だがや。パンちゃん、おとなしく皇帝のところに戻ってくれねえべか?」


 「諌言は武門の職に非ず。もしも最強の拳士が間違った道を進もうとしている皇帝に仕えているとすれば、一体誰が皇帝を止めるというのだ」


 ポッポは笑った。


  彼は己の待ち受ける運命も、パンパンが決してポッポの提案を受け入れないことも全て承知でここに来たのだ。


 ポッポは一足一刀の間合いまで詰め寄る。自然体のまま。


 だが今のポッポにつけ入るような隙は無かった。


 「なら殺してでも連れて行くしかねえよな。ファイティングカナブン・アーツのリュウ・パンパン先生よ。病気の母ちゃんとせがれとこれから生まれてくる孫の為に死んでくれや」


 ポッポは二本の刀を鞘を後方へと放り投げる。


 元来、クワガタ虫剣法の奥義に鞘を捨てるという流儀は存在しない。


 つまりこれはポッポの二度と抜いた刀を鞘に納めるつもりはないという決死の覚悟のあらわれだったのだ。


 パンパンも左手を前に出し、ポッポの決意に応えた。これが今生の別れと知りながら。


 「クワガタ虫剣法、最後の伝承者チャオ・ポッポよ。戦う前に鞘を捨てたお前に最早勝機は無い。早々に地獄へ堕ちて、祖先に詫びてくるがいい」


 それは二度と思い出したくもない忌まわしい記憶だった。


 あの時、素直に皇帝に従うことが正しかったのか。


 パンパンの首を狙ってきた刺客たちに殺されてやることが正しかったのか。


 今となっては誰にもわからない。


 爆空の肉体を借りたパンパンは死に損ないの魔獣に止めを刺す為に一歩、また一歩と進む。


 あれが生きてこの世にのさばれば必ず良くないことが起きる。


 これが正しい道なのだ、と己に言い聞かせながら。


 だが、白い獅子は彼を引き止める。獅子の青い瞳には怒りの感情があった。


 「リュウ・パンパン。お前の言う正しさとは何だ。人に認められることか。それとも、自分の凝り固まった意志を無理矢理押し通すことか。何故、他者に自身の心を打ち明けようとしない。お前の正義は唯我独尊。それが本当に武門の教えに適うことなのか?」


 「だが、こうでもしなければ誰かが傷つくだけではありませんか。誰かが私のように汚れ役を請け負って、手を汚さない限り悲しみや過ちが繰り返されるばかりだというのに」


 「あくまで自分が手を汚し、全てを背負い込むことで何でも解決しているつもりか。この愚か者め。それではお前の前途を案じて死んだお前の師匠や、命を賭けてお前を止めようとした親友や弟の気持ちはどうなるのだ。人の絆を踏み躙っても、武門の誉れが大事なのか。さあ、答えろ。リュウ・パンパン」


 パンパンは亡き師の背を思い出す。


 彼はいつかパンパンが己の抱いた信条の重さで沈んでしまうのではないかと常々、心配していた。


 案の上、師の危惧していた通りになってしまった。


 この血に染まった両手を見ろ。


 これが武門の誇りを守り抜いたはずの男の手だ。


 今の自分自身と、私利私欲の為に非道の限りを尽くす悪漢どもとの間にどんな違いがあるというのだ。


 次にパンパンは弟のプンプンの横顔を思い出す。


 弟はどんな時でも自分の後ろをついて来るだけの存在だと思い込んでいた。


 彼は自分と道を違えるようになっても自分の真意に気がついてくれるだろうと、とんでもない勘違いをしていた。


 本当のプンプンは自分の意志で自分の後を追って来てくれていたのだ。


 他ならぬ自分の意志で、兄の間違いを正そうと決闘の果てに己の命が失われることになったとしても。彼は自分の意志で滅びの道を進む兄と運命を共にしようとしていくれていたのだ。


 最後にパンパンは親友のポッポの優しい笑顔を思い出す。


 彼は死が訪れる最後の瞬間までパンパンの右腕を斬ってしまったことを悔やんでいた。


 自分はパンパンの魔槍によって右上半身を吹き飛ばされたのにも関わらず、己の仕出かしたことを悔やんでいた。


 そして、パンパンは最後に交わしたポッポとの約束を思い出す。


 「なあ、パンちゃん。これで最後にしてくれねえか。人を傷つけるのはこれで止めにしてくれねえか。俺はよう、あの優しいパンちゃんが自分の心を殺してまで人を殺してるって考えるだけでたまらねえんだよ。天下一のカナブン拳法が泣いてらあ……」


 そう言い残してからポッポはパンパンの腕の中で静かに息を引き取った。


 それらの記憶は今こうしてパンに生まれ変わっても決して忘れられない出来事である。


 「そうだ。私の側にはいつも誰かがいてくれた。だから、私は誇り高い武人でいることができたのだ。私は恥ずかしい。今の今まで自分は完全無欠の存在だと勘違いして、そのくせ心のどこかでは他人に頼りきっていて。何が武門の誉れなものか。一人で責任を背負うようなフリをして自分の間違いを認めようとしない、私はただの卑怯者だ。こんな私にはパンとして生きることさえ許されないだろう」


 「ならばどうする。いっそ地獄にでも落ちてみるか」


 地獄。


 もしも地獄に落ちて、自分によって命を奪われた人々や幼馴染の少女を助ける為に我が身を犠牲にした少年の魂に対して何らかの罪滅ぼしが出来るならそれはどれほど素晴らしいことか。


 パンパンは神の使者に己の願いを伝えようとした。


 「駄目だよ!パンのおじさん!一人で地獄に落ちるなんて絶対に駄目だよ!」


 その時、爆空少年の声がパンパンの内から聞こえてきた。


 「パンのおじさんが地獄に落ちるなら僕も一緒について行くよ!僕がセシルちゃんを助けられなかったばかりにパンのおじさんが戦うことになったんだから悪いのはやっぱり僕なんだよ!」


 「リュウ・パンパンよ、お前の身勝手な決断でこの少年までも地獄に道連れにしてしまうつもりか?」


 白い獅子は項垂れたままの様子のパンパンを呆れた様子で見守っている。


 この少年を絶対に死なせるわけにはいかない。


 死ぬのは自分だけで十分だ。やがて、パンパンは藁にも縋る思いで白い獅子に問いかけた。


 「神の使者よ。私は一体どうすればいいのですか?」


 「小僧を弟子にしてやれ。小僧に、自分の身を守る力と正しい道を歩む意志が宿ればお前の今日まで苦労も報われるというもの。次代に意思を継承し、血塗られた魔槍を浄化せよ。さすれば、お前の師と親友の供養にもなろう」


 パンパンの両目から涙がどっと溢れた。


 そんなことは今まで考えたこともなかった。


 そして、パンパンの頬を滝のような涙が伝う。


 だが、こんな意固地で情けないだけの男の意志を果たしてこの素晴らしい少年は受け継いでくれるのだろうか。


 「小僧。魂の消滅を免れたお前の強運もまた何かの縁だ。ここは一つ、この泣き虫に弟子入りしてやってくれないか。我が身を守る術くらいは教えてくれるかもしれんぞ?」


 それは爆空にとって願っても無いような話だった。


 爆空は非力で内気な自分自身が嫌いだった。


 今日だって本当は誰の力も頼らずに自分だけの力でセシルを守ってやりたいと考えていたのだ。


 しかし、今日もまた他人の力を頼る結果となってしまったのである。


 このままではいけない。


 そんな爆空の前に現れた超人的な強さを持つ拳法の達人、リュウ・パンパン。


 もしも自分が彼のような真の強者から強さの何たるかを学べるとしたらそれはとても素晴らしいことではないだろうかと淡い期待を寄せていたのである。


 しかし、爆空は運動が大の苦手で男子とは思えないほど臆病な性格だった。


 こんな自分が彼に強さの秘密を教えてもらえるわけがない。


 リュウ・パンパンから教えを請う、それは爆空にとって半ば諦めかけていた希望だった。


 そして爆空は決断する。


 もしも、ここで勇気を振り絞って自分からパンパンに頼まなければ一生、相手にされはしないだろう。


 それは幼い爆空にとって一世一代の大勝負だった。


 この時、爆空は生まれて初めて他者に本当の自分の気持ちをぶつける。


 この正しい強さを何としても自分のものにしたい、という一心で彼はパンパンに土下座して自分の覚悟を伝える。


 「パンのおじさん、お願いします。どうか僕をおじさんの弟子にして下さい。僕はおじさんのような正しい強さを持ったカッコイイ大人になりたいんです。どうかお願いです。僕をおじさんの弟子にしてください」


 その時、パンパンは爆空の中にかつての自分の姿を見たような気がした。


 弟を守る為に、二度と世の無常を前に屈辱の涙を流さぬ為に。


 幼いパンパンは終生の師匠パオパオにこうして頭を下げたのだ。


 こうまで真摯な気持ちをぶつけられて応えぬような輩はおそらくいまい。


 パンパンは弱気を捨てて、真正面から爆空に向き合う。


 それは大人が子供に何かを説き伏せるのではない、対等な人間同士の対話だ。


 「爆空よ、今一度、お前に問おう。武道とは所詮他者を滅ぼし、また自らも己の力によって滅びさるという滅びの一途いちず。お前にこの恐ろしい信念を引き継ぐ覚悟はあるか?」


 武の力を振るうものはやがて自らの力によって滅びの道を辿る宿命。


 パンパンは入門する前にパオパオから同じ言葉を今度は爆空に告げた。


 しかし、爆空は曇り一つ無い夏の青空のような眼差しで終生の師匠と定めた男に返答する。


 「はいっ!」


 この時、爆空は生まれて初めて自らの意志で自らの運命を決めた。その心に一片の曇り無し。


 「その意気や、良しっ!」


 パンパンもまた決断した。


 自分に残された時間の全てを爆空の為に費やし、彼をファイティングカナブン・アーツ史上最強の継承者に育てることを。


 この時、パンパンは自身の内なる熱き思いに驚愕を禁じえなかった。


 閉ざされた道が若き魂によって再び開かれて、自分が決して届かなかった拳士としての高みに爆空ならば達する事が出来るのではないかと。


 「どうやら向こうもおとなしくなったようだ。パンパン、後で爆空にパンを一切れ用意してもらえ。そうすれば自動的にそれがお前の入れ物になる。そういうわけで俺はそろそろ帰るぞ」


 そう言い残して白い獅子は姿を消した。


 パンパンと爆空は死にかけの魔獣がどうなったかを確認する為に元の場所に戻った。


 爆空たちが魔獣のいた場所に駆けつけたころにはそこには何も無くなっていた。


 近くには疲れきった表情のセシルがいた。


 彼女を心配した爆空が思わず声をかける。


 「セシルちゃん。ごめんね。どこか怪我していない?大丈夫?」


 爆空の顔があまりにも必死なので、セシルは彼を元気づける為に精一杯の笑顔を向けた。


 爆空の中にいるパンパンは周囲の状況を観察している。


 魔獣が理由も無く突然、姿を消してしまったのだ。


 疲弊したセシルや爆空への負担を軽減する為にも警戒を解くわけにはいかない。


 やがて、パンパンは二人のもとに何かが急いで接近してくることに勘付いた。


 だが、それは悪意を持つものではない。


 なぜなら彼らの名前を呼びながら一生懸命になって彼らの所在を探っている。


 おそらくは爆空か、セシルの保護者だろう。


 「私は大丈夫。それより爆空君こそ、大丈夫?さっさき人が変わったみたいにお化けと戦っていたけれど。どこか痛くしていない」


 セシルはやや無理をしながら爆空のもとに歩み寄り、彼の体についた土埃を払ってくれた。


 そんな時、前の茂みを掻き分けて一際大きな影が姿を現す。


 パンパンはその影の正体を見て唖然とした。


 熊のように大柄でがっしりとした肉付きの大男だった。


 長く伸びたボサボサの黒い髪は首のうしろで一つに束ねられ、その顔立ちは野暮ったいがどことなく爆空のそれに似ている。


 彼こそが爆空の父親、倫空リンク・バーンズだった。


 倫空は爆空とセシルを見つけるなり、大声で叱った。


 「こんなところで何やってんだ!子供二人で森に出かけたら駄目だって言ってんだろ!」


 「ごめんなさい。お父ちゃん」


 「ごめんなさい。倫空おじさん」


 爆空とセシルは二人同時に頭を下げる。


 普段の倫空は大声で子供を叱ったりはしない大人なのだ。


 今の彼の様相からしておそらくは爆空とセシルの二人を探す為に必死になっていたのだろう。


 そういった事情を察した二人は心の底から目の前の大人に謝罪した。


 今頃はきっとセシルの両親も、爆空の母親も姿の見えなくなった二人の行方を捜しているのだろうから。


 「まあ、別にその何だ。反省してるなら俺はいいんだ。俺らがちゃんと見てなかったからこうなったんだからよ。村に帰ったら俺も一緒に村長に謝ってやるから。さあ、帰るぞ」


 子供たちのあまりに申しわけなさそうな表情を見て、倫空もすっかり怒る気を無くしてしまった。


 もともと彼は人を叱ったりすることが苦手な性格なのだ。


 こういった人の良さは爆空にも受け継がれている。


 倫空は二人をこれ以上、気落ちさせないように笑顔を作る。三人はそれぞれが手つないで、村に帰った。


 その姿を爆空の中から見ていたパンパンは倫空と爆空の姿を見て、声を殺して泣いていた。


 爆空の帰りが遅いことを心配して現れた倫空の姿は、彼のよく知る親友ポッポの若い頃と瓜二つだったのだ。


 「神よ。感謝いたします」


 こうしてリュウ・パンパンは人の命を容赦無く奪う魔槍と呼ばれる技を手放す決意を堅く心に誓うのであった。


次は、次こそはまた連日投稿などを達成したいと!心から!

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