前略、弟様へ。この度、ワタクシパンパンはパンになりました。
連日投稿してやるぅぅッ!!
若草萌える春の頃。
ここではない別の世界で仲睦まじい少年と少女が村の近くにある森に向かって駆けて行く。
少年の名は爆空・バーンズ、
小柄で赤ら顔のどちらかといえば内気でおとなしい性格の持ち主である。普段は両親とと一緒に農作業の手伝いをしている素直で心優しい男の子だ。
そんな彼の手を引いて森に連れ出そうとしているのが少女がセシル・ハイライン。
ふわふわの金髪に白い肌。体格は華奢だが、性格のほうは活発そのもので今日も弟分の爆空を連れて近くの森に探検中。
彼女の年齢は爆空より一つ上で七歳。対して歳の差に違いはないのだが、本当は怖がりなのに今日も元気に姉貴分をきかせている。
二人は村の近くにある森に木苺を摘みににやって来たのだ。
セシルのお母さんにおいしい木苺のジャムを作ってもらう為に。
ここ数日の間、天気が悪く外で遊ぶことが出来なかった為にセシルはいつもよりも増してはしゃいでいる。
セシルはおままごとよりも外に出て走ったりすることが大好きな女の子なのだ。
爆空は村の長老や教会の神父様の昔の話を聞いたりすることが大好きな男の子だった。
「爆空君。遅い、遅いよ。早くしないと置いていっちゃうよー」
セシルは後ろからやっとの思いで追いかけてくる爆空に声をかける。
爆空は泣きそうになりながら必死にセシルの後を追って走っていた。
ここで置いていかれたら一人きりで森の中で過ごさなければならないと感じたからである。
臆病な性格の爆空にとってそれは最悪の状況である。
爆空は何が何でも一人になりたくなかったので無我夢中に走り続けた。
知らずのうちにセシルとは別の方角に向かって進んでいることに気付かぬままに。
しばらく歩いてからセシルは背後を振り返る。そこには爆空の姿は無かった。
セシルとしては爆空が追いかけて来れなくなるほどの速度で走ったつもりだったが、今日に限っては勝手が違ったらしい。
一人きりになってから、やや弱気になってしまったセシルは爆空の名前を読んでみる。
「爆空君。どこ行っちゃったの?もしかして怒って帰っちゃったの?」
セシルはいつも爆空を振り回してばかりだったので、いつも困らせてばかりの爆空は呆れて家に帰ったのかもしれない。
セシルとしては自分が気弱な爆空の保護者のつもりだったが、反面、彼の優しさに甘えているという自覚がないわけではなかった。
セシルは置き去りにされたであろう爆空の身を案じて、今まで通って来たであろう道を逆戻りする。
その道が村へ通ずる道でもなく、また爆空の元に辿り着く道ではないということを知らぬまま。
そして、そんなセシルの後をひっそりと追いかける大きな影があった。
影の主は数日続いた悪天候の為に酷く腹を空かせている。生き延びる為なら何でも腹の中に入れたい心境だった。
そうしているうちに目の前に格好の餌がうろついているではないか。影の主は物音一つ立てずにセシルの後を追いかけていった。
気がつくと「私」はパンになっていた。ブリオッシュと呼ばれる種類のパンだ。
これが焼きたてならば、一口かぶりついた途端に溶けた砂糖にバターの香りで食した人々を魅了したことだろう。
だが、あえて言おう。
「私」ことリュウ・パンパンは気がつくパンになっていたのだ。
大事なことだからあえてもう一度言おう。
私はリュウ・パンパンという人間だった頃を前世、今の時点を来世と呼ぶならパンという食べ物に転生してしまったのだ。
「私」の記憶が正しければ、前世において最後の瞬間に出会った幻獣と交わした会話の内容では「パンを作ることを職業にしている人」即ち「パン職人」だったハズだ。
そもそもあの会話が眉唾ものなので反論しようがないのだが、私はパン職人になりたかったわけであり食べ物になりたかったわけではない。
転生した後に自我を覚醒させたばかりのパンパンは受け入れがたい現実に困惑していた。
しかし、悲しいかなここは滅多なことでは誰もやって来ない森なのだ。
余程の偶然に恵まれない限りは、パンパンは動物の餌になって終わりの運命を辿る事になるだろう。
前世において悲運のままに死を迎えたリュウ・パンパン。
彼はここでも何一つ報われるまま終わってしまうのだろうか。
答えは否。彼はこの時救いの神とも呼べる人物と出会うのである。その名は。
「おじさん。パンがどうかしたの?」
「ああ。私もどうせパンになるならもうちょっと洒落っ気のない素朴なバゲットなどになりたかったな、と考えていたわけだが……、って、うわあああッッ!!?」
パンパンはいつの間にか自分と言葉を交わしている少年の存在に驚く。
少年がどうしてこの場にいるのか、どうやってパンになって自分と会話しいてるのか、と瞬時に沸いた疑問は尽きる事がなかった。
しかし、事情はどうあれやって来たばかりの土地で最初に言葉を交わした人間がいるのだから挨拶抜きで会話を進めのも無礼というものだろう。
パンパンは少年に挨拶をすることにした。
「どうも始めまして、お坊ちゃん。私はパンのリュウ・パンパンというものです。以後よろしく」
「こちらこそ。ご丁寧にどうもありがとうございます。僕はパントーネ村の爆空・バーンズというものです。パンのおじさん」
こうしてリュウ・パンパンと爆空・バーンズは運命の出会いを果たした。
だが、その時のことだった。少女のものと思われる悲鳴が森の奥から聞こえてきた。
「きゃあああああああああッッ!!」
あれは先ほど見失ってしまった爆空の幼馴染のセシルの声だ。突然の出来事に驚きを隠せない爆空。
「あれセシルちゃんの声だ。どうしよう、おじさん。僕はどうしたらいいの?」
パンパンは冷静になって状況を検分する。
今はすぐにでも現場に駆けつけるべきなのだろうが、まずパンになってしまった自分はそこまで歩いていくことは出来ない。
この爆空という少年は見た目からして運動神経が良い方とは考えられない。
最悪、ミイラ取りがミイラになるという可能性もある。
先程の自己紹介から推察するに、さいわい近くに少年と少女が住む村があるようだ。爆空の知り合いの大人でも呼んでもらった方が得策だろう。
パンパンは想定外の事態を前にしてすっかり弱気になっている爆空を少しでも安心させるために落ち着いて説得することにした。
しかし、今にして思えば以前にも同じ状況に立たされたことがあったことを思い出す。そう、あれはいつのころだったか。駄目だ、と過去を思い出すことを中断するパンパン。今は一刻でも早く少女を助けなければならないのだから。
「爆空君。一度この場所から村までまで戻ってお家のご両親に来てもらうのはどうだい?」
「ええっ!駄目だよ、そんなの。僕、村までの帰り道わかんないし。いつもはセシルちゃんが案内してくれてるんだ」
パンパンは現状を大体把握していた。
そして、全てを承知の上で今は村に帰るよりも少女の居場所に急行する事が先決であると判断をする。
自らがただのパンに成り下がってしまったことを悔いながら。
せめて生まれ変わる前の姿なら自分の力で何とかしたというのに。
「爆空君。セシルちゃんのいるところまで私を連れて行ってくれないかい。こんな身の上だが、何か助けになるかもしれない」
爆空の内面を考慮しながら細心の注意を払いつつ、パンパンは彼を説得する事にした。
爆空は弱気だが、決して臆病なわけではない。ここは一つ、気を落ち着かせて説得しなければ取り返しのつかないことになってしまうことも十分に考えられる。
「うん。わかったよ」
爆空は即答した。
それはセシルの下に一刻も早く追いつきたいという気持ちと、パンパンという不思議なパンの妙な説得力のある言葉に心を動かされた結果だった。
彼は小さな両手ですっかり冷めてしまったブリオッシュを掴むと、ハンカチに包んでくれた。
そのまま肩から下げるポーチの中に小さなパンを入れてからボタン入り口を閉じる。
パンパンは少し厳重すぎやしないかと考えたが、途中で自分を落とされても厄介なのでこれはこれで仕方ないだろうと考えることにした。
「さあ、行こう。セシルちゃんのところへ」
「うん!」
一人の少年と、パンに魂を宿すことになった男。これから長きに渡り運命を共にする二人の冒険はこうして始まったのだ。
ファイトフォーザフューチャー!!