閃光のカナブン。軟体の脅威。炸裂せよ、ファイティング・カナブンアーツ!
爆空は頭上で、キャサリンと爆空を狙う敵の姿を見て困惑していた。キャサリンに至っては目を開けたまま何も言うことが出来なくなっていた。
何という異形。赤い管のようなものが集まって出来た多足の怪物だった。頭部に相当する部分には剥き出しの臓器が血管のような赤い管に巻かれている。四肢の代わりに複数の赤い管がまとまってその役割を果たしていた。
咽喉のような他の管にくらべてやや太い管が突然膨れ上がり、そこから砲弾のように何かが吐き出された。
爆空はカナブンオーラを左手に集中して、これを叩き落とす。鍛え上げられた爆空のカナブンオーラをもってしてもこれらを完全に防ぐことは出来なかった。
爆空は苦痛に顔を歪ませる。怪物の放った灼熱の威力を持つ溶解液に触れた部分から、煙が上がる。敵の攻撃は時間が経過する度に威力を増している。
無駄に時間を費やせば、背後のキャサリンも無事ではすまないだろう。
敵は先刻の攻撃の直後に素早く木の上を移動していた。猿のように両手を使って木から木へと移動している。全身を構成する赤い管のいくつかを螺旋状にまとめて、腕の役割を果たしていた。
怪物は一度、体を後ろに振ってから反動をつけて前に向かって飛び出す。爆空とキャサリンの視界を離れ、死角に回る算段だった。
爆空は敵から何とか目を離さないようにしながら、キャサリンが攻撃をを受けないようにする。
「爆空よ。奥義スーパーソニックカナブンジャンプの使用を許可する」
スーパーソニックカナブンジャンプとはファイティングカナブンアーツの奥義の一つ、重ね当身を用いた歩法のことである。
爆空は師の助言に感謝すると同時に体内のカナブンオーラを両脚に集中させた。
ファイティングカナブンアーツにおいて究極の歩法であるスーパーソニックカナブンジャンプとは、カナブンオーラの解放によって高められた身体能力でつま先を用いて地面に複数回、蹴り当身をすることで高速移動する技である。
「要するに石ころの水切りだ。出来るな、爆空?」
「あまり得意ではありませんが、やってみます」
爆空は姿勢を少し低くした状態から敵に向かって飛び出した。轟音の直後に蹴った衝撃で土煙が上がり、土砂が抉れていた。
川に石ころを投げて跳ねさせる遊びはセシルと昔よくやったものだ。
あの頃の爆空は一回くらいしか跳ねさせることが出来なかったのだが、まさか今度は自分が石になる日が来るとは人生とは何があるかわからないものだ。
爆空はほんのわずかな間過去を振り返り苦笑した跡に、再び怪物の後を追って飛翔した。地面に足をつけるたびに大地を揺らし土砂を爆ぜさせながら追撃の手を緩めることはなかった。
一方、怪物は人間砲弾と化した爆空への対処に困っていた。
爆空への攻撃が失敗するごとに、爆空と怪物の距離は縮まっている。寄生していた巨人が倒されて、怪物が延命手段の為に作り出した新しい体に核となる部分が馴染んでいないのだ。
エネルギーが尽きる事は無くとも、このままでは劣勢になることは間違いないだろう。怪物は苦し紛れに正面の射線上に捉えた爆空めがけて高熱弾を放った。
爆空はそれを避けようともせずに直進する。そして、全身にまとまったカナブンオーラもろとも高熱弾を粉砕し怪物の頭部らしき部分に面突きを叩き込んだ。
爆空のスーパーソニックカナブンジャンプの威力をそのまま面突きに転用する技を受けて無事なものなどいるはずがない。怪物は木に絡ませた二本の触手の支えを失い地面に落下していった。
爆空はそのまま空中を蹴って先に着陸を果たす。
そして、落下してくる怪物に向かって左のすくい突きを叩き込む。次いで右の全身を使った打ち下ろし、左の前蹴り、右の空中足刀蹴りを一瞬で怪物の体に叩き込んだ。
怪物は爆空の高速四連撃を食らって大木にぶつかった。怪物の臓器のような本体の外側が破裂して、どす黒い体液が流れていた。
爆空はすぐに残心の構えをとり、敵の攻撃に備えた。
見かけほど敵はダメージを受けてはいない。未だに予断を許さぬ状況なのだ。それは攻撃をした爆空が一番よくわかっていたことだ。
仮に敵の肉体の質感を例えるなら弾性を備えた布を巻きつけた岩塊といったところだ。中途半端な攻撃を受けようものなら弾き飛ばされ反撃を受けることになるだろう。
爆空も攻守に長けたカナブンオーラによる防護が無ければ手痛いしっぺ返しを受けていたはずである。
怪物はすぐに本体から伸びた触手を蜘蛛の手足のように大地に突き立て、体勢を立て直した。また、本体の破損した部分は体内から噴出した暗洞夜風によって塞がれている。
頭部の一部が丸く膨れ上がり、それが上下に開いて中から目が現れた。爛々と輝く敵意に満ちた赤い瞳が爆空の姿を映し出す。本体から生えているいくつもの細い触手は束ね上げられ、今や太く強靭な六本の脚になっていた。
リュウ・パンパンはさらなる異形と化した怪物を見て、思いがけず素直な感想を口にする。目の前でぐにゃぐにゃと姿形を変化させるこの怪物の異質さは常識をはるかに超えている。
「あの姿。まるでタコだな。いや脚の数が違うか」
タコという聞きなれない言葉に、爆空は反応する。爆空は海洋生物どころか海そのものを見たことがないのだ。当然といえば当選といえよう。
「お師匠様。タコとは一体なんのことですか」
「丸い頭と短い胴、そして脚が八本ある全体的にくねくねした体が赤い生き物で、茹でた後にぶつ切りにしてそれから辛いソースであえて炒め物にするとおいしい」
爆空はパンパンから話を聞いた後に、目の前の怪物の姿を見てタコという生き物を想像してみた。師には悪いがあまりおいしそうな食べ物には思えなかった。
その時、怪物の触手の一本が爆空の足元に突き刺さる。事前の気配の変化から敵の動向を察していた爆空はバックステップで攻撃を回避することに成功する。
そして、連続して向かってくる二本の巨大な脚を次々に避けて行く。これまでの連続攻撃は敵が注視しているものから予測して、爆空はそれを実際の行動に移している。敵が目を出したことで行動を予測することが容易になったのだ。一方その反面、敵の攻撃の命中率と俊敏さがケタ違いになっていた。
赤い触手が横薙ぎの起動で爆空に襲い掛かった後に、枝分かれして襲い掛かって来た。太く巨大な触手が数十本に解かれて細くなっていた。もとの管に戻ったそれらは黒い半透明な液体を滴らせながら、多方向から爆空を亡き者にせんと弾かれた皮の鞭のように迫ってきた。
爆空はこの空を引き裂く強烈な攻撃に対抗する為に、両腕をカナブンオーラで武装する。
「止むを得まい」
四方八方から同時に、加えて時間差で空を引き裂く肉の鞭。
これに対して爆空はその場に止まるだけの絶対防御ではなく、あえて敵の懐に飛び込む先手防衛の形で対抗することを決意する。
左の手で敵の攻撃を打ち落とし、今度は右の手で爆空の咽喉を貫こうと差し迫る束ねられた触手によって作られ槍を打ち落とす。敵に向ける体の表面積を出来るだけ小さくする為に、体を側面に向けて両の手は常に正中線と急所をフォローするようにしながら、一度屈伸して大地を蹴りながら、敵との距離を詰めた。
しかし、敵の攻撃は接近するにつれてさらに勢いを増した。超人の領域まで鍛えられた爆空をもってしてもこのまま防戦一方ではいずれ倒れてしまうだろう。
爆空は手を覆うカナブンオーラを指先に集中させて手刀の形を作る。そして、爆空の鳩尾を狙ってきた触手の突きを回避した後に唐竹割りで叩き切る。だが、いずこから現れた新しい触手らによって瞬時にそれは再生してしまった。
爆空は負けるものかと敵との距離を強引に詰めようとするが数本の触手の槍がまたもや数多の方角から突き出される。
爆空は再び始まった敵の猛烈な連続攻撃によって接近を阻まれる結果となってしまった。そして、防戦一方の展開を強いられた爆空は前にいた場所まで戻されてしまう。
爆空は地面に唾を吐いて己の不手際をを呪った。
何と情けない。これでは日々の修行が全く生かされていないではないか。
「食パンだ。食パンの焼き上げの修行を思い出せ、爆空」
気落ちした爆空の脳裏に、師リュウ・パンパンの叱咤激励の言葉が響く。爆空は五本の食パンを焼き上げる修行の事を思い出す。
師パンパンが出した課題、制限時間内に食パンの質を落とさずに五本の食パンを同質量で焼き上げるという苛烈極まりない修行。
次の一瞬に脳裏にひらめく天啓。会心の笑みを浮かべる爆空はついに敵の巧妙なる戦術の突破口を見出す。
敵の計算し尽くされた個々の動きに翻弄されてはいけない。あれは一つの流れだ。
かつて爆空は五本の食パンを一度に焼こうとして試験に何度も落第した。思い起こせば個々の食パンのクォリティを高くすることに気を取られすぎていたような気がする。
爆空は苦笑した。
そして、自分に迫る触手の一本を掴み取る。触手は爆空の手の中で暴れ、かの醜悪な触手の表面を覆う人体に有害な成分を有する体液が爆空の手を溶かすのも時間の問題だろう。
爆空は触手を掴んだ手に力を入れて敵の体を引っ張った。怪物は爆空の想定外の対応に一瞬怯んだが、所詮は小兵と侮り爆空の持ちかけた腕力勝負に興じる。
「怪物め、かかったな!」
敵のあまりにも浅はかな心算に、爆空は会心の笑みを浮かべた。
体の大きさが自分の方が勝っているから、ただそれでけで俺に勝てると思っているのか。
リュウ・パンパンは爆空の必勝の戦法を後押しするために次に彼が何をするべきかあえて伝えることにした。
「大なる力をもって小の力を圧する。なるほど、一つの真理とも言えるだろう。体格差というものは武術勝負において重要な要素の一つだ。しかし、それを補って余りあるのが武術の奥義というものだ。やれ、爆空。バーサスカナブンスタッグビートルクラッシャーだ!」
「はい。お師匠様っ!」
前述のスーパーソニックカナブンジャンプが瞬発力を爆発的に上昇させる奥義ならば、このバーサスカナブンスタッグビートルクラッシャーは筋力の持久力を増強させる奥義である。
爆空は掴んだ相手の肉体から相手の力が最大限に発揮される臨界点を割り出した。カナブンオーラを介して他者に接近もしくは接触すれば、対象の身体能力について察知することが可能となる。相手は人間ではないのでさほど正確さは期待できない。
だが、この条件下に於いて敵の能力の底を知ることは千金に値する情報足り得るのだ。バーサスカナブンスタッグビートルクラッシャーの奥義はそこにあるといっても過言ではない。
怪物は爆空を持ち上げて地面に叩きつけようと案の定、細い触手を合体させて巨大化させてきた。
その直後、怪物は騎虎の勢いで爆空を自慢の腕力で圧倒する為に一気に力を込める。
爆空はこの時膨張した力の奔流に逆らわずあえて脱力することにより敵の腕から振り落とされないようにしっかりと抑える程度にしていた。
そのまま怪物は自身の腕を上空まで持ち上げて、爆空の体ごと地面に叩きつける。怪物は紅の単眼をかっと見開き特大の瞳をせわしなく動かしながら爆空の死体を探す。
爆空の体は大地に激突し粉々に砕けているはずであった。
「俺はここだッ!」
怪物はただでさえも巨大な目をさらに大きく開いて、無事な爆空の姿を見て驚愕する。今度は爆空の反撃の番だった。
爆空は両手で怪物の触手を掴んだ。怪物は先ほど全力で爆空を攻撃にしかけた為に力が戻っていない。怪物の合体触手は元から大きなものではなかったので一度全力を出し切ってしまうと次の行動に移る前にかなりの時間を必要とするのだ。爆空は当然、カナブンオーラを通じてその事実を知っていた。
怪物の巨大な触手は全力を出し切ってしまえば結束を緩めて休憩する時間が必要となる。決して万能の武器ではないのだ。そして、今ならば普段の硬度、弾力が失われ容易に破壊することが可能になっている。
力の臨界点を見極めることこそが奥義。
爆空は自分を円の中心に見立て、そのまま怪物の巨体を振り回した。今の爆空は奥義バーサスカナブンスタッグビートルクラッシャーの発動によって筋力の持久力が引き上げられている。
体が小さなカナブンとて力を使うタイミングさえあえば巨大なクワガタを圧倒することすら可能となるのだ。最初に自分の方から脱力して力の消耗を最小限に止めて、相手が全ての力を出し切った後に体勢を崩しにかかる。
余談だが過去にパンパンが熊の化け物を投げ飛ばして殺した技は、これの当て見返し投げ版ということになる。残念ながら今の爆空では使いこなすことが出来ない。
爆空は怪物の巨体をブンブンと振り回す。その姿をたとえるなら全てを巻き込み、舞い上がる赤いつむじ風。
あれほどまでに柔軟性と強度を誇っていた怪物の肉体は今や見るも無残にボロボロで引き千切れそうになっていた。もしも怪物に発声器官があったなら恐怖と苦痛で絶叫していたことだろう。
「お前が山林を住処とする野生の獣なら見逃すところだが、森を枯らして人々の平和を脅かす怪物ゆえに俺が退治する。世の中を恨むなら、俺一人を恨め。いつ何時でも戦ってやる」
恨み、あだ討ち。それらは決して避けては通れぬもう一つの武の本領である。
いかなる大義名分があろうと勝者と敗者の間には因縁だけが残る。いずれもリュウ・パンパンが師から教わった決して背いてはならない信条であった。
故にパンパンは弟子の爆空にはお前は決して殺すなという言葉を加える。故に爆空はどんな敵と戦った際にも手心を加えること、戦わなければならなかったことを反省するように心がけている。
爆空の起こした旋風に巻き上げれた怪物は森の木々よりも高い位置まで上昇すると、直後に背負い投げの要領で地面に叩きつけられた。
そのまま爆空は空を蹴って加速しながら落下して怪物の頭部と思われる部分に下段正拳突きを叩き込む。これほどの巨体ならば死ぬようなことはあるまい。
爆空にとって不殺の教えを破ることは、師の名前を汚すも同然の行為だった。
二本の触手が地面を這いながら凄まじい勢いで爆空の足元から襲い掛かった。
爆空はほぼ同時に左右から迫り来る触手を払いのける。その隙を狙って怪物は体に触手をまといガードしながら距離を取ろうとした。
しかし、爆空は敵の逃走を許さない。先程の怪物の反撃は見せかけだけの贋物であり、不利に傾きかけた体勢を立て直す為に戦場から離脱しようとしていることを爆空は見抜いていたのだ。爆空の本意ではないがこれほどの怪物が相手とあらば敵の反抗心を徹底的に折らなければ見逃す事など出来ようはずもない。
怪物は追いかけてきた爆空を睨みつけた。
爆空はその射抜くような視線からは底なしの敵意と殺意を感じ取っていた。
それらは敵対するものへの怒りから生じた憎悪ではなかった。爆空の存在を根源から否定するような激しい感情に満ちていたのである。
敵の得体の知れない憎しみを爆空は正面から受け止める。宛もそれが己の宿命と言わんばかりに。怪物は触手を分散させて木の上に逃げようとする。バラバラになった細い触手を巧みに木々に絡ませながら逃走を続けた。
「あの怪物は樹木を介して、地面から神気を手繰り寄せているな。回復されると厄介だ、爆空」
再び、爆空は大地を爆ぜさせて奥義スーパーソニックカナブンジャンプで怪物を追走する。爆空には敵の体の仕組みが理解出来るようになっていた。
数多の触手を使って外部から神気即ち活動エネルギーを吸収して、頭部でそれらを操作する。結果として集められた神気は燃焼、腐敗、毒素といった属性を帯びた武器として或いは回復、身体能力の上昇といった様々な使い方が可能となる。
だがそれらの戦法には少なからずとも欠点があった。大きな力を連続してしようすると基本的な器となる肉体に多大な負荷がかかるという部分だ。
すでに見た目からして肉体の回復も追いつかなくなっている。長丁場向きの戦い方ではない。
爆空は接近するとすぐに敵の頭部のつけ根に向かって手刀を放つ。怪物は触手を編み上げて即席の盾を作り、是に対応する。その光景を見て、爆空に相対した敵の無策をパンパンは嘆いた。
「愚の骨頂。半人前とはいえ爆空は武術家。そのような在り来たりの攻撃を仕掛けるわけがない」
パンパンは目を閉じて事の成り行きを見守る。彼の姿形はあくまで食用のパンだが。
爆空は異形の怪物のほんの手前で攻撃を止める。敵の見当外れの防御を誘う為の贋物だ。
爆空は敵の急所に向かって限定的な攻撃を仕掛けたことで敵の警戒心を強めて、その後の即座の対応を遅らせるという戦法を選んだのである。文字通り、敵の真骨頂は柔軟性にあるのだから当然の選択と言えよう。
「ノーザンライトカナブンッ!スカルクラッシャーッ!」
爆空はその場で後ろに向かって身を翻した後に飛び上がる。そして敵の頭頂部と思われる部分に向かって上空から肘打ちを仕掛けた。
触手を編み上げて作った盾は、ブロック式の防御術同様に敵の攻撃を外してしまった場合に次の行動へと移行するのが困難になる。
この時、怪物は後方に退避するという最悪の行動を選んでしまったのだ。怪物の頭部に爆空の左肘振り下ろしが突き刺さる。
そしてノーザンライトカナブンクラッシャーという大掛かりな崩し技が決まった瞬間、爆空は臍の下にカナブンオーラを集中してから一気に爆発させた。
「これがノーザンライトカナブンスカルクラッシャーの完成形、セブンスターカナブンズメリーゴーラウンドアタックだッ!」
爆空は目にも止まらぬ速度で敵の体を一周する。
その間に七つの別々の部位に対して正拳、縦拳、二本拳、一本拳、掌底打ち、両手拳、裏拳といった最も有効と思われる攻撃を叩き込んだ。
怪物は一つ目を明滅させながら爆空の攻撃をひたすら受け続けた、いや受け続けるしかなかった。
仮に頭が正常な状態ならば肉体の構成を変化させて、攻撃をかろうじて受け流すことが出来たのだろう。 しかし、直前に爆空の肘を受けたのが災いして彼を取り巻く状況が一変する。オーラをまとった肘の威力のせいで、脳内に電撃を受けたような状態になってしまったのだ。
もはや戦術を構築するどころではない、まともな判断すら下せない状況に陥ってしまったのである。
怪物は数十本の触手を絡めて盾のように構えて、爆空の攻撃に備える。
しかし、爆空は高速移動しながら装甲の薄くなった部分を正確に撃ち抜く。一発で仕留める必要はない。 可能な限り連続攻撃を仕掛けて、敵の体内にダメージ を蓄積させる。爆空の攻撃を受ける度に怪物の体が変化する速度が落ちていった。セブンスターズカナブンメリーゴーラウンドアタックは実戦で使用される技ではない、組み手でのみ使われる型の一つである。
最初の空中からの肘振り降ろしは爆空のオリジナルだが、もともとの技からして実戦ではとても大仰で使えそうにないものばかりなのだ。
修行を積んだ歴戦の武術家には通用しない技でも、本能のみで戦う怪物ならば有効だろう。
こうした爆空の試みは見事に成功した。
微細なダメージの蓄積は怪物の思考回路にも深刻な影響を与えていた。仮にこれらが身体の一部が欠損してしまうような攻撃ならばその部分もろとも排除して新しい部分を再度構成することが今回に限っては可能である。
だが、生物一般における個々の器官と言うべき部位に機能不全に陥る一歩手前のようなダメージを受けた場合こそこの怪物にとってもっとも厄介な状態だった。怪物に肉体を構成する頭部に相当する部位と、それをアシストする機能を備えた感覚器官この場合は触手のようなものだが実のところそれらは頭部を頂点した上下関係が存在するわけではなく実際は個々に独立しているものなのだ。欠落すれば新しい部分を一から生み直せば戦力そのものが低下することにはならない。
しかし、全体の弱体化を促すそうな攻撃を受け続けるようなことになればどうなるのか。
「巨大な堤防も小さな蟻の作ったさらに小さな穴から崩れる」
パンパンは怪物の特性を見抜いていた。怪物の正体は一個の事物ではなく、複数のものが重なりあって今の姿形を作り出している。
あの多足の軟体のごとき外見からはからは想像することは難しいが、一個の武人として未熟とはいえど爆空の攻撃を受けて平然としていられるのは秘密があるからに違いないとパンパンは考えたからである。
「匹夫の勇とはよく言ったものだ」
今や怪物は全身が縮こまり、身動ぎすることさえ困難な状況になりつつある。
凡庸な拳士ならば、ここで喜んで止めを刺しに行ったことだろう。しかし、爆空はリュウ・パンパンの弟子である。あえて踏み止まることにより敵の次の一手を封じ込めていた。爆空は怪物から距離を置いて神気でこれを圧する。
そして、さらに全身から放った神気で死角から放たれた攻撃をかわして退けたのだ。
案の定鞭のような一撃が、爆空の額の近くを猛スピードで通り過ぎていった。
それは鋼鉄さえも切り裂いてしまいそうな一撃だったが、髪の一本さえ触れることは無かった。
死闘に次ぐ死闘において爆空の力は失われつつあったが、逆に爆空の神経はかつてないほどに研ぎ澄まされていたのだ。
「さっさと出て来い。まとめて相手をしてやろう」
爆空の呼びかけに応じるようにして、今度は黒と白に色分けされたような怪物が現れた。怪物は一つ目で爆空の姿をじっと見つめている。奇襲を回避した爆空の戦力を分析しているのかもしれない。新しく参戦した怪物は、赤と蒼に色分けされた怪物に比べて頑丈そうな殻がついているのが特徴だった。
瀕死の状態にまで追い込まれた怪物は何とか味方のところまで逃げようとするが、爆空は背後の敵を十分に警戒しながらこれを阻止する。
地面を蹴って二匹の怪物の間に割り込み、下段足刀蹴りを赤と青の怪物に叩きこんだのだ。すると今度は爆空とパンパンの思惑通り怪物は体を収縮することにより装甲を厚くしていた。
次に爆空は黒と白の怪物に後ろ蹴りを叩き込み、加勢を許さない。合流を阻止された怪物たちは一つ目をかっと見開き、爆空を威嚇した。
「爆空、気がついたか。こやつらは先ほどの巨人から生まれたものたちだ」




