七話 宇宙の魔王の城
やあ。俺は七里梨恩。一年くらい前まではふつうの域を出ない高校生だった男だ。
そんな俺が学校で気絶した後に目が覚めたら――世界が変わっていた!
世界は変転し、男性衰退系あべこべ世界になっていたのだ!
……掴みとしては少しインパクトが薄いか。まあそれはいい。
世界が変わった直後、俺は学校の男子生徒たちと一緒にとある病院に定期検査に行った。この世界特有の技術の粋を結集した精密な物だ。
そこで俺は宇宙線を浴びてもなお、男児を作るのに必要な要素を破壊されない唯一の男と判明したことから全てが始まった。
時は統一宇宙歴。人類にとって宇宙が特別な物ではなくなった新時代。
俺はただ一人、男性機能を十全に保ったまま宇宙に行くことが可能な男となった。
なので俺は地球の男の代表として、他国の子を誑し込んで来いと政府に乞われ。
熟考の末それを了承し、高校卒業してしばらく経った今日の良き日、宇宙へと旅立った。
目的は一つ。宇宙人の美少女を落としまくるのだ。
やぁってやるぜぃ!!
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「チャクリクカンリョウシマシタァ。オキオツケテオォオリクダサイィ。」
「お、もう着いたのか。早いな」
色々突っ込み所の多い無機質な声が最初の旅の終わりを告げた。
初めての星間移動は、時間にして一時間もない短いものだった。
……え?
ここは普通、宇宙から地球を見た感想や感動の描写。神秘的な宇宙の景色の描写とかから始まるんじゃないのかって?
ごめんね。
この部屋は窓ないし。そもそも俺は椅子から動けなかったからね。俺は端末の中に入ってたバルバの資料を確認して、電子書籍でマンガ読んでたよ。
大気圏突破の衝撃とかも全くなかったし揺れもなかった。
何なら寝てても大気圏離脱から突入の工程に気づかない自信すらある。
むしろ本当に宇宙に出たのか怪しく思っているのだ。
とりあえず。降りていいなら降りてみよう。
俺は体を固定していたベルトを外し、鏡の前に立って、スーツのしわを念入りに伸ばす。
俺の着ている服は特注した物だ。色は黒で、サイズや外観は着なれていた高校の制服に近いデザインをさせてある。
どうもこの世界の男性用のスーツは以前の世界の物と様変わりしていて落ち着かない。おおまかなデザインはそれほど変わらないのだがとにかくサイズがデカい。ぶかぶかで着られているような形になりかっこ悪いのだ。スーツはかっこよく着こなしたい。
なので、無理を言って、これを拵えてもらった。
何度も箱崎管理官からは考え直せと言われたが、店の人の全力の後押しから無事完成した。
もう成長しないだろうと、サイズはほぼ現在の俺の体にフィットする大きさ。俺専用のオーダースーツだ。
いい出来だ。今後服を仕立てる時はまたあの店に頼もうと気分を良くしてしまうくらいには気に入った。
ここでは一社会人としてみっともない恰好はできない。丁寧に身だしなみを整える。
これからの予定だがひとまず現地の案内役と合流するのが先決だな。
こちらの地球大使館の職員的な誰かが近くまで迎えに来ているはずだ。その人を探すことから始めようか。
部屋を出て、入ってきたシャトルの扉を開ける。ロックは指紋と声紋、網膜認証らしい。
こうゆう所々がハイテクな感じで実によろしい。雰囲気が出ている。
「んっ!? おおぉぉぉー!! ……お?」
俺が扉を開けてから目にした景色を見て声を上げる。
俺が見たのは日本のスペースポートとほとんど変わらない光景だった。
あらら?
これはもしかして本当に宇宙に出ていなかったという妄想が現実味を帯びてきたか?
でもシャトルの向きは違う。先程は船首が外向きだったのが今は逆になっている。
ちゃんとここに飛んできたのだろうと強引に自分を納得させる。
飛んでることを目視で確認したいし、やっぱ窓欲しいな。次の星ではその辺はしっかり聞いてみよう。製作者に会えたらだが。
そんなことを考えていると人が真っ直ぐにこちらへ駆け寄ってくる。すごい足早いな。世界を取れるのではないだろうか。
人影はすぐに俺のところまで来て足を止める。
「遅くなりました。あなたがナナサト・リオン様ですね? お話は伺っております。私は今回案内を任されたグリッタです。よろしくお願いします」
そう一息に言った女性を見る。
金髪の背の高い女性だ。顔立ちも日本人とは違う。間違っても日本人ではないだろう。そんな人がとても流暢に日本語を話している。どうやら言語の心配は本当にないようだ。
「はい。初めまして。自分が外交官として派遣された七里です。しばらくお世話になります」
「こちらこそ。では、早速ですが滞在先までお送りします。シャトルはこちらで万全に保管しておきますのでご安心ください」
しっかりとした対応。
序列が上の星だからと、不当にいびられたりするかと思ったがそういうこともない。戦闘民族と聞かされていたが動作に粗暴さも特には見えない。
良かった。俺何とかやっていけそう…………
俺とグリッタさんは施設を出て車に乗る。日本車だった。どうやら日本の技術は宇宙でも通用するらしい。やるじゃない。
ちょっと優越感に浸った。俺はなにも関係ないんだけどね。
しかし、そんな気分はすぐに終わった。
目的地までの道中、この星の街並みを見たからだ。
街の中に存在したのはコンビニ、スーパー、服屋、ファミレス、ガソスタ、コインランドリーetcだ。
それも点々と、である。どの店名も知っている。馴染みのある店だ。せいぜいがバールバトア星本店とあるのが地球との相違点。
異星に来たという感じが全くしない。せいぜいが他県の田舎町だろう。
俺は色々やるせない気分となったので、途中から景色を見るのをやめた。
こんな物は地球でいくらでも見れる。俺は自分では想像もできないようなすごい物が見たいんじゃ。
それからしばらく車を走らせてからグリッタさんが口を開いた。
車内はそれまでお互いに無言であった。
「そろそろ着きますよ。あそこが、今回のあなたの宿泊場所です」
どうせ地球の大使館のような代わり映えのしない建物なんだろと心で毒づきながらも見る。
そこには予想だにしない物があった。
「山……? いや、あれは……城…………?」
「はい。あれがあなたの今回の逗留地。バールバトアの王城です」
明らかに周りの日本染みた風景の中で浮いた建造物。
山から削り出したような岩肌がむき出しの大きな大きな城。
日本だと景観を著しく損ねるとか文句を言われるだろう代物。
城といっても中世ヨーロッパのデザイン的にオシャレなものではない。日本の天守閣のついた立派なものでもない。
もっと前時代的な、デカくて、頑丈なら形などどうでも良いといった体の物だ。
その姿は王城? いいえ、魔王城です? って感じである。
そういえば、ここは惑星バールバトア。
宇宙の魔王の星だった。
俺はどうやら魔王城に招かれたと気づく。
……シャトルに泊まれって言われた方が良かったなー。
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「…………逃げ出したい」
俺は着いた足でそのまま魔王城の一室に通された。
時刻はちょうど正午お昼の時間だ。いきなり会食に入ると言われた。
出会っていきなり『貴様が今日の昼食か?』とか言われないだろうか。
この城に住むセンスの奴ならばありえる。
ドアがコンコンとノックされる。
ああ、遂に来てしまったのか……
「昼食の準備が整いました。どうぞお越しください」
俺は刑の執行を言い渡された死刑囚のように力なく部屋を出る。
もう頭からは外交などという言葉は消し飛んでいた。
グリッタさんとは別の人に案内されて通路を歩く。
メイドだ。こっちにもあるんだねメイド服。初めて見たよ。お似合いですね。
突然のメイド(仮)にも目もくれず。
どうすれば生き残れるか。俺はただそれだけを考えていた…………