閑話 地球にて 夏のさかり
「よっ……ほっ!」
俺の投げたダーツの矢は小気味いい音を立てて壁にかかった的に刺さる。
「11点かぁ。微妙だな」
「ほっとけよ。俺はそもそもダーツはあんま得意じゃないんだよ。それよりシュンとダンは?」
「まだだってさ、ほれ」
ため息をつき、俺はケイの部屋のベッドに腰を下ろす。部屋にはクーラーが効いてて気持ちがいい。
そう。季節は夏。夏休みだ。
そんな中、今日はみんなでカラオケに行く約束をしている。
調べたところ、どうも歌にもかなりの変化が起きているみたいだった。
今日はその辺の調査も兼ねている。他の目的もあるが俺としてはそちらがメインだ。純粋に遊びとして楽しみにしているのは内緒だぞ?
「それにしてもリオン。その……露出が多くないか?」
「え、マジ?」
今の俺の恰好は首の部分がゆったりとしたTシャツだ。色も透けないように気にして濃いめをチョイスした。
前の世界だと男女ともに暑い夏を過ごす必需品だろう。
前の世界と変わらずに俺の部屋にあった以上、この世界の常識から外れている物だとも思えない。
俺の私物でこの世界に似つかわしくないだろう物が消滅していたからそう判断した。ちなみに消滅した物は俺の年齢では購入できないであろう書物とかゲームに、部屋のインテリアになりそうなほどおしゃれな縞々模様の穴が空いた小物だ。
あれはとても残念だった。当然どこにも売ってないし。俺があれらを手にすることはもうないだろう。あっても使うかは怪しいが。
そんなわけで、俺はこれには流石に心底驚き聞き返す。
「おいおい、どこがいけないんだよ?」
「……ぜ、……鎖骨がエロいとこ、かな?」
ほんの少し逡巡し、絞り出すように告げる。
鎖骨かー。男の鎖骨にまで興奮しちゃうかー。そっかー。
「上着。貸してやろうか?」
「俺とお前じゃあワンサイズくらい違うだろ。小さくてパツんパツんだ。場合によってはむしろそっちのがエロいかもしれない」
ケイにツッコミを入れ、提案を蹴る。
パツパツの服着た子ってエロいよね?
そうでもない?
俺たちのサイズ差なんて前からわかってるだろうに変なことを言う。もしかしたら精一杯のボケだろうか。ならばもっと乗ってやるべきだったか。
そんなケイは半袖のシャツを着用している。上もボタン一つしか開けていない。インナーもしっかり着ている。
さらにその上に重ねるポンチョまで用意している。オシャレさんめ。
だが暑くないのだろうか?
そしてズボンは基本的には長ズボンだ。制服で慣れているからこちらはそれほど気にならない。
「てか、移動はケイの親御さんが車出してくれるんだし服装あんまり気にしなくていいじゃんか」
「……まあそれもそうか」
フッ……論破してしまった……。
高校生のカラオケに親が車で送迎。過保護が過ぎる気がしなくもないが、この世界がこうゆう物であると既に学んでいる。
俺も少しはこちらに慣れてきているようだ。
でも暑いから鎖骨は出すよ?
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「うおー! 歌ったー!」
「シュンうるせえよ。ところで、リオ。選曲変わったよな?」
「まあな。やっぱダンは採点つええよ。全く勝てなかったわ」
俺たちはカラオケを終えてケイの親に車で家に送ってもらっている。
カラオケでは色々あった。
やたら俺たちの部屋の前を人が通って気になったり、隣が全力で聞き耳立ててるのを目撃したり、キッズ(女児)が乱入してきたりと事欠かなかった。
これが男のカラオケでは日常茶飯事だと言うのが恐ろしい。
そして見た感じ男だけでカラオケしていたのは俺たちしかいなかった。家族連れは数人いたが、それでもとても少なかった。
これでは遊びづらいだろう。ヒトカラなどとてもじゃないができない。いくら男性は代金が安くても願い下げだ。
カラオケってのはね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなければダメなのだ。
「にしても、リオンがいきなり嬉しそうな顔で童謡歌い出したのは笑ったぞ」
「ああ、あれな。でも懐かしかっただろ?」
「お前めちゃマイナーなのばっか歌ってただろうが! あんなん知らねえよ!」
「「「「あはははは!!!」」」」
皆で笑う。
そうなのだ。いくつかの歌。特に童謡は変わらないものが多くあった。
それをつい歌ってしまったである。
この世界に残った物の共通点はおそらく程度にしかわからない。
だがとりあえずそれを知れただけでも収穫だろう。何よりも楽しかった。
前の世界と同じ事をして友人と遊んだのは、夏休みに入って初めてだ。
もうしばらくすると休みも終わる。俺の学生生活も残り半年を切った。
せめて後悔をしないように遊び尽くそう……。
あ……夏休みの宿題まだ何もやってない……。
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「本当にすごかったわね。ええと……」
「リオンだろ?」
「そうそうリオンくん。あの子前はあんなじゃあなかったわよね?」
友人を家に送り届た帰り道。
ケイは親と話す。
こちらの世界でも家族であれば異性との関係が良好と言う者は多い。
まあ反抗期は来るが、それはこの世界では女性の方が顕著で異性を避けだす。そして大体はそれに後悔するのだ。
好きなあの子にいじわるして嫌われる子供のように。
男であるケイを含む友人たちも家族仲は良好である。
「母さん。流石に友達に手を出すのはやめてくれよ」
「出しません。でも見るくらいは許してちょうだい? あんな滅多に見られないわ」
ケイも見るなとは言えない。あんなのが街を歩いていたらみんな二度見すると思っているからだ。
今日の彼はそういう恰好をしていたのだった。
濃い青のTシャツに鼠色のスラックス。彼の元の世界の感性で言うところの無難な服装だ。
だがこの世界では違う。
「あんなに首元も開けて、上下とも体のラインが出ちゃってたわね。若いからそれがすっごく健康的なエロスを出しててすごかったわ」
そう。
この世界。少なくとも日本では彼は大概なレベルだった。
ちなみにこの世界での無難な男性の恰好は、上着や大きめのダボついた服でスタイルを隠せるコーデだ。ポンチョやケープと言った体を隠せるような物は欠かせない。
今は夏なのでそれが全体的に少々薄めとなる。ケイはもちろん他の2人もそのセオリーに則ってダボついた服装をしていた。
「……実は今度の学祭。あいつがライブの衣装考えたらしいんだけど、今日のアイツ見たら不安で仕方ないよ」
「そうね。わかったわ。絶対に見に行けばいいのね」
わかっていない。ケイは頭を抱える。
「あいつ、大学で私服どんなの着てくるかな、今から心配だ……」
あんな服を持っていたとは知らなかった。もう3年の付き合いになる。
ケイ自身もかなりの仲だという自負があったのだが、世の中わからない。
助手席から外を見て呟く。
ケイ自身乗ったことはないが、遠くでシャトルがちょうど宇宙へと飛び立っていた。