閑話 地球にて 春のはじめ
小学校での初めての席替え。
クラスでたった一人の男の子が隣になった。
わたしはその時はその子に一切興味がなかった。
だが、すぐに彼が笑顔で私に微笑んだ。
「よろしくね」と……
――あれはわたしの人生で初めての恋。
――わたしをわたしにしてくれたもっとも大切な出来事。
――あれからずっと。今も変わらず愛しい彼との最初の出会い。
幼き日の本当にちっぽけな子供の恋だ。
でも、それこそが私にとっては何よりも大切な物だった。
人によってはたったそれだけ?と笑われるかもしれない。
でも、それで十分なのだ。そう。わたしにとっては……。
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朝、いつもの時間に目を覚ます。
部屋の時計を見ると時刻は6時ちょうど。習慣なので目覚ましはいらない。
あらかじめ用意されているお風呂に入り、体を清め、容姿を整える。
しっかり身だしなみを整えるのは常識だが、どうしても彼と会える日と会えない日ではやる気が違う。ちなみに今日は会える日なのでしっかり気合が入っている。
うん。今日も良い感じ。と鏡の前で頷く。
その後朝食を食べ、前の晩に準備をしたカバンを持ち家を出る。時刻は7時少し過ぎ。
いつも通りの登校時間だ。
そして、いつものように使用人に車を出させ、高校へ向かう。
高校の駐車所で降り、まだ人もまばらな校舎に入り、誰よりも早く教室を目指す。
教室に荷物を置き、一度女子トイレで髪が崩れてないか見直す。
それから再び駐車場に向かう。
高校がある日はほぼ毎朝の日課となっている。
これを続けて今年がもう三年目になるのでしょうか。速いものです。
既に太陽も昇っているため、今の時期は朝でも心地のいい暖かさでありがたい。
再び靴を履いて目的地に行くと、既にそこには数名の女生徒がいる。
「「「おはようございます。連城会長」」」
どうやら彼女たちは後輩のようだ。わたしは挨拶を返す。
「おはようございます。皆さんお早いですね。あなたたちは誰を?」
全員が一人の男子の名前を答える。
確か一年の男子の名前だっただろうか?聞いておいて何だがそれに興味はない。
「連城会長はいつも通り七里先輩を?」
「ええ」
即答する。
むしろ彼以外にわたしに待ち人などいないのだ。
徐々に校舎から人が出てくる。
時刻は8時10分。彼を乗せたバスがそろそろ戻る時間……。
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「え……なにこれは?」
「ん? リオン何か言ったか」
色々忙しなかった週末も開けた。
世界が変わっても憂鬱なことに定評のある月曜日となり、高校にバスで登校した気だるげな男子一同を出迎えたのは、少なく見積もってもその倍ほどはいる、文字通りの女子の大群だった。
「まるでアイドルだな……」
未だにこちらの常識を把握しきれない俺は呟く。
まさか出待ちを、それもされる側として体験することになるとは……。
言っておいてなんだが学校のアイドルが十五人ってのはさすがに多いかね?俺はアイドル卒業しようかな……?
そんなことを考えていたせいで俺は一人だけかなり出遅れた。
まあ怪我の功名で既に外に残っている人はいないらしい。良かった……。
そう安堵しながらバスを降りた。
「七里くん。おはようございます。どうぞ」
「ああ、おはよ…う…」
意識してないところに声を掛けられた。
なんとか挨拶を返すと一人の女生徒が手を差し出してきた。
まだ一人残っていたらしい。俺の位置からは見えない所に立っていたようだ。
つい面喰って、不躾にもその子をジロジロ見てしまった。
髪は黒、といってもほとんどの生徒が黒か色素が薄いことを理由とした茶色だが。
染髪禁止なお堅い校風なのだよ、我が校は。
彼女のその髪はとても艶やかだ。キューティクルでも直接塗っているのだろうかと思わせる。
だが、何よりも俺が着目したのは制服を押し上げる圧倒的胸部の主張……!
顔には幼さが残るがかなり整っている。どちらかとカワイイ系というやつだ。
そんな俺の目の前にいる美少女。
見覚えはあまりないが心あたりならある。
彼女は小学校の同級生だったような……気がする。
名字は確か連城とかだったはずだ。下の名前まではわからない。かなりの超進化を遂げているが、どことなく面影がある。
既に、いなかったはずの同じ中学の知り合いが何故かここに進学していることも確認済みだ。
理由は結局のところ、いまいちわからなかったがそういうことがあるのだ。彼女もそのケースだろう。
正直、同じ高校生に見えなかったり、かなり好みな大和撫子然とした黒髪巨乳美人に話掛けられたりで内心ドキドキである。
それでも俺は対応できるのだ! ハハハハハ!
……いけない。テンションがおかしい。
少し深呼吸しとこ。吸ってー吐いてー。吸ってー吐くー。
あ、いい匂い……。
他の男子は人数はまちまちだが、全員が女子を取り巻きにして靴箱へ向かって行った。それだけだ。
ならば、俺も彼女を連れてそちらに向かえば良い。簡単である。
つまりこれはちょっとした同伴出勤ならぬ同伴登校だろう。距離がアホみたいに短いが。
俺だけ彼女しか取り巻きがいないのは少々不満ではあるが、今は置いておく。そんなものは後からかき集めればいいのだ。
何せ女子は男が好きで俺は女子が好きなのだからWin-Winの関係だろう。集まらないはずがない。
とりあえずは俺の最初にして現状唯一のファン?である彼女を大切にしようじゃないか。
「じゃあ俺たちも行こうか連城さん?」
「はい! え……? あの……」
彼女の名前でも呼べたら良いのだが、残念ながら名前を覚えていない。聞くのも失礼なので今度調べておこうと思う。
なので、今日はそのままただ彼女を引き連れて歩き出そうとしたが、何か戸惑っているご様子。
見ると差し出した手をどうしようか悩んでいるらしい。しかし、こちらにミスはないはずだ。まさか俺の荷物持ちがしたいという訳でもないだろう。
俺以外の男子を待っていたということもないだろう。仮にもしそうだったら、俺は世を儚んで死にかねん。
最後に降りたのでここにはもう俺たちしか残っていない。
残る可能性は一つ。
やっぱり何かミスをしてしまったのだろう。仕方ない。後で確認しよう。
間違いはもうこの際仕方ないだろう。後々のフォローで捲って行こう。
とりあえず。この場は強引に誤魔化すことにする。
ここは昨日、箱崎さんから贈られた『現役女子高生が選ぶ! おすすめ少女マンガセット!』の中のネットで一番人気の一冊ではそれで微妙な空気を打破していたからな。
それをなぞらえれば凌げるはずさ。
そもそも他に俺には他に手がないのだし。自分では全く思い浮かばない。いっちょやったる。
「とりあえず。ほら、早く行こうぜ。遅刻扱いにはなりたくないだろ連城?」
「え? あの? ええ!?」
俺はそう言って彼女の小さな手を取って校舎まで駆け出した。ダメ押しにスマイルも忘れない。この世界ではどうだか知らないが当然ゼロ円だ。
ああ、でもやっぱり少し緊張する。
この世界だから振り払われるということはないが落ち着かない。手汗とか大丈夫だろうか。顔は間違いなく耳まで真っ赤だろう。
俺は彼女の方を見ることができずにそのまま走った。
我ながら、こんなシャイボーイでは先が思いやられる……。
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お か し い
今日の彼は……違う。
わたしにいつものようにカバンを預けてくれなかった……でも今日はわたしに触れてくれた。
いったいこんなことはいつ以来でしょうか。
小学生の頃は子供ゆえに男女の溝もなく、たびたび彼とも遊ぶことができ、その時に触れ合うことができていました。
しかし中学生にもなるとみな等しく思春期に入り、周りの目も気にしてか彼との接触は数えるほど。
高校に入ってからは皆無なので、これあ初めてではないでしょうか。
しかも先程のあれ……。
まるで、わたしがワカ従姉さんに訊かれたので教えた好きなマンガの中のワンシーンのようではないですか……!!
主人公の冴えない女子高生が学園の王子に手を引かれて走るという、女性たちの学生生活での憧れの行為の一つ。
図らずも実現してしまったとは……!?
とりあえず今日は手を洗わないでいましょう。
……オホンっ!話を戻します。
彼は元々そんなことをする人物ではなかったはずです。もしかしたら私の知らない所で何かあったのかもしれません。
学校内ではどこかの泥棒猫がわたしの七里くんに不用意に近づかないように既に整えてあります。
現在もそれが変わったようには見えません。
ならば……この前あった検査の時でしょうか。
ですが、こればかりはどうしようもありません。
件の七里くんもいつも通りに戻っているように見えます。では、朝のあれは何だったのでしょうか?
もしかして遂に私の気持ちに気づいてくれたのでしょうか?
それにしてはどうも先程から避けられているような気がしないでもないですけど。
やはり男子の気持ちを推しはかるのは難しいですね……
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連城アイサ。密やかに。だが誰よりも。彼に恋慕する少女。
髪型も、スタイルも、仕草も、性格も、知る限り全てを愛しの彼の好みに合わせた女で。
他を寄せ付けない圧倒的な行動力で恋敵を排除し続けた女王としてこの学び舎に君臨している。
彼女の恋の行方ははたして……?