五話 「ソラ」へ
俺の運命を決めたあの日から大体一年が経った。
あれからの俺は高校に通いながらも外交官になるための勉強に明け暮れた。
……というわけでもなく。わりと普通に高校生活をエンジョイして卒業した。
ちなみに政府からはこれで女心を勉強するように、との名目で少女マンガが大量に送られてきた。
いいのかそれで?もっと渡すべきものがあったのではないか?
俺は正直ろくに他の星の知識がない状態でここに来たぞ。
まあそれはさておき、最後に残っていたこの世界での学生生活だが、はっきり言って、すっごい楽しかった。
何しても女子にちやほやされるとか、最高だ。前の世界と比べたら人生イージーモードだろう。
正直もう少し学生していたかった。
一年間過ごしてわかったが、こちらの男子はどうにもかなりの草食系になっているようだ。むしろ、女性を苦手としていると言ってもいいだろう。
感性の違う俺が無双できるのもやむなしだ。
それに全体的に男女とも顔面偏差値が高めに思えた。致命的なブサイクがいないのだ。
これはあくまで個人の想像だが、おそらく不細工な遺伝子は自然淘汰されたのだろう。自然の摂理というやつだな。うん。
俺としては実に都合がいい。どうせならかわいい子の方がいいしな。うんうん。
総評としてこの一年間はそれはもうウハウハだった。
ここらでいっそもう大人になっちゃう?なんて調子に乗ってしまいそうな感じだった。
まあ、その話は置いておこう。俺はまだお子様のままなのだから。
実際は学校の外で女子と遊んだりなどはしてないし……。
別に?ヘタレたわけじゃないし?ただ男子との付き合いのが大事だと思っただけだし?
ああー女子とも遊びたかったわー。あー。
いや、何というかね……。こっちの女子とは二人きりになるのが怖かった。ガチで。
彼女たちは欲求不満なのか、たまにこっちを見る目とか血走ってたし。こちらの男の消極さも納得な感じのがっつきっぷりだ。
追われたら逃げるだろ?俺なら逃げる。
流石に股間を凝視されるのは俺でもちょっとってなるんですよ。
前の世界の男子高校生でもここまで酷くなかったはずだ。こちらの女子はケダモノかなにかなのだろう。
そのせいで最近ほんの少し女性が怖い。こんなことで異星人との交流ができるのだろうか。男が少ないところにのこのこ行くのはどうなんだ?ちょっと憂鬱だ。
『……あの…どうかされましたか? 七里くん?』
「ああ、お気になさらず。箱崎管理官。少し学生生活を懐かしんでいただけですよ」
『ふふ。ほんのひと月前まで高校生だったのですから無理もないわね。いいですよね、高校生』
うっとりしながら俺にそう返す。
この世界のことを考えると高校生の前に男子が付いているんだろうなぁ……。
俺はスペースポートで政府のシャトルに搭乗している。
そうだ。ついに、この星の男の代表として宇宙に出る時が来たのである。
現在、俺が乗っているシャトルの外観はせいぜいが十人乗りの小型飛行機と言ったところだ。
これがノンオプションで普通に大気圏を離脱できるらしい。
こちらの地球の技術。特に宇宙関連の物はとても高レベルになっている。
小型のシャトルはスペースポートから最初だけ加速をつけてスタートする。
その後は機体自体の性能で飛ぶらしい。これで事故がほとんど0パーセントらしいので不思議だ。
内部構造はよくわからない。俺がすぐにシャトル内の個室まで通されて外に出てないからだ。
そしてこの通された個室だが、やたら居心地がいい。
まず、個室にはパソコンのような埋め込み式の端末があるデスク、ベッドにソファーに冷蔵庫がある。全て最新の物だ。
備え付けの設備も普通のマンションと同等の設備があった。俺はここに住める自信があるぞ。
そして今はその端末を使って箱崎管理官と会話をしている。
彼女は、あれから事あるごとに俺の面倒を見てくれてた。直属の上司扱いらしいが、実体は世話役みたいなものだ。
「ところで管理官……今回の外交はどのくらいの日程になるんですかね? 俺そういうの全く聞いていないんですけど……」
そうなのだ。
俺は本当にいくつかの宇宙においての注意事項と無重力環境下での活動訓練。外交に関する話もほとんど聞かされてはいないのだ。
案外、本当に売られるかもしれないと疑ってしまう……。
『今回は同盟五大星へ行くようになっています。一つは地球なので良いとして、後の星は覚えていますよね?』
「はい。バールバトア、セーベ、アプラ、マルシアですよね?」
『正解です。正式な外交官としてはその四つに行くことになっています。後は一応の顔見せとしてソファラスですね。こちらではあなたのメディカルチェックを行います。なので、そちらがメインでちょっとした休憩とでも思ってもらえばいいです』
「わかりました。しかしいきなりそんな大国でいいのですかね。言葉とか誰かが翻訳してくれるんですか?」
『大丈夫ですよ。宇宙の公用語は日本語ですから』
「は?」
今何と言った?日本語が公用語だと?
俺が使うと思って高校で必死に英語の勉強をした時間を返してほしい。そういうことは先に言いなさい。先に。
『先の戦争の時、バルバの女王が日本人と仲良くなって日本語を気に入って覚えた結果。明確な言語がなかったバルバで広まって、そのまま統一同盟の公用語になったらしいですよ?』
「言語がなかったって……。それで宇宙相手にケンカ売って勝てるもんなんですか?」
『強いですからね。今でもバールバトア対同盟の他の全ての星で戦っても、バールバトアが余裕で勝つと聞いたことがあります』
どんな戦闘民族だ。あれだろうか。手からビームとか出したりするんだろうか?
『見てのお楽しみよ』
どうやら出すっぽい。怒らせないように気を付けよう。
「あ、あとこのシャトルって他に乗る人はいないんですか? さっきから俺一人なんですけど。パイロットの人とかは?」
『いいえ、そのシャトルはあなた専用機よ。運転から身の回りのお世話まで、全ての動作をセーベで作られたAIが行うようになっているの。シャトルと言っても実態は飛ぶホテルのような物ね。宿泊用の施設が確保できていない時は悪いけど、そこに寝泊まりしてもらうわ』
「ここまでしっかりした物なら文句はないですよ。せいぜい一人なのが少し寂しいくらいですかね」
『そうね。でも、あなたの安全を守るための一人乗りだからそこは諦めてもらうしかないわね。それ以外は全て完璧だから大丈夫よ。そのシャトルだけでマルシアの艦隊一つ分くらいの戦闘力だから荒事も問題ないわ』
重介護か。
しかしその力が発揮されるような危険な場所に行くことはないと信じたい。
『シャトルはこちらの予定表に従いつつも、現場の情報をリアルタイムで判断して行動するわ。スペースポートの状況からして多分、もうしばらくしたら発進よ。宇宙に出たらすぐのゲートに入れば、バールバトアのゲートに出るからあっという間に着くわよ』
「ゲートですか。それもセーベの発明品なんですよね。本当にすごいな」
『そうね。そんなすごい星だから、そことも是非縁を結んで欲しいの。頼むわよ』
「了解しました。しっかりこなしますよ」
俺は敬礼をする。
外交官は敬礼をするような儀礼はないと思うが。その場のノリだ。
『コレヨリトーキハシュッパツノタメリリクジュンビニハイリマァス。』
そこで、ちょうど出発する旨のアナウンスが流れる。色々ツッコミ所があるな。
「……どうにかならないんですか。これ?」
『あはは。セーベに行った時に相談してはどうでしょうか。開発者の方とも会える手はずになっていたはずですし……。アフターサービスもしてくれるんじゃないですか?』
「そうだと良いですね。では……行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい。ゲートに入るまでなら私との通信が接続しますので、何かあればすぐにおっしゃってくださいね?現地ではそれぞれで案内が付くから安心して。……あなたの無事と成功を祈っています」
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通信が切れる。
俺はデスクの椅子に着いているベルトをそそくさと身につけ衝撃に備える。
何だかんだ言って、ついに宇宙に出ることになるのか……。思ったよりも不安よりも期待の方が大きい。
俺は部屋で一人笑う。
「さて初仕事か。まあ楽しもうかな。この宇宙を」
シャトルは飛び立った。それは、彼がこの世界に来たときと同じく静かなものだった。