一話 いわゆる一つのあべこべ世界
俺は七里梨恩。
ちょっと女子っぽい字面だが、普通に健康健全な男子高校生だ。
俺が目を覚ました時、世界はそのあり方を変えていた……ってのは物語の始まりの言葉としては、ありきたりすぎるだろうか?
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あれは本当に突然だった。
いつものごとく朝起きて、食事をとって、授業の準備をしてから自転車で学校に向かった。
自転車は一般的なシティサイクルタイプのわりに高い金で買っただけあり、丈夫で卒業まで余裕で使えるであろう自慢の逸品だ。
その日は体育があったので、俺たちはジャージに着替えて校庭にで体を動かしていた。
そこで、ちょっとのミスで俺は頭を打って昏倒したため、担架で保健室に運ばれたというのを薄っすらと覚えている。
ここまではいつもの世界だった。
断言できる。
保健室の真っ白なベッドで目を覚ます。
すると、同じクラスでも親しい友人二人がすぐ傍にいた。既に二人ともジャージから体操服に着替えていた。
倒れた記憶は残っているので、見舞に来たのだろう。二人を見るに既に体育の時間は終わっているらしい。
「お! リオン起きたな! 先生ー!」
友人の一人、シュンが保険医の先生を大声呼んだ。
こいつらが揃ってここにいるということは、今は昼休みの時間かなとあたりをつけた。
「はーい。大丈夫? 七里くん。意識はしっかりしてる? 痛むところはないかしら?」
俺の体調を尋ねながら保健の先生が、俺たちのいるベッドのある部屋に入ってきた。
彼女はこの学校では比較的若い女性の先生だ。
入学以来、何度かお世話になっている。まあ三年になっても未だに名前は覚えていないのだが……。
「あー……はい。特に問題ないです。ところで、今は何時か聞いても良いですかね?」
「今は四限の時間だ。ほら、お前の着替え持ってきてるから。着替えろよ」
横から友人の一人であるケイが、ちょうどこの学校の四限の時間を示している腕時計を俺に見せる。もう一方の手で床の籠に乱雑に入れられた俺の制服を指差す。
おそらく彼らが持ってきてくれたのだろう。
「おうサンキュな。ところで、今は授業のまっただ中なんだけど……。お前らサボってていいのかよ?」
感謝しつつも、笑っても服を着替えるためにジャージを脱ぎ始める。
「っ!! わ、私は外にいるから終わったら教えてね!」
すると、保険医の先生は脱兎の如く保健室から出て行ったのだ。
俺はここで初めて、何かおかしくないか?と疑問を抱いた。
「お前、やっぱり頭打ってどっかおかしくなったんじゃないか……? ちょうど明日は検査だし頭を念入りに見てもらえよな」
「は? どこがだよ。おかしいのは先生だろ? 若い女性とはいえ、保険医が男子の着替えで慌てて退室とかどうよ?」
外に漏れない程度の声量で話す。
どうよ? と自分で言っておいて何だが、俺はアリだと思う。恥じらいは大事だと思うので。
しかし、俺のそんな反論に二人はいよいよダメだとでも言うようなジェスチャーをしだした。
こちらとしてはおかしなことを言ったつもりは全くないのだが……。
「リオン。頭だぞ」
「何が頭だはっ倒すぞ! ったく。着替えも終わったし帰るぞ」
ケイにそう言われながらも制服に着替え終わる。
顔を赤らめた先生が申し訳なさそうに部屋に戻ってきたので、俺たちはしっかりとお礼を言ってから保健室から退出した。
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「今から出てもどうせ授業わかんねーし。部室行こうぜ部室!」
「そうだな。どうせ昼は部室で食うし。そうするか」
「は? 部室? 誰か部活入ってたっけ?」
シュンがそんなことを言い出した。ケイも同意するがこれは確実に変だ。
確か、このメンツは誰も部活には入っていない。
そう言うも、二人は鼻で笑うと黙ってついてこいとでも言うように歩き出した。
「……絶対に後で怒られるな」
俺は観念して友人の背を追いかけた。このサボりが内申に響かないことを祈るばかりだ。
俺たちは連れたって保健室のある一階から三年の教室のある三階に上がり、今まで見たことのない豪華なドアのある部屋の前にいた。
ダブルロックで、銃弾すらも通さなそうな厚さである。
「ん? こんな部屋ウチの学校にあったっけ?」
「リオン、お前マジで大丈夫かよ。俺ら二十八期男子部の部室だろ? 何言ってんだよ?」
ケイが懐から取り出した鍵でドアを開けながら、心底心配そうに聞いてくる。
お前こそ何を言っているんだ。そもそも男子部ってなんだ。
貴腐人が大喜びしそうな雰囲気を感じるぞ。そんな部活は今すぐやめちまえ。
俺たちはやたらと内装と調度品が豪華な部屋に入る。二人はそこのソファーに迷いなく身を任せる。
人一人くらいならゆったり横になれる大きさの物が四つもあるのに一人で一つ使っている。なんて贅沢な。
こんなソファーが公立高校にあるのが何だか信じられない。つい座るのに躊躇してしまう。
そんな俺をよそに二人は話し始める。俺もあきらめてその一つに腰掛ける。
座り心地は最高だ。やるじゃないか。
「はあー。明日の検査憂鬱だよな!」
「まあ授業はサボれるし良いだろ。面倒だけどな」
先程から要領を得ない会話が続く。
「なあ。さっきから色々分かんないんだが。ここもそうだけど検査ってなんだよ? 健康診断か?」
健康診断はあるが、この時期ではないはずだ。それに、別に健康診断だからといって授業はサボれないはずである。
「リオン。お前マジでヤバいな! 検査は今まででもう確か……40超えるくらい受けただろ? 忘れたのか?」
「前はお前も、流石にめんどくさいって言ってただろ」
俺はそんなことを言ったのか?
記憶には……ないぞ。
「何でそんなの受けないといけないのか。三十字以内で述べよ」
「三十字なら、自治体は男性の体調の詳細の把握に努めなければならないため。くらいか? 実際はもっと色々理由はあるが」
「あーそんな感じだな! 流石だなケイ!」
そんな感じそんな感じとシュンがうなずく。
なるほど。と言いたいがまだまだ全然わからない。
「何で自治体がそんなことすんだよ? てか、女子の体調も気にしてやれよな」
「お前優しいねー。流石に人気者は違うな。ダンから聞いたけど、中学からお前を追っかけてきた女子の数。ウチの歴代男子で一番多いらしいぞ! 良かったな!」
「とりあえずこれ以上説明すんのめんどい。復習したいなら自分のケータイか教科書で調べてどうぞ。ここなら俺ら以外は入ってこれないしな」
こいつらめ……。まあ、確かに自分で調べた方が早い気もする。
幸い、授業をサボったおかげで時間は余裕がある。ポケットには愛用の便利な板も入っている。充電も満タンだ。
ならば、たっぷり調べることにしようか。
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……それから俺は、それはもう心ゆくまでたっぷりと疑問を調べた。
だが、疑問を解消しようとしたら新たな疑問が生まれる悪循環にはまり。一息ついた時には昼休みが終わっていたのを通り越していた。気が付くと今日の授業は全て終わっていたのだ。
やってしまった……。
俺の荷物は二人が部室に持ってきてくれた。その上、授業に出ない適当な言い訳までしておいてくれたらしい。
ありがとう友よ。
では、調べた結論から言おう。
俺は男女比率1:1が崩壊した世界に来てしまったようだ。
ここの世界は日本の政府発表で男女比1:40。この学校だとクラスに男子はそれぞれ一人だけとなる。
長年に渡る男性の減少により人類絶滅のカウントダウンすら聞こえそうなレベルだ。
そして、そこを起因としてなのか男女の価値観や、社会的立場から人間の生態までも大幅に変化しているようである。
例えば、女性は家で家事をして、男性は外で働くなんて慣習は当然に逆転している。
他にも男性は露出控えめで、女性は露出など大して頓着しない。
女性の方が性に関心を持っていて、男性が女性にアプローチするよりも逆のパターンの方が多いようだ。
俺の見ていたそういうサイトも見事に逆転していたので、ブックマークを解除したのは内緒だ。
ちなみに男は家にいても家事をするとは限らない。
他の女が家事をするのがほとんどらしい。一夫多妻制だからだそうだ……。
つまりは、ここはいわゆる一つのあべこべ世界であるらしい。
……本当にどうしてこうなった!?