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9 彩夏5

 食べ過ぎたら運動するしかない。このままでは自分の体はトドかアザラシまでまっしぐらだ。


「いいじゃないか。アザラシってかなりセクシーかもしれないぞ? たしか、寸胴(ずんどう)体型でくねくねしてるくせに、海の中では自由自在に泳ぎ回る生き物だろ?」

「生憎、私が目指すセクシー路線はアザラシじゃないのよ」

「トドも可愛いぞ? たしか、鼻先で輪っかを持って芸をするんだよな」

「それはアシカ。・・・ついでに私はトド路線もアシカ路線も目指してないからっ」


 たしかに世の中には色々な人がいる。

時にはトドやアザラシやアシカに「くぅーっ、あのセクシーさがたまらんっ」とか言う奴もいるだろう。別にそれはそれでいい。彩夏にしてみれば、自分に関係ない所であれば、どれほどトドに愛を語る男がいても許せる。

 しかし、これが自分のこととなれば話は別だ。

 

「ちゃんと協力しなさいよ、サード。私のナイスバディ計画の為にっ」

「・・・へいへい。けど、ディアって走るの、遅いしな。というか、もう歩いてるだろ、それ?」

「あんた達と比べないでっ。言っとくけどねっ、そうそう女の子に体力あるわけ無いでしょっ」

「まあ、鈴音はもっと体力なかったけどな。・・・だけど、それを言うなら、もっと運動出来ない鈴音の方がナイスバディじゃなかったか? どう見てもディアの方が、・・・・・・うん、胸はかなり・・・そう、謙虚って言うのか、謙譲の美徳って感じだろ?」


 彩夏は黙ってサードの鳩尾に肘鉄を入れた。言い方を美しくすれば許せるというものではない。


「って、いったーいっ。あんた、その腹、どこまで鍛えてんのよっ」

「人を殴っといて文句言うかぁ? って、お前、本当に非力だな。そんなんじゃ誰にもダメージなんて与えられねえぞ?」


 そんな二人は、現在、森の中を並んでジョギング中だ。

ウェストを少し幅のある紐で調節するタイプのフリーサイズなズボン、そしてシャツにベストといった格好で彩夏は走っている。

サードは、Tシャツに短パンだ。ファーストやセカンドはあまり露出的な格好をしないが、サードは暑苦しいのが嫌いなのか、そういう格好が多い。


「まあ、この辺りに、・・・人、の気配はないからいいけどな。ディア、もしもお前の世界が映し出された世界があれば言えよ? そして俺以外の気配があれば、即座に俺に言え」

「ん」


 こうして走っていると、時々、空中に水たまりとしか言いようのない水鏡があるのだ。

そこに映し出された世界は、それこそ真っ赤な灼熱地獄のような溶岩の中でイタチみたいな生き物達が楽しそうに生活していたり、氷と雪で閉ざされた世界の中で全身が毛で覆われた生き物達がくつろいでいたり、はたまたヒトデやウニみたいな生き物が陸上で生活していたりと、かなり脈絡がない。

 それでも水たまりがあれば、二人は立ち止まってその中を覗き込むようにしていた。


「うわっ、何これ。水たまりがどっちゃりあるよ、サード」

「何だよ、これ。こんなの初めて見たぞ」


 日中でもぼんやりと光っている泉の方向へ走っていると、そこには数十個程の水鏡が浮いていた。


「数が多すぎる。手分けするか。ディアは左から順に見ていけ。俺は右から見ていく。お前の世界っぽいものがあれば言えよ。勝手に判断するな」

「うん」


 この水たまりはかなり大きさもまちまちな上、彩夏にとってのフェイクもしっかりあるのだ。

以前、まさに渋谷駅前のビル街みたいな世界が映し出されていた小さな水たまりがあったので飛び込もうとしたのだが、なんと角度が変わって映し出された人々の姿を見たら、・・・・・・二足歩行をする鼠達だった。厳密に言えば、彩夏の知る鼠とは細かい部分がかなり違ったので、鼠に似た生き物だった、

そういうことになるのだろう。

(鼠の惑星・・・。それこそ、私が動物園に放り込まれてしまってたわ。もしくは保健所行き?)

あの時は、飛び込もうとして勢いが止まらない状態になっていた彩夏に、サードが気づいてさっと助けてくれたから良かったものの、そうでなければ、とんでもないことになっていただろう。

「いいか、ディア。間違った世界に勝手に飛び込まれたら、もう助ける手段はないんだ。だから飛び込む前に声は掛けろ」

と、サードからは口を酸っぱくして言われてしまった。

彩夏は、

「ごめんなさい。助けてくださってありがとうございました。サード様」

と、拝みまくって平謝りした過去を、都合よく忘却の彼方へと流し去っていたのだが、やはりサードは忘れていなかったらしい。


(だけどさ、この水たまりだって時間がたったら消えてしまうんだもん。焦っちゃうのは仕方ないよね)


 そう思ってしまう彩夏は、結局あまり反省はしていない。結果良ければ全て良し、だ。

チラリと見れば、サードも熱心にチェックしていってくれているらしい。色々な方向から眺めるようにして、彩夏の世界を探してくれている。


(本当に、ね。良い人達だって分かっちゃうから複雑なのよ)


 鈴音を誰かにくれてやるだなんて冗談ではないが、同時にファーストはかなりいい男だとも思う。無愛想だけど。ついでにデリカシーもなさそうだけど。

 それでも鈴音を大事にしてくれるという意味でなら、これ以上は望めなさそうでもあると、思いはするのだ。

 

(どうしてお姉ちゃんは元の世界に帰ってきたんだろう)


 ファーストは苦手なので近寄りたくないのだが、セカンドやサードの様子を見ていたら分かる。鈴音は全くこの世界で困ってなどいなかった。それどころか、おそらく・・・・・・。


「きゃっ」


 色々なことを考えていたから、周囲への注意が疎かになっていたのだろう。

 ぐいっと腕を掴まれて、彩夏は悲鳴をあげた。


「ディアッ!?」

「ちょっと何よっ、いきなりっ。・・・痛いじゃないのっ」


 彩夏の腕を掴んだのは、見知らぬ男だった。

 サードより背も高く、がっしりしている。ただ、髪の毛は濃い茶色で、瞳は黒に近かった。肌もかなり浅黒い。シャツは身につけておらず、短パンだけだ。だが、何もアクセサリーをつけないサード達と違い、この男は二の腕や手首にもバングルを嵌め、幾つものペンダントを身につけていた。

 野性的な魅力のある男だ。


「ロインのセカンド、その手を離せ。彼女を傷つける気か」

「断る。お前に命令される理由はない。この娘は何も身につけていない、そうだろう、ジリスのサード?」


 サードの要求を、その男はニヤリと笑って拒否した。彩夏を掴む腕が更に強くなる。


(いた)っ。痛いって言ってるじゃないのっ、この馬鹿力(ばかぢから)っ」

「・・・へえ。なかなか気の強い娘じゃねえか。気に入った」

「あんたになんか、気に入られたくないわよっ。手を放せって言ってんのっ」


 じたばたと彩夏が暴れても、ロインのセカンドと呼ばれた男の力は緩まない。この際だからと、腕を掴まれたまま、その太腿(ふともも)()こう(ずね)に蹴りを入れたのだが、全く気にしていないどころか、全くダメージも受けていないようだった。


「かなり()きがいい娘だな。普通、もっと怯えてしくしく泣いているもんじゃないのか、女って?」

生憎(あいにく)、その娘はこちらが先約だ。渡してもらおう、ロインのセカンド」

「断るって言っただろ、ジリスのサード」

「彼女の意思を尊重し、彼女が受け入れる気になってから石を渡すつもりだった。これでもじっくりと関係を深めているところだ。従って、その手を放してもらいたい。・・・大体、彼女を見れば分かるだろう。どう見ても嫌われてるぞ、お前」


 さすがにサードの言葉にも呆れが入る。ていやっと掛け声を掛けて飛び蹴りを喰らわそうとしている彩夏はどこまでも彩夏だ。まあ、ロインのセカンドの本性はアレだから、全く痛くも痒くもないだろうが。


「そんな悠長なことを言ってるから、間抜けを晒すことになるのさ。お前の所のファーストがいい笑い者になってるって知らんわけじゃないだろう? 石を贈っておきながら女に逃げられた前代未聞の恥さらしってな」

「へえ、うちの兄貴を侮辱する気か? その気なら受けて立つぜ」

 

 それまで余裕をかましていたサードだったが、一気に気配が変わる。


(何? ・・・怖い)


 彩夏はびくりと震えた。知らず、後ずさる。

 彩夏の腕を掴んでいた男も、チッと舌打ちして彩夏を後ろへと庇った。掴まれていた腕は放されたのだから逃げられる筈なのだが、どう見ても、この男は彩夏を守ろうとしている。


(いや、だけどあんたが悪役だから・・・。て、私はサードの所に行きたいのよっ)


 ロインのセカンドと呼ばれた男を通り抜けてサードの所に行きたいのだが、ロインのセカンドの腕は後ろにも目がついているかのように、彩夏の行動を阻んでくる。

 そして、それまでのどこかやんちゃな感じの、それでいて頼りになりそうだったサードは姿を消していた。そこにいるのは、戦闘態勢に入った恐ろしいだけの・・・。


「そこまでだ。その娘から離れろ。ロインのセカンド」


 そこへ、彩夏がどちらかというと苦手な男の声が掛けられる。だが、今なら地獄に仏だ。


「ファースト」

「兄貴・・・」

「ジリスのファーストか。・・・お前さん達を相手に俺一人ってのはきついんでやり合いたくはないが、しかし誰の手もついていない女がいれば、その場に居合わせた男達全てが望む権利はある。違うか?」

「たしかにその通りだな。来なさい、ディア」


 彩夏はファーストの所へと駆け寄った。今度はロインのセカンドと呼ばれた男も止めなかった。ただ、少し切なそうな表情になっただけだ。彩夏はそれに気づかなかったが。

今、一番頼りになるのはきっとファーストだ。そのままぎゅっと、ファーストのシャツの裾を彩夏は握る。

自分が反発するのは、この男の余裕がむかつくからで、そしてそれでもこの男は自分を見捨てないと分かっていた。

ぽんと、彩夏の頭にファーストの大きな手が載せられる。それは、安心しろと言われているかのようだった。

 

「ディア。基本的に、こちらに来てしまった女は、最初に見つけた男と伴侶になることが多い。だが、時には複数の男達が見つけることがある。その場合は、男達は戦ってその女を得るか、・・・場合によっては女に選ばせる。さて、ここにフリーの男は俺達三兄弟と、ロインのセカンドの四人だ」

「え?」

「本来は戦うものだが、それはあまりにロインのセカンドにとって不利すぎるだろう。三対一となるようなものだからな。戦うのが不公平である以上、ここはディアが選ばねばならない」


 見れば、向かい側にはセカンドがいた。四人の男達は、それぞれ四方に存在していることになる。彩夏の耳元に唇を寄せて、ファーストが小さな声で囁いた。


「セカンドかサードを選んでおけ。あいつを退ける為だ。本当にお前が伴侶にされるわけじゃない」


 彩夏は、ロインのセカンドと呼ばれた男に目をやった。自分をまっすぐに見つめてくる眼差しはとても激しい。

 さっきまでは遠慮なく蹴りつけていた男だったのに、今度は近寄ろうものなら喰われてしまいそうな恐ろしさがある。近づきたくなどない。

彩夏は更にファーストへとしがみついた。すると、余計に男からの視線がきつくなる。


(怖い・・・。どうしてこんな目に遭うの、もう嫌だ)


 困ったような気配を滲ませて、ファーストが語りかけてくる。


「ディア。お前が選んでくれないと、俺達もどうしようもできん。頼むから選んでくれ」

「あ・・・、ごめんなさい」


 意を決して、彩夏はサードと言おうとした。一番、仲がいいからだ。

 だが、言葉が出なかった。

 

(言えばいいだけなのに・・・。セカンドでもサードでも、・・・それこそファーストでも)


 なのに言葉が出ないのだ。言葉を出そうとすると、苦しくてたまらない。

 咽喉(のど)が苦しい。

彩夏は両手で咽喉を押さえながら、その苦痛に耐えた。


「ディア? ちょっ、お前、どうしたんだよっ。ファースト、ディアの様子がおかしいっ」

「分かってる。あまり大声を出すな、ディアに響く」

「ディア、無理して話すな。落ち着け、すぐ助けてやる。・・・ファースト、サード、まずはディアをどこか休める所にっ」 


 サードとセカンドの声が遠くで聞こえる。自分を支えてくれているファーストの腕すら、もう分からない。誰が抱き上げてくれたのか、すら。

彩夏は、苦しさのあまりに涙を零しながら、助けを求めて叫んだ。


「助けて、助けてっ、お姉ちゃんっ」


 その時、彩夏の前に水たまりが現れた。



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