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6 鈴音3

 食事を終えると、セカンドとサードが皿洗いをしてくれた。


「作ってもらった以上、片付けは俺とサードがやるのは当然。それに鈴音、部屋の掃除までしてくれたんだろ? かなり綺麗になってる」

「そうそう。まあ、あんまり頑張りすぎるなよ。見知らぬ所に来たってだけで、かなり心は疲れるもんさ。無理せず、のんびりいきなよ」


 セカンドとサードにそう言われ、仕方なくダイニングの椅子に座っている鈴音である。ファーストはのんびりと本を読んでいる。ちらりと見たが、全く読めなかった。日本語ではない。


(考えてみれば、鈴音って呼び捨てにされても気にならないのって、どこか日本のイントネーションとわずかに違うからなのよね。実際、日本語を話しているのに、日本人らしさがないのよ、この人達)


 やがてコーヒーの香りが漂い、セカンドがマグカップを差し出してきた。


「ミルクと砂糖は?」

「ミルクだけください」

「へえ。サードと同じだな」


 ファーストはブラック、セカンドは砂糖を少し、サードはミルクを少し、そういった好みらしい。尚、鈴音はミルクをたっぷりだ。


「それ、コーヒーじゃなくてカフェオレって言わないか? まあ、可愛くていいけど」

「だって苦いと飲みにくいじゃないですか」


 サードが呆れたようにコメントしてくるが、悪意は感じない。

 三人はさっさとコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。


「じゃ、おやすみ、鈴音。明日の朝食時にまた来る」

「え? ファースト、ここで寝るんじゃないんですか?」

「ここは鈴音が一人で使えばいい。男と一緒じゃ、どうしても心配なことはあるだろう。セカンドもサードもこの近くに家があるし、俺達が食事を一緒にとるのは、別々に作るよりも手間がかからないっていうだけだ」


 しかし、鈴音の為に家主のファーストを追い出すのは気が引ける。


「本当に気にしなくていいよ、鈴音。ファーストも俺達も全く無理はしていないし、かえって同じ家を使う方が色々と気を遣うんだ。だって、男だけならシャワー浴びて裸で出てきても問題ないけど、鈴音の前だと問題があるだろ? 鈴音だってそうじゃないか?」


 セカンドが言う通りである。鈴音も否定できなかった。


「心配しなくても大丈夫さ。ファーストの家は俺達の中間にあるし、ここらは俺達の縄張りだから、まずよそ者は用がない限り近づかない。仮に何かあっても鈴音が叫べば、俺達はすぐに駆けつけるよ」


 そう言って、サードが鈴音の頭を撫でてくる。


「おやすみ、鈴音。ゆっくり休め」

「おやすみ、鈴音。それでもちゃんと戸締りはして寝るんだよ。男なんて誰もが狼だからね、うん、まさに」

「余計なことを言うなよ、セカンド。じゃあな。おやすみ、鈴音」


 三人が出て行くと、一気にログハウスの中は静かになった。


「いい人達すぎて、・・・どうしたらいいのか分からないわ、私」


 それでもシャワーを浴びてクローゼットにあったネグリジェに着替えると、たしかに鈴音は納得した。

同じ家の中に男がいれば、それこそこんな格好はできなかった、と。

 そうしてベッドに潜り込んで、鈴音は電気を消した。


(きっと、三人とも私の状況を分かってるから、私の気持ちが状況に適応するまで待ってくれているのよね。・・・明日になったら訊いてみよう。ここはどういう場所なのか。そしてどうやったら戻れるのか。そして、知っておいた方がいいことも何もかも)


 多分、あの人達はきちんと教えてくれるという気がした。

 それを言おうとして、鈴音はいつもの聞き役がいないことに気づく。


「琥珀。・・・帰ってこないのかな」


 これが同じ家の中に誰かの気配があるなら一人で眠ることも全く怖くない。けれども、見知らぬ世界の中で一人は寂しかった。

 鈴音はサンダルを履き、玄関の鍵を開けて外に出る。

 街灯もない外は真っ暗で、ログハウスから漏れている光だけが地面を照らしていた。周囲にある森はあまりに暗く、鈴音では全く見えない。


「琥珀・・・。いない、の?」


 やはりセカンドかサードの家に行ってしまったのだろうか。森の中にいることもあるらしいから、もしかしたらと思ったのに。

 森の中に探しに行きたくても、怖くて足が踏み出せない。風なのか、獣がいるのか、ざざっと時に大きな葉擦れの音が響く。

 鈴音はあまりの怖さに身動きが取れなくなった。


「琥珀・・・」


 もしかして扉を開けて待ってたら帰ってくるかもしれない。

そう思って、鈴音は立ち尽くしていた。

だけど、そうやって待っていても琥珀は帰ってこない。それでも扉を閉めた途端に帰ってくるのではないかと思うと、どうしてもログハウスの中には戻りたくなく、それでも森の中へ行く勇気はなかった。

どこか遠くで、遠吠えが響いた。


「琥珀?」


 鈴音はその方向へと駆け出そうとした。が、そこで、足元にさっと何かがやってきて、その上に乗りかかってしまう。


「きゃっ。・・・あら? こんな所に何が・・・?」


 暗いので何があるのか分からなかったのだが、それを触ってみたら慣れ親しんだ毛皮だった。温度もある。

 

「・・・え?」


 その毛皮は、鈴音に体当たりするかのように、玄関の方向へと押してくる。その勢いのままに戻りながら、鈴音は玄関の明かりが漏れている所まで戻った。


「琥珀っ」


 明るい所で見たら、それはやはり待ち望んでいた獣だった。鈴音が抱きつくと、琥珀は小さく溜め息をついた感じになりながら、鈴音をぐいぐいと、ログハウスの方へと押しやった。


「分かったわよ、ちゃんと家に入るってば」


 琥珀が戻って来たなら外にいる理由もないのだ。鈴音は琥珀もログハウスの中に入ってから、鍵を閉めた。


「あ。だけど森の中にいたなら汚れてるわよね。琥珀、あなた、お風呂に入らなきゃ」


 犬の入浴方法は分からないが、これだけ大きい犬なのだから浴槽にお湯を張って、そこに入れて洗った方がいいだろう。シャワーではお湯が当たる面積が小さい気がする。

 犬に合わせて温めのお湯を張ってから、琥珀を浴室に連れて行くと、脱衣所に琥珀は入った途端、でんと鈴音に体当たりして、鈴音を外に押し出した。不意打ちだったので、鈴音も尻餅をつく。


「いったーい。何するの、琥珀」


 立ち上がった鈴音が脱衣所の扉を開けようとしたら、どうやら鍵が掛かっているらしい。


「やだ、琥珀、ドアが閉まった拍子に鍵が掛かっちゃったの? ・・・どうしよう、鍵、どこにあるのかしら。明日の朝になるまで助けてもらえなかったら」


 真っ青になった鈴音だったが、それでもどこかに鍵がないかとリビングの棚などを探してみる。それでもさすがに個人の部屋まで探す気にはなれない。

 そんな鈴音の気持ちも知らぬ()に、しばらくすると、全身が濡れた状態で琥珀が出てくる。


「琥珀ってば、もしかして一人でお風呂に入っちゃったの? ちゃんと洗ってあげるつもりだったのに。それに一人でお風呂に入れるだなんて、なんて賢いのかしら」


 それでもまだ体は濡れているし、ここは拭くのを手伝ってあげよう。

 そう思った鈴音がタオルを持ってきて琥珀の頭から拭き始めると、気持ちよさそうに顔を鈴音の首に押しつけてくる。

 ある程度、拭いたところで、鈴音は自分のネグリジェが琥珀の水分で完全に濡れそぼっていることに気づいた。


「ごめんなさい、琥珀。私も脱衣所で着替えてくるわね。あなたはほとんど乾いてるし、出てきたらまた完全に乾くぐらいに拭いてあげる」


 ついでに琥珀が入った浴槽のお湯を落とし、洗っておく。やがて鈴音が他のネグリジェに着替えて浴室から出てくると、琥珀の体は完全に乾いていた。


「もしかして琥珀、体をプルプルして水分を弾いちゃったの? 変な所に飛んでなきゃいいんだけど」


 それでも今日は疲れた。ファーストの部屋に行こうとする琥珀を無理矢理に自分の部屋に連れ込みつつ、鈴音は琥珀と一緒にベッドで横になった。

 逃がさないとばかりに、琥珀の体を抱きしめておくのは、何となく逃げ出されそうな気がしたからだ。


「私ってとろいのよね。・・・サードが釣ってきたお魚、あれだってファーストが持って行っちゃったの。私がちゃんとお手伝いすればよかったのに。だけど、魚の処理の仕方なんて分からないもん」


 琥珀の首に手をまわして体重を乗せているのは、先程の屋外の行動により、どうやら琥珀は鈴音の体重程度で潰れないどころか、場合によっては運べるとみたからだ。この大型犬はかなり力持ちらしい。

 クゥーンと、琥珀が鈴音の頬を舐めてくる。


「私の生活費だって、多分、日本円で払っても意味ないのよ。どうすればいいのかしら。これじゃ私、無駄飯食らいっていう奴よね」


 自分で言っておきながら心にグサリと突き刺さるものがある。鈴音は枕に突っ伏した。

琥珀は呆れたように、その鼻先で鈴音の頬をつついてくる。

 えへっと、鈴音は笑った。


「知ってる、琥珀? 動物には人の心を癒す作用があるのよ。アニマルセラピーって言ってね、こうして触れ合うことで人の心が元気になったりしていくの」


 琥珀の背中を撫でながら、鈴音は目を閉じた。


「そうだったわ、あなたのご飯、何をあげているのか訊かなくちゃ。琥珀だって長生きしなくちゃいけないんだから、犬に塩とかって本当に良くないと思うの」


 琥珀の体温が眠気を誘ってくる。鈴音は猛烈な眠さと戦いながら、最後に呟いた。


「おやすみなさい、琥珀。もう、どこにも行かないで」


 やがて一筋流れた涙を、琥珀が舐め取った気がした。それは鈴音の夢だったのかもしれないけれど。






 コーヒーの香りが漂ってくる。

 鈴音は慌てて飛び起きた。見ると、琥珀はいなくなっている。着替えて部屋を出ると、そこにはファーストがいた。コーヒーを飲みながら、本を読んでいる。


「おはよう、鈴音。早起きなんだな。まだ、あいつらは来ないぞ?」

「おはようございます、ファースト。えーっと、何かお手伝いとか・・・」

「朝は簡単にコーヒーとパンと卵料理だ。・・・卵を焼く以外はハムを切るだけか。ま、コーヒーでもどうだ? あいつらが来てから朝食にすればいい」

「はい。・・・あの、琥珀、見ませんでした?」

「ああ。森に行ったから、勝手に何か捕まえて食べてるだろう」

「え」


 鈴音はそこで動作を止めた。


(勝手に捕まえて食べるって何を? 何を食べてるのっ、琥珀っ。まさかと思うけど、もしかして・・・)


 どうしよう、これから琥珀に顔を舐められるだなんて耐えられないかもしれない。


「どうした、鈴音?」

「あの・・・、琥珀って森で何を食べてるんですっ? まさか、にょろにょろしたものとか、それとか、ゲコゲコ鳴いてるものとか?」

「は?」

「だって。そんなの、私の所でペッとか吐き出されたら・・・。綺麗好きな子だと思ってたのに、口からにょろっとか尻尾がのぞいていたりしたらっ、私、あの子と一緒に寝られないっ」

「・・・・・・。ああ、まあ、分かったから落ち着け、鈴音。別にわざわざ好き好んでそういうのを食べたりはしないだろう。きっとセカンドかサードの所へ普通の食事をもらいに行っている筈だ」


 カフェオレを出され、ありがたく受け取りながら、そう言えばと鈴音は思い出した。


「琥珀って、普段どんな餌を食べてるんですか?」

「普通の人間と同じものだな。・・・鈴音、こちらでは普通の動物とそうでない動物がいる。そうでない動物は人と同じものを食べると思っていい。だが、同時に人の姿をしていても、全く人とは違う物を食べる生き物もいる。だから何を食べるかは、当事者に訊くしかない」

「じゃあ、琥珀は・・・」

「鈴音と全く同じものでいい」


 鈴音はストンと肩の力が抜けてしまった。


「だけど、それで大丈夫なんでしょうか」

「ああ、問題ない」


 面白そうな顔になって、静かに笑ったファーストに鈴音は赤くなった。考えてみれば、この三兄弟が本来の飼い主なのだ。自分が心配することなど何もないだろう。


「鈴音。この世界に、・・・そう、鈴音が人間だと思う存在は、男しか存在しない。そのせいだろう、時々、よその世界から、女が迷いこむことがある。君はその一人だ。・・・基本的に、迷い込んだ女性は最初に見つけた人間が保護するか、もしくは施設に収容される。けれども施設に行ったら、確実に元の世界には帰れない。ここは焦らず、この家で暮らしてほしい」


 鈴音は何を言われたのか、最初は全く分からなかった。


「おっはよー、ファースト、鈴音。今日もいい朝だなっ」

「おはよう、サード」

「あ。・・・おはよう、ございます。サード」


 そこへ賑やかな声でサードが入ってくる。愛嬌のある表情で、サードは鈴音にウィンクしてみせた。


「安心しなよ。少なくともうちのファーストは他の男共より物わかりがいいぜ? 鈴音は運がいい。他の男共や施設に現れてたら、この世界に来たその日に誰かの嫁になってたからな」

「え?」


 笑顔で言われるような内容じゃなかった気がして、鈴音はその言葉を反芻した。


「余計なことを言うなよ、サード。鈴音が怯えるだけだろ。鈴音も気にしなくていい。俺達の母親は鈴音と同じ世界から迷い込んだ人だったんだ。ただ、母は色々と元の世界に心残りがあってね、だから俺達はずっと母の嘆きを聞いて育った。だから、・・・鈴音が望むなら元の世界に戻してやりたいってファーストは思ってる。けれど、他の奴らにとってそれはこの世界に対する裏切り行為だ。あまり口にしないでくれよ?」


 いつの間に来ていたのか、セカンドが鈴音に笑顔で話しかけてくる。けれどもその瞳は笑っていなかった。そこでファーストが立ち上がる。


「そんなことより、皆が揃ったなら飯にしよう。サード、コーヒーをもう一回作っておいてくれ」

「へーい」

「セカンド。ハムを切っておいてくれ」

「了解。鈴音はハム、何枚食べる?」


 見せられたハムの塊はかなり大きかった。


「一枚でお願いします」


 鈴音はパンを切りながら、どうしたらいいのかと、戸惑わずにはいられなかった。

 この三人の言っていることが正しかったとして、もしかして自分はかなりまずい場所にいるのかもしれない、と。


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