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8.宮殿の秘密3 また今度と言われても

 すぐに女性が現れて、ナディムのカップにコーヒーを注ぎ足す。

 なんだって答えると言われてもまだまだ疑問はあり、どれから聞こうか迷ってしまう。

「結局のところ、ここは何なの?わざわざ砂漠の真ん中にこんな宮殿を作って、精霊を使役し、外界の者が近づけないようにして」

 もったいぶって一拍置いてから、私は言葉を続けた。

「何かを守っているのでしょう?」

 回りくどいのは面倒だ。今更遠慮する必要もないだろうし、私は一気に核心部分を攻めることにした。

 これまでの話では、精霊は宮殿を維持するための召使いのような扱いで、さほど重要ではない印象だ。だとすれば、ここにはもっと重要な何かがあるはずだ。重要な役目を担っているとか?そうだろう。そうだろうが、きっとそれも核ではない。恐らくここには何かもっと重要な「もの」があるのだ。そして彼らはそれを守る役割を担っている。ナディムが言っていたよからぬことに利用されるのは、精霊ではなく、その「もの」の方だ。

 私の問いに、リシャールとナディムは神妙な様子で顔を見合わせた。その様子に私の推測が正しいことをを確信する。

「まあ待て。その前に俺たちにも質問させてくれ」

 なんでも答えると言っておきながら、やはり最重要事項をあっさりと教えてはてくれないようだ。

「……どうぞ」

 ナディムに私自身のことを話す義理はないが、多少の譲歩も必要だろう。それに、リシャールにならある程度話してもいいように思えた。彼は私が答えたくないことを無理やり聞き出そうとするような人ではない。

「あんた、どこかから逃げてきた奴隷か?」 気遣いも何もあったものではない質問に、リシャールがナディムを睨みつける。

「ナディム――」

「いいのよ。リシャールだって気になっているんでしょう?」

 身を乗り出しそうなリシャールを落ち着かせる。私のことで私以上に心を揺らす彼を見ていると、心が温かくなる。

「確かに奴隷として売られたわ。おかげでこのとおり」

 両手首の包帯を解くと、あらわになった手首には、まだうっすらと赤い痣が残っている。

「早く消えるといいんだけど……」

 リシャールはそっと痣を撫で、瞼を伏せた。

「リシャール……」

 じんわりと体の奥が熱くなる。優しく撫でる手はそのままに、顔を上げたリシャールと私の視線が交わる。

「おい」

 横から発せられたじっとりとした声に、私たちは二人揃ってはっとする。今、ナディムの存在を完全に忘ていた。腕を慌てて膝の上に戻す。

「えっと、売られたけれど、奴隷じゃない。街で悪党たちの取引きを見てしまって、捕まって奴隷商人に売られたの。その後競売にかけられて、お金持ちに買われて、砂漠越えの途中で逃げ出した」

「で、また運悪く砂嵐に呑まれたと」

 そのとおりという意味で、私はこくこくと頷く。別に嘘はついていない。悪党たちに捕まった経緯をちょっと簡略にしただけだ。

 リシャールを見ると、私の不幸な境遇にいたく心を痛めているようで、目尻が悲しげに下がっていた。一方のナディムは行儀悪く机に肘をつき、どうも納得いかない様子だ。

「ふーん。じゃああんたはとんでもなく不運だが、ごくごく普通の街娘ってことか」

 そういうことである。そんな目で見ず、おとなしく納得しろ。それに、経緯はともかく最終的にこうして無事なのだから、私はやはりとても運のいい女なのだ。

「まあいいや」

 ナディムにこれ以上掘り下げる気はないようで、安心した私はコーヒーに口をつける。

「サフ、ライエになにか甘いものを」

 リシャールの声に女性がクッキーをもって現れ、リシャールはお食べというようにそれを私の前に置いた。促されるままにぱくりと口に入れるたクッキーには、ナッツやドライフルーツが練り込まれており、おいしい。

「じゃあ次は私が質問する番ね」

 私が質問をしようと口を開きかけた時、赤い光が猛烈な勢いでナディムめがけて飛んできた。激突しそうなそれをナディムが素早い動きでよけると、光はひゅるるっと小さく螺旋を描きながら上昇し、ぱっと赤い少女が現れた。

「大変ですナディム様!」

 切羽詰まった1様子で赤い少女は叫ぶが、それに答えるナディムの様子は呑気なものだ。

「なんだ?今いいところなんだよ」

「お嬢様がお呼びです!今すぐに戻って来いと!」

 お嬢様という単語にナディムの様子が一変し、急にそわそわと落ち着きのないものになる。

「今すぐ?」

「今すぐです!いったい何をなさったのですか!」

 少女はぶんぶんと頭を振りながら火の粉を撒き散らし、ナディムは椅子を倒しそうな勢いで立ちあがった。

「悪いが俺は失礼する!続きはまた今度だ」

 そう言うとナディムは少女を伴って宮殿へ走り去さるが、途中で一旦足を止め、リシャールを手招きした。小走りでナディムのとこれへ向かったリシャールと何やら短い言葉を交わし、今度こそ宮殿の中へ消えていった。

 いったいどうやって帰るのだろう。ここは人の越えられない砂漠のど真ん中ということだが。

「今度って……」

 私はいつまでここにいるかわからない。出ていくときは忘れ薬を飲まなければいけないんでしょう?

 乾いた風に髪が揺られる。東屋を一歩出て、眩しさに目を細めながら青い空を見上げていると、リシャールが戻ってきた。

「慌ただしいよね。ナディムには恋人がいてね、アルセナと言うんだけど、彼はアルセナに頭が上がらないんだ。連れていた火の精霊も、アルセナのところの子なんだよ」

 嵐のように現れて、嵐のように帰って行った。出会い方が悪かっただけで、リシャールとも親しいようだし、ナディムは悪い人ではないのだろう。

「ライエ、もう少し私と話さない?」

 そう言ったリシャールの表情は、いつもと同じで穏やかだ。

「もちろんいいわよ」

 ただし、ひとつお願いがある。

「あのね、外の景色が見たいの。駄目?」

 ちょっと可愛く見えるように、小首を傾げてみた。普段の私は絶対にこんな行動はとらない。ではなぜ今そんな行動をとったのかというと、特に理由はない。ただ、なんとなくそうしたくなったのだ。

コップとかクッキーとか西洋っぽいですよね。アラビアン的にはどうなんでしょう。

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