7.宮殿の秘密2 ここはどこ
「順番に説明するよ。まずはライエも知りたがっていた、ここがどこなのか」
「お前、本当に何も話してないんだな」
ナディムがリシャールの話の腰を折ってつっこんだ。リシャールは邪魔するなと睨んでナディムを黙らせる。
「ここは人が越えることのできない熱砂の砂漠の奥の奥だ」
この宮殿はどこかの街にあるのではなく、オアシスがまるごとこの宮殿らしい。あの壁の向こうには砂漠が広がっている。
リシャールは視線でどこかわかっただろう?と問いかけてきた。
「スヴェナ砂漠」
リシャールは頷く。
スヴェナ砂漠は果てのない広大な砂漠で、人が越えることはできない。なので人々は砂漠のほんの入り口といえる辺りに街を作り生活している。そこまでならオアシスが点在しており、大陸道の中継点として栄えている街もある。
しかし、その先は一滴の水もない灼熱の死の大地が続くばかりで、軍隊も商隊も決して砂漠を越えようとはしない。砂漠の反対側にある街を目指す場合は、わざわざ砂漠を迂回するのだ。そのため砂漠の中心に何があるのか知っている者はおらず、様々な憶測から生まれた物語が流布している。
それらに影響された命知らずの冒険者が砂漠の中心を目指して旅立つことが、ほとんどの者は帰ってこない。
そうか、私はあのときスヴェナ砂漠にいたのか。
「スヴェナ砂漠の中心には黄金の宮殿がある。でも誰も辿り着くことはできない」
わたしは母からよく聞いたおとぎ話を思い出して口にする。
「小さな子のための作り話だわ……」
「そう思うならあとで宮殿の外を見てみろよ」
ナディムの態度がリシャールの話は真実だと告げている。そんなこと言われなくても、リシャールが真実を語っているのは分かっている。私は随分彼を信頼してしまっているようだ。ただ、頭がついていかないだけ。
「私はここで精霊と暮らしていて、炊事洗濯はすべて彼らに任せてある。ライエが彼らの姿を見たことがなかったのは、私が姿を見せないように命じていたからだ。ナディムの連れていた女の子も、コーヒーを運んできた女性も精霊だよ」
ここにいる精霊はみな宮殿の主であるリシャールが使役しているらしい。
「なぜ私から姿を隠す必要があったの?」
私が驚いてはいけないからだろうか。確かに今も驚いているが、だからといって何か問題があるわけではない。
「人は精霊の存在を知らない。おとぎ話だと思っている。私はこの宮殿の主として、ここを守らなければならない。そのために、ここに関する一切のことを人に知られてはいけない。そういう決まりなんだ」
「知らなければよからぬことを考えることもできないだろう?」
リシャールの説明にナディムが軽い口調で補足した。
つまり精霊の存在を知った私が、悪事を働くのを警戒したわけだ。私はそんな悪党ではないのにと少し落胆した。
「本当は部外者を連れてくることも禁止なんだぜ」
ナディムの言葉にちらりとリシャールを見る。ならどうして私を助けたのだろうか。
それはさて置き、私は知ってはいけないことをはっきりと目で見て知ってしまったわけだ。これまでのリシャールの反応からして、これは面倒な事態なのだろう。
「私はどうなるの?このままってことはないんでしょう」
しばらくの沈黙の後、リシャールはゆっくりと口を開いた。
「私はライエといるのが楽しかった。もっと一緒にいたかったし、私のことを覚えていてほしかった。だから隠したんだ」
どうしてリシャールは、真っ直ぐにそんなことが言えるのだろう。一緒にいたいだなんて。聞いている私は、急に恥ずかしくなって、もじもじと視線を泳がせる
「すべて忘れてもらう。ここで少しでも何かを知った人には、これを飲んでもらう」
そう言ってそっとポケットから小さな小瓶を取り出し、机の上にことりと置いた。透明でこじゃれた彫り模様が施された小瓶には、薄桃色の綺麗な液体が入っている。
「忘れ薬だよ」
ああ、彼はこれを私に飲ませたくなかったのか。信用されていなかったわけではない。そのことがわかり、私の顔に笑みが浮かぶ。
「私に見せてもいいの?それを奪って、逆にあなたの記憶を奪うかもしれないわよ。そうしてここを乗っ取る」
リシャールの無防備さに彼が心配になり、ちょっと意地悪なことを言ってみる。記憶を奪われるとなっては抵抗するのが普通だろう。まして精霊の存在を知ったからには手にいれたくなるというものだ。私が暴れるとは思わないのだろうか。
「それ、本物なの?」
忘れ薬はおとぎ話の中の存在だ。実際にその名で売られているのは、効果のない紛い物や、一滴で命を奪う毒だ。
「もちろん。君は精霊だっておとぎ話だと思っていただろう?」
そう、私は先ほど存在しないと思っていた精霊を見たばかりだ。忘れ薬も本物だろう。「どうせ忘れるんだ。なんだって答えてやるぜ」
ナディムはコーヒーカップを振ってお代りを要求しながら言った。
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