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3.彼と私

 それから三日間、私は寝台の上でゆっくり休んだ。その間もリシャールは甲斐甲斐しく私を世話してくれた。

「どのくらいの広さがあるのかしら」

 中庭に出て数日ぶりに日光を浴びる。勢いよく水を噴き出す噴水の端に腰かけて、あたりをぐるりと見渡した。

 ここからでは屋敷の全貌は分からないが、それでも想像していたよりはるかに大きいことは確かで、もはやこれは宮殿だ。青と白のモザイクタイル張りの外壁に、黄金のドーム。宮殿と中庭の境には等間隔並んだ柱に支えられたアーチ天井の廊下。中庭も緑豊かで、よく手入れされている。優美だが堅牢で高さのある塀のせいで、外がどうなっているのかは見ることができない。

 これだけ大きな宮殿だ。常識で考えれば召使がいるはずだ。しかし不思議なことに、未だにリシャール以外の人を見かけていない。単に私の部屋に誰も近付かないよう命じているのだろうか。本当に何もかも不思議なことだらけだ。

 あれからリシャールとの会話にも慣れ、何度か気になることを質問してみたが、上手くはぐらかされてばかりなのだ。おかげで未だにここがどこなのかも、リシャールが何者なのかもわかっていない。

 私のことは街外れの砂漠で倒れているところを拾ったと言っていたが、それも本当なのかどうか。砂嵐に飲み込まれ、大した怪我もなく街外れの砂漠に落とされ生還。しかも親切なお金持ちに拾われ看病される。そんな幸運なことがあるだろうか。

 とは言え、リシャールの隠し事を必要以上に詮索するつもりはない。言いたくないことがあるのはお互い様だし、リシャールだって私に聞きたいことがあるはずだ。砂嵐の呑まれた金髪の女奴隷。手と足の枷の傷を見れば、奴隷だということは誰にだってわかる。しかし、彼は一度も私のことを詮索してこない。どうしてだろう。

「ここにいたんだね。ライエ、お昼ごはんにしよう」

 気づけば廊下からリシャールが呼んでいた。



「ねえ、料理はリシャールが作っているの?」

 部屋に戻ると既に二人分の料理が並べられていた。今日もとてもおいしそうだ。向かい合って座り、私は牛肉のシチューを口に運ぶ。うん、おいしい。

 ここにきてからというもの同じ献立を食べたことがない。毎日毎食豊富な品目が被ることなくでてくるのだ。とてもリシャール一人でできることではない。これは一流の料理人の仕事だ。

「まさか。優秀な料理人がいるんだよ」

 謎の多い彼だからまたはぐらかされるだろうと思っていたら、あっさりそう答えられて少し拍子抜けした。これは聞いてもいい話題ということだろうか。

「ここにはあなたしかいないのかと思っていたわ。だって他の人を全然見かけないんだもの」

「さすがに誰もいないってことはないよ。ここは一人で維持できる広さではないし、私はあまり生活力がないんだ」

 リシャールは苦笑する。

「確かにあなたってあまり生活感がないかも。書斎に籠ったきり寝食を忘れて勉強に没頭するタイプに見えるわ」

 なんとうか、纏う空気が学者っぽいのだ。落ち着いた穏やかな雰囲気だからだろうか。特に考えず思ったことを口にしたのだが、なぜかリシャールは驚いたような顔をする。「驚いた。今はライエと食事をするのが楽しみだから三食きちんと食べているけれど、普段はよく食事を取り忘れるんだ」

 当たりらしい。人を観察するのは職業病のようなものだ。ところでそんなに熱中して何をしているのだろうか。それより彼は私との食事を楽しみにしていたのか。思わぬ新事実発覚に赤くなる頬を隠そうと、私は両頬を押さえ、話題を変えようとする。

「毎日こんなにお世話になって、その方たちにもお礼がしたいわ」

 リシャールは今度は困ったような笑顔になる。つまり人はいるが、私に会わせることはできないということだ。ではこの話題もここで終わりにしておこう。

「体力も大分戻ったし、そろそろ――」

「帰らないと」と言おうとしたが、言うより先にリシャールは私が何を言おうとしているのか気付いたらしい。みるみるうちに悲しそうな表情になっていくものだから、私は言葉を途中で止めてしまった。

「うん、もう少し元気になったらちゃんと街まで送り届けるから。約束する」

 彼は悲しげな笑顔でそう言った。

 その表情に心がきりりと痛くなる。そんな顔をしないでよ。

 リシャールはいつも穏やかな笑顔だが、時折泣き出しそうなのを我慢するような笑顔をする。今みたいに悲しみを隠して微笑まれると、どうにかしてあげたくなってしまう。なぜか私まで悲しくなっしまうのだ。それはきっとリシャールが私の恩人だから。

 考えた末に私は提案した。

「ねえ、私にあなたのことをもっと教えて。私もたくさん話すから」

 自意識過剰かもしれないが、リシャールは私と他愛もない話をしているときが一番うれしそうだ。話し上手でもない私と話すことの何が楽しいのかはわからない。しかし、彼のことをほとんど知らない私が彼を喜ばせるためにできることといえば、情けないことにそれしか思いつかなかった。純粋に、彼のことをもっと知りたいという気持ちも多少ある。お互いのことを知る自己紹介程度なら、彼が困ることもないだろう。

「ふふ、ライエはどんなことを教えてくれるの?」

 リシャールはいつもの穏やかな表情に戻り、私はほっとする。

「もう何日もお世話になっているのに、お互い名前しか知らないでしょう?だから改めまして、ライエです。歳は十八。甘いものが好き。趣味は体を動かすこと。さっきも中庭でちょっと体操してたのよ。あ、そうだ。料理はわりとなんでも作れるの。ここの料理人ほどじゃないけれど、何か食べたいものがあればお礼になんでも作るわ。はい、次はリシャールの番ね」

 リシャールと同じように、私も彼に言えないことがたくさんある。職業、故郷、親のこと。それらのことを聞かれた場合の答えは普段から決めてあるが、リシャールに嘘の自己紹介はしたくない。私はそれらに関わらない定番事項を答えた。

 小さいころから養父に代わって家事を担当していたし、一人でも生活に困らないようしつけられたため、生活力には自信がある。お礼に料理を作ったら喜んでもらえるだろうか。彼は何が好きなのだろう。自然とそんなことを考えていることに気付き、私はぶんっぶんっと頭を振る。

「手料理を食べられるなんて、嬉しいな。食材は揃っているはずだし、厨房ならいつでも使って。私も甘いものは好きだから、お菓子がいいかな」

 リシャールは思いのほか手料理に食いついてきた。満面の笑みだ。これまで見た中で一番うれしそうだ。自然と私も嬉しくなる。

 私は何気なく目の前の料理に目を向けた。毎日こんなにおいしいものを食べているのだ。私なんかの料理でもおいしいと言ってもらえるだろうか。なんにしろこんなに喜ばれては、半端なものを作るわけにはいかない。

「ライエ、十八歳なんだ。大人びているからもう少し上かと思った。私は二十四歳だから、六つ違いだね」

 私は逆にリシャールはもう少し若いかと思っていた。落ち着きがあって儚げなところはあるが、私と話しているときの純粋そうな笑顔がそう思わせるのだ。

「もう少し近いかと思っていたわ」

 六つも違うなんて、私よりずっと大人じゃない。その事実がなんだか面白くなくて、つい不貞腐れた声になってしまう。

 その後リシャールは、食器を片づけるついでに私を厨房へと案内してくれた。

 そこには多種多様な調理器具と豊富な食材がそろっていた。水回りもきれいに掃除されており、食器は置いておけばよいと言われた。使用人が洗うということなのだろうが、そこにもやはり人影はなかった。

H27.6.9誤字脱字訂正

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