蒼海の戦士ナイトブルー 泡沫より登場! 2
そうして王都に向かうべく、馬車に揺られて三日なわけで。
断ったよ、全力で、土下座する勢いで!
でも、ムリだった。決定権はおかみさんにあったんだ。まずそこを崩すべきだった私の負け。
「七年も待たせておいて何を言ってるんだい! 姫様がなんだ! 愛は勝つ!」
と握りこぶしで力説してくれた。さらに、
「これ、少ないけどお給金だよ。ちゃんとあんたが働いた分だからね、遠慮なんかするんじゃないよ。それと古着で悪いんだけどさあ、あんたまともな服もなかったろ? 王都に行くんだからね。気後れしたらいけないって町のみんながね、お古を出し合ってくれたんだよ」
お給金なんて貰える立場じゃない。きちんと折り畳んである衣服も、古着には見えないほど奇麗だった。
それをどうして断れる?
どうして突っ返すことができる?
貰えないと固辞して誰が喜ぶ?
恩に報いたいと思うのなら、ありがとうございます、嬉しいです、助かります、これで王都に行ってきます、というしかなかった。それが私にできる精一杯。いつか出世払いのお礼をしよう。辻馬車のおじさんも忘れないよ。
とにかく、王都に行って、働けば良いかなと思ったんだ……。
かなり長い旅程だ。この隊列も長い。東軍と南軍、それに王騎学の生徒、姫様侍従の方々。ついでに王太子侍従の方々。ずらずらずらーと。馬車の軍。私は隊列後方の荷馬車に乗っている。幌が被ったオーソドックスなヤツ。幌には所々手巻きで上げられる明かり取りの窓が設けられている。幌に切れ目が入ってるだけとも言う。
姫様には、一緒の馬車に乗るように強く誘われた。丁寧に丁寧に断って、それではすぐ後ろの馬車へとか、それでもだめなら、もう一個後ろとか、それはもうしつこく誘われた。果ては王太子と共にはどうか、とまで言われた。王太子は、移動のときは他の生徒と一緒ではなく、列の中央、どでかい馬車に乗っている。これは狙ってくれということか、とも思ったが、頑丈で弓矢は通さず、引く馬も他より大きく強く速いらしい。
そんな噂の王太子に、私はまだ会っていない。騙りの疑いはきれいさっぱり晴れているので、私にはもう会う理由がない。なのに姫様はやたらと紹介したがった。恐れ多いという建前で回避させてもらったが、これ以上の人物は把握できない。私は狭い世間で力の出る子なのだ。竜樹にいちゃんの妹なのだ(従兄弟だけど)。
乾いた大地を隊列は進む。さっきからずーっと同じ風景で錯覚しそうになる。もしかして、この隊列、止まってないかと。
次の宿場町はまだ遠そうだ。
それにしてもヒマだ。外を眺める他にすることもない。気軽に話せる(と私だけが思っているかもしれないが)トッテンもスナイフも仕事中。たぶん姫様馬車に付いている。デイは先頭。デンセンは王太子と姫様の馬車を戦闘特化の馬車で固めている。私の乗るこの荷馬車の横にも形ばかりの騎兵が居たりする。私が荷馬車に乗ることを、デイもデンセンも反対したが、だったらもう行かない、とダダこねしたら、ようやく折れてくれた。正直、ダダはこねなきゃ良かった。荷馬車がこんなにキツイものだとは思わなかった。振動がダイレクトヒットしてくれるので、お尻が痛い。
鳥が飛んで行く。馬蹄の音も聞こえる
本格的にお尻が痛くなってきた。横になるのもこの振動では辛い。外に出て歩くのはダメかな?
また外を見る。
改めて観察すると、馬の歩幅は思ったよりも大きく、速い。小走り必須。止まってる疑いをかけてすみませんでした。
では、どうするか。
体をほぐそうにもこんなに揺れていたら、立ち上がるのでさえ難しい。
そう思ったら、ガコン、と急に馬車が止まった。
神は私を見捨てなかった。休憩だね? 休憩なんだね。やったー!
馬車から飛び降りる勢いで、幌を持ち上げた。
「お待ちくださいっ」
御者さんの叫びに、私はピタっと静止。
「前方の様子がおかしいのです。騎兵が確認に行っています。お嬢様はこちらでお待ちを」
「はい」
お嬢様というガラではないが、いちいちの訂正のほうが相手も困るだろう。どうせ、この旅だけのつきあいだ。返事だけは素直に。
それはいいとして……また、ヤな予感。
新顔のヒーローは一日に一人ずつ紹介されるのですよ。順番としたら、次はブルーだ。ヤツは青色の宿命で、印象が薄い。私も殆ど覚えていない。細いわりにくるくるとよく動いていたことしかわからない。顔も印象にない。台詞、あったっけ? ヤツの馬はわかる。一番のコワモテだ。竜に似ているのが難点か。敵に思われる可能性大。武器はなんだっけ?
「お嬢様!」
思考の海に沈んでいたら不意に呼び起こされた。
「半分に別れて退きます。前半隊は前方へ、後半隊は後方へ。ですから、我らは後ろへ退きます」
「騎兵は?」
私の問いにぐっと詰まる御者さん。この人だって兵士だ。騎士かもしれない。戦局はわかっているはず。
「…騎兵は、中央へ」
言いたくなかったのだろう。それとも口止めされていたのかもしれない。戦闘は中央、王太子の馬車辺り。姫様も居るね、間違いなく。
「で、ですが、地小竜だけです。ご心配には及びません。下がります、掴まっていてください」
馬の手綱を目一杯引いている。窓から見るに、この馬車だけ。
ほほーう。
馬の鼻先が方向を変えたことに安心したのか、御者さんはホッと息を吐いた。
この機を逃す手は無い。
ニコニコ顔を作って荷台から御者席へと首をのばした。
「地小竜はどこから来たんですか?」
この見晴らしの良い地で、隊列の中央を狙うなんてできるんだろうか。降って湧いたのなら有りだけど。
「いつもと同じです。地から湧いて出ました」
本当に湧いたのか。
「わらわらと?」
「ええ、もうわらわらと」
……きもい。
「それでは敵味方入り乱れますね」
「地小竜とはいつも混戦になりますが、騎士一人で一匹を相手にできますから、同数程度でしたら苦戦はしません」
油断したらダメですけどね、とちょっと笑ってくれた。
混戦かあ。デカイのも居ないのか。じゃあ、騎士さん達は楽勝だね、はっはっは。
なんて言うと思ったら大間違いだ。この馬車だけ逃がすなんておかしいでしょが。後半分も退いてないじゃん。
ばっかじゃないの? 誰の指示かなんて言われなくてもわかる。
私は、いざとなったら逃げられる。この中で一番生存率の高い人間だ。逃がされなくたっていい。
あー、むかついてきた。みてなさいよ。
荷台へと引っ込む。
いっそ全部ぶちまけちゃおうかとも思う。ブラックも私だと。でかい鎧でもいい、女と見られなくたっていい、見栄や羞恥なんか捨ててやる。
落ち着け、うん。
リスクとリターンを考える。リターンは変身と解除に気を使わなくて良くなること。リスクは、女扱いされないことと羞恥心の葛藤と、……ヒーローがたった一人だとバレること、だ。一人しか居ないのなら、その一人を殺せば終わる。禍根はない。変身前を徹底的に狙われれば、きっといつか死ぬ。一人ではない、他にも同等の力を持つ者が居ると思えば、迂闊な事はできないだろう。
昨日の友は今日の敵。しかも誰が味方か敵か知れないこの現状。バレなきゃバレないほうがいい。
秘密は一人で持つものだ。ココだけの話のココとは地球全体を差すのだと竜樹兄ちゃんも言っていた。現に地小竜は正確に姫様の位置がわかるのだ。どこで何が漏れるかわかったものではない。
なんかイッパシになった気分。数日しか経ってないけど。
荷馬車の後ろから顔を出してみる。さっきよりもスピードアップしてみました状態。飛び降りると怪我するよね。飛び降りながらやってみるか。ブルーはできませんでしたあ、となったら笑うケド。
行くか。…ってセリフ、なんだっけ? そうかいのせんし、まではいいんだけど。
「そうかいのせんしナイトブルー、うたかたからとうじょう」
? あれ違った。飛び降りちゃうところだった。あぶなー。うたかた 合っている気がする。ウタカタカラ、が言い難いとは思う。これが違うな。
「蒼海の戦士ナイトブルー うたかた より 登場」
うわー、水がーー
慌てて飛び降りれば、水しぶきが足下から吹き上がる。地面乾いているのにどこから?と突っ込まない。キリがないので。
えーと……目元が出てます、このヒーロー。忘れてました。
ホワイトと反対に、顔の下半分、目尻ギリまで青い鋼鉄マスクが覆っている。側頭の意匠は他の二人と違い、羽ではなくヒレだ。その兜は目深に、わずかに覗く瞳は水色の前髪に半分隠れている。鎧の要は鱗状で動きやすい。マントは無い。体型は、ひょろりとして背が高い。これなら私とわからない。
違う。これは瑞樹兄ちゃんだ。思い込みは大事。
体育会系なのに筋肉付かない。力はあるのにひ弱に見える。柔道習えば、下にTシャツ着ろと先輩に言われ、柳腰でズボンが腰に留まらず、ばっちりウエストベルト。好きなタイプは女子プロレスラー。好かれるタイプはゴシックロリータ。悲しいかな、両想いになったことはない。
そう、そんな俺は瑞樹。しなやかな肢体に悲哀の籠る瞳は、蒼海の戦士ナイトブルー。
「麒麟、来い」
同じく、水しぶきの中から現れた。竜の顔と獅子の尾を持つ馬。
「頼むな」
ぽんぽんと首をたたき、麒麟の背に跨がる。四つ足とも短くポニー程度の高さなので楽だ。
そして、来た道を、戻る。
そこには、シルバーメタリックの鎧と、黒、赤、緑の鱗。ごちゃまぜになって灰褐色が蠢く泥沼に見えた。
「すごい数だ」
最初の感想。これは一撃全破壊のブラックや全体攻撃のホワイトでは厳しい。とは言え、ブルーが参戦したとしても、劇的に敵の数を減らすことはできない。所詮は一対一の地味な戦い。
それでも、やるしかない。
武器の確認。投擲用の小刀が両腿に3対。これだけだったかな? と考えていたら、麒麟がじろりとこっちを見た。
「あ、麒麟も参加する?」
そういえば、顔が竜なのは伊達じゃなかった。口からなんか吐いてたような気がする。
そしてまたじろりと自身の腹の辺りを見る麒麟。
「ここ?」
さわさわ触ってやれば、手に何かが当たる。掴んで持てば、ブラックの時と同様にそれは大きくなった。
アーチェリーだ。
「でも矢が無い」
彼が矢を飛ばしてた記憶もない。いちいち悩む私にしびれを切らしたように麒麟はヴヴと唸り、灰色蠢く戦場にプイと目を向けた。
「やれってことか?」
とりあえず、これ以上麒麟にキレられたくなかったので、格好だけでも繕ってみる。
スーっと音なき音がして、渦巻く水流の矢が番えるべき所に現れた。
水だけど、どうなるのかわからない。味方に当たるのが怖い。でも麒麟も怖い。
試し撃ちしよう、そうしよう。
できるだけ戦場の端を狙う。味方はいないが敵も居ない。低木にでも当たってくれればいい。そう思って手を離した。
水の矢は、高速で回転し、膨れ上がり、カーブして、一体の地小竜に当たった。竜は大げさなほど高く吹っ飛び、そして地面に落ちた。ひくひく動いてはいるが、起き上がることは無さそうだ。
麒麟がまた、じろりとこっちを見る。
「これで撃つだけ撃って、気付いた敵が俺に向かってきたら肉弾戦、でいいんだな?」
わかればいい、そう言ってでもいるかのように麒麟は目を眇めた。
そうと決まれば。
撃って撃って撃ちまくった。狙ってないから簡単だ。矢は勝手に敵を選んでぶち倒して行く。敵も味方もすぐにブルーに気付いた。竜の何匹かが、走って突っ込んでくる。それでもギリギリまで撃ち込んだ。
「行くぞ」
麒麟の手綱をひき、一気に敵中へと駆け込み、ブルーだけ飛び退いて麒麟から離れた。降りる間際に肘を繰り出し、地小竜の胸を押し上げ、足を払い、倒れ込んだ鳩尾に拳を落とす。屈んだ体勢から両手を地に着き背後の竜の顎を蹴り上げた。逆立ちのまま体を捻り、対面の竜の首を足で挟んで引き倒す。突かれる剣を脇に流し、横面に手刀を叩き付けた。
体が軽い。
麒麟は、と見れば勝手に暴れている。が、やっぱり敵に見えなくもない。この戦闘が終わったら、関係者に紹介しておこう。
そう思いながらも、体は止まらない。なんか楽しい。イケナイ領域かもしれない。
ふと、目が合った。デンセンか。優等生らしく正当派。剣が奇麗な弧を描く。無駄がなくまずまずの動き。上から目線でごめん。でも、ブルーのが上。そう思った。
その間もブルーは止まらない。
蹴り上げた足をそのままに半回転して踵落とし。両腕に竜首抱え背面飛びして、くびり切る。
デイが居る。ああそう、敵が少なくなったんだ。
顔に似合わず威力重視の無頼派。ためらいが全く無い。
早い。いいね。強いね。ぞくぞくするよ。
からかって、みたく、なる。
「待てっ、あなたはっ、サユのっ」
「あ……」
手刀がデイの額を割る直前、正気に戻った。正確には、デイの防御剣にブルーの手刀が食い込む寸前。麒麟がブルーに体当たりをする直前。
「ごめ……」
「きゃーっはっはは。アナタサイコーね」
女の高笑いに謝罪が遮られた。そこには、おっぱい星人が……。
「おまえが地小竜の元か?」
デイの冷ややかな声がしんとした空間に響く。地小竜は殆ど沈んだ。立っているのは、シルバーメタリックの騎士達とブルーと麒麟、それに目の前、赤竜の鱗を纏った女。
いるいる、戦隊の敵役に、こういう女。
殆ど人間、首と手に鱗。胸を強調する赤いドレスとクレオパトラアイシャドー。ニイっと笑う薄い唇には紫の口紅。
向こうの世界ではお約束だけど、こちらの世界では、こんな知能の高そうな竜は見たことがなかった。
「アナタ、ニンゲンなの? これは……」
ブルーを見てから、麒麟を凝視して、首を傾げている。
ホンモノでも見分けが怪しいのか。
「こいつは俺の馬だ。俺は人間。おまえらの仲間ではない」
「ウマ? このずんぐりむっくりが? ニンゲン? アナタが? うそお」
でしょうねーと追随したくなる。麒麟はしかめっ面を晒した。表情豊かだ、馬なのに。
「ねえねえ、アタシと来ない? 退屈だったのお。アタマ固いヤツばっかりでさあ」
すりすりとブルーの腕に豊満な胸を押し付けてくる。はーと脱力する。
「放せ。趣味じゃない」
ぶんっと腕を振り払う。胸は脂肪より筋肉を希望……あれ、まだ正気に戻ってない?
「エー! でも、そんなところもイイワー」
……うざい。
「消えろ。それとも消して欲しいか?」
手刀を見せて脅す。
「あーん、ツレナイーでもイイー」
限界だ。切れる。
「…消す」
「お待ちを。生け捕りにします」
敬語のデイは剣を構え、他の騎士に顎で指示。
そういえば、デイはブラックにも基本敬語だった。
「そこのボクう? ニンゲンのくせにクウキ読めないのお。そっちのカレがあ、付いてこいって言ったら、どこでも行くのにい」
「言うか!」
脊髄反射で叫んでいた。
「あーらあ、ザンネン。じゃ、またクドキに来るわぁ」
するすると地面に潜っていく。顔が潜る寸前に『ちゅ』と唇が象られた。
やはり我慢ならない。その首へし折ってくれる。
わなわなと手が震える。どうしようもないほどの嫌悪。……あれ、やっぱり普通じゃなくなってる? 私、こんな事ぐらいで、怒るような人間だったかな?
デイが恨めしげな目でこっちを見てる。
フイっと視線を逸らす。悪かったよ。せっかくのチャンスを無駄にしたんだから。
さて、戻ろうか。と、その前に麒麟の紹介をすべきかな。でも今日は気まずいからやめておこうかな。
「兄上さま、で、いらっしゃいますかっ」
背後から大声が。
まさかなー、空耳であって欲しいと願いつつ振り向いた。振り向かずに、去れば良かったと直後に思った。
「兄上様、わたくしはっ」
ドレスの裾をつまみ上げ、走ってる。デンセンも引き攣った顔のまま、姫様の横に付いてる。キミ、居ないと思ったら、姫様のところだったんだね。戦局が決したからお側に戻ったんだ。職務に忠実。ご苦労さま。
「兄上さま、お初にお目にかかります。わたくしっ」
はーはー、言いながら淑女の礼。ブルーは圧倒されて呆然立ち。
「わたくしっ、ランカワンマクスラルス王国の、第一王女、ルサラシャ ハイセリバ ランカワンマクスラルスと、申しますっ」
あーもう。そんなに息を切らして。
さっと片膝を着いて、ゆっくり間を空けて、
「初めまして。姫君。俺は、瑞樹 笹山。ところで俺はあなたの兄ではありませんが?」
ああっ、いまごろ大事なことに気付いた。ブルー、喋ってるよ、ぺらぺらと。マスクでくぐもってるけど声の質はどうなんだ? 瑞樹兄ちゃん、声、割と高めだったよね。意識して発声しよう。似てなくてもいいけど、サユとは違っていてほしい。
「失礼いたしました。サユ様の、兄上様でいらっしゃいますよね? 黒騎士さまのタツキ様と、ご兄弟でいらっしゃいますよね?」
やっぱりアーマーフォルムが似てたんだな。その理屈でいけば、父上とかにはならんの? あの動きからして、おじいさんとは思わないだろうけど。
「確かに」と姫様に相づち。違うと嘘つく理由もない。全部嘘とも言えるけど。
声、大丈夫そうだな。瑞樹兄ちゃんだと言われればそうかもしれない、ぐらいには思える。思い込みって怖い。オレオレ詐欺にひっかかるかもしれない。気をつけよう。
姫様は息を整え、
「ミズキ様、このたびは、助けて頂きありがとうございます。いかようなお礼も差し上げたく存じますが、旅の途中にて、心苦しくも、それが叶いません。どうか、王都へ私どもとお越しください。歓待いたします」
ぺこりとお辞儀をする。
面倒な
断ろうとしたら、姫さまが続ける。
「それで、あの……」歯切れ悪く下を向いたかと思ったら、キッと上向き、
「どうか、タツキ様をお誘いしては頂けませんでしょうか? ご一緒して頂ければこれほどの幸せはございません。お礼を…お礼を申しあげていないのです。どうか」
うるうる瞳で懇願。
ブラックのことになると、姫様がなぜか必死だ。何を企んでるのだろうか。そうだ、話は変わるが、麒麟を紹介しとこう。他の馬よりコンパクトサイズ。何かと便利かもしれない。意思疎通もできるし、戦闘力あるし。ブルーが地味な分を補ってると思われる。単独でサユに付けることができればいいのだが。
「麒麟」
立ち上がって呼んだ。いけない。姫様を無視してしまった。フォローフォロー。
「姫君、そのお話はサユにしてください。あいつが決めたことに俺たちは従うので」
めんどくさいから投げてやった。……って、サユに投げてどうする! 結局同じなのに。だめだ、なりきりが脳を浸食してる。というか、瑞樹兄ちゃん、妹を尊重してたんじゃなくて、めんどくさいから言いなりだったのか。ヒドイ。じゃない、じゃないよ、本当の瑞樹兄ちゃんがそうだってわからないじゃん。でもそれっぽい、果てしなくそれっぽい。性格だってこんなに好戦的で薄情で冷酷だったんだ。……って、だめだ。混乱。境目がわからない。もう帰ろう。変身解こう。
「これは麒麟、俺の馬だ。見かけは竜の手先みたいだが違う。間違えて攻撃しないでやってくれ」
側に来ていた麒麟の首を撫でてやりながら。そしてささっと跨がった。さあ逃げよう。
「お待ちください」とデイが静かに言った。
また引き止めかよ、もうやだよ、行っちゃうよ。
「改めまして。ミズキ様。私は、デイユーキ ランセット ニア と申します」
騎士の礼にて挨拶してるし。きっちり敬語だし。そんな礼を取られたら、麒麟から降りざるを得ない。
デイは深々と頭を垂れ、
「このような場での突然の言上は、甚だ失礼だとは承知しております。ですが。お聞き届けください。ミズキ様の妹君、サユ殿を我が妻に娶りたく」
こらあ、ほんとに場所をわきまえないヤツだな。
「それもサユに言え」
速攻で投げてやった。ってどうしてだ。断った方が良かったのに。しかも偉そうだ。偉いのか? ブルー。
「では、サユ殿の了承を得られたら、結婚を許してくださるのですか?」
「あいつが嫁いでも良いと言ったら、俺と兄貴を倒しに来い。弱いヤツに妹はやらん」
姉ちゃんが結婚する時のことを俺様バージョンで再現してみた。これで二重関門のできあがり。で、姉ちゃんの未来の夫を返り討ちにしたんだよね。ボコボコに。人間性見極めるために拳で語り合うパターンだと思っていたけど。血も涙もないなとも思っ……。
やっぱり、そういう性格なのか。殴りたいだけだったんだ。気付いちゃった。ちょっと泣きたい。
デイはにっこり笑って、
「ありがとうございます。私は負けませんから」
知らぬが仏だ。