蒼海の戦士ナイトブルー 泡沫より登場! 1
町のみなさんが後片付けに精を出しているところからして、竜の難は去ったらしい。
ガサっと、草むらから顔を出す。
例によって、ペガサスから降りた私は、元の姿に戻っていた。特にこれといった異常もなく、健康そのものだが、これからのことを考えると気は重かった。それでも、帰るところは中の上の宿屋しかなく、人に顔を見せないように俯き歩くうち、どうにも足が前に進まなくなり、ついにはこそこそ隠れてしまった。こんなところに隠れたってどうしようもないのに。
知らない町へ行って、一から始めるのも有りか。
膝を抱えて悩んだ挙げ句に出した結論だ。ホワイトは出すべきじゃなかったんだ。顔出しキャラだとわかっていたのに。
ガサッと再び草むらに隠れる。
ヤバイ。トッテンだ。鼻が異様に大きい犬みたいな動物を何匹も放し、後ろを付いて歩いている。竜の残党狩りかも。犬モドキはクンクンと辺りを嗅ぎ回っては、トッテンの元へと走っている。トッテンの手には……
って、きゃあああ。あいつ、私の、靴下持ってるーーー!!!
見間違えようもない。黒地にドピンクのコアラ模様。言い訳すると、民宿で洗濯するとどこかへいっちゃうんだよ。自分のものだけ洗っても干場は一緒。アルバイトだけじゃなくて、お客さんも干されるから、誰が誰のものやらで行方不明になることがある。小物は特に。下着は部屋干しでいいけど、靴下は太陽の下に干したい。だから間違われないように派手派手しいのを持っていくんだよ。私だけじゃない。美保子なんてゾウさんシリーズ3セットだー。
ぜーはー。
くう、乙女の荷物を勝手に開けたな。しかも靴下ってどうしてよ。私だってハンカチの一つや二つ持ってるし。前述の洗濯事情から、それもかなり個性的だけど、靴下よりマシ。
1匹の犬モドキが、ピキンと耳を立て、こっちを見た。冷や汗が流れる。今、動けば気付かれる。
おかしいでしょ。私を捜すにしても、飛んで行ったわけだよ。こんな地べた這っても無駄だとわからない?
犬モドキ、耳をぴくぴくさせて、その場を動かない。
認めます、はい。無駄ではない。私はココに居る。
他の犬もそろりと私の方(草むら)へ視線を集中。トッテンも気付いたようだ。
どうする? 逃げる?
「うわーん、ごめんなさい。投降しますー」
考える間もなく、緊張感に耐えられなくなった私は両手を上げて、草むらから出た。
◇◇◇◇◇
コンコンと扉が叩かれる。
来るの早くない? 落ち着くまで一人にしてくれるんじゃなかったの?
帰る道すがら、トッテンは私を問いつめることはせず、体を気遣う言葉ばかりをかけてきた。申し訳なさに縮こまりながら、なんでもない、大丈夫、あれは仕様だと何度否定するも、少し油断するとおんぶやら抱っこやらの技を仕掛けてくれた。
宿屋に着いたら、デイが私の周りを無言でぐるぐる回ってくれた。いいかげん鬱陶しくなったころ、東の大隊長が執り成してくれた。部屋でしばらく休んだ方が良いと。
まあ、あっちはあっちで作戦会議をしたかったのだとは思う。思いのほか早く私が見つかったらしく、事前相談してなかった模様。皆黙りこくっていたから。
またコンコンと叩かれる。
だから早いってば。
私の部屋は屋根裏から、普通の客室に移されていた。
おかみさん、私、まともに働いてないのに、この待遇は肩身が狭いです、ごめんなさい。でも、私の荷物を開けて、匂いがより強く残っていそうなものを出したのはおかみさんだそうですね。ちゃんと洗濯してあります。匂いなんかどれも一緒だと思います。緊急事態だったと詫びてもらいましたが、恨むだけなら許されますよね?
良かった良かったと泣いて喜ぶおかみさんに、お詫び以外はとてもじゃないが言えなかった。
コンコンコンコンコン!
わかってるってば。
「どーうぞ」
投げやりに答える。
「具合は?」
デイは顔を見せるや否やせかせか言う。七年待ってた割に短気だ。
「大丈夫」
最初から大丈夫。全然大丈夫。さっきも言ったじゃん、大丈夫って。
「少し、いいか?」
固く引き結んだ口元が、嫌な未来を予感させる。
それでも仕方なく「いいよ」と言った直後、
「わたくしも同席させていただきます」と姫様。
「失礼いたします」大隊長デンセン。
「おじゃまします」トッテン。
「あ。俺も」スナイフ。
勢揃いマイナスおかみさん。
ホワイトのことをよってたかって根掘り葉掘りするつもりだろうけど、私だってよく知らないというに。
かくなる上は、適当にお茶を濁そう。私の国ではみんなあーですよ、とでも言っておこう。難しい設定なんかしたら、言った私が忘れそうだ。
そう決意して、
「イスがありませんから階下へ行きませんか?」
姫様をちらっと見て言ってみる。
私がベッドに座って姫様を立たせるのは良くないでしょうが。というのは建前で、こんな時こそおかみさんに混ぜっ返してほしいのだ。
「わたくしは、かまいません」
姫様が控えめな笑顔でお答えになった…。
がっくりと項垂れる私に、何を勘違いしたか寄り添うように片膝を着くデイ。
私じゃなくて、あっちへ行きなさいよ。婚約者でしょう?
追い払うように目配せしても、デイは動いてくれない。よせばいいのに私も姫様の顔色を窺ったりして、困惑気味の瞳とがっちりぶつかったりして、なおさら気まずくなったりする。
こうなったらさっさと済ませてとっとと出て行ってもらおう。
「デイ、用件を早く言って」
さくっと話題を振る。デイは、少し目を伏せて、
「いろいろ聞きたい。早くはできない」
だから、そういうことを言うヒマあれば本題に入れ、本題に。
「では」と姫様に視線を移し、「私になにか御用でしょうか? 姫様」
解けない問題は後回しがテストの基本。一人ずつ攻略。一人ずつ退場。
「い、いえ……、わたくしは、みなさんの、お話を、お聞きするために……」
居るだけなのか。
「そうですかー」と無感動で相づちし、「トッテン、ええと中隊長? 私になにか?」
「いいよ、トッテンで。俺は、べつに、なにもない」
おまえもか。
もうスナイフなんかに聞かないぞ。大隊長もよく知らないから聞かない。
「デイ、話が進まないよ」
誰か退場させてほしい。でなければ私が真っ先に退場する。
「はい」といきなり挙手したスナイフ。意見があるのか。それは良かった。
「どうぞ」と促してみる。なぜ私が司会者役なんだ。
「昨日の黒騎士殿は、サユのこれ?」と小指を立てた。
「な、いきなり、なにを……」
絶句してしまう。それは予想の上をいった。
「いや、俺、遠回りとかムリだし」
こっち(白のこと)が遠回りで、あっち(黒のこと)が本命だとう?
その他のみなさんも同意見のようで、デイは視線が彷徨ってるし、トッテンは口に人差し指をあて「しーしー」言ってるし、姫様はギンと目を剥いてるし。大隊長は空気だし。
全員恋愛脳か。なんだろう、このがっかり感は。
「違います。そんな関係じゃないです」
二人で会うことすらムリ。物理的にムリ。私はゆっくりと首を振った。デイが複雑な顔で私の手を取る。放せ、こら。
スナイフは肩をすくめ、「こっちのほうが良かったんだけどな」とまた真面目に小指を立てた。
恋愛脳だけで話しているのでは無さそうだ。
「どうしてそうだったら良いの?」
素直に訊いてみた。昨日は黒騎士、今日は白騎士、突然出て来た二人に、なんらかのつながりがあると思うのは当然。それが恋人設定になるのが疑問。
「こっちの方が、カンタンなんだよ」
またも小指を立て残念そうに言うスナイフに、
「サユ、おまえを拘束しなくてはならない」
デイが答えるように言った。
「だが安心しろ。王の前で堂々釈明してみせる。俺のために逃げてきたのだと」
だから、どうしてそうなる。拘束されて安心なんかできるか。
「俺を後ろ盾にすれば良い。黒騎士からも必ず守る。まさかこんな大掛かりな家出だとは思わなかったが」
励ますように言い募るデイが、遠くに感じる。
は、いかんいかん。ぼーっとしていたら、全部肯定で進んでしまう。
「待って」とにかく黙れ。私の話をきけ。
「どうして私が捕まるの? 何も悪いことしてないのに」
むしろ助けたよ。胸を張って言ってもいい。多少質問責めにされて、注目を浴びるだろうとは思っていたが、捕まるのは理不尽だ。
さらに意味がわからないのが、ブラックの立ち位置。
「ブラック…黒い騎士が私の彼氏なら捕まらないの? そうじゃないと私が守られるの? どうして?」
訊くだけでもう混乱してる。この国は恋人が居ないと捕まる法律でもあるのか。
「ほんとにわからんのか、俺たちを見くびってるのか、どっち?」
スナイフが呆れたような声を出した。なぜ見くびるとかになるんだろう。
「わからん!です」
力強く言ってみれば、やれやれと息を吐き、
「二人のアーマーフォルムは、あからさまでない程度に、わざと似せている。それを気付かないとでも思ってんのか?」
意味深な眼差しを私に向けた。
驚きのペアルック認定。
戦隊にしてはコスチュームがあまり揃ってないと思っていた。共通なのは『鎧っぽい』というだけ。すごいな、見る人が見るとわかるのか。これは制作会社を褒めるべき?
「そこで考えられるのは」とデイが引き継いだ。
「黒騎士とサユは、他国の兵団に属しているか、親密な関係か、もしくはその両方かだ。兵団の鎧は同一か似通ったものになる。私有の鎧は家格と誇りに寄る。故意に似せて造られたのなら」
後はわかるだろう、と。
適当にお茶を濁せなくなった。一歩間違うと命に係わる。さあ、真面目に考えよう。制作会社を恨むのは後にしよう(さっき褒めようとしたくせに)。
親密な関係を否定した私たち二人(?)は他国の兵士だと疑われている。
私が兵団から逃げ出し、黒騎士が裏切り者を捕らえるために追って来た設定になるんだな。それをデイは守ってみせると言った。その設定が正しければ、私のせいでこの国が危うくなるでしょうに。だから期待はしないほうが安全だ。私に他国やら兵団やらの詳細を聞かれても答えられない。尋問中に「言わねば殺す」で、ばっさりも覚悟しなきゃならない。他国兵団在籍説は止めたほうがよさそうだ。
親密なご関係も、他国の兵団も、両方否定するのは、鎧がペアルックだから無理、と。
じゃ、親密な関係のみで推すのはどうだろうか。一度否定してるから、とても胡散臭いが、鎧ペアはクリアになる。デイの女関係ややこしい問題も私には降りかからないのでナイス理由に思える。
と、ここで飛びついてはいけない。まだ居るんだよ、ブルーが。ヘタなこと言っちゃうとヤツを出さなきゃならなくなるんだよ。世の中そういうものだ。どうせヤツもフォルムがそっくりなんだ。見る人が見れば、デザイナーと制作会社が一緒だと見抜けるんだ。ヤツが出て来たら、親密恋人設定が嘘だとバレるんだ。三人まとめて敵国兵団決定で結局ばっさりだー。
落ち着け。
親密な三人で推すというのはどうかな? この場合の親密は、友人程度ではダメだろうから、禁断の三人で? ? それを公に鎧でアピール?
あり得ない。鎧は家格と誇りらしいから。
親密な関係。家の誇りがあるらしいから愛人は違うな。たぶん婚約者クラス、将来家族になるのが確定的な人。それなら今現在家族でもいいのか。夫婦、親子、兄弟……。いいにしとこう。もう考えるの嫌。ついでに配役も振っておこう。矛盾は怖い。
大きく息を吸って、皆の顔を見渡して。
「わかりました。白状します。黒い騎士は兄です。兄も私も兵団には属していません。兄は、個人的に私を心配して来てくれただけなんです」
そうだったら本当に良かったのに、と思いつつ、息を吐き出した。
「おにいさん?」
スナイフがひっくり返りそうな声を上げた。
デイの顔がぱああと明るくなり、トッテンは肩の力が抜けた。
姫様は目を剥いたまま、
「お、お兄様の、お名前を、教えてくださらないかしら?」
がんばって声を絞り出したご様子。
そう、こんな質問にも、実在だからすらすら言える。
「竜樹 笹山」
ごめん、にいちゃん。勝手に名前を使いました。
「タツキさまと、おっしゃるのね」
姫様、納得したご様子。名前だけで何を納得するのかわからないけど、実は私も別ごとを納得していた。
『たつきゅ』
と言いましたね、姫様。キ、だよ、にいちゃんの名前の最後尾。ほらね、やだやだと思っていると絶対にこんな目に遭う。ま、常に呼ばれるわけじゃないからいいけど…って、おにいちゃん達、みんな『キ』だよ。こんなもんだよね、人生なんてー。
「じゃあさ、お兄さんはサユを連れ戻す気なんだね? それってご両親に命じられたんじゃないの?」
人知れず落ち込んでたら、トッテンがここぞとばかり突っ込んできた。
「いえ、兄は独立していますし、両親の意見で動くことは殆どありません」
社会人だから。頑固だから。変わってるから。
「タツキ様は、ご結婚されているということでしょうか?」
姫様ツッコムなあ。しかもなんかずれてるし。
「いいえ、独身です」
たぶん一生独身です。
「お一人なんですね」
お一人様、みたいに言わないでください。モテないわけではないんです。妹からみてもそれなりにはかっこいいと思います。ただ、趣味が難ありで。
「兄君はサユの味方と思えばいいのか?」
デイは私の手をぎゅっと握って言う。
「うん、まあ、そう。義理の妹なのに、いつだって優しい」
カチン、と空気が固まる音がした。
「義理? 義兄?」
鋭い声がスナイフから。
「実際には従兄弟です。両親が亡くなって、叔父が私を引き取ったんです」
私は、アハ、と笑ってるのに、微妙な空気が流れている。
「ほ、ほかに、ご兄弟は?」
姫様が慌ててる。なんかおかしい。
「義兄があと一人と、義姉一人」
「その方々は、ご結婚は?」
姫様が矢継ぎ早に。どうしちゃったんだ。
「義姉は嫁ぎました。もう一人の義兄は独身です」
「サユ様は、お兄様のどちらかとご結婚されるのですか?」
この姫様、やっぱりどこかズレてるよ。
「それはないです。私には兄弟としか思えませんし、向こうも私をそんな目で見てません」
女として見てないから優しいのだとも言える。
「まさか、義親はそのつもりでサユを閉じ込めていたのではないだろうな?」
デイ、人の話は聞こうね。
「閉じ込められてない。過保護なだけだって。今回はいい機会だと思ってる」
そう思うように努力している真っ最中だ。帰りたいよう。
「お兄様の、タツキ様は、今、どちらに?」
姫様、我が道を行く状態。
「仕事か、家か、だと思います」
その二つしかないから。
「昨日、お見えでしたのに。近いのですか? どちらのお国でしょうか?」
とことん食いつくなあ。私が黒騎士とくっつけば、安泰なのはわかるけど。
これにはデイが答えた。
「遠いところですが、距離は問題ではないそうですよ。だったな? サユ」
別意を含んで確認するように言うデイに、私は神妙に頷いてみせた。
あの時は、私は電車の便を言ったつもりだった。デイは私がおかしな術を使うと思っていた。今は、デイは私と同じくユニコーンとペガサスを頭に浮かべているはずだ。これなら距離は関係なく、時間もかからない。すこぶる正しい共通認識だ。
「ラハユンタですか? ナハスブータトドですか?」
どこ、それ。
「姫君、遠くならば良いというものではありません」とここで始めて大隊長デンセンが口を挟んだ。
「恐らく、我々の知らない国だと思います。少数民族が細々と暮らす国。もはや国とは言えないほどの小さな集落。違いますか?」
と私を見た。なにげに失礼だ。全然当たってないが、確信を持っている様子にちょっとびびる。……当たってなくはないか。次元が違うというだけか。
私がうんともすんとも言う前に、デンセンは剣呑な眼差しでデイを見遣った。
「すっかり騙されましたよ、将軍。暗闇の森で一人鍛錬したいとはよく言ったものですね。狙いは奇跡の一族だったんですか」
私のことだよね。私の一族が奇跡か。一族とはデイも言ってた。何をしているのかどこに居るのか、とも訊いてきたな。まさかと思うけど、デイが私をこっちに引っぱりこんだ? いやいや、あのときの私は、デイにとってはただの口煩いねーちゃんだった。剣も振り回してないし、空だって飛んでない。
「意味がわからないな」
相変わらず私の手を持ちながらデイは答えている。
「とぼけられても結果は出ています、」デンセンは、くっと声を詰まらせて、両踵をぴしっと揃え、「全軍の王都への帰還命令を」最敬礼にてデイに請う。
その繋がりがわからないけど…。
「帰るか、サユ」
デンセンを敬礼状態で待たせたまま、デイが言った。
私に言うな。というか、先にデンセンをなんとかしてやってよ。