天空の戦士ナイトホワイト 華麗に参上! 1
ふわああああ。
お客さまの朝食を準備すべく、食堂へとあくびしながら階段を降りる。私の部屋は従業員用の屋根裏部屋。屋根裏とはいえちゃんとしている。なんの不満もない。
昨夜、ユニコーンから降りたら、自分も元に戻り、ユニコーンも跡形もなく消えていた。鎧をどうやって脱ごうか、どこにしまおうかと悩んでいたから助かった。それから宿屋に戻り、今後のことを考えようとしたのに、知らぬ間に眠りこけていた。平和な脳みそだ。
「おはようございまー……」
開けた視界にまずいと思い、扉をすぐに閉めようとしたら、トッテンが足をガッと挟み込んで、私の手首も握った。ちっ。
「キミを起こそうとしたらね、待つと言われるから待ってたんだよ」
勝手に待っていたくせに恩着せがましい。
「恐ろしく早起きですね。朝食をご用意しますので、ついでにもう少しお待ちください」
澄まし顔で身を引こうとすれば、
「僕らも首がかかってるんだ、頼むよ。ちょっと顔貸して」
とトッテンに拝まれてしまった。
「どうして首が?」
眉間に皺が寄るのを止められない。しかし、明日はわが身だ。袖振り合うもなんとやら。しぶしぶ、案内されたテーブルに座る。真向かいには昨日の騎士デイユーキ。その後ろにスナイフ、トッテンもそこに並ぶ。で、ロビーにも兵士みたいなのが陳列、もとい、整列している。
「おかみさーん、ご迷惑おかけしてまーす」
暗に、おかみさんの邪魔してるんだから君たちはどこかに行って欲しいと言ってみる。
「さっさと済ましておくれよー」
奥からの返事。まったくもってその通りです、はい。
「サユ」
唐突に呼ばれた。目の前の男、デイユーキに。たぶんこっちが本物のデイユーキ。年齢は二十歳と聞いたが、もう少し上に見える。肩まで伸びた銀髪。透き通るような肌。翡翠の瞳。顔は精悍。肩幅広い。がっしりしていて、背は黒騎士ほどではないが(自分で言うと泣ける)、それなりに高いと思う。
以上、外見チェック終わり。結果、髪と瞳は小さなデイと同じだが、それ以外は違う。こんなヤツ知らない。やっぱり別人。
「私、自己紹介しましたか?」
後ろの二人に私のことは聞いたのだとは思うが、いきなり馴れ馴れしいよ。
「した。ずっと前に」
でも、男の返事は理解の範囲を越えていて、
「ずっと前っていつですか?」
私は昨日、この世界に来たばかり。前なんてない。
男はにっこり笑んで、
『すはらや、でいゆーきゅ、ますらま たおらん わきおえすくるみと』
私「え?」
赤毛「あ?」
金髪「う?」
びっくりした。二人はもっとびっくりしてる。
「それ、誰から聞きました?」
その人こそがデイだから。
まだ私が言葉を覚える前にデイが言った言葉そのままだ。知らないと思って、よくもまあタチの悪い冗談を言ったものだと思っていた。
「一人待ち続ける殖月が七度巡った。七年だ、サユ。だが、恨み言より先に言う。何度でも言う。サユキ、『ますらま たおらん わきおえすくるみと』」
さゆき、私の本名。ますらま(おまえを)、たおらん(気に入った)、わきおえすくるみと (裸で嫁に来い(直訳)。
「誰が言ったのっ、教えてっ、それがデイに違いないんだからっ」
悲鳴に近かったと思う。
「わからないのも仕方ないか。俺は随分変わっただろう?」
まだ言うか。
「私は、小さなデイしか知らない。ナマイキで年下の」
こんな人知らない。
「サユはあの時のままなんだな」
昨日の今日で変わる方がおかしいわ。
「あの、デイユーキ様。七年前といいますと、サユは子供だったのではありませんか?」
トッテン、ナイスツッコミ。
「サユは長命種なんだろう。七年前と寸分変わらないから」
寂しく笑わないで。今、一瞬納得しかけたじゃない。知らないよ、長命種なんて。
「サユ」
優しい声。混乱する。再会を願って別れたのは一昨日だ。七年も待たせてない。
落ち着こう、こんな時こそ深呼吸。
どう考えればいい? これが本当だとしよう。むりやり本当にしてみよう。だとすれば、まる一日で七年の差……。あ、いやだ、考えたくないと脳が拒否してる。向こうの一日がこちらの七年となると、向こうに帰ったら私一人おばあちゃん? いやだー。
だから落ち着こう、私。
小さなデイに会っていた時は同じ時の流れだった。民宿とデイのテントとを往復しても時間的な錯誤はなかった。何も不自然なことはなかった。あったら気付いてるし。
目の前に居るのが本物のデイで、本当に七年経っているのなら、片方の世界の時間軸が他方の世界の軸にランダム接触したと考えればいい、とどこかで聞きかじったことがある。でも、それまでは全然無かった。ランダムマジックが起きたとすれば、昨日の昼、一度だけ。なんなのこれは。
そういえば、昨日の昼だ。あれはもう既に、私にとってはこちらの世界だった。だとすれば、目の前のこの人が?
「昨日まで、キャンプしてました? あの場所で」
男はまたも寂しげに微笑んで、
「テントココダメだったか、おまえの国の言葉。だが、場所を変える勇気はなかった」
なんだか胸が痛い。デイなんだね?
「火の始末、やり過ぎです」
「念には念を入れろとおまえが言ったんだ」
言ったよ、確かに。デイだ、この人。
「キャンプは、演習の一環ですか?」
小さなデイはそう言っていた。義務だと。責務だと。
「最初の一度だけが演習だった。後の全てはおまえに会うため」
思わず顔を覆った。
もう聞きたくない。どうしよう。私は一昨日のことなのに、デイは七年。時の流れが違うとか世界が違うとか、そんな理屈が正しかったとしてもどうにもならない。
デイは私を七年待った。それだけが事実。
「どうした?」
「ごめん、ごめんね、デイ」
謝ったって仕方ないけど、謝らずにはいられない。
デイはにやりと笑った。今までの笑いとは種類が違う。
「では聞かせてもらおうか。なぜ今まで隠れていた?」
だーかーらー私にとっては、一昨日なの、とは言えない。
「隠れてたわけじゃない。違う」
「あのねえー、その子、親が家から出してくれなかったんだってーすごい過保護で軟禁状態でねえ」
うわああ、おかみさん、そんな奥から大声で。というか聞いてたのか。しかも余計な修飾がついてるし。
「本当なのか?」
真剣ですね、デイさん。違うに決まってるじゃないですか。もっと軽いです、そんなに重くないんです。言おうとしたら、
「昨日はごめんねえ、ミーハーなんてからかっちゃって。家出してまで会いたい人って将軍さまだったんだねえ。あんた、七年も想い続けて諦めきれずに逃げて来たんだね~~」
後半涙声でも、全文違いますっ。もう黙って、おかみさん。
「そうか…」
デイ、その憂い顔は必要ない。一昨日ぶりだってば。
「待たずに探すべきだった。すまない。俺は、怖かったのかもしれない。俺のことを子供扱いしていたから…他に好きなヤツがいるのかと」
それで七年も待てるのが恐ろしいよ。これ以上の独白はいらないから。ちらっと後ろに立つ二人を見れば…
こっちも涙ぐんでるー。やーめーてー。
「こんなことなら探し出して奪い去れば良かった」
デイはドンと拳をテーブルに叩きつけ、
「だが、もういい。こうして会えた。面倒ごとも片付ける」
ふう、と興奮を鎮めるように息を吐く。
「え? 面倒って?」
もしかして昨日のブラックのこと? バレてる? それとも私の親? 親に何するつもり? できないとは思うけど。
「おまえのせいで女関係がややこしくなった」
ちょっと待て。
「女って、私は関係ないでしょが」
デイは首を振り、
「演習が終わったら、王都へ戻る。詳しいことはそこで話す」
って、私も行くこと勝手に決定してるし。
「あなたの女関係に勝手に私を巻込むのはやめてください。そんなところへ行きませんよ」
ここを離れると元の世界に戻り難くなる、予測。
雰囲気に流されて、すっかり悲恋の人になりきってたけど、私は七年も待ってない。デイと会っていたのも一ヶ月。それも小さなデイ。その辺は目の前のデイも同じ条件だけど、私にはそこに時の重みがない。しかも好きとか思ってなかったよっ、今もだよっ、思い直そうとしても、『女関係ややこしい発言』で、そんな気さらっさら起きないよ。
落ち着けって。
こんな時は予防線、張って安心予防線。
「デイ、婚約者がいるんでしょう? その人を大事にして。私は会えただけで良いんだから」
要らん情報とか言ってごめんね、後ろのお二人さん。ばっちり活用させてもらった。ありがとう。
「婚約などしてない」
ムスっとしてきっぱり否定。婚約しそうなんでしょう、と追加するべきかな。それだと、婚約しないで欲しい、と同義になるような気がする。難しい。
っん、グラっとした。
気が遠くなったのかなと思っていたら、またグラグラっと。いつのまにか横に来たデイが、がばっと私を抱き込んだ。なんだかとってもイヤな予感。私、この世界に来たの、昨日だよ、昨日。それでイベントてんこ盛りって酷すぎる。
「東一第二小隊を出せ。斥候は戻ってないのか」
その姿勢のままデイがスナイフに指示を出している。
「はっ、斥候の一陣は」
スナイフが答える前に、ロビーに通じる扉が乱暴に開かれた。
「敵襲! 翼竜およそ三十、地小竜、表層に二百」
その場が凍り付くのが私にもわかった。




