大地の戦士ナイトブラック ここに見参! 2
現在の状況をご説明いたします。
私は、観覧席に身を潜ませております。
演習場は、だだっ広く、地震の際に避難するには丁度良い場所と言えましょう。特撮ヒーローの戦場としても最適だと存じます。演習場の隅には闘技場を観覧席で囲んだ大きな建造物がございまして、おそらく、ここで天覧試合などが行われるものと推測されます。私が居るのがこの闘技場の観覧席となります。なぜ空の下のだだっ広い演習場ではなく、地震の大敵とも言える石造りの建物、しかもその観覧席の下に私が潜り込んでいるのかと申しますと。
— くそお、丸腰じゃ無理だ
と赤毛のトッテン。
— どうしてガキどもが出てるんだ? 邪魔なだけだ
と金髪スナイフ。
— いいか、あんたはここに隠れてろよ。俺たちが迎えに来るまでじっとしてるんだぞ
ガクガクと私の肩を揺すぶるスナイフに、揺すぶられてるので返事ができないと言う間もなく、二人はさっと立ち上がると、とっとと武器装備一式を手にするために走り去りました。この闘技場は、騒ぎの元となっている場所からは離れていて安全と踏んだのでしょう。夕闇の中、私には騒ぎの元すら視認することはできませんでしたが。
上記の理由から仕方なく潜んでおりました。そしてなぜにこのような喋り方をしているのかと申しますと、一つには、私がデイユーキ様から教えて頂いた言葉は、基本的にはこちらなのです。崩して話すのはカンタンなのでとおっしゃってました。そしてもう一つは、姫様の御前だからでございます。
「前に出るな、皆、私の後ろへ下がれっ」
「ですがっ」
「我々が盾になります。ご存分に戦ってくださいっ」
喧々囂々で、言葉を拾うことがなかなかできませんが、闘技場から離れていたはずの騒ぎの元が、大音響とともに現れたのです。姫様もそれを守る騎士も王騎学の生徒も。全部一緒くたに。分散すればよいではないか、などのご要望を私は受ける立場にございません。
周りが騒いでいるのに、自分一人隠れていてヒマなので遊んじゃいました。不謹慎ですね、ええ。
とにかく、闘技場は半壊。私が隠れている側じゃなくて良かった。自分勝手ですみません。壊した犯人はドラゴン。
うん、ドラゴンだ。現実を受け入れよう。
たしかにドラゴン。大きい。頭だけでも人間3人分ぐらいある。黒光りして、体の割に手が小さく、足はでかい。尻尾の一振りで闘技場の壁を吹っ飛ばした。たくさんの学生と、キラキラしい姫様(遠くて顔はわからないけど、衣装と状況でたぶん)、ドラゴンの前で剣を構える一人の騎士。って他に騎士はおらんの? まあ他はどうだかわかんないのでひとまずいいとして、私をここに隠した二人は確実に居るはず。姫様ピンチになぜ来ない?
って、うわあ、ドラゴンが口に火? 溶岩?
とにかく赤いものをぐるぐると溜めてる。もうすぐ吐き出すんだって、新参者の私にだってわかる。どうする? どうするったって、どうにもできない。騎士は姫様を守る。それは決まりごとだ。背に庇う大勢の生徒だってできる限り助けようとする。あくまで、できる限りだ。全員無傷なんて到底ムリ。
デイ? もしかしてデイも居るの? もうドラゴンが火を噴くよ。焼けちゃうよ。
思うより先に動いてた。少しでもドラゴンの気が引けたら。少しでも命中率を落としてくれたら、なんて。
私は小石を握り、ドラゴンの斜め後ろから側面へと回り込む。これを投げつけたら、元の場所に隠れる。姑息ばんざい。稚拙だっていい。さあ、投げて逃げるぞ、ってところで、騎士と目が合った。
騎士の瞳、まんまるだ。すごいびっくりしてる。
あなたの気は引いても仕方ない。ドラゴンの気を引きたいんだって。あれ?
ドラゴンもこっちを見てる。ご丁寧に口に火塊をためたまま、ぐりんと首を捻って。
大きな口が目の前でさらに大きく開かれた。
牙、あるなあ、とか。騎士がなにか叫んだなあ、とか。
終わりか、私。気は逸らせた。目的達成。相手はドラゴン。不足なし。
デイに会えなかった。
宿屋のおかみさん、ごめんなさい。私はもう働けそうもありません。
働けないと言えば民宿のママさん。ごはんいつも美味しかったです。
ママさんと言えば、おかあさん、おとうさんおにいちゃんおねえちゃんそしておにいちゃん(省略すると拗ねるから)、こんなレトロっぽい町で私は息絶えます。
あーそういえば、今期の戦隊ヒーロー、レトロなんとかじゃなかったっけ。変な名前だったと思うけど。
私もヒーローなら良かったのに。黒と白と青。この場合は黒かな。ドラゴン大きいし。黒、ブラックナイト? ナイトブラック? どっちだっけ。黒い騎士。登場の決め台詞あったよね。なんだったかな。こっぱずかしいのよ、あれ。だいちのせんし、ナイトブラック、せんしとないとはどことなく被ってるよね…ここに、なんだっけ、けんざん、だっけ?
ドンっと衝撃があって、体が宙に浮いた。直撃かあ、なんて、ぼんやりと思った。
ガラガラッガシャンガシャン
嫌な金属音が耳を襲う。うるさーい、と思いつつ首を振り、立ち上がる。
立ち上がれる? どうして?
きょろきょろしてみても、モウモウと立ちこめる煙でよく見えない。熱気で空気も歪んでる。でも熱くはない。死んだからかな? と手を見れば、金属の指?だ。
「えええええ?」
声出た、声。くぐもってかなり低い声。さっきので耳がやられちゃったのかも。うーんと、自分を見まわすと黒い鎧に全身が覆われてた。背中には短いマント。足は、おや、全部金属か。でも曲がる曲がる。屈伸運動終わり。
夢かな。今度こそ夢。それとも、死後の世界かな。
えーと、と額に手をやれば、またガシャっと。頭もなんか固いよ。
これなに? 私誰? もしかして…
うん、さっきチラッと思っちゃったよね。
黒騎士? ナイトブラック? 戦隊ヒーロー?
「ええええええ!!!」(再)
ない、これは無い。なんかヒドイ。
立ちこめていた煙が消える。目の前のドラゴンは当然健在。私にお尻向けてるけどね。やっつけちゃったよ、ぷん。ってとこだね。
ガシャっと足を一歩前に出す。大きいな、この鎧。うっ、もしかして中身も大きくなってる? それはやだー、絶対やだー、耐えられないー。
いやいや、気を取り直そう。自分自身を考えるのは後にしよう。どうせ慌てて考えたって答えなんか出てこない。じっくり考えても出てこないと予測するのもやめておく。
現実を見ろ、これが現実だ、夢みたいだけど、現実なんだと思い込め、私。
このブラックは、真っ黒フルフェイスのアーマーだ。側頭部に羽の意匠があってまずまず格好良し。フェイスは首まですっぽりタイプで、ドラマの中では変身後に顔を見せることはない。外れそうにないもんね。だから安心だ。何がとは聞かないで。
「おまえは誰だ?」
急な呼びかけに、「へ?」と素っ頓狂な声が出た。でも大丈夫。相手の耳には届いてないらしい。相手はさっきの、姫様の騎士、たぶん。
「ここに居た女性をどこへやった?」
あ、それ、私。とか言えない。こんなガタイで名乗るのはイヤ。気づいてないならラッキーなことこの上ない。そっちこそ、姫はどうした姫は。ふいと視線をずらすと、居た。姫は騎士の後ろだ。って、私が焼かれている(泣ける)間になぜ逃げない?
ドラゴンがクイっと首をこちらに向けた。
ですよね。あなた、姫を狙ってますもんね。こっちに来ますよね。
ところで、武器ってどこだっけ。あったあった。腰にぶら下がってる。確か盾もあったような…これか。掌サイズだけど、こうやって上に投げると、うん、大きくなった。で、剣も、こう構えると、でかくなる。それで、どうするんだ? こう、だったかな? 下から上、だったかなと素振りをしてみれば、ブオンといい音が。あ、いや、待って、まだ、そんなつもりじゃーー。
地面に大きな亀裂が走り、ドラゴンの腹まで一閃。
すごい威力。闘技場まで不可抗力で破壊した。不可抗力、これ大事。私のせいじゃない。弁償とかないよねー大丈夫だよねー。それはそうとして(さらっと話を変える)、ドラゴン、まだ生きてる。さすがドラゴン。あと、できることはなんだったかな。こんなことになるのならじっくり見れば良かったよ。子供に混じって。体操座りで。特撮ヒーローを……。
で、またもや、ドラゴンが口に火を溜めだした。
これで最後だな、敵はもう限界とみた。最後なのにそれしかないのか。いいけど。私も、いや、このブラックもあまり技数は無い、と思う。設定が、大地のナイトだから…だからなんだかわからない。どっちにしろ力技だったように思う。まあいいや。ドラゴンが火を噴く前に首を落とせばいい。姫を巻き込むのはまずいから場所を移動しよう。
なのに、どうして立ちはだかるのか、この男は。
「さっきの女性は無事なのか?」
騎士しつこい。仕方なくコクコク頷いてみせる。
「どこに居る?」
まだ言う? めんどくさいから無造作に、動き難い指をガシャっと立てて、あっち、と示してみせた。嘘っぱちでーす。
「守ってくれたのか。無礼をした。許して欲しい」
頭を垂れて、安堵の息をも吐いてる。
そんなことしてないで、姫と一緒に逃げなさい、ドラゴンは私に任せて、と。せっかく立てた指だから順に、騎士、姫、出口と指して、早く行けと促す。
「承知した。ドラゴンは私が倒す。姫を頼む」
え? 違うでしょ、ばかなの? そしてまさかのイイトコ取り? ちょっと待ちなさいよ、と言う前に、騎士はちゃっちゃとドラゴンへ向けて走り出していた。
「姫、ご無事ですか!」
赤毛いまごろ遅し。収束するのを図っていたかの登場。シルバーメタリックの鎧。期待していた(いつ期待したのか自分でもわからないが)赤じゃないので、さらにマイナス点。
「サユが居ないっ」
金髪、熱爆した観覧席をドカバキと足蹴にして叫んでいる。少し嬉しい。遅い登場は帳消しにしてやってもいい。これもシルバーメタリック。お揃いか。なら仕方ないが、赤毛のマイナスを取り消す気はない。
「黒い騎士殿。女の子を知りませんか? 黒髪で大きな瞳の愛らしい娘です。ここに隠れていろと言ったんですが」
金髪の顔がずいと寄る。愛らしいとかカマかけてる? わ た し だよー、って言うの待ってる? こんなデカイのにそうは思わないだろうけど。デカイと思ってた金髪よりも頭一つ上だし。大事なものをなくした気分。
「デイユーキ様も、その方をお探しのようなのです」
後ろから、か細い乙女の声。知った名前に反応して、つい振り向くと、すざっと身構えられてしまった。奇麗な青い瞳がうるうるしてる。
私のこと怖いですよね、私も怖いです。中身がどうなってるのかと思うとぞっとする。ああ、考えない考えない。違うことを考えよう。
姫様の言うデイユーキは、将軍のデイユーキだよね、様付けしてるし。探しているその方とは私サユ。彼とはさっきが初対面だ。その彼がなぜに私を探すかといえば、ドラゴンの気を引いたあと、行方不明だから後味悪い。死んでいたら化けて出そうだからはっきりさせて供養したい。はい、解決。
そうだ、もっと大事なことを考えなきゃ。ブラックの退場はどうしたら良かったかな? このままガシャガシャ歩いて去ると、たぶん誰か付いてくる。味方っぽいけど、ただの不審者だから。じゃあ走って逃げる。それでも付いてきそうだ。しかもすごくかっこ悪い。確か、この戦隊ヒーローにはそれぞれの馬が付いていたはずだが、黒いのは登場シーン限定だったような気がする。退場はいつもうやむやに、締めのずっこけ笑いでCMへ……いいや、とにかく呼んでみよう。それで来なかったら、走って逃げよう。かっこ悪くても知るもんか。
片手をすっと上にあげる。
これって、ホワイトじゃなかったか? 戦闘中に馬を呼ぶのは、たいてい白。
ドオン ドオン
あ、でも、来た来た。蹄の音より地響きが大きいな。そんな些細なことはいいけどね。良かった。助かったー、と思ったのも束の間。
ドオオオオオオオンンンン
闘技場の壁をぶち抜かして黒い馬が登場。岩をも貫く一角を額にそびえさせ、でかいブラックが小さく見えるほどのデカイ馬、黒きユニコーン。
グルルルウ
ユニコーンが鼻先を私の胸元につけて甘える。これはもう言い逃れできない。飼い主は私、決定。でも、不可抗力だよね。どうせドラゴンに壊されてたし、弁償とかないよねー。今度から気をつければいいよね。建物の中で呼んじゃった私も悪いけど……いや、不可抗力、不可抗力(呪文)。
早く帰ろう。ドラゴンの首も知らない間に落ちたようだし。これ以上長居をするとたぶん碌なことにならない。




