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一人(3+1)役なんて無理です!  作者: 里道花
三位一体ですが、心は三つです
22/23

祭りとパイとアンニュイな王太子4




「もしもーし」


ごろんごろんとひっくり返してみる。怪我らしいものはなさそう。寝息も規則正しくて顔色も悪くない。毒を盛られているようには見えない。睡眠薬なのか、単にこの男が寝たら起きないタイプなのか。とりあえず、上着を脱がせ、きゅうきゅうに詰っている襟元を緩めておく。窒息でもされたらかなわない。


 これ、どう考えればいいのかな。竜樹兄は何も考えるなと言ったけど、考えなきゃいけないでしょう、やっぱり。


窓は開かない。鍵は内側だけど、鍵穴だ。鍵が要る。扉もそう。内からも外からもかけられるようになってるらしい。火事になったら焼け死んじゃうよ。何が寵妃の部屋だ。これじゃ監禁部屋だ。案外、この清流庭園も、そんな妃を慰めるために造ったのかもね……というか、そうだ、絶対。ロケーションが正面向きすぎ。中庭と言いつつ、向かいの建物は遠く窓が無い。しかも草木でほとんど見えない。


 あーあ、と天を仰げば、鏡が。ベッドの天蓋は一面の鏡。こらこら、これではゆっくり寝られない。うなされる。


 部屋に文句を言っても仕方ない。身の振り方をどうするか考えよう。


 今、ここをぶっ壊して飛び出す、とする。私はいいかもしれない。でも、デンセンは? 女子寮だけど、後宮。男子禁制。お咎め無しになるかどうか微妙。明らかに罠なのに、私の証言は役に立つのか?

 では、誰かに発見されるまで待つとする。なおさらマズイよ。ここは迷宮後宮で、しかも使ってない部屋。誰も前を通らない。それで一日も経ってしまえば私たち二人がそういう仲でなくてもそういう仲になってると思われても仕方ない。デンセンの立場は変わらず悪いし、デイに釈明する手間が増えて非常にめんどくさい。


 それなら、やっぱり脱出だ。地味に、知らぬ間に、脱出が望ましいが、寝てるデンセンを置いて行く? 抱えて行く? その後どこに連れてく? 空から放るか?


めんどくさーい。どうしよう。くそお、こんなに悩んでるのに、こいつは能天気に寝てやがって。おまえが考えろ。おまえの危機だ。


 つんつん、突いてみる。ぜんっぜん起きそうにない。


「起きろーっ、なんとかしろー」


ぐいっと押したら、向こうへごろんと転がった。勢いついて私も彼の胴へとダイブしてしまう。


「ん……ぅ……」


反応あり! 嬉しい!


「起きて起きて起きて」


のしかかったまま、ゆっさゆっさ揺さぶる。これぐらいの乱暴はいいでしょ。鍛え抜かれた体なんだからさ。うお、また寝入ってしまった。


このー、襟ぐり掴んで……んん? 揺すった拍子に胸がはだけて…これ、胸筋?


 手を離して首を捻る。


気のせいだ。そうに違いない。よし、もう一度襟ぐりを………


 うーむ?


視線を下肢へと移す。ぺたんこ……。


 いやいや、騎士さん達、急所を晒さないように股間にガード仕込んでいるからぺたんこでも不自然じゃない。私の鎧もそうだ。男性仕様だとそうなる。


今、彼、鎧じゃないけどね。


 でもでもでも、正装であったとしても、やっぱり急所になっちゃうわけで、ガードを仕込んであれば真っ平らでもいいんだよ、うん。胸だって、防刃チョッキ着込んでたっていいわけだよ。胸筋がハミ乳みたいになってるけどねー。はーーははは。


 ………見なかったことでいいんじゃないかな?


 これが罠の真打ち?


 うーむー。


 さすがにズボンを降ろす勇気はない。


 困った。今日の出来事で一番の困った事態。頭を抱えてしばし。


「ふぅ……ん? ……ぇ……ぁ? きっっっゃぁ」


なぜ、今起きる。なぜ悲鳴だ、ばかもの。


慌ててデンセンの口を塞ぎ「黙れ。何もしないから」


って私、なにしてんの。


デンセンは目玉だけ動かして、私を凝視。


「声を立てるな。いい?」


デンセン、うんうん、頷いた。


だから、私ー。


「落ち着いて。大声ださないで」


ゆっくりと手を離した。デンセンは、「はー」と息をして、ゆっくり上半身を起こすと、首筋を二度三度揉んだ。


「……ここは?」


声が掠れてる。手足もまだあまり自由に動かせないようだ。


「清流の間。閉じ込められたみたいです」


デンセンの顔にびっくりマークが張り付いた。


「そう、ですか。こんな、失態は、はじめてだ」


そう言ってベッドから足を降ろし、立とうとして、よろけて床に手を着いた。手助けしようとする私を止める。


「申し訳ない。私は大丈夫です。清流の間か。いったいどうして……」


ふうっと息を吐いている。その間に説明しておこう。


「王宮前広場に居た私をトッテンが迎えに来たんです。デイが私に清流庭園に来るよう指示を出したと。途中、トッテンと交替した後宮騎士にここまで案内されて、入った途端に鍵を閉められました。そうしたら、あなたが大の字で寝ていることに気づいたんです」


事実だけ報告。私の余計な感想は要らない。


「私は、」デンセンは視線を空に彷徨わせ、「執務室に居たはずですが、気づけばあなたが目の前に」はあ、ともう一度息を吐き、

「後宮騎士は誰でした? 名乗りませんでしたか?」

首を振って答える。名前なんか聞いてない。

「あ、でも…」

「そうですね、トッテンに聞けばわかります。バレても良いのか、よほど都合の良い言い訳でも用意しているのか」

そこでデンセンは、遠い目をしながら、

「まず、これは明らかな罠ですから、部屋から出た途端に捕まると思っていいでしょう。ここに踏み込むのは不自然ですからね。それで、彼らの狙いですが、第一に考えられるのが、私の失脚。第二があなたの失脚。第三がデイユーキ将軍の失脚、第四が…」

「どうしてデイが失脚するの?」

びっくりして話途中に割り込んでしまった。急につらつら言い出すこいつも悪いよね。

「順番に話しますから」

デンセンはちょっと笑った。余裕が出て来たみたいだ。それは良かった。

「第四が、我らが添うこと」

「……添う?」

「この状況です。流されて添うかもしれませんし、これを仕組んだ方は、何か誤解をしているのかもしれません」

「添う?」

ごめんなさい。根本的に言葉の意味が計れなかった。


「女性相手ですので言葉を選んだのですが。はっきり言いますとここで男女として結ばれることです」


 あー、そういう意味? それが私の頭から抜けていたのは、その可能性を全く排除していたからだ。さっき見たもん。あなた女だよね?


知らずに不躾な視線を彼(彼女)の胸に向けていたらしい。それに彼も気づいたようだ。そそくさと防刃チョッキの位置を直し、ボタンを止めた。


 今更だけど、気づかなかったフリを貫き通そう。彼もそのほうが良いだろうし。


「えーと、犯人の狙いが第四まであるということはわかりました」

強引に話を戻した。

「見ましたね?」

なのに単刀直入に来た。

「うん」

だから、すぱっと返す。じたばたしても仕方ない。

「バレましたか?」

「うん。でも、衣服を緩めたのは私ですから他の人にはバレてないと思います」

「それで、どうするつもりですか?」

「どうもしませんけど」

「弱みを握って、どうするつもりです?」

「弱みなんですか?」

「……」

「今までよくバレませんでしたね? だったらこれからもバレないでしょう。こんなことが無い限り」

「デイユーキ将軍には…」

「言っても変わりませんが、言いませんよ」

「そんなはずないですっ、彼がこれを知れば、間違いなく私を追い落とすはずです」

追い落とすのは追ってる人間のやることで、デイは追われる立場だと思う。認識からして間違ってるけどそこは追求しない。

「デイは、そういうの興味ないと思います」

「いいえ、あの男は、女だからと、私を脅し弄んで一生を食い物にするに違いありません」


 すごい妄想だなー(棒読み)


「あのー、そのぐらい女好きなら私も安心ですが、あいにく一本気です」

「間違いなく女好きです。女好きで安心ってなんですか。とんでもないヤツですっ」


 めんどくさくなってきた。


「あなたのことはあなたの許しがあるまで誰にも言いません。約束します。こればかりは信じてもらうしかありません。ところで、話変えます。あなたが女性なら、後宮に居ても大丈夫なので、カミングアウトして堂々と出て行きますか?」


ひくっと息を呑む音が聞こえた。


「男性ならマズイので、脱出方法を考えたいのですが」


デンセンはゆっくりと頷いた。


しかし、デンセンとはどうひっくり返しても男の名だよ。生まれた時からって、親父だな。なんてヤツだ。とんでもないヤツとはあんたの親父の事だと思う。この国は、女性だって騎士にもなれるし、英雄にもなれる。男のフリをする必要はない。


「そうまでして父親を立てて男にならなきゃいけないんですか…」


言うつもりの無かった独り言が口をついて出てしまった。


「ちがう、これは自分で選んだんです。私のミドルネームご存知ですよね。王騎学に入るまでは、まだ、後戻りできた。でも、情けないあの男が、口先だけで丸め込むだけのあの男が、姫様を、この国をダメにすると思ったら我慢ならなかった」


 デイ、すごい憎まれようだ。でも、この人が無理強いされたわけじゃないなら、それでいい。頑張ってくださいと思うだけ。


「名誉爵位も二代まで権利があります。が、女では英雄は継げても爵位は継げません。父が死ねば、政には無力となります。あの男の思い通りになってしまう」


 補完ありがとう。でも、正直どうでもいい。


 あ、苛ついてるんだ、私。どうでもいいといいながらどうでも良くない。イラっとか、ムカっとかしてる。思い込みで随分なことを言う。デイが情けないことは認めよう。しかし、ココまで非難されなきゃいけないことでもない。しかも、今のデイのどこを非難する部分があるんだ。女関係だって全部誤解だろうに。


 だめだめ、自分で自分を煽ってどうする。落ち着け。落ち着け。


「もし……」


デンセンの唇が震えてる。無理して喋らなくていい。こっちも我慢してるんだから


「もし、タツキ様が、姫を娶り、この国を背負ってくださるのなら、私も男でなくてもいいのかもしれない」


 ちょっと待って。それはおかしいでしょ。なんかおかしい。私の中で警鐘ガン鳴り。もはやデイは関係ない。王太子は国をダメにすると言ってるも同じ、王太子の廃嫡を望むと同じ。側近護衛のあなたは絶対に言っちゃいけないことだ。


「タツキ様の側でなら、私は…女であっても…」


涙? え? うわあ、そっか、そういうことか。竜樹兄、空前のモテ期だよ。そうかあ、てっきり瑞樹兄を見て鼻血出したかと思ったけど、竜樹兄だったのか。でも、女なのに鼻血ってどうかしてる…いや、それはいい、そうじゃない。だから待て。今ここでそんなこと言うな。箍が外れて塞き止められていたもの全部ぶちまける気なのか。それも私にか!


「デンセン、それもこれも皆、この罠を抜けてからの話ですよね」 


 疲れる…。お茶でもいれようか。あるかな、そういうの。


間が持たなくなり、私は部屋にある内扉を片っ端から開けていく。呆けていたデンセンが、はっと立ち上がり、私に倣って、ばしばし扉を開け放っていった。


 どうした、いったい。


「迂闊でした。中に誰も居ないだなんて、決まってませんね」


 あ、そうか。でも、中にずーっと潜んでナニするの? 観察しても証拠にならないよ。どうして現場に居たのか、そっちの方が不思議になっちゃうし。それとも私たちを殺す? それこそ無理でしょうに。


ついでに隠し扉が無いかも注意深く見て、私たちの捜索は終わった。それでわかったことは、バスルームが全面鏡だったこと……落ち着いて風呂にも入れないのか! それとお茶の類いはなかった。当り前だよね。そんなもの置いてあったら、それこそ毒だ。


「第四がやはり濃厚でしょうね」

しばらく考えた後にデンセンが言った。

「現場を押さえられないから、第四の可能性が薄くなったのではなくて?」

「情事の現場を押さえたいのではなく、未然に防ぎたいのでもなく、本当にそうなることを望んでいるのでしょう。くっついてしまえば後はカンタンですから」

「……は?」

「狙いの第一とした、私の失脚は、成功する確率は殆どありません。私は、もとより後宮護衛の責任者ですから、正当性を認められれば、咎めはないでしょう。そして第三の将軍の失脚は、犯人が私でなければ成り立ちません。デイユーキ将軍があなたを使い私を陥れる為に画策したと訴えるんです。過程は泥沼になるでしょうが諸侯は私の味方をしますから、少なくとも、あなたの保護を他の者に移すことは成功します」

愉快そうに笑って、

「今からだってできますが?」

意地悪く言う。けど本気じゃない。


「ですから、第一と第三は、あり得ません。本来は最初から外しておくべきです」


 ややこしいので考えることを拒否していいですか? うん、いいよ。自問自答。


「そこで第二のあなたの失脚ですが、微妙に第四に係わります」

「私、失うような地位はないですよ」

「デイユーキ将軍の信頼は失いませんか?」


 おおう、それ? それがある? 失うかな? 


「じゃ、デイから私を引き離すために?」

デンセンは柔らかく笑って、

「引き離すとまではいかなくても、不仲にはできるかもしれません。あくまで副次的なものでしょうね」

そして、また、デンセンが楽しそうに笑う。話を進めていくに従い、デンセンから緊張が取れ、穏やかな空気になっていく。

「本命は第四。将軍とあなたを引き離したいのではなく、私とあなたを添わせようとしている可能性が高い。無理もない話ですが、将軍はよほど信用されてないのでしょう。あなたは私とならば、末永く一緒に居るだろうと思ったようですね。もしそうなら、今後もこういったことは起きます。どうします?」


「どうするって、言われても、どうするんです?」


 聞き返す。デンセンは、まるで犯人を知ってるかのよう。けど、私も疑ってる人間は居る。後宮騎士に命令できるのは、より上位の人間しかあり得ないから。後宮騎士さんも女性だしね、デイへの信用なんかないだろうしね。世の為人の為なんて言われたらやっちゃうかも。


「さあ、どうしてやりましょうか。私は執念深いんですよ」


 わかるわかると頷きそうになるのを堪える。


「芝居をしましょう。嫌がらないで協力してくださいね」

「協力といいますと?」

「私もあなたの争奪戦に加わります。私に少し優しくしてくれるだけで激化しますから、見ものですよ」

「え? どうしてそうなるの? 激化させてどうするの?」

「激化させれば犯人も悔しがる結果になるでしょうから面白いと思いませんか?」


 おーもーわーなーいー!! 


「約束は忘れないでください。将軍には私の事は内緒ですよ。あーもうすごく楽しくなりそうだ」


くつくつ性悪そうに笑ってる。どうしてそんなに嬉しそうなの?


「さて、ここから脱出しましょう。先々代の、魔女と呼ばれた王妃の部屋です。壊すのは忍びないので、どうしましょうかね」


 魔女? 王妃? 妾妃じゃないの? 意味がわからない。


デンセンは私の様子を察して、

「姫様にお聞きになれば詳しく教えてくださいますよ。私でよければ、またお話しましょう。ここを出てから……」

「あの、この部屋、私が、壊しましょうか?」


デンセンが忍びないというのなら、私は全然忍びなくないから。それともペガサス呼ぼうかな。


「いえ、その必要はなさそうです……ちょっと失礼」


デンセンは上着を私にかけると、ひょいと抱っこする。


「うわああ、待って、待ってください、私、重いです」


女性に姫抱っこされるのはものすごく抵抗がある。


「いえ、あなたは小さくて軽いですよ。できたら大人しくしていて貰えると助かります」


どういうの、これ。ねえ? 


「大きな蹄の音です。伏せますっ」


ええええ???? ユニコーン??? 竜樹兄ちゃん! 窓が吹っ飛ぶ!



 あー、やっぱり、私がやれば良かったよ。全面開放ってやつ?


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