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大地の戦士ナイトブラック ここに見参! 1



 笹山紗雪、十六歳。もっと洞察力を持つべきと悟った高校二年の夏休み。


 今更遅いと言ってはいけない。へこむから。


 彼、デイユーキはこちら側の人間だった。私、笹山紗雪はあちら側の人間で。境界を行ったり来たりしていたのは私の方。迷い込んでいたのは私。だからデイの言う通り、困るのは私だった。


 後悔先にたたず。


「見かけによらずミーハーなんだねえ、このお。家出してまで来るなんて」


ぽんぽん小突かれる。つくづくデイに言葉を習っておいて良かったと思う。今度会ったら奢ってやる。金はないけど。


「違いますよ。知らないですよ、そんなこと。私は自立したかったんですって」


なんでも、毎年この季節この辺で、王立騎士団の大規模な演習があり、騎士がたくさん来るのはもちろんのこと、その騎士を見ようと、この町に人が大勢押し寄せるらしい。騎士は庶民の憧れであり、誇りであるから、アイドルのような存在らしい。仕事は殺し合いなのに。


 こちら側に迷いこんだ直後、幻かもしれないと荒野に足を踏み入れてはみたが、やっぱりただの荒野だった。仕方なく、再び山越えに挑んだら、幸運にも街道に出られた。そして幸運にも辻馬車に拾ってもらい、半日かけて、この町まで連れて来てもらった。


 マジで死んでたかもとは考えない。へこむから。


「じゃ、ここに騎士さんたちが帰ってくる前にちょっくら仕込むかね? 早速で悪いけど」


おかみさんはにやりと私を見る。


「やらせていただきます」


腕まくりして構える。


「ほら、いくよー」


びっちびっち暴れるでかい魚の尾を両手で掴んで抑える。夕飯のメインは怪魚。斧を振り上げるおかみさんが男前すぎる。



 文句は言わないと決めた。ばかな、嘘だ、と取り乱すこともなかったのはデイのおかげだ。一ヶ月を彼と一緒に過ごした。その彼と同じ言語の人々が幻のはずもない。だからこの世界も幻じゃない。夢じゃない。


 辻馬車の親父さんは人が良く、お金がないと最初に断りを入れたにもかかわらず乗せてくれた。後で聞いたら、あの辺りは夜になると大型の獣やら有象無象が出て非常に危ないそうだ。


 デイ、そんなところで何をしていた? 


 私は、『親が過保護なので、家出して自立することにした』設定である。

世間知らずで行き当たりばったり。金はないけど家にも帰れない。同情もされない。それでもやる気さえあれば協力してくれる人は居るかもしれない設定。


これは辻馬車に乗っている間に周りの人たちにさりげなく話を聞きつつ考えた。幸い、この世界の成人年齢は随分と低く、私が未成年に見られることはないらしい。それに、あちらの世界の家族との関係性もあながち間違っていない。あの人たちは本当に私を猫可愛がりするから。


 家出してこちらの世界に来ましたーって。全然笑えないよ……。


 辻馬車を降りる間際に、お金はできたら払いますと言いがてら、my設定を披露した。あれよと言う間に手を引かれ連れて来られたのがこの宿屋。人の良い辻馬車の親父さんに事情を聞いた宿屋のおかみさん(舌かみそう)の善意を、私はありがたく受け取った。さっき私を小突きたおした人だ。彼女が私を宿の下働きとして雇ってくれた。


「この町では、花形騎士目当てに小娘がちょろちょろするのは珍しくもない。あんたが初めてじゃないよ」と豪快に笑うおかみさんに、私はただただ頭を下げた。



 食事と風呂が備わったこの宿屋のランクは中の上らしい。演習場の宿舎から漏れた騎士さんたちもよく泊まると辻馬車の親父さんが言っていた。ここは今朝まで働いていた(泣ける)民宿よりも大きい。建物もそうだが、全てのものが大作りだ。扉とかベッドとか。その理由はすぐにわかった。


「お疲れだったねえ、さあさ、風呂にお入りよ」


おかみさんが声をかけた先には、見上げるほどの大男の団体が。


 湯は少なめにしておくんだった。溢れる、もったいない。


「あれえ、おかみ、新しい子、来たの?」


大男軍団のうち二人が私を見とめて近づいて来た。

人を頭のてっぺんからつま先までなめ回すように見てくれる。


「手え出さないでおくれよ、大事な預かりものだからねえ」


奥からおかみさんの大声が響く。嘘も方便、ありがとうおかみさん。


「出さないよー。どうせこの子も東の大隊長が目当てでしょ?」


大声で言い返す大男。誰だ、大隊長って。


「まさかの将軍かもよ」

「ねえねえ、大隊長のうち、誰が一番いい?」


だから、誰それ。何人も居るの? どうでもいいから聞き返さないけど。

黙っていたら、


「ここに居るからには、やっぱ東か。かなわないなあ。ダントツ人気じゃん」

「今をときめく騎士さまだからな」

「あーいう人たちは早く身を固めてくれればいいのにさあ」

「まあまあ。女関係が派手なほうが剣の腕も立つってもんだ」


これは私には要らない情報だ。早くどこかへ行ってほしい。


「そういやさ、俺、ちょっと聞いたんだけど」


まだ私の前で喋る気か。


「将軍さ、想う人が居るらしい」

「ああ? 姫だろ、そりゃ」

「それじゃあ、くっつけばいいだけじゃないか」


もう、いっそおまえら二人がくっつけ。ああ、うらぶれてきた。


「ねえ、きみ、どう思う?」


知らんって。


「もしかして将軍目当てだった? 無理だよ、それ。姫様と婚約するらしいし」


大隊長やら姫やら将軍やら婚約やら、知らんってば。


「なんだ、将軍のお相手ってやっぱり姫じゃねえか」

「だからさ、それが違うってーか、そうなんだけど色々あるって噂なんだよ」


話の内容に興味もないし、私が受け答えをしなくても気にしていないようなので、せっかくの機会だから、くっつきそうな大男どもを観察する。洞察力、磨かないといけないからね。失敗続きだからね。


 情報通らしい男は、赤毛を無造作に後ろ一つで束ねている。つり目。この中では細身に見える。さっきから興味があるのだか投げやりなんだかの男は短い金髪。四角い顔。がっしりしていて他の騎士より背が高い。


 他の大男達を眺めれば、髪の色は黒や銀もあり、肌の色もそれぞれだ。私の世界とそう変わらない。さしずめヨーロッパ辺りの人種の混じり具合といったところ。町でみかけた女の人は地味な色目のワンピースドレスのようなものを着ていた。庶民のファッションはそれで間違いなさそう。私の格好といえば、民宿を出たままのジーンズにTシャツ。おかみさんが貸してくれたエプロンドレスを上から被り、ナイスカバー状態。裾からジーンズがちょい見えしてるが気にしないフリ。女性にズボンは有りだろうか? 鞄に入っている服も似たり寄ったりだから、小金が貯まり次第、こちらの服を買い揃えた方が良さそう。そういえば街並もレトロなヨーロッパ風だ。服屋が普通にあることを願う。庶民は自作するのが当然だったら、すごい困る。私では指と布を縫い付けてしまうのがオチだ。


 服、か。そうだ。


「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」


おずおずと手を挙げて、二人のどうでもいい話の腰を折ってみる。


興味を示したような赤毛の視線を了承とみなし、

「銀ボタンで青地の服、赤のネッカチーフ、たぶんどこかの制服だと思うのですが、ご存知ないですか?」

「ああ、そりゃ、王騎学のだ」


金髪が速攻で回答。いいけどね、答えが正解なら。


「あの、それは…」

「王騎学、王立騎士学院は、騎士の養成所だよ。騎士になりたいのなら一度は門をくぐる必要がある」


今度は質問も途中で赤毛が速攻。反応良過ぎ。


「今、そこの生徒のほとんどがこの町に来てるよ。大規模演習だもんな」


意味ありげに含み笑う金髪。なんかイヤミなカンジ。


「騎士も半数は来てるよな。騎兵は起たせてないから大軍ってほどでもないけど、大人数なのは確かだね」


赤毛は能天気に明るい。


「王騎学の人たちって、どこにいます? 知り合いが居るんです」


軍は関係ないので、話を戻す。ちなみに昨日も会ってましたとは言わない。説明がめんどくさくなる。


「会いたいの?」

「はい、できるだけ早く」


心配そうに訪ねる赤毛の意図がわからず、でも、きっぱりと私も速攻にて返事する。


「そうかあ。案内はできるけど、面会は微妙かもなあ」


お節介と親切は紙一重とはよく言ったもので。今の赤毛からは後光が見える。


「それでもかまいません。会えたら会いたいですけど、居ることが確認できればいいんです。お願いします」


ヤツは不遜だけど。俺様王子だけど。一人ぼっちで迷い込んだ世界で知ってる人間が居るのはそれだけで心強い。ホントに頼れるかといえばたぶん謎。それでも、こっちに来ちゃったテヘ、とでも言っておきたい。


 ん? 


そういえば、私があちら側の人間だって、デイは知らないんだ。


 私も知りたくなかったよ。






◇◇◇◇◇






 そんなこんなで夕食後。


 王騎学のみなさんの宿まで、赤毛と金髪に連れられて、てくてくと歩いている私。この街の道は固い石畳で、辻馬車が通れるほどの幅。


 こうやって一つずつ学習していくんだなあ。


などとのんきに思っていたら、「もうすぐだよ」と赤毛が前方を指差した。


「王騎学は人数多いからさ、演習場の彼ら専用宿舎だけでも何棟もあるの。で、名前、なんてえの?」


あら、わたくしとしたことが。


「申し遅れました。私は、さゆ ささやま。お世話になります。サユと呼んでください」


意図的に名前のキを抜く。『サユキュ』なんて間違っても言われたくない。


「あ」と赤毛は慌てて、

「そういや自己紹介がまだだったね。私は」と騎士の礼みたいな仕草で恭しくお辞儀をしてみせた。


「トッテンレントターヤ アルマジロスと申します。トッテンとお呼びください、お嬢さん」


言い難いし、覚え難い。とってんアルマジロの巣とか、勝手に繋げるのは有りだろうか。


「では、トッテンさんとお呼びします」


人の名前で遊んでも、表面だけはどうにかまじめな顔を装う。

金髪はずいと進み出て、


「じゃ、俺な。俺は、スナイフ キンパチだ。普通にスナイフと呼んでくれ。さん、はいらねーよ。トッテンもな」


トッテンが同意を示して頷いた。


金髪がキンパチ。わざとか? わかってる、この世界ではそんな意味ではない。でも、覚えやすいのは良いことだ。でも、私も黙って頷いた。


「で、こっちが本命なんだけど、その探してるって騎士の卵、名前は?」


そうか、一番大事なことだった。これを赤毛は先に訊きたかったわけだ。


息を整えて、

「彼の名はデイユーキ、歳は十三です」

「え?」

「デイユーキ?」


赤毛と金髪、お揃いで目を見合わせている。


「デイユーキって、俺は一人しか知らないぞ」

「そうだよね。ねえ、なにかの間違いじゃない?」


トッテンが私に目配せする。そんなことをされたって私の答は変わらない、と首を振る。


「いいえ、間違ってないと思います。デイと呼べって言ってましたし。外見は、さらっとした銀髪に瞳は翡翠。堂々としてますが、歳より幼く見えます」


スナイフが首を傾げ、「あの人、弟が居たか?」とトッテンに問う。


「居たとしても、弟が兄の名を騙るのはおかしいよ」


二人でうんうん唸ってる。私にしてみれば、昨日の今日だし、デイが大規模演習の一環とやらであの場所に居たのなら、辻褄も合う。だから間違ってないと思う。


「デイユーキには会えないんですか?」

「会えないことは、ないかも、しれないけど」

トッテンがそう言えば、

「人違いだ。デイユーキ様は、今年で二十歳。王騎学はとっくに卒業しておられる」

スナイフが手をひらひらさせて問題外をアピール。


デイユーキの名を持つ人は別人で、王騎学の生徒の中には、デイユーキの名を持つ人は居ないのね、それは残念だわ。って素直に引くのは私の事情が許さない。


「王騎学の生徒は何人居るんですか? お二人が全員をご存知なんでしょうか?」


大人数だってさっき自分たちで言ってたじゃない。全員知ってるはずないじゃない。


「そりゃそうなんだが、デイユーキ様は、東西南北全軍を束ねる現将軍。超有名人だ。しかもデイユーキなんて珍しい名前、二人も居たら話題になってなきゃおかしい」


ぼりぼりとスナイフが頭を掻く。

珍しいのか、デイユーキ。アルマジロの方が珍しいぞ、私は。


「そうですか。わかりました」


かなり乱暴な推察だとは思うけど、ここは引き下がるしかなさそう。


 じゃあ、デイってなんだったんだ? 私に偽名を使う必要なんてあったのかな。


そこで大男二人、また額を突き合わせて

「弟と言や、姫様には弟が居たよな?」

「王太子と言えよ。それが?」

「あの方、確か十三歳だろ?」

「あーあー、そうか、そんな悪ふざけをして許される者カテゴリ推理なんだな? トッテン殿」

「その通り。現在、王太子殿下は、王騎学に在学されておりますよ、スナイフ殿」

「今回の演習にも当然参加してるわな」

「当然です」


 なんだとーー!


「あの、もういいです」


最初から私をからかってたんだ。後でおまえなんか知らんとでも言うつもりだったのか。なにが約束だ、あいつめー!


「ごめんなさい。ご迷惑をおかけして」


この二人には罪は無い。当たるわけにはいかない。怒りを隠してぺこりと頭を下げたら、グラっと地面が揺らいだ。やだな、今日はいろんなことがあったから疲れたんだきっと。


「もう、帰り」ましょう、まで言えずに、ヒッと息を飲んだ。足下の石畳が目に見えて波打っている。地震? 大きい、立っていられない。


「こっち」

トッテンに引っ張られる。

「どうする? 元はたぶん演習場の方だ」

辺りを鋭い目で睨みつけてスナイフが静かに言う。

「行くしかないだろ。でもこの子」

「空気がざわついてる。あっちもこっちも一緒だ」

「じゃ、俺たちと一緒の方が安全だ」

ニっと笑い、トッテンが私を抱き上げる。 

「少し辛抱してね、サユ」

そうして軽やかに走り出した。


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