祭りとパイとアンニュイな王太子
私たち三人の究極合体(?)は、合体というより吸収で、吸収した方が主導権を握るのだと知った。
これには絶対的な強弱があり、竜樹兄>瑞樹兄>私サユだ。私と瑞樹兄の二人だと、色彩は薄い水色に変化はするが、フォルムはあくまでブルーで瑞樹兄の操縦になる。といった具合。私は、どちらとも、もしくは三人ともで合体したが最後、自分の意志では全く動けなくなる。なんだか理不尽だが、百歩譲ってそれはいい。私は兄ちゃん達をそれなりには信頼している。
問題は、分離する瞬間だ。全くの無防備になる。さらには、瑞樹兄が二人羽織に拘る気持ちもわかった。合体時の体勢で分離するのだ。しかも分離する方は完全に離れるまで意識が戻らず、なんというか…微妙。
つい最近もこんなことがあった。竜樹兄の後ろから瑞樹兄が激突して合体した。瑞樹兄が落ちて来たからね。仕方なかったと思う。で、分離の時。蝶が羽化するように、竜樹兄の背から瑞樹兄が出て来た。ミストが辺りを包み、それはそれは幻想的。意識のない瑞樹兄の体はゆらりと後ろへ仰け反る。そこでデンセンが鼻血を噴いた。
なぜ? 鎧だよ。裸じゃないし、男だし。
デンセンから瑞樹兄へ視線を戻したら、ソヤンクワのおっさんが瑞樹兄を抱えていた。
男なんかほっとけ。
と私はデイの腕に抱えられながら思った。私は、白い雪花が舞う中を、竜樹兄の胸を手で押すようにして、仰け反りながら出て来たという。落ちる前にデイが受け止めたらしいが、そこの記憶は全くない。吸収合体される時はそんな視覚効果は無いのに、アフターは色っぽくってあざとくない?
一方、竜樹兄は私たちが分離する間、体の縮小変化を片膝、場合に寄っては片手を付いて耐えるという。合体して大きくなるのも辛そうだし、この中で一番辛いのは竜樹兄なんじゃないかと思う。その苦悶が、奥様のハートを鷲掴みよ(いつものごとく棒読み)。姫様はいいよね。竜樹兄は最後まで男らしくてさ。駆け寄っても絵になる。瑞樹兄が意識を戻したときのあの間抜け面ったらない。ソヤンクワのおっさんは即座に殴り飛ばされていた。
というわけで、かなり刺激が強いのだそうだ。誰も脱いでないのに!
そんなことがあったんですよ、ええ。その前座がね、結構問題だったんですよ。ルーさんのポケットから、これ見よがしにはみ出している金属は、手錠に見えるのですが、牽制しなくちゃいけないのは私ではないと思うのです。
「ルーさん」
「なんでしょう?」
「一緒に食べませんか?」
「おやおや、デイユーキに怒られてしまいます」
こんな時ばっかり息子を盾にする。
「この大テーブルの隅っこで一人食事するのは、とても寂しいです」
「寂しくありませんよ。私がお傍に居るじゃありませんか」
給仕としてね! そして瑞樹兄が現れたら、手錠を投げるんですよね。私か瑞樹兄のどっちを標的にしているのかものすごく気になるところです。
「そうそう、ウェディングドレスが仕上がってまいりましたよ」
「……」
「袖を通してみませんか?」
「……いえ、遠慮しておきます」
「まだ、よろしいですか?」
まだ、とかじゃなくて。そのまま手錠に繋がれそうで怖い。絵的にアリなカンジがする。
「あの、ルーさん。私の部屋のことについて少しお願いが」
「はい」とにっこりして「サユ様のお部屋ですね」復唱。
「…居ない間に提灯を増やすなと、デイに言ってもらえませんか?」
「サユ様のお部屋の提灯、ですね」またも復唱。
「……あと、囲炉裏っぽい場所にある砂なんですけど」
「はい、サユ様のお部屋の、囲炉裏ですね。そこの砂がなにか?」
「ルーさん、何度も確認しなくても、私の部屋です、認めてますから」
ルーさんは真っ白なハンカチで目元を拭うジェスチャー。
「も、申し訳ありません。この一月余り、あのお部屋がサユ様を待ち続けていたのかと思うと、私は、涙を堪えることなどできません」
よくわからん擬人化はやめてほしい。
瑞樹兄に拉致られて一ヶ月。戻ってみれば、私の部屋の天井は提灯が鈴なり。
呪いか? 呪詛なのか?
囲炉裏畑の砂が天井全面の提灯の明かりで奇麗な色に染まってるなーと思ったら、本当に着色されていた。
バルコニーの猫足バスタブは、素焼きの植木鉢に変わっていて、フナみたいな魚が泳いでた。まさかの金魚すくい? 統一感が出て来たねー。
じゃないってば。
「一度、デイにお祭りを見せてあげたい。イメージがどうも違ってる」
百聞は一見にしかず。ほんとにそうだよ。
「お祭りですか? サユ様、それなら我国にもありますよ。ただ、デイユーキは一度としてプライベートで足を運んだことはありませんが」
「……?」
「騒ぎに乗じる手合いは居るものです。人間であれ竜であれ」
「警備ですか…」
「そうですね。都民を守るのは騎士ではなく、警備兵になりますが、竜が相手となると、デイユーキが出ざるを得ない場合もあります」
デイも大変だなあ。一人でやること一杯なんだ。
「それは残念です。お祭り、好きなんですけど」
行ってみたいなあ。他の人を誘ったら煩そうだし。
「お供しますよ。もうすぐ収穫祭がありますからね」
「それはどんなお祭りなんですか?」
ルーさん曰く、祭りにパレードはつきもので、その先頭には英雄が立つ。華やからしい。おっさん行列が華やかとは思えないので着飾ったお姉さんと着ぐるみみたいなものが居るのかもしれない。そのパレードが行く先々で子供達に菓子を配る。お店は、外に台を出して売り物を並べる。食堂は立食になる。決まりきった舞台設定はこれで、後は祭りごとにイベントが違う。庶民レベルの品評会やら、オリンピック並の競技会やら。その中で、パイ焼き大会は収穫祭のメインイベントなんだとか。主旨違ってない? どうしてそれがメインになるのかさっぱりわからない。
英雄って確か…。
「あの、ルーさん。英雄って、デンセンのお父さん?」
「と、なりますね。サンアンビン殿とおっしゃいます。昨年退役されていますが、英雄の称号は一生です。サンデンセン殿は英雄のご子息ですので、パレードに参加することも許されておりますが、英雄の馬車には姫様がご同乗されますから警護の任もありまして、どのみちパレードには参加されることになります」
ちらっと頭にあったカーニバルじゃなくて、王族結婚式のほうかな。
そしてどんどん想像が違う方に膨らんで、デイみたいになっちゃうのか。ここらで想像を止めておこう。
「そういえば、次回のパイ焼き大会にサユ様は参加されますか?」
「え、それはない、です。まだ一人で焼けないですし」
そんなに腕を上げようとも思ってない。
「それはご賢明です。審査員がルサラシャ姫なので、あらぬ憶測を呼ぶといけません」
憶測を呼び続けていた人間の言う事じゃないけどね。
「デザートをお持ちしましょう」
ルーさんが軽く会釈し、柔らかな動作で後ろを向いた時、大テーブル後方のドアが開いた。
「デイユーキ様が、お帰…」
「サユっ」
メイドさんの横からデイが入って来た。メイドさん、どうしていいのかわからずに立ち竦んでるよ。
「居る、ちゃんと居る」
ほっと息をつき、その場で上着を脱いで、メイドさんに渡す。面目躍如でメイドさんもほっとしている。
「デイユーキ」
眉を顰めるルーさんに、
「ご無礼をお許しください。父上」
深く一礼し、大股早足で、私の眼前まで歩み寄る。
「サユ、食事中に悪かった。もっと早く帰ってこようと…」
私の手を取り瞼を伏せた。いたたまれない……原因が私だと思うとさらに。
「デイユーキ、食事の準備をさせる。サユ様にはデザートをお持ちする」
いつもはもっとしつこく煩いルーさんがあっさりと引き下がり、広間から去った。
「デイ、座って」
「今日は何をしていた?」
「座って。ゆっくり話すから」
私の手を離さずに座る。一ヶ月でこれだ。よく七年間も待ってたよ。
「ミズキ殿は、今日は?」
首を振る。気にしても仕方ないのに。ヤツは来るときは来る。そして攫われる時は抵抗できない。帰ろうと思えばいつだって帰れるけどね。ただ、好奇心に抗えず、ついつい帰りそびれてしまう。そこはデイには伏せてある。私はあくまで被害者ヅラをしていないといけない。でないと、本当に監禁されてしまう。ルーさんに。
「デイ、今度の収穫祭、一緒に行ける?」
とりあえず、話を逸らす。瑞樹兄の話題は私も突っ込まれると辛いものがあるから。
「収穫祭か。サユは初めてだったな」
デイは少し困ったような顔をした。
「いいよ、無理はしなくても。ルーさんが連れてってくれるって言ってたし」
「いや、俺が連れて行こう。辺境伯がいらっしゃるので、ミズキ殿がそうカンタンにサユを連れ出せるとは思えないが」
そっち? 竜樹兄がいれば安心?
しかしここは素直に喜ぶ。
「ありがとう。お祭り大好きだから、楽しみ」
「知ってるよ」
だよね。
デイは、瑞樹兄は敵認定だけど、竜樹兄は味方認定。今回のサユ失踪事件(違う)を締めたのも竜樹兄だしね。向こうで分離するとまたどこか行っちゃうからって、私と瑞樹兄を取込んだまま、王宮のデイのとこまで戻ったし。こっちはこっちで、騒動中みたいだったけどおかまいなし。結構俺様な竜樹兄。ついでに大立ち回りして、適当にぶっ叩いた後、衆目の下、刺激的な分離式となったわけだ。
デイがさっと顔色を変えた。
「祭り…サユ、ドレスがない、祭りに行くドレスっ」
ガタっと立ち上がる。今にもクローゼットを探りそうな勢いだったので、
「なんでもいいよ、どうせ汚れるし。そうだ、民族衣装にする」
立ち食い上等だ。タレとか飛ぶでしょ。Tシャツとジーンズ。上からエプロンドレスでも被ればいい。寒いかな。
「その、皆、浮かれて、所構わず踊るんだ。だから、丈が短いドレスが、いい」
デイの言葉は細切れだ。
収穫祭で踊りと言うと、
「大根もって踊らなきゃいけないの?」
これしか浮かばないんだけど。
「サユは大根が好きなんだな」
好きとか嫌いとかじゃなくて、
「じゃあ、何持って踊るの? かぼちゃ? 持ち難いよ」
デイは笑い、
「俺はサユの手を持って踊る。今年はそれができるんだ」
ますます嬉しそうに笑った。




