エピローグ
ユニコーンも、ペガサスも、麒麟も居る。
ティーセットは四人分。
武装解除した私たちと、女神の扮装のままの真樹姉。一人だけ浮いててなんか笑う。
「笑うな。誰のせいでこんな格好してると思ってんの。それに人の事言えないでしょうに」
「はい、ごめんなさい」
私も頭が花魁でした。高ヒールでした。解除した途端にコケました。
ここは、女神の空間。女神の心一つで決まる世界。だから、どこで湯を沸かしているのかとの疑問も、木の幹に温栓がついてて、捻れば出て来る仕様。紅茶の葉もティーパックでぶら下がっている始末。この前来た時、こんなんじゃなかったよね。そのうち、カレーとか焼き鳥とかも木になるんじゃないかな。真樹姉は、キャリアウーマンだけど、家事一切ダメで、全部旦那様がやっている。彼は幸せそうだからいいけど。
竜樹兄も瑞樹兄も、私が配役決めして変身した時点から、女神の泉に沈んでいたらしい。だから竜樹兄は私が二度目にブラックに変身した時からこちらの世界へ来たことになり、瑞樹兄の方が長く泉に居たことになる。想像するとホラーだけど、私が中途半端に呼んだからではないかと言われた。
つまり、この泉が元の世界とこちらの世界を繋いでいる。
女神である真樹姉が呼ばれるまで、先に来ていた二人は、元の世界に戻れないどころか、泉から出ることもできなかった。女神である真樹姉が来て、泉から出してもらって、そのうえで、私が意識して完璧に呼び出せば、こちらの世界への召喚完了。真樹姉ちゃんは私が混ざった合体ブラックが呼んだことで完了。泉の支配者である真樹姉は、女神の世界と元の世界を自由に行き来できる。ただし、こちらの世界へは、実体では入れない。
三人とも不完全召喚のままでは、私に呼びかけることはできなかったけれど、意識は私とリンクすることができた。知識も共有。瞬時に全て伝わって、言語も習得できたらしい。なんかずるいけど。道理でわけのわからん思考が混ざると思った。
私が女神になった時は、逆に、女神の真樹姉に私が意識をリンクしていたらしい。私の実体はブラックに入ったままで。だから、私の意志はあんまり関係なかったんだ。真樹姉は、いちおうは気を使ったって言ってるけど。そんなことなかったよ。全部真姉の意志だったよ。今思えば、そこでなぜ気づかないのかと。……気づかないってば、普通。
「で、どうするの?」
さっきから、真樹姉にこれを言われてる。
「元の世界に帰る方が私はいいと思うよ」
このまま帰ったほうがいいと言う。ただ、一旦帰ったら、再び、ここに戻ろうとしない方がいいとも言う。
元の世界の一日がこの世界の七年だから、と。
私の最初の一ヶ月こそがランダムマジックだったのだと、竜樹兄は言う。連続するランダム。今のこの状態は、相対性理論の応用だとも言う。光速移動する物体の外側の時間と内側の時間の関係。だから、私たちの体の時間は元の世界に準じる。この世界での私たちは、まさに長命種だ。老いることなく何十年も存在する。
というのが、私以外の三人が十分に話し合った結果、導き出した答だ。私が右往左往してる時に、この手のことを話し合う時間があったわけだ、この三人は。ちなみに、この女神の空間は、真樹姉が自由に経過時間を操作できるそうな。あちらともこちらとも違う別次元。さすが女神。
「いろいろ辛いと思う。私も辛いよ。十日は寝不足の覚悟だから」
真樹姉の実体は、ちゃんと元の世界にあるという。こっちに意識が来ている時、向こうでは白昼夢状態なんだって。こっちの一日が向こうで三十秒ほどだからね。
「あんまり頻繁に白昼夢見てると仕事になんないわ。今日は土曜だからいいけど。私も有給とろうかな」
真樹姉の実体が元の世界にあるのは、とても便利。私たちが元の世界に半日でも居たら、こっちで三年半が経過する。だから、もし、竜樹兄がこっちに残るのなら、有給申請を代行してくれるらしい。十日ほどで、こちらの世界の七十年分だ。
日程やら時間やらの調整はいい、問題は違うところにあると真樹姉ちゃんは言った。
「誰かの人生に寄り添う以上、自分だけ奇麗ごとでは済まされない。伴侶を得て、子が産まれたなら、その子の時間軸は、間違いなくこちらの世界のもの。伴侶とその子が自分の年を追い越し、老いゆく姿に耐えられる? 全てを見守ったあと、元の世界の元の自分に戻り、また人生をまっとうする勇気はある?」
本当にむずかしい。想像もできない。
一言も答らしきものを言わない私に、真樹姉は、こうとも言った。
「全ては机上の空論。ここに私たちが存在することそのものが空論。私たちがそれを受け入れるかどうかだけ。最初、この世界にサユが来たのはサユが望んだからだと思った。でも、サユが望んだのは、この世界に来てからのこと。戦える自分を望んで、配役として私たちを望んだ。だから私たちはここに来た。じゃ、サユがここに来た理由は? サユが来ることを強く望んだ誰かが居たからだとは思わない? ランダムマジックの連続はどうして起きたの? 望まなければ、たぶん、それは最初の一点以外で起こりえなかったはず。マジックなんだから」
そっか。
そんなに会いたかった?
そう言ってたけど。
あんまり実感なかった、というか。
考えてなかった、というか。
考えたくなかった、ような。
………そうかあ。
「でも、その誰かさんは、変態フェチと紙一重の可能性もあるから気をつけるように」
……言える。
なんとなく、ぼんやりと、決心らしきものをした矢先、
「あ、俺は残るから」
すっかりカヤの外扱いされていた瑞樹兄がさらっと言った。
「ええええ? あんた、残るの? なんでよ? 明日からツーリングって言ってなかった?」
「一人で行くつもりだったからべつにいいだろ。俺だって夏休みなんだし」
これには私も驚いた。瑞樹兄が残るとは思わなかったから。
「それに、俺が残らなかったら合体技ができないだろ?」
「いーえ。本音は違うとみた。おおかた、こっちで何十年か遊ぼうと思ったんじゃないの?」
真樹姉のつっこみに、無言で答える瑞樹兄。肯定の返事とみた。
竜樹兄は何も言わないけど、答えはわかってる。伊達にリンクしてたわけじゃないし、ブラックの時、強力な意志で操られたといっても過言じゃないから。
結局、四人一緒だ。心強い。真樹姉に選択は訊かない。だってもう、世話焼きますって言ってるも同じじゃん。
「それじゃ、地上へ降りるわ。開……あー、待って、服どうする、服。竜樹、あんた、それジャージ。しかも学生時代のヤツ。信じられない」
「突然ここに来たんだ。裸でないだけマシだろう。当分は民族衣装で押し通す」
「やめてよ竜樹、それが民族衣装って、いくらなんでも恥ずかしい」
「俺は姉貴の方が恥ずかしいから、レインボーってさ」
瑞樹兄の攻撃に、真樹姉が舌を出し、
「やかましい、これは衣装だ。あんた達だって変身後なら似たり寄ったりじゃない」
「それで苦労したんだよ。苦情は制作会社に言って。……二人の服は、嬉々として世話してくれる人がいるから、大丈夫だよ」
姫様とかルーさんとか。
「ふうん。じゃ、いーね? 開けるよ。私たちはいつでも会えるし。私だけ混ざれないのはちょっと寂しいけど。……私だけ実体が無いのはこっちで人生やっちゃダメってことかもしれないね。重婚できちゃうから」
「どうでもいいから早くしてくれ」
「なに焦ってんだよ、兄貴」
「さっき、姫に冷たい返事してたから、早く会いたいんじゃ……んぐゅぅ」
はなせー。最後まで言わせろー。
「はいはい、んじゃ、改めて、『 開 門 』」
あ、ちょっと待って。
「真樹姉ちゃん、座ったまんまの姿勢でいいの? 私たち!」
◇◇◇◇◇
崩れかけたホールが無惨な姿を晒す王宮中庭。そこに忽然と白い門が現れ、そして消えた。
ここにティーテーブルはない。椅子も無い。でも、その形のままの人間だけが現れた。
高ヒールで空気椅子。すがれるものは何も無い。しりもちつく前に、瑞樹兄に助けられた。私のことはいつも竜樹兄任せなのに、どうしてかと言うと、瑞樹兄、意外と空気読めるコで。
「タツキ様っ、心配、しました。あんな大きな爆発が」
涙声で、猛ダッシュジャンプ、距離が出ない、届かない、落ちる……ま、お約束だよね。落とすわけない。竜樹兄、前傾姿勢で見事にキャッチ。姫様、竜樹兄の胸のなかで額すりすり。今まで鎧だったもんね。そういうの、できなかったもんね。上下ジャージだけど、それはいいんだね? 王様一家、微笑ましく見守ってる。警護の方々は控えてるけど、相手があの黒騎士じゃあ仕方ないね、の苦笑が見える。
竜樹兄、すりすりが一段落つくと、そろりと姫様を降ろして、陛下に跪いた。ジャージで。だめ、笑いそう。
「仕方ない」と、何を思ったか、瑞樹兄、横抱きしている私をさらに抱え上げ、同じくすりすりさせる。
やめて。花魁頭がめちゃくちゃに。
ってか、瑞樹兄、キャラ違う。何を企んでる?
そんなことやってるうちに、竜樹兄の挨拶が終わったみたいだ。瑞樹兄は陛下と竜樹兄の元へ歩いて行く。ちゃんと挨拶する気…って、私を抱えたまま、膝ついたよ、この男。
「妹が歩けませんので、失礼を」
私じゃない、お前が失礼だ。
陛下は微笑んで頷いて、二言三言労いの言葉をかけてくれた。
そして言った。
「タツキ殿を止めてはくださらないか?」
竜樹兄、何を言ったんだ。ここに残るって話じゃなかった?
「王都はタツキ殿には住み難い故、辺境へ行くとおっしゃる。姫は連れて行けぬと」
私と瑞樹兄、思わず目が合う。そして同じ事を心で呟いたはずだ。
じゃ、なんで残った!
恐る恐る姫を見れば、呆然と立ち尽くしている。竜樹兄の顔色も良くない。
うわー、めんどくさい! 二人ともめんどくさい! 好きならくっつけよ、それでいいでしょ。
「めんどくせえなあ」
そして口に出す瑞樹兄。陛下の御前であるぞ。いや、なんか、陛下の期待のまなざしを感じる。ここは行けと? そうおっしゃる?
「兄貴さあ、一生を見守るってそーゆー意味だったんだ? 俺、てっきり、姫様を一生孕ませ続けるのかと思った」
うわーん、誰かあ。こいつを止めろお。でも、竜樹兄ちゃんに期待はできない。ここで意見を言えるのは、私? 私しかいないのか! くうう。
「瑞樹兄ちゃん、そこは、一生愛し続ける、と言って」
瑞樹兄は、ぬぅ? と怪訝な顔をし、
「同じだろ? 兄貴、なに今更ビビってんの? 姫のがよっぽど胆が座ってるじゃん。俺らが奇跡の一族だって承知のうえなんだから」
言い切りました、この男。私たち、そんな由緒正しい一族ではありません。盗人猛々しいです。
「俺は、やめとけって言ったよ。両方辛くなるって。それでも見守るっつったの、兄貴だろ? んじゃ、最初っから来んなよ。もっと辛くなるだろうが」
そんなこと話し合ってたのか。私が一人で苦労している間に…恋バナ。
「それで顔だけでも見たいなんて、寝ぼけたこと言うようなら…」
「いいんですっ」
姫様、叫んだ。
「顔だけでも見てくださればいいのです。おっしゃる通り、たくさんの御子を授けてくださるのなら、そんなに嬉しいことはありません。でも御子を授からなくても」
姫様、涙を堪えてる。頑張れ。
「私は、タツキ様にお会いするだけで幸せなのです。お会いできない間も、その幸せを胸に生きて行けます」
凄い。なんだろう、この人は。
「姫……」
竜樹兄、続きは? 姫、の先は? おい、こら。
「竜樹兄ちゃん、女の子に言わせるだけ言わせて、どういうこと」
ここは怒ってもいい、うん。
「サユ、ごめんなさい。私が…」そうして姫様は一つ息を吐いた。
「姉上様は、辛抱強く待てとおっしゃった。軽いお気持ちで女性に触れるような方では無いのです。わたくしはそんなタツキ様だからこそ、お慕いしているのです。それなのにいったい何を動揺しているのでしょうか」
姫様はたたっと父王の前へ出ると、ドレスをつまみ腰を低くした。
「父上、辺境に行かれるとおっしゃるタツキ様に、守りをお願いしてみてはいかがでしょう。西の国境、もしくは南方外れか、港町の辺り。もし、タツキ様のご了承が頂けましたら、わたくしもそこへ派遣して頂きたく存じます」
陛下はいたずらっ子のようにニヤリと笑い、
「そのような大義なこと、タツキ殿には辺境伯の地位を引換えにお願いしても足らぬ。よく吟味してお願いするとしよう。して、ルサラシャ、おまえはいかにする?」
姫様は迷わず、
「補佐役に任命して頂ければ、幸いに存じます」
にっこりと。
「では、執務室に行くとするか。大臣を集めよ」
後ろの護衛に向かって言う。行動早いよ。しかも竜樹兄ちゃんの返事聞かないよ。
「王妃の誕生日は散々であったが、それに勝る収穫もあった」
「ほんに」扇子を口元に当てて、王妃がふふと笑い、
「けれども、晩餐を損ねましたわ。せっかくの誕生日ですのに。サユ様、お兄様方とデイユーキ将軍をお誘いしてはいただけません? わたくしの口から殿方へのお誘いは、はしたのうて」
ちらっと流し目。
ああ…この夫婦に親子。ただでは起きないその精神。
瑞樹兄を見れば、べつにいいんじゃね、の顔だ。竜樹兄はまだ困惑顔のままだけど、まあ、こうやって押せ押せしないとどっちみち動きゃしないから。
「わかりました」
仕方なく声を落として返事をしても、王妃様は笑みを絶やさず、
「それは楽しみ」
そして陛下と示し合わせて仲良く中庭を後にした。
それにしても、竜樹兄、ジャージだよ、ジャージ。晩餐ってジャージでいいのか? しかも一枚きり。瑞樹兄もかなりいい加減な格好だし。あとで姫様と相談しよう。
「兄上様。このたびはありがとうございます」
棒読みのデイ登場。王様一家の悶着をイライラと後ろで見ていたのは知ってた。護衛でもないし。
「それは兄貴に言え。俺とサユは兄貴と一緒に居たけど、単にくっついてただけだ」
くっついてた、を強調したよ。それは竜樹兄に二人ともくっついていたのであって、瑞樹兄と私じゃない。
「……兄上様、サユをこちらにお渡しください。その抱き方ではサユが苦しそうです」
おお、強気の要望。抱き方になんかあるの? 普通にお姫様だっこだよ。
「渡さないと言えば? 俺達はまだ、サユをやるとは言ってない」
「瑞樹」
竜樹兄が、呆れた目を向ける。今まで私たちは竜樹兄に呆れてたんだけどね。
「なんだよ、兄貴はいいのか? 俺たちより弱いヤツにサユをやっても」
「それは…、」
「よくないだろ?」
暴れたいだけだね? デイを精一杯挑発したいんだね?
「私が相手になろうか? 瑞樹兄ちゃん」
「ほー。トドメさせないでどんな勝負だ?」
「なんでトドメささなきゃなんないの?」
「勝負とはそういうものだ」
言ったな。再び姫抱っこのまま変身してやる。
「天空の戦士……」
「サユっ」
上げた手を掴まれ、無理矢理下ろされる。
「兄上様と戦うのは俺だ。この試練を越えなければ、サユを嫁に貰えない」
ばかだなあ、ほんと。
「デイの努力するところはそこなわけね」
いろんなことを努力してるとは思うけど。予定は未定を地でいってるけど。
「私を落とす試練をまず越えなきゃいけないんじゃない?」
いつもズレてる。
高ヒールをぽいぽい脱ぐと、瑞樹兄が笑って腕から降ろしてくれた。ドレス引き摺ってるけど、歩かないからいい。花魁の飾り止めもぽいぽい投げた。くしゃくしゃだけど、今からもっとくしゃくしゃになるからいい。
「ペガサス」
私はもうユニコーンも麒麟も呼べない。ブラックにもブルーにもなれない。だって本物来ちゃったから。
天使の梯子が現れる。よかった。私は本物のホワイト。
「どこへ行く気だ?」
引き攣った顔のデイには答えず、
「姫様、お兄ちゃん達、民族衣装しか持ってないから、頼みます」
姫様は心得た、とばかりに満面の笑みで頷いてくれた。
ペガサスがふんわりと着地する。
「デイも乗せていい?」
断られたら、ホワイトになろうと思ってる。
ペガサスはヒンと鼻を振って、自分の背を見てる。
つまり、認めてくれたってこと。姫様もユニコーンには認められてる。
「ありがと」ペガサスに礼を言い、「デイ、王妃さまご招待の晩餐まで、二人で空の散歩に行かない?」
返事はいらないよ。その顔が全てを語ってる。
そういや、乗馬習ってたんだ。あまりにも普通に乗ってたから忘れてたよ。少しは上手になってるのかなと……
「デイっ、ちょっと、私は荷物かっ」
いきなり担がれて乗せられた。
「サユのお尻に触るのは、サユを落としてから」
耳元で言われ、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
ムードがあるようで全然ない。これだから……
「ペガサス、飛んで」素早く命令。
もっともっと上空になったら、一発殴る。そう思いながら。
一人(3+1)役なんて無理です! 完




