必殺! 天上天下無想無念 2
王宮での謁見が滞り無く終わった、かどうかは知らないが、退場するとともにソヤンクワのおっさんに引っ張られた。自分の執務室に案内すると。そんなとこ行きたくない。あんまり強硬だから、また破壊してやろうかと言いかけた。しかし、それではいかにも私が打ち解けているように思われる。おっさん相手は加減が難しい。
「ところで、嬢ちゃん、鎧の他に服は無いの? 無ければ買いに行こっか?」
もう呼び方すら嬢ちゃんで定着。いいんだ、私だっておっさん呼びだ。内心で。
「そうやって誘拐する人が居るから気をつけなさいと、昔、親に言われました」
おっさんは、あーっははと大口開けて笑い、
「なわけないない。嬢ちゃんを誘拐できるヤツなんて、この王都にゃ居ないよ」
確かに。頷く自分が居る。
「叔父上、いい加減にサユの手を放してください」
デイも空気っぽいけど、ずっと私に付いている。
「おう、おまえさんは嫌われちまってんだから、さっさとどこかへ消えたほうがいいぞ。嬢ちゃんは俺んとこ、来るよなあ? 誰も居ないから自由でいいぞー」
おっさんも居なければ行きますが? どうです? と言いたい。このおっさん、すっかり与太もの。誰、こんなのを王都守護の北軍トップに据えたの。
「行きませんって」
だから普通に断る。
「行かせないに決まってます」
デイも断った。
……気が合っても嬉しくない。
「サユ様っ」
姫様が走って来たよ。意外と体育会系なのかもと思う。
「宮にお泊まり下さいますよね? サユ様のお部屋をご用意いたします。このままずっと宮にいらしてください」
そしてソヤンクワのおっさんに、
「サユ様の姉上様に、わたくしが頼まれましたのよ。ここはおひきくださいませ、叔父様」
おっさんの眉間に皺がよる。
「さっきの茶番は面白かった。褒めておくよ、ルサラシャ。だが、気に入らねえ」
おっさんは、顔をぐっとデイに近づけ、
「また人任せかよ? 西を迎えに寄越したのはおまえだろ」
「当然です。彼が一番の適任者ですから」
「冷てえの。自分で嬢ちゃんを助けようとは思わないんだ?」
「あの場で私が動くのは最良ではありません。それに彼よりうまくできたとも思えませんね」
「んじゃ、ここも上司として俺に命令すっか? 嬢ちゃんの世話は俺がするから退けとでも」
「叔父上」とデイは首を振り、「越権行為の強制はやめてください。先程は将軍としての責務からです。今は違います」
「違うからどうだって?」
「サユは私が預かります。その手を放してください」
「同じじゃねえか」
「これは命令ではありません。お願いです、叔父上」
デイが頭を下げた。
「どこか残念感が漂うんだよなぁ。いまいちパッとしないっつうか」ぽそっと小さく呟き(全員に聞こえていたが)、「あんな? 嬢ちゃんはこの俺を、また、空の散歩に連れてってくれたの? ん? おまえは? まだ? ほお?」
一度目の『空の散歩』を自慢気に言いふらしていたんだな。すごい脚色だけど、あんた怖がってたでしょうが!
「サユ……」
デイ、情けない顔をするな。ただの実験だ、動物実験。
「サユ様?」
もしかして叔父様がいいの? という探りの目配せをしないでください姫様。
「おまえというヤツはいつまで…」
おっさんが声を大きくした時、
「デイユーキ、そんなところで何をしている?」
そんなところとは、おっさんの執務室へ向かう王宮廊下。広いからいいけど、また人員増えた。誰この人。
「おやおやこれは」すっと礼をする壮年の男性。「私はルーヴァンラン ニア」
嫌な予感。私だとわかって来たと思う。ニア? ニア、どこかで聞いたような‥‥
「デイユーキの父であり、ルサラシャ姫の叔父であり、そこのソヤンクワの兄です」
ニアさんは、そう言って私の手を取り甲に口づけ。
「私のことはルーとお呼びください、サユ様」
うわあ、と思ったけど、やっぱりグローブの上からなのでセーフ(なにが?)。
「馬車は回してあります。サユ様、お荷物はどちらでしょう?」
「父上、サユのことは私にお任せくださいと、あれほど…」
食い下がるデイを無視し、
「サユ様はお疲れのようですので、これで」
私の手を放さないまま残りの皆様にご挨拶。踵を返してとっとと歩く。
って、はなせ、おっさん2号。でも強く言えない。流されるままの私。どっちみち目的もなければ本日の宿の当てもなし。無事に寝られるならどこでもいいか的な、日和見主義になるのも仕方ない。と言い訳しておこう。
ちらっと見えた姫様は小さく手を振り、おっさん1号は、ケッと肩をいからせていた。
◇◇◇◇◇
そんな経緯があって、馬車横付けで到着したお屋敷。広そうだけど、近すぎたので外観がわからない。そして、案内されたのが、この部屋。
持っていた鞄を漫画のように落とした。声も出なかった。ルーさんが床に落ちる前に鞄を難なくキャッチしたのを見て、さらに声を無くした。お持ちすると何度言われても、頑に自分で持っていたのに。結局これかとぼんやり思いつつ、とりあえず廊下へ戻り、そして、また入ってみた。やっぱり何も変わってなかった。
私にとっては民宿の裏山、デイにとっては暗闇の森、共に過ごした一か月と少しの間、いろんな事をお互い話した。主に言語習得の延長線上のものだったが、それでもデイの国や、生活が窺い知れて楽しかった。デイも私の国の文化を話す度に、興味深そうに聞いてくれていたから気持ちは同じだったと思う。
何かが、というか、全体が間違ってる。
「お気に召しましたでしょうか?」とルーさんが言う。
「ちょうちん、これでよろしかったでしょうか?」
さらなるルーさんの追い打ちに、額を押さえる私。
祭りの話はした。屋台が好きだと言った。地面に絵を描いて説明もした。絵心がないのは認める。けど、取り立てて、提灯が好きと言った覚えは無い。
赤い鳥かごのような燭台にシェードが被っている。そこから赤い房が下がり、扉を開閉するたびにふわふわ揺れ、からころ鳴る。房に珠が結わえてある模様。私の知ってる提灯は鳴らない。
鳴るのは風鈴。どこで混ざった。
ここは2階。バルコニーには、猫足のバスタブ。視線を遮るための生け垣は、芦のよう。しかもぼーぼー。洋風邸宅のバルコニーに、河原が出現。
温泉が好きだと言った。露天風呂はサイコーだとも。
部屋の真ん中には、畑がある。畑だ。土が入ってるから。間違ってない。三m四方ほど、だろうか。その中央に薪が置いてある。畑は床より低く、床にはゴザ? これも芦? よくわからないものが敷いてある。
囲炉裏のつもり?
火事うんぬん、火の始末うんぬんの時に、そういや喋った。水はかけなくていいとか、料理も冷めない、部屋もあったまる、とか。私は民宿の土間近くにある小さな囲炉裏を頭に浮かべてデイに話した。串焼きに便利に使っていた囲炉裏だ。部屋の床を四角にくり抜き、その中に炭を入れると説明した。こうなるのか、伝聞って恐ろしい。百聞は一見にしかず。
撤去させよう。本当に使ったら火事になる。ここ、2階だったよね。いや、使わないけどさ。
囲炉裏の話なんかするんじゃなかった。せいぜい七輪にしておくんだった。この部屋、怪しい骨董店みたいになってる。ずらずら並ぶ提灯に頭をぶつけながら反省した。
「サユ様を待つ間、あれにはかなり時間がありましたので」
慎ましく微笑む、ルーさん。ルーヴァンラン様とか、ニア様とか、伯爵様とか呼んでみたら、即刻却下された。デイユーキをデイと呼んでなぜ私をルーと呼べないのか。私は確かに君より年上で王の弟で伯爵だ。しかしデイユーキも年上で王の甥で将軍だ。どこに差をつけるところがある? と言われたら、返す言葉は無かった。丸め込まれたとも言う。年の功ともいう。しかし、さん付けだけはさせてください、と抵抗し、「とりあえず」容認してもらった。なのに、私を様呼びするルーさん。
「では、こちらに」
ルーさんは、力の抜けた私の手を取り、隣室への扉を案内する。恐ろしい。これ以上何かあったら、マジで店が開ける。
「普通……ですね」
思わず声に出した。それほど、ほっとした。こっちはまとも。よかった。ここは、ベッドルームらしく部屋の真ん中に天蓋付きのベッドがドン。その横に、背の高いトルソーに着せられたウェディングドレス。裾が長く、床に大きく広がってとても邪魔。うん、まあ、まともとも言い切れないけど、隣の部屋よりはいい。
「デイユーキはよくここで寝ているようですよ。彼の部屋は隣なのに」
くすと笑うルーさんに、私は引き攣った笑いしか出て来ない。
ドレスフェチ?
「着替えはこちらに」
奥の扉を開ける。衣装部屋らしい。ドレスがみっちり。よくもまあこんなに揃えた。やっぱりフェチか。収集癖は竜樹兄ちゃんで慣れてるからいいけど。
「サユ様、着替えましょう。これなど?」
ルーさん、私の前に持って来て合わせてる。鏡はそちらと言われて、見てみれば、横に並ぶルーさんは結構男前。金髪に碧眼なんだ。背もデイほどある。けど、デイより細い。王宮帰りそのままの姿なので、正装してごてごて修飾された衣装だ。私はホワイトのまま。なんという不釣り合い。
鏡の中のルーさんと眼が合った。
「サユ様、私ではなく、ご自分を……んー」ルーさんちょっと思案顔にて「ここからここまでで選んでください」と隅の一部分を両手で範囲指定。
「ここから、ここですか?」
「ええ。古い物で申し訳ないのですが」
「いえいえ、いいです。はい、その方がいいです」
古着なら、少しは気が軽くなる。
そういや、女をとっかえひっかえでドレスを贈るのが趣味だっけ? ドレスフェチの本領発揮だ。新しいものが今後贈るもので、古いのは、返品かな。別れたら全部取り返すタイプ? うわあ、すごいやだ。服はくれると言っても自前で揃えよう、頑張ろう。
「あの…」ちらっとルーさんを見る。
「なんでしょう?」にこっと。
「…いえ」
おかみさんに貰った服がありますので、結構ですとは、断れない。古いドレスだから要らないのかと思われても困る。おかみさんに貰ったのだって古着だ。そうは見えないけど、このドレスだってそうは見えない。そのことに不平はないんだと示すには、やっぱり一度は受け入れなきゃ。なるべく地味なものを選んで、汚さずに返そう、それがいい。
「じゃ、これで」
ろくに見ずに引き抜いた。紺地で胸もそんなに開いてない。
「サユ様、ご夕食を共にと思っておりますので、もう少し、派手なものを……」
ルーさん、範囲の中から何着も引き出しては見ている。その度に首を傾げて元に戻している。
「子供の見立てですからね、仕方ありません。サユ様、ではどうぞ、そのお手にあるもので」
結局、これで良かったのか。偶然にもルーさんのお眼鏡にかなったと。
「父上っ」
バタンと音がする、
「父上っ」
またバタンと。
「こちらにいらっしゃったのですかっ」
デイの唇の端が震えている。
「騒々しい。ノックもできない不調法者なのか。デイユーキ」
ルーさんがピシリと言う。
「それを父上に言われたくはありません。私を嵌めましたね?」
「おや、これは心外なことを言う」
「回された馬車は囮でした。馬を引こうとすれば鞍も手綱もない。一体どういうおつもりです?」
「将軍にしては情けない、としか私には言えないが」
「父上、おかしいですよ」
「それはお互い様ではないかね」
大丈夫か、この親子。
「サユっ」
なぜか突然、デイが私の手を取る。ドレスごと。
「これを着るのか?」
怒ってる? まずかったのかな、この返品ドレス。思い出が詰まってるとか?
場を取り繕うために、言葉を繋ぐ。
「あ、うん。夕食を一緒にと、お父様が」
「ルーです」
すかさずルーさんの訂正が入る。
「夕食を一緒にとルーさんがおっしゃって」
「ルーが言ったので」
ルーさん……。割愛しよう。
「それで、ドレスを貸してもらうだけだから。終わったらすぐ返すからね。これがダメだったら、違うのでもいいから」
「そのドレスはデザインも古くて、子供っぽいですからね」
暗に、価値の無いドレスなんですよ、とルーさんがフォローしてくれた模様。
「いえ、そんなことないです」どんなことないのかわからないけど、社交辞令的に言い、「私、おかみさんから頂いた服があるから、今度からはデイのコレクションは貸してくれなくていいから」
貸し借り強調してデイに言う。人の物強調。思い出壊さない強調。
「ああ、そうかっ」
途端に、デイはあちこちの衣装を引っこ抜いては戻しを繰り返し、ついには、きらびやかなドレスを手に持って、がくっと膝を落とした。
「ようやく気付いたか、愚息よ」
「迂闊だった。何のために…」
「その手にあるのは、最新のものだな。トンロート子爵令嬢のサイズ」
「さすが父上、情報がお早い」
ふふっと疲れたようにデイは笑う。
「目の付けどころは間違っていない、と言っておこうか。あの方は何にしても平均だ」
「それでも……」
デイは首を振る。
ここまでのまとめ。今のデイのターゲットはトンロートさん。
「なに、ご本人がいらっしゃる。明日にでもラオカイを呼んで全て仕立て直せば良い。口は軽いが腕は一流だ。きっとご満足していただける。満足される……いい言葉だ」
ルーさん、恍惚の表情。
「仕立て直しは最近のものを……いや、もう、わからない。それが良いのか似合うのか、今までのことが頭を巡って」
デイは、溜息ばかり。
「努力は時に滑稽だとすら私は思う。だが、ただ一つ、ご満足の表情で全て報われる。なんて素晴らしい」
ルーさん、違う世界にいっちゃってる。
「あのう、私、これに着替えて良いのでしょうか? それとも自分の服にしましょうか?」
めんどくさくなったので、直球勝負。
「は、サユ?」
今、気付きました、って顔はよせ。ここに居るのは最初から私で、トンロートのご令嬢ではない。
「そうだ、サユ」
ガシと肩を抱かれた。
「ドレスを用意したと言ったが、すまない。用意はされてない」
「いいよ、いいよ、そんなの。全然必要じゃない」
「サユ」デイは眉尻を下げて、「新しい物はサイズが合わない。サイズが合うものは古すぎる」
女性遍歴を知らせてくれなくていい。
「古くないから。こういうの好きだよ。もちろん、返すけど」
「サユ」また溜息。
「あんなに準備していたのに。俺は、サユが毎年…その、育っていると思って、毎年ドレスを見立てていた。奇跡の一族とは思ってもみなかったんだ」
……はあ?
「七年前のサイズだと七年前のデザイン。おまけに俺も子供だった。今見ると、これだ」
私の手にあるドレスを指差し「襟が詰まって固すぎる」と。さらにデイが持っていた煌びやかなドレスを私に当て、「これが今年の流行だ。二十三歳のサユに似合うだろうと思っていたのに」
胸が開き過ぎ、ポロリもあるよ、状態。
「デイユーキは、サユ様が似合うだろうデザインとサユ様がそうであるだろうサイズで作らせていたのですよ。古いものも捨てずにおいて良かったと今は思いますね」
へえ。ルーさんもそれを見てみぬフリをしていたと? 寧ろ推奨していたようにも聞こえる。
「ウェディングドレスも毎年仕立て直していました。折よく、今年は新しく作りましたよ、サユ様。デイユーキも今年のものは今までになく大変気に入っております。これも良い縁ですね」
能天気なルーさんの説明で、デイの顔色がまた悪くなる。
「サイズを詰めると、フォルムが変わってしまう」
鎧もフォルムが大事だったね………。
「ルーさん。デイが女性をとっかえひっかえしてて、その度にドレスを贈ると聞きましたが?」
これがそうですか、と並ぶドレス達を目線で示す。
それがですね、とルーさんは口を覆いながら(笑ってるのが見えるけど)、
「仕立屋に、ラオカイという男が居ます。この男に、デイユーキは具体的な実名をあげてドレスを仕立てるように言うわけです。デイユーキは女性のサイズなど知りようもないですから、外見だけで指定できますし、ラオカイは社交界の女性のサイズは殆ど把握していますからね。その時に、実名をあげた女性ではなく、同じサイズの別の女性に贈るのだと念を押しますが、その念押しが、かえって憶測を呼ぶのでして。しかも、その度にウェディングドレスの仕立て直しをするものですから…」
隠していた笑いも、くっくくっくとおおっぴらになっている。
「父上」
デイは面白くなさそうに、ルーさんを睨みつける。
「おかげで、デイユーキからの求婚を待ちわびる女性が半ダースほどになりました」
とうとう、ルーさんは、あはは、と声をあげて笑い、
「いえ、そういえば、もう一人増えたのでしたね」
また笑った。
「増えたのは、トンロートさんですか?」
と私が言えば、ルーさんは目に涙を溜めながら、
「その通りです」
「ルーさん……」
想像でドレスを作るデイもデイだけど、この人の悪さときたら。
「サユ様は現れないと私は諦めていたんですよ」
そしていいえ、と否定し、
「サユ様という存在自体を諦めていました。サユ様はデイユーキの恐怖と孤独が見せた幻だったのではないかと。それでも、私は、サユ様に感謝しておりました。幻だろうがなんだろうが、デイユーキに望みを与えてくれたのです。ですから愚息の愚行もそのままに。目を覚まさなければ覚まさないままで良いと」
「それで、父上は縁談を進めたんですね」
ぶすっとしてデイが言う。
「それは違う。私は縁談を放置したのだ、デイユーキ」
「同じことですよ、サユが間に合ったから良かったものの」
まったく、とデイは息をついた。
「サユ、誤解しないように。俺は、はっきり人違いだと言ってある」
「名指しされた女性達も適齢期。この辺りではっきりさせないと可哀想ではないですか? サユ様」
それを私に言ってどうする、ルーさん。
「父上、だからはっきりさせてあると今言ったばかりですよ。気を持たせたりはしていません」
「サユ様、ちょうど良い機会が明後日にあります。ご協力願えますか?」
「父上っ、いいかげんにしてください」
デイが声を荒げた。デイへは全く返答しないルーさんに、痺れが切れたようだ。
それでも、まだ、ルーさんの視線は私に向かったまま。
「デイユーキの腕でも掴んで笑ってくだされば良いのです。いかがです?」
「……父上?」
「なに、デイユーキとのことはそれから考えてくださって結構です。サユ様がソヤンクワが良い、ソヤンクワに誤解されるのがお嫌とおっしゃるのなら、私も無理強いはできませんが」
なぜ、ここでそのおっさんの名を連呼する?
「どうしてそうなるんですか。誰が、あのおっさ…叔父様はきら…苦手です。できれば今後一切顔を合わせたくないほど苦手です」
我慢できずに言ってしまった。
するとルーさんは、さっと三着ほどドレスを選び、
「サユ様、急に予定を変更して申し訳ありませんが、デイユーキとお食事なさっていてください。私はラオカイとサユ様のドレスを打合せます。では、明後日、よろしくお願いしますね」
なんの了承もしてないのに、既に決定事項か。
立ち去るルーさんの後ろ姿を呆然と見送る私の肩を抱き、
「水を得た魚というのは今の父上の状態を言うのだな。サユに対する野望があれなら良かった…」
デイがほっとしたように呟いた。
直後、その手を払い退けたのは言うまでもない。
◇◇◇◇◇
次の日。いきなり目に飛び込んで来たのは、裸のトルソー。ウェディングドレス、どこいった?
「お目覚めですか?」
声にびっくりして跳ね起きる。
「よく寝てらっしゃいましたね」
眠い目ごしごしこすって、じっと見る。ルーさんだ。可愛いメイドさんはどこ行ったの? いたよね、昨日の着替えも手伝ってくれたし。
「お待ちを」しっと、ルーさんは言って、隣室に繋がる扉を開け、
「レディの寝起きを襲うなど、紳士としてあるまじき行為だ」
見えないけど、デイだな。他に思い当たる人が居ない。
しかし、それ、あんたが言うのかルーさん。
まあ、いいや。雑魚寝はよくする。寝顔や寝姿なんかよく見られる。裸を見られたわけでなし。ベッドから降りて、グンと伸びをした。
「サユっっ」
デイが凄い形相で向かってくる。なんだ? 敵か? 竜族か?
バフっと、ガウンに包まれた。
「なんて格好だ、サユっ、父上を、誘ったか」
うへ? なんてって、Tシャツと短パンでしょ。用意してくれたの、ずるずるだったし。ベッドがせっかく気持ちいいのに。
って、そのままベッドにダイブってー。
「サユ、俺はずっとお前を待ってた。でも、おまえは……」
悔しそうに唇を噛み締めている。いろんな誤解をしていそうなので、誤解のままでいいかと思ったら、歪んだ唇が迫ってきて、こっちのほうがまずいかと。
「デイ、これは寝着。私の国では、これを着て寝るのが普通。民族衣装と一緒。このまま外を歩いたりもする。これで誘ってると思う人は変人確定」
早口でそこまで言うと、デイの動きが止まる。嘘も入ってるけど、だいたい本当だ。
「それに、私は彼氏居ない暦が年齢と一緒。変わってないから」
ようやく、デイの唇が離れていく。ほっとして身を起こした。
「サユ様、仕立て屋のラオカイを呼んであります。採寸をさせて頂きたいのですがよろしいですか?」
昨日、ルーさんがドレスを持って行ったのが、その人のお店だとデイユーキに聞いた。それはいいとして。
今、目の前で起きた事、するっとスルーですか? ルーさん。
父親のあなたがそういう態度なら、私もスルーですよ、ええ。
無かったことですよ、もちろん。
「はい、いいです」
抵抗したって無駄だから。この格好で採寸した方がやりやすいとは思ったけど、思っただけで、用意された服を素直に着た。面倒ごとは避けるが吉。ちなみに、子供っぽいと言われたドレスのうちの一つだ。昼間着るにはちょうど良いと思う。
着替えを手伝ってくれたのは、昨日の晩餐の時と同じく、小柄なメイドさんだ。昨日は手が震えていたけど、今朝は大丈夫そうだ。昨日は突然武装解除した私が悪かったんだけど。
そして採寸はすぐに終わり(ラオカイさんが急いでいたため)、デイに王都を案内してもらうことにした。だってヒマだし。デイも今日はお休みだとか。ちょっと嬉しそうなデイを見て、私もなんだか楽しい気分になっていた。
「サユ様っ」
馬車に乗ろうとしたら、姫様がご自分の馬車の窓から元気よく手を振るのが見えた。騎馬には東の大隊長だ。デンセンは休みじゃないのか。休めばいいのに。気の毒とは別の意味で。
「ご一緒させてくださいませ」
言いながら駆けてきた。これが姫様のデフォルトになりつつある。デイの肩があからさまに落ちたのは、断りきれないと悟っているからだろう。




