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必殺! 天上天下無想無念 1




完コピしたブラックを横に天門を開く。この時、ブラックは意識があるのが普通なんだけどね。私の意識はプリズムにあるからね、仕方なし。


もやゲートが過ぎ去ったら、真っ青な顔の姫様と、その肩を抱く沈痛な面持ちのデイが居た。あまり時間は経ってないと思う。紅茶を飲む間、ブラックをコピーする間、だけだから。オリジナルはどこにあるのか探る間もなかった。


 それにしても、姫様が倒れそうなんだから座らせるとか、寝かせるとか、王都に帰っちゃうとかすればいいのに。同じ場所、同じ姿勢で待ってるとは。


 それも仕方ないのか、説明してないから。あんなブラックの姿を見たら、絶望したっておかしくないし。私だって素で諦めたし……。


 デイが、姫様の肩をそっと放し、ブラックの元へと、優しく押し出した。 


 さっきのような不快感は無い。デイが邪魔!と思わない。なんだろう? 自分の心境なのによくわからない。


 姫様が、最初はゆっくり、そしてだんだん早く、最終的にはゴール寸前テープカットする走者のごとき勢いでブラックにたどり着いた。未だ横たわっているブラックは微動だにしない。当たり前だ。私はまだ女神だ。姫様はブラックの手を触り、そして体を眺めている。全身鎧に覆われてるから治っているのかわからないだろうけど、その鎧、新品同然でしょ? 同然じゃない、新品なんだ。コピーだけど。


 姫様、鎧の中を確認しようとするも、重いからどこも持ち上がらない。必死な顔が……むかつく。


 ???なんで???


説明、そうだよ、説明しなきゃ。


「そこの、こ……」


危なかった、そこの小娘と言いそうになった。真樹姉ちゃんからすれば、確かに小娘かもしれないけど。


「そこの娘、そう触らなくてもよろしい。ブラックは元に戻りました」

「本当ですかっ、女神様」


笑顔になっていく。姫様、眩しい。


「私……は嘘はつきません」


あぶないあぶない。私が嘘をつくとでも? って言いそうになったよ。これじゃ女王様だよ。私、真樹姉ちゃんを見誤ってないか?


 ゆっくり、喋るんだ、ゆっくり。


「ただし、ブラックが目覚めるために、いくつかの問いに答えてもらわねばなりません」


守石のこと。でも、ここで、皆の前で言ってしまって良いのかな? それはブラックの弱点になる。知られてもいいことない。


「此度の惨状はあなたの持つ石のせいです。ブラックは確かに地竜に傷付けられたのかもしれません。ですが、あの石がブラックを窮地に追いやったのも事実です。なぜなら、大地より生まれしブラックも地脈に由る者」


 言うのかーーー! なぜだ、私。しかも姫様を一方的に悪者扱い。


姫様の顔が歪む。みるみるうちに溢れる涙。


なんかいい気分……? なぜ? 私、人間としてどこか欠陥があるんじゃないの?


「お許しください、女神様。浅はかなことをいたしました。わたくしはどのようにお詫びすればよろしいのでしょう。どうすれば……タツキ様を…助けて…くださる…」


あーあ、とうとうすすり上げて泣き出しちゃったよ。喋ってる私も流されるような他人事のような。なんか変だ。


「…タツキ様が…ご無事であるなら……わたくしの命など…さしあげます……どうか…」


そんなに思い詰めなくていいのに。ブラックが勝手にやったことなんだし。何もしなくてもあのドラゴンはそれだけの力を持っていて、いつか特大の火流撃を吐いたと思うし。それを口から出せたかは疑問だけど。


ドラゴンの腹で破裂した特大火流撃は、最大限に巨大化させたブラックの盾が相殺した。こっち側だけ。向こう側は悲惨。ドラゴン跡地のクレーターを中心に原野を放射状に焦がしている。草木も何にも無い。火流撃と盾が同時に消えた時にブラックの手足が飛んだんだと思う。真っ白になってよくわからなかった。余波があったのかもしれない。今度は気をつけよう。頭が飛ばなくて良かった。兜は半分飛んでたから危ない所だった。頭飛んでもコピーできるのかな? やってみる気はないけど。騎士さんたちも結構負傷してる。向こう側に居たら、亡骸も残らないだろう。居なかったことを切に願うばかり…。


姫様は泣き続けている。動かないブラックが……竜樹兄ちゃんが私を責めてる気がするのは、私の良心が痛んでいるからだよね? 姫様を無闇に泣かせてるから。


 あーあ、なんかやってらんない気がしてきた。


 なぜええ??


とにかく、姫様に言葉を。


「あなたに、その石とはそもそも何かを、そして、ブラックとどのように係わるのか、係わりたいのか、それを確かめたく思ったのですが……」


姫様がじっと見つめてくる。涙があとからあとから溢れて零れる、その瞳で。


 も、ばかばかしくなったからいいわ。私が口出すことでもない。


だから、どうしてええ? 


 でも、真樹姉ちゃんならそう言うと思う。


真樹姉ちゃん、外資系企業の稼ぎ頭ディーラー。社会情勢瞬時に判断、情報分析凄まじい。日常のささいなかけひきすらも惚れ惚れするほど見事な切れで捌いていく。当然私にも忌憚なき意見をバカスカ言ってくれる。


「私があなたに言いたいことは一つになってしまいました」


 引き際はきれいに。オールスクウェア。後は竜樹に任せればいい。小姑は嫉妬するだけ損。


 誰が小姑か! いや、確かに小姑だ。真樹姉ちゃん。それに私も。


「どのような、ことでしょう? 女神様」


恐る恐る姫様が言う。


「弟をよろしく、お姫様」


 ええええええ? それ、おかしい!! 私、困る。よろしくできない。なんだ、いったい、なにが起こった。今からでも取り消せ。


「おとうと? 女神さまの? タツキさまが?」


それはびっくりだろう。透けてる女神の弟って何者? と普通は思う。


「ええ。双子の弟」


「ふたご……」


姫様、眼をまんまるにして、私とブラックを交互に見る。


 唇黄色の双子姉でごめん。


「その私が言うのもなんだけど、竜樹は難しいよ。それでも良い?」


 そうだよー、やめておいたほうがいいよー。


姫様は首が取れそうなほど何度も何度も頷いて、

「はい、はい、姉上様。わたくし、どんなに厭われても、タツキ様に付いて参ります」

「竜樹はあなたのこと、嫌ってないと思う。それどころか、かなり好きだと思う。でも自分ではなかなか言わないからね。辛抱強く待っててくれる?」

「はいっ……は………い」


なんで竜樹兄ちゃんの気持ちまで言及してんの? そんなのわかるわけないのに。というより、竜樹兄ちゃんは姫様のことなんて知らないって。フィギュア大好きだし。眼鏡っこが好きなんだよ。ぺちゃ鼻が好きなんだよ。姫様、鼻、低くないよ、好みじゃないって。


 姫様の瞳はもう大洪水。めっちゃくちゃ。だれが責任取るの、これ。私? そんなばかな…。


「それじゃ、あともう一つ追加でお願い。サユね、ブラコンなの。竜樹も甘やかし過ぎ。そのへんうまくやって」


 ブラコンは時が解決するから静観していたけど、時期が来たのよ、サユ。


 うわー、そんなあ、そんなことないよ、ブラコンなんかじゃ……甘やかされてなんか……じゃないよ、じゃない、泣いてるのは私じゃない。


「はい。がんばります。姉上さま」


はあ、さわやかな気分……って、だからどーしてなんだ! 虐めて慰めて主導権握って許して壮快って、あんたは小姑か!


 だから小姑なんだって。


「ありがとう。サユと竜樹をよろしく。瑞樹は放っておいていいから。では、また、会いましょう。虹の守護神プリズム、天昇!」


 さくさく早いよ、勝手に消えるか! 私なのに! なんで!



 七色の光の渦がぐるぐるぐるぐるぐる…………。



 視点が変わる。戻った……よかった。悪夢だった。真樹姉ちゃんはああいう性格だ。間違ってない。すっぱりきっぱり…いや真樹姉ちゃんのことはいい。今からどうするか、だ。


「タツキさまっ」


悪夢の続きだ。小姑と姫様の戦い……。いいや、このまま悪夢ともんもんと戦うのは止めよう。敵は姫様じゃなくて、守石。城壁に配備だっけ?


頭を振る。大丈夫だ。手も動く。よし、立ち上がろう。体も、重くない。仕事だ、仕事。


 そう思うのに、姫様がうるうる瞳でみつめてくる。


こんな人だったか? もっと図太くて凛々しくて強かだったはず。


恋は全てを凌駕するのか。私の場合は怒りだけど。それでも悪い気がしないのが何故なのかもわからない。竜樹兄ちゃんにナリきってるからだろう、そういうことにしておこう。もう、こっち方面考えるのやめる。本能のままに動く。


「姫、今回の被害を聞きたい。特に人的被害を」


聞きたくないけど。悲惨だったら泣けちゃうし。


姫様がうるうるを引っ込め、真剣な眼差しで口を開こうとした時、

「兄上様、私から申し上げます」

膝を着いてデイが言う。


将軍が膝つくな。こっちは一介の、一介のなんだろう? 奇跡のアーマーってどんな地位? 


「現在のところ、負傷兵はおりますが、死者はおりません」


とりあえずは、良かった、か。よくあれで誰も死ななかった。デイも元気そうだ。見かけは。


「将軍に怪我はないか?」

「は」と深く頭を垂れ、

「麒麟が、私を戦場遠く離しましたので」


さすが麒麟。言いつけをよく守る。


「不意撃ちの水流撃で」


デイは、ぽそっと付け加えた


「ほー」


棒読み返事に、デイの堪忍袋の緒が消滅したようで、

「熾烈な攻防でした。おかげで、あなた様の危機にまったくの役立たずとなりました。今後、そのようなことをしないようきつく言っておいてください」


それでも抑え気味の声音で言った。おもしろい。ところで、麒麟は大丈夫だったのだろうか、とそこでようやく思い至った。


「麒麟!」


呼べば、すぐさま横に来た。


「怪我は無いようだな。よくやった。戻って休め」


麒麟は、ひゅんと尾を振って、泡沫へと身を沈めた。


 え? 叱らないよ。褒めるに決まってるでしょ。


デイはムスっとした不満顔。けど、無視。


「ペガサス! ユニコーン!」


二頭一緒に駆けてくる。ユニコーンも力が戻っているようだ。本当は休ませたいが、王都まで一緒に来てもらいたい。


「ペガサス、ご苦労だった。戻ってくれ」


白馬はいななき一つあげ、天へと駆けて行く。


「おまえは、ペガサスと居たのか?」


ユニコーンはぷいと横向く。揶揄してるわけじゃないのに、ちょっと可愛い。


「もう動けるんだな?」


グルルと鼻先をすり寄せてくる。角が当たりそうでいつも怖いけど。


よし、じゃ、王都へ……。


 ……。


気にしないようにと、思うのに。姫様の視線が……どうしても……。


「姫」


呼んでしまった。呼べば駆けてくる。馬と一緒か。かわいいな……


 違う、もう、私、どうにかなりそう。


「ユニコーン、いいか?」


ふふん、とした目で了承返事だ。いいのか。断られるかと思ったのに。ほんとに? 自分で聞いておきながら、戸惑う不思議。


「姫」

「はい。タツキ様」

「……。」


 呼んだ自分が固まる。


もういい。守石だ。そう、守石のために姫と行くんだ。他意はない。それでいい。


「失礼」


ガントレットのままじゃちょっと痛そうなので、片方外して、姫様を片手で抱き上げる。


「た、タツキ、さまっ、わたくし、子供じゃありませんっ」


慌てた声が愉快で、何も答えず、そのままユニコーンに跨がった。姫様が落ちないようにそっと鞍に降ろす。


「眺めはいいだろう?」

「はい、とても」


はっきりした、それでいて鈴の音のような、いい声だ。猫娘に声は無いからなあ。聞いてみたいと思った事も無いな。……当然じゃん、私べつに猫娘ファンじゃないし。


「落とされたくなければしっかり掴まっていろ」

「はい、タツキ様」


満面の笑み。


「兄上様」


デイの呼びかけに、下を見る。


「どうか姫を降ろしてください。隊列警護に支障が出ます」

「二人で話したいことがある。王都城門前で待っている」

「あ、の、」

姫様が間に入ろうとするので、

「行くぞ」

ピシっと鐙を踏めば、ユニコーンが前足をあげて大げさに挨拶。お調子者だな。


 王都まで一直線。


すぐに着いちゃったけどね。






◇◇◇◇◇






 風が気持ちいいなあ。


私は、今、塔のてっぺん、見晴し台に居る。兵士も三人ほど居るけど、遠巻きに私を見てるだけ。


縁に体操座り。もちろんホワイト。落ちたら怖い。


ブラックと姫様の実験かねて解説かねての、おデートは終わった。


城門前で隊列を待つはずが、城門をくぐってしばらく散策までした。ユニコーンは返した。王都の石畳を踏み抜くとまずいし、守石の影響も怖かったから。隊列が王都に着いても散策していたら、王都の守護、北の大隊長の登場だ。街を案内しようとするのを姫様が断っていた…が、うやむやのうちに、あのおっさん、サユが破壊した自分の執務室に案内しやがった。


 ブラックは当然言う「妹が迷惑をかけた、申し訳ない」と。


おっさんは「いやいや、若い子のやることですからねえ、大人は見守らなきゃいけません」とか言いやがる。


 挑発したの、おっさんじゃんか。


「謝らせる」「まあまあ、そう固いことは」「いや、ケジメはつけさせる」


 ブラックは、妹を呼ぶからとその場を辞そうとした。姫様、必死で引き留める。父王に会って欲しいと。お礼が言いたいと。しかし、守石がどういうものかわかった以上、ブラックは王都に長く留まれない。つまり、姫様と常に一緒に居られない。そんな者が王に挨拶などできるはずもない、と。姫様の涙が盛り上がるのを阻止すべく「俺に距離は関係ない。会いたければ呼べ。すぐに来る」とか言っちゃって。すっかり恋人気取りだよ。ばっかじゃなかろうか。私だけどね。


 そして、ホワイトが、ケジメに来た。


「なにが会いたければだあああ。私はもうブラックなんか呼ばないぞおおお」


叫んでみた。響くなあ。声。隅の兵士の肩がびくうっと跳ねた。


 よおし。随分すっきりした。


背後から、くつくつ笑う声がする。


「なんですかっ」


悪い機嫌そのままに振り返る。


「いやいや、お嬢さん、お腹空きませんか?」


怒っている時は空腹なんか感じない。


「空いてないです」


ソヤンクワのおっさんは、頭をぽりぽり掻いて、


「伝令が下に来てるんですよ。私も行きますから、一緒に王宮まで来て頂きたい」


だれが行くか。しかもなぜおっさんと一緒?


「王宮なんか絶対行かない」


だからって、行くとこないけど。鞄も馬車に置いて来ちゃったし。靴下とか下着も入ってるなあ。おかみさんに貰った服も……。


「そんな顔して、意地はらない、の」


おっさんは私の腕を掴んだ。迂闊だった。飛んで逃げないようにそろそろ近づいていたんだ。高所恐怖症のくせに。


 いい度胸じゃない?


もう少し、実験したかったんだ。さっきは優しくしたけど、今度はちょっと早く飛んでみよう。掴まれた腕を逆手に掴み直し、ぐいっと引っ張って空中に出た。


「ぎゃ……お、おじょうさ……んっ」


学習能力のない己を恨むがいい。あーっはっはは!


「ぎゃああああぁあああぁぁ」


沈む夕日に映える王都。おっさんのいやな悲鳴が高低音様々に響き渡った。


いい加減に引っ張り回して気が済んだので、王宮の門前に着地した。


 北の人は落としてないよ。着地は優雅に。


兵士は寄ってこない。代わりに、約一名、門の中へと走って行った。

北の大隊長ソヤンクワ、いい歳したおっさんは、王宮前の美しい広場にて、四つん這い。


「まって、まって……ださい」


ゼーハーしながら何か言ってる。


「待ってますけど?」


ふんっと上向いてやる。


「嫌われましたね。また悪いクセを出したのでしょう?」


西の大隊長出現。ささっと私の前で膝を折り、

「失礼いたします。名乗り遅れておりました。私は西軍を預かる大隊長、ラルキャストン ゼバ モーヴと申します。ゼモーヴとお呼びください。南の大隊長ラルキャストン ジバ モーヴは私の双子の兄です。彼の事はジモーヴと呼んでください」


また、ややこしい。でも、「双子?」


ええ、と頷く彼は、元の世界でいうところの東洋系、黒い瞳に黒い髪、人の良さそうな顔だがこれといった特徴が無い。印象に無かったのは、印象が薄いからだったのか。


「姉上様のお姿、私も拝見いたしました。黒騎士殿と双子だそうで」


そしてくすくす笑い出す。


「普段はあんな化粧じゃないから。もっときりっとしてて、奇麗で、口紅あんなんじゃないから」


真樹姉ちゃんの名誉のために言っておかないと。


「いえいえ、姉上様は、十分お美しく聡明な方だとお見受けしましたよ。そうではなく、兄上様達も双子でいらしたことが、偶然にも、我らと意気があった理由だったのかと、そう考えたのです」


 南の大隊長が西の大隊長の意志をあんなに的確に反映したのは、それでか。


「ところで、皆様が大広間でお待ちです。兄もおります。兄に紹介したいのですが、よろしいですか?」


にっこりと手を差し出してくるから、思わずその手を受けた。


 これは、魔法だ。びっくりだ。なんだこの人。私、さっきまで怒ってたよね? 双子がどうとかで、すっかり毒気が抜けたとこに、この誘い。


「おめえは、ほんと、いつも調子いいよな」


北の大隊長。おっさんのくせにふて腐れたような態度。


「あなたが人の反感ばかり買うような真似をするからです。さ、行きましょう。白い騎士殿」

「…サユでいいです。ジモーヴさん? あ、ゼモーヴさん?」

「ゼモーヴで結構ですよ。それに我ら兄弟よく似てますから、名前の呼び違いぐらいで目くじらたてません。呼びやすい方でどうぞ」

「すみません。ゼモーヴ?」

「そうです、サユ」


 ほんとにすごいな、この人。


「お嬢さん、そいつには気をつけな。どんな場合でも真っ先に飛び込んで行く斬込み隊長だ。敵を斬るのはもちろん、敵陣営を撹乱し惑わすこともこの男の仕事だ」


おっさんが負け犬の遠吠えのように後ろからぶつくさ言ってる。


「それは間違いないです。それが私の誇りある仕事ですからね」


西の人、にっこり。


 お兄さんにも会ってみたいと思わせるこの手腕。


「へ、誇りが聞いて呆れる。色街にでも真っ先に飛び込むくせに」


 おっさん、いいかげんにしないと、私が怒るぞ。


「必要とあらば、どこへでも先陣を切る。それが私です」


 あ、なんか感動。この人は嘘はついてない。こんな内容なのに信頼度があがるって、どういうこと?


「だめだ、こりゃ」


その呟きを最後におっさんは黙った。





◇◇◇◇◇






 玉座に王、その横に王妃が座り、姫、王太子とその許嫁(寄り添っているからたぶん)は側に立ち、背後と横に警護の騎士。広間には、玉座に対面するように、デイ、その後ろに東南の大隊長、それぞれの後ろに中隊長らしき人々(スナイフが見えるから)が、面を軽く下げている状態。ちょうどその中央地点の扉から、私と西の大隊長が横から入場しているところ。


王が立ち上がり、王妃もそれに倣う。そして玉座から降りようとするのを、周りの貫禄ある人々に止められている模様。地味だから背景だと思って気にしてなかった。玉座の一つ下の段にどうやら側近と思われる方々が十? 二十? とにかくたくさんいらっしゃる。


 そんなよくわからない場面の中、手を引かれるままに、広間の中央まで進んだ。


ゼモーヴが止まる。まず王に向き、膝を折った。私もいちおう同じ姿勢を取る。礼儀は全くわからないけど。


「遅れまして、申し訳ありません」


ゼモーヴが一言発しただけで、途端ぶうぶう文句らしきものが側近の口々にあがった。王を待たせるのがどうだとか、まがい物とか取り入りとかそんな言葉まで聞こえた。果てはゼモーヴが私の先導をしたことにすら文句を言い出し、デイの責任とまで。


 デイは私の後ろなので、どんな顔をしているのかわからない。


 伝令が来てから、文字通り飛んで来た。絶対に遅いはずないのに。それに呼んでおいて取り入るとかどんな冗談? 来たくなかったよ、私だって。


 それでも、こんな私でも、曲がりなりにも、アルバイトで培った常識は持っている。ゼモーヴが既に謝ったのだ。私が謝らずに済ませてはいけない、例え自分は悪くないと思っていても。それが客商売の常識だ。


 遅ればせながら挨拶から入って謝罪しようと、腰を浮かしかけた。


そんな私を横目に、ゼモーヴは素早く、

「私は、白騎士殿を衆目に晒すことを黒騎士殿から許されておりません」


 え? 竜樹兄ちゃん、関係あるの? 許すも許さないもそんな話しなかったよね。 


そしてゼモーヴは側近を見回し、

「恐れながら。黒騎士殿のご許可を頂いてから、白騎士殿は表すべきと存じます。いかがでしょうか」


 ものは言いよう。許可はされてないけど、ダメ出しもされてない、と。でも、私、すでにばんばん顔出ししちゃってるよ? 表すって公にってことで良いの? 


 心の問いかけが増えるばかりで、答えは一向に増えない……。 


姫様はにっこり笑って、首を縦に振り、父王を窺い見る。

王は力強く頷いて、姫を促すように視線を前方へ。


姫様は、穏やかな笑顔を保ちつつ、

「こちらの勝手な都合により、恩人である白騎士殿にはご無理を強いてしまいました。お許しください。白騎士殿がこちらにいらっしゃったのは、全て白騎士殿の真心がゆえ。このルサラシャ、心よりお礼申し上げます。黒騎士殿のお叱りはわたくしがこの身に受ける所存にございます。重ねてお許しいただけることを願っております」


壇上から奇麗に礼をする。広間はシーンと静まり返った。


 これは、竜樹兄ちゃんが姫様を叱らない前提だよね。暗に知り合いですよー結構仲いいですよーっていう牽制もあるよね。それがなんかなーと思う。あの雰囲気じゃそうだろうとは思うけどさ、自分がそうしたんだけどさ…いいじゃん、言わせてよ!


ゼモーブがきゅっと私の手を握る。ここがタイミングなのか。すごいな、誰とでもあうんの呼吸。今回は姫様。


 私は、「ご丁寧に恐れ入ります」と一段深く頭を下げた。


私はここで謝っちゃダメ。クイズのようで難しかった。次回はもっとカンタンにしてください。あまり賢くないんです。


 ところで、蒼は無視だよね、相変わらず。


続いて、自己紹介しなくては、と思ったら、どかどかと無礼講の足音がする。わざとやってるくさい。絶対わざとだ。さっき廊下ですぐ後ろを歩いてたくせに。


「遅れましたぁ」


おっさんのくせに語尾を伸ばした。


「なんだ、嬢ちゃん、虐められてんの? ほっときゃいいんだよ、んなの」


王様の前で、さらに馴れ馴れしい。もう丁寧語の丁すらない。ゼモーヴの溜息も聞こえた。

「ソヤンクワ殿」

ゼモーヴの、台無しにする気か、の非難の思いが凝縮した一声。

側近も騎士も護衛も全部、ざわついてる。


「静まれ」


声をあげたのはなんと王様。


「ソヤン」


そしてちょいちょいと指を差し、北の空いている大隊長の場所を示した。


「はいはい」


おっさんは頭の後ろに両手組み、ぶらぶらしながら指定場所に収まった。


なんだ、この人! と思ったら、すぐにゼモーヴの小声の解説で、このおっさんは、王の弟と知った。王の下から二番目の弟であり、デイの叔父であると。おっさんおっさん言っていたが、今年三十二歳、ゼモーヴと三つしか歳が離れていないことも、同時に知った。ちなみに独身。これは要らん情報だ。


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