虹の守護神プリズム 現世降臨! 3
王都を飛んで出て、しばらく。冷静になろうとしても怒りが全てをぶちこわす。
雰囲気に流されたと気付いたはずなのに。
なんという不覚。
己を捕らえる呪文を自ら唱えていたとは。
なんという道化。
よかろう。やっちまって、よかろう。六匹ともやっちまおう。八つ当たりと言うなら言え。他に八つ当たるよりマシだ。
「大地の戦士ナイトブラック ここに見参!」
ホワイトから直接変身。どうとでもなれ。怒りは何事をも凌駕する。
「ユニコーン!」
はるか地平線から駆けてくる。遠過ぎだろう?
もっと近くから現れればいいのに。
それでも速い。自信があるから遠くても良いんだな。じゃあ、ヨシとしといてやる。
どがあっと、目の前で前足あげて止まる。ずっしゃと砂が黒い鎧にぶっかかる。
構わん。どうせ、今から血みどろだ。
手綱を引き、ユニコーンに跨がる。
「行くぞ」
ユニコーンを走らせ、目標を捉えた時、右手より騎馬の一軍が現れた。ドラゴン進行方向、横から攻撃。恐らく、あれが西軍。ドラゴンの周り一帯は地小竜が波のよう。まだ誰も交戦していない。
混戦されるとうざくなる。
鐙を叩いてユニコーンをせかす。
「騎馬の前へ」
ドラゴン横を狙う騎馬をその横から制する、つもり。
ユニコーン、名前は可愛いが実体はまったく可愛くない。騎馬の二倍はある。足も速い。だから、すぐ、だ。
脇から走りよるユニコーンを見とめた騎馬の蹄が乱れる。
「何者!」
その先陣が大声を張り上げる。
でも答えない。
騎馬隊衝突寸前、直角に曲がって並走する。そして先頭。
ちょろい。
大剣、巨大化。それを真横に突き出し、騎馬隊に止まれの合図。これで止まらなきゃ、実力行使だ。
騎馬隊は徐々に速度を落とし、そして、止まった。
「何者!」
同じセリフ。今度は答えよう。竜樹兄ちゃんの言い方で。声音で。出来る限り。
ユニコーンの鼻先を騎馬隊へと向け、
「俺は、ナイトブラック。奇跡のアーマーと呼ばれている」
やっぱりくぐもってるから声音がよくわからない。でも、低音になってるとは思う。
一騎がブラックの前に進み出る。
「先程、危急を知らせてくれた白い騎士殿のお仲間か?」
面が降りているから顔が見えないが、西の大隊長かな。西の人は彼しか会ってないから。
「あれは俺の妹だ。あまり怒らせてくれるな。後始末する身になれ」
ごめん。兄ちゃん、いつもフォローしてたね、そういえば。相手の立場に立って発言すると、わかることっていっぱいある。反省します。
「怒らせたと? それは申し訳ない。しかし。貴殿は、なぜ行く手を邪魔される?」
「邪魔だからだ」
お互いさまで笑いそう。けど笑わない。私は怒っているんだ。
「少し、時間をもらうぞ」
手綱を引き、鐙を踏んで、ユニコーンを方向変換。向かう先は三体のドラゴン、そして地小竜。騎馬隊も当然追って来る。追いつかれるその前に。
ブラックはユ二コーンから飛び降り、地小竜を横なぎすべく大剣を水平に振る。
大剣から放たれた一閃が光の幕を従えて、地小竜の波を崩していく。
「ぐうううううう」
自然にうなり声が出る。範囲が広すぎたかもしれない。
いや、振り切るっ。
ぐおんと風切り音。大剣は利き手の反対側、左肩に当たって止まる。
さすがにドラゴンは倒れていないが、とにかく道は開けた。
再びユニコーンに乗り、大剣を下へと向け、体勢を低くすれば、愛馬も角を突き出し爆走する。
まずは、手前の一体。赤黒く目玉の大きなドラゴン。
速度を落とさず、そのままドラゴンのどてっ腹に突っ込む。ユニコーンの角が突き刺さる、そこを起点に腹肉を下から上へと切り開き、中へと突入。内蔵組織を突き破り、背肉を断ち切って外へと出る。
一体目が倒れ沈むのを待たずに、次の一体へ。
口ひげがふよふよ動いて、すでに火流撃が口腔に溜まっている様子。
準備のいいことだ。
ユニコーンから降り、体前に構えた剣で、火流撃を受ける。
じりっと足が後退するが、腰を落として踏みとどまる。
こいつは強い。剣を振り切り、熱を飛ばす。
下段から振り上げ、一閃。
閃光は地面を走り、ドラゴンの足下から脳天まで貫く。かの竜は苦しみに吠え猛るが致命傷には至らない。間髪いれずに、上段から振り下げ一閃、下から振り上げ一閃、横殴りに一閃、そして、ようやくドラゴンは尻を着き仰け反って高い声をあげた。
断末魔ではないが、捨ておいていい。次だ。
残りの一体に目を遣った時、王太子の隊列の先頭が見えた。隊は止まっている。前方は西軍に任せるつもりのデイは、恐らく後方へと回っている。
早く行かないと。
「ユニコーン」呼んで、跨がり、そして「跳べるか」
問われたユニコーンは、ふるっと鼻を鳴らし、みててごらんの挑発的な目をする。こんな奴は嫌いじゃない。
「任せた」
言えばトンっと、巨体に似合わず、軽く跳ねた。ペガサスほどではないが、かなり跳んだ。こんな重いブラックを乗せて。
そう、ブラックは、重く鈍く、攻撃は避けるより受ける質。それ故の頑丈さ。
高く跳んだユニコーンから飛び降り、大剣に全体重をかけて、青いドラゴンの頭骨へと渾身の一撃。
ドラゴンが倒れ、着地したブラックの両足は追い打ちにてドラゴンの顔面にめり込んだ。
もういいだろう。急ごう。
でないと、残りの三体を全部倒されてしまう。それは悔しい。
「黒い騎士殿」
西の大隊長の声が背後から。だが、忙しいので無視。ユニコーンの手綱を引く。鐙を踏み込むと、後ろから蹄の音がする。
「ご一緒いたします」
こら、こっちはどうする。
とは口に出してないのに、
「あらかた片付きました。ほとんど騎士殿の剣ですが」
どうでもいいから返事しない。スピードあげて引き離そうかな、離したって行先一緒だし、とか考えているうちに到着。
まだ三匹ともまだ無事だ。
言い方がおかしいけど、心情的にはこれ。
心情、か。
は虫類は嫌いじゃない。それこそ冬眠を妨害するのを妨害したいほどには、嫌いじゃない。蛇もトカゲも蛙も。今は、叩き潰すことになんの躊躇もないのが不思議だ。害獣認定だからか。言葉でも喋ったらまた気持ちが変わるのだろうが。そういや喋るヤツ居たな。おっぱい星人。あの手のが他にもたくさん居るんだろうか。
この世界は途方もない、不意にそう思った。
いいや、と思い直す。元居た世界だって、途方もないはずなんだ。私の知ってる事はほんの僅か。ちっさいなあ、自分。
などと、しみじみしてる場合か。
さて、ユニコーンから降りて……。
あれ、デンセンとトッテンとスナイフが居る。姫様はどうしたんだ。全員出て来ちゃって。
「タツキ様!」
三人の後ろから顔を出す姫様。なあんだ、そっか。姫様がここにいるから全員居るんだ。
じゃないって。
ナニしてんだ、あんたたち。デイは、と見れば一人ドラゴンと対峙していた。
剣に気を込めて、髪がほんの少し逆立ってる。
次は、跳ぶ、か。
地を蹴って、
ゆったりと刻が流れるのを感じる。
剣を振り下ろせば、
奇麗だな、この人。
巨大なドラゴンがもんどりうって倒れた。
見事。
どおんとドラゴンが地に倒れる音で、刻が戻った気がした。
地小竜がわらわらと居ることに気付いたのも、現実に引き戻されたせいかと思ったほど。
めんどくさい。
地小竜と騎士、入り乱れてのやっぱり混戦。
やだな、味方全部退いてもらえないかな。
「南軍を退かせましょうか?」
西の大隊長さんが言う。存在を忘れていたが、そんなことはおくびにも出さず、
「そうしてもらうと助かる」
ブラックとあうんの呼吸だな、大隊長。なんでだ! まあいい。その間に、残りのドラゴンをやっつけ……。
「タツキ様」
だから、姫さまがどうしてここに居る。どうして傍に寄る。その他三名、なにしてるんだ。というか、もう王都へ行っちゃってください。あっちのドラゴンは倒したので。
南軍が西の大隊長の指示を受けたのだろう。退き始めた。バランスを考えないと地小竜が押し寄せてくる。
掌を広げて、傍に寄る姫様へと向けた。
下がれ、と。
姫様、素直に三歩ほど下がる。
もっと下がれと手で示す。
五歩ほどさがる。
その辺でいいか。
地小竜の軍勢へと体を返す。
うまく退いてくれたな。
西の大隊長が気を利かせてくれたようだ。では早速。大剣を横へ小振り、範囲狭く一閃。光が地小竜達の胴を通って、真っ二つになったが、個数が倍になった。地面の空きがなくなったとも言う。
いかん、姫様が惨い場面を見てる。
振り向いて、くいくいと手を回す。
姫様はうるうる瞳を向けるだけで動かない。
見るな、と手を振る。
振り返される。
違う。
仕方ないので、姫様の傍へ行き、両肩を持って後ろを向かせようと思ったが、こちらは全身汚れてる。竜の腹にも入った。姫様に触ってはいけない気がする。困った。でも困ってる時間が無駄なので、諦めて戦場へと戻る。
いったい何してんだ、ブラック。端から見たらかなり滑稽だ。
そうこうしているうちに、また西の大隊長がいい仕事をしてくれたようだ。
そして、横一閃。
小気味いいほど上下分断。
でもこれ、誰が後始末するんだろう。自然分解を待つのは厳しい。穴掘って埋めるのか。こんなに大量だぞ。
余所事考えつつも、地小竜だけは薙ぐ。
そろそろいいか。西の大隊長が親指を立てている。気安いな。すでに相棒か。顔は全く印象にないけど。
そんなことはいい。ドラゴンだ。
デイは、二体目と対峙。あまりのデカさに手こずっているようだ。加勢しよう。
「ユニコーン」
呼んで跳べば、デイがドラゴンの足を剣で地面に縫い付けた。
譲ってくれると? それは悪いね。
ユニコーンごと、ドラゴンの頭頂部に着地。ユニコーンが乗れるほどの頭だ。全体は推して知るべし。おもむろに足踏み開始。このドラゴン、手が短いから頭上を触れないらしい。振り落としたくても、我らが重すぎる。結果、前のめりに倒れそうなところを必死でこらえるの図ができあがりた。
これは斬首の姿勢だとドラゴンは気付いていないだろう。
どうする? と顔を向ければ、デイは剣をさくっと引き抜いて、そのまま振りかぶった。
飛び退いたよ、もちろん。この首の太さでは、一撃で落とすのは無理だし、たぶんまだ暴れるし。
それはデイに任せて、残り一体は……多くの騎士が取り付いてるな。デイは一人で戦ってるのに不公平を感じるぞ。ま、命令は本人がしたんだろうが。
あ、れ?……体が重いような気がする。ブラックは重いけど、自分で重いと感じた事は無いのに。
まあ、いい。とにかくドラゴン。
このドラゴン、かなり大きい。今回一番のデカさだ。が、動きが鈍い。鈍いからデイは他の騎士に託したのだろうか。それでもデカさが勝り、生半な騎士では剣が立たないようだが…加勢するのが、億劫だ。
億劫? ブラックが? どうした。
件のドラゴン、なんだか眠そうに見える。しかも 腹が膨らんでる。子供でもいるのか? ドラゴンってどんな形で産まれるんだ? 蛇やトカゲは卵だよね。やわらかくて、押すとへこむやつ。意外と丈夫で潰さなきゃどーってことなく生まれてくる。地小竜は地脈から生まれるのなら、親分ドラゴンはなんだろう?
え、ちょっと待った。姫? なにしてんの。
多くの騎士の中央に姫が居る。
姫が手に持つそれは石? 拳大の、それがまさかの守石? それでドラゴンを鈍らせてるのか? いやそれより、腹だよ、腹。まるで、溜めに溜めた超特大の何かが入ってるようだ。卵? でも、遠雷のような音がしてる。生きてるようなそうじゃないような。
こら、そこの、姫様護衛の三人、どうして気付かない?
聞こえてるのはブラックだけか。聴力いいから。兄妹揃って。
姫が持つのは守石…そうか、なるほど。
膝を着きそうになる。ユニコーンもきつそうだな。もう戦えない、か 俺と一緒だ。
「ユニコーン……ここから離れろ」
麒麟は元気そうだ。良かった。やっぱりな。
「麒麟、戦ってるとこ悪い。できるだけ離れていろ。デイも、補助するフリしてここから離せ。さっきのお返しだ」
ペガサスは呼ばないでおく。呼んでも戦力にならないし、空を舞ってるし。元気そうだからいい。
ああ、いよいよマズイな。
姫様、その石、ブラックにも厳しいです、たぶん。
ブラックは大地の戦士だ。
奇妙に符号するとは思ったんだ。竜の種類と戦隊のメンバー。大地の戦士も地脈が命線だったか。
はー、迂闊。
それでも、これだけ動けたのだから、ドラゴンよりも耐性があるということでブラックを褒めたい。生き残ったら検証してみよう。
「ひめ」
歩けるか、ブラック。もてよ、そこまで。
「タツキ様?」
姫様もトッテンもスナイフも、ブラックの様子がおかしいことに気付いた。それでいい。姫を庇って早く去れ。
「もう少しで倒せます。黒騎士殿」
デンセン、この勘違い野郎。おまえには、あれが瀕死のドラゴンに見えるのか!
見えるんだろうな……。
「ひけ」
と手を横に振る。もうほんとーにマズイ。ブラックも限界だが、ドラゴンの腹も限界。
「どこかお怪我を?」
返答できない。ギリギリなんだ。
だめだ。一声、一声を
「み、な、ひけええっ」
もつれるな、動け、足。走れなくてもいい、せめて、そこまで。
姫がスナイフに庇われて下がる。
他の騎士もさがる。
もっともっとさがれ。
火傷で済めば御の字だぞ。
ドラゴンの腹の前。
盾を出す。最大の盾を。
全力で防ぐから。
もってくれ、鎧。
もう、動けない、から。
— 嫌な金属音が、した —
……さま
………キさま
「タツキさまあっ、いやあっ」
さっきから、きゅきゅきゅきゅ、言ってるのは誰だ。
「……タツキでいい」
「タツキ様? しっかりしてくださいっ。おねがいです、神様、どうか」
また、たつきゅたつきゅ言うし。
ブラックの手を取って、泣き崩れている姫。あれ、ガントレット外れてる? 手が見えてる。竜樹兄ちゃんの手であってほしいけど、焦げててわからん。反対の手はどうだろう。
…無い。
肘から千切れてる。グロくなってないか心配。
接合部がやられたんだな。やられるわ、そりゃ。あんな近距離じゃ。それとも守石のせいで鎧の強度も下がったか。
ま、とにかく、姫は元気そうで何より。火傷とかしなかったかな。
「けが、ない、か?」
焦げた手で姫様の頬を触ろうとして、やめた。
なのに、姫様がブラックの手にほおずりしてる。
姫様が汚れそうで怖い。
「ありません、ありませんっ、わたしのことなどいいんですっ、どうすれば良いですか、どうすれば、ああ」
まったく、なんだってこんなに泣くんだ。
猫娘は俺のためには泣かないぞ。
俺は猫娘になんかあったら泣くけどな。
精神がうすぼんやりと剥離してるようなおかしな感覚。
眠いのか、気絶寸前なのか。結局同じか。
目を閉じたら、もう二度と目覚めない、そんな予感……。
いかん、このまま本当に死んでどうする。まだヘンな感じが抜けないのは、守石のせいかもしれない。あのドラゴンも眠そうだったし。
まず、この状態を脱せねば。いつか寝てしまう。
指先で、姫様の胸元をつんと押し、
「ひめ」
やっちまってからしまったと思った。セクハラだ。
「タツキさまぁっ」
激しくしがみつかれる。セクハラは気にしてないようなので謝らずにスルーして、
「そのいし、俺から、離し、て」
ガバっとあげた顔には、驚愕が表れていた。理由を言おうとする前に、姫はどこからか取り出したそれを、何の躊躇もなくポンと後ろへ投げた。
あっさり、そして素早い。
「わたくしのせいでしたの? わたくしの……」
また泣き出したよ。でも、頭はさきよりはすっきりしてる。はあ、良かった。
策はある。第一に彼女を呼んでみる。物理的に手腕が取れてるからそれが一番良さそうなんだ。どうなるのかさっぱりわからないが。彼女が来なかったら、麒麟に無茶言うか、蒼あたりに直接変身するか。
そう、方法はまだある。
「ひめ、すこし、はなれて」
ずいと手に力を込める。
「タツキさま?」
「よぶから」
「サユ様を? サユ様が……おねがい、サユ様、おねがい」
姫様、少し元気になる。けど、まだ涙でぐっちゃぐちゃ。
猫娘はいつも同じ顔なのに。
「姫、こちらに」
デイが視界に入る。姫様の肩を抱き、ブラックから引き離す。
デイ、居たのか? すごい悲痛な顔だけど。……気分悪い。デイに対してだ。その手を離してどこかへ行けと思ってしまう。姫に触るな。なんだろうこれ。よくわからない感情。
ええい、そんなこといいから、さっさと呼ぶ。やってみる順番が決まってるんだ。
ゆっくり、間違えないように、「にじのしゅごしんプリズム げんせい こう りん」
もう恥ずかしいもへったくれもない。
光が溢れる。色のついた光が次々に吹き出し、流れ、渦巻いて。
フッと視点が変わり、ブラックを見下ろす私が居る。
これが噂の幽体離脱?
きょろきょろしたら、姫様と目が合った。
姫様の目が見開かれてる。横を見る。デイとも目が合う。同じく丸い瞳。思わず目を逸らした。今の自分がどうなっているのかわからない。言い訳は後で考える。ブラックは下だったよね。私、踏んでないか? あっ、顔、半分見えてるっ、兜、壊れてるっ、なにこれー!!!
がばっと、ブラックに取りすがる。
(たつきにーちゃん!!!)
まんまだ、まんまだよ。ぱくぱく口が開いてしまう。目、閉じてる。大丈夫か。これ、ほんとに。どうしよう。腕、無いよ。足……ぎゃあ、足も片方まるっと無い。なんだ、ええ? 他、ほかは大丈夫? 足? どこ? 手は? どこ? 死ぬよね、普通、これじゃ死ぬ。もう死んでたっておかしくない。絶望だよ、こんなの!
ブラックの胸に顔を埋めて、泣き……ん? 埋めて、泣きたかったけど、ほんとに埋まる? おや?
「あの、もし、あなた様は? サユ様はどちらに?」
姫様が私を見て言う。声が震えてる。それで正気を取り戻した。
少なくとも、今の私はサユには見えないってことだ。よし。まず、自分を見よう。ブラックがそのままで女神が出現すると思わなかったから、思わず取り乱してしまった。竜樹兄ちゃんまんまだったこともショックに輪をかけた。
虹の守護神プリズムは、この地味な戦隊の華。三人の地味色を補うために七色。衣装も形こそ女神チックな肩出しドレープだが、七色グラデーションドレス。目の上も七色シャドー。唇はなんと黄色だ。
問題は、その能力。あ、落ち着いてきたぞ。
実は、ブラック、体当たりキャラなだけあって、よく手足を飛ばす。そこで、この女神の登場となる。まず、杖を……
んん?
杖が半透明! これは設定ではない。 どうしよう?
んんん?
私も、足下が透けてるっ、足下どころか全身だ。ブラックの胸に埋まったのはそのせいか! 見る限りブラックは実体だ。すり抜けるのは私の方。
これじゃ出来ないかも。出来なかったらどうしよう。泣けてくる。けどまだ泣かない。正気を保て。
体の一部が消滅したら残っている部分を泉に浸せば、泉の底に保管されてるオリジナルから失った部分が複製される。体の一部分が世界のどこかに存在していれば複製できない。これ、敵の策略でブラックの腕を隠されちゃった回があったんだよね。よく覚えてる。ブラックの複製(メイド イン 泉)頻度が高いのは合体必殺技にも理由がある。三人揃わなきゃできないから、その心配はないけど。
そして、今やるべきことは。
あたふた這いずっていた身を正す。いまさら遅いけど、いい。
「私は虹の守護神プリズム」
そしていまさら名乗る。
「ブラックを助けたいのであれば、彼の失った手足を集めることです」
ブラックの手足を探して持って来てもらわないと、この体では拾えない。すかすか素通りしてしまう。
「ここにありますが、手先が燃え切れて…」
早いな。デンセン。まさかそれ持って帰るつもりだったんじゃ?
「よいでしょう」と頷いて、「ブラックの傍に置いてください」と促した。
足はスナイフとトッテンの二人で、腕はデンセン。皆重そうだ。鎧の中を見ないで欲しい。なんか恥ずかしいから。
次に天門を開く。
怖い。でも、やらなきゃ。杖が半透明だからコチンと地面に着けないけど。
「開門!」
もやが広がって白いゲートの形状になる。ゲートは勝手に動いてこっちの人間をくぐらせ、必要のあるものだけ、女神の世界へと連れて行く。
さーっともやが抜けた後には……場面、変わったー、やったー。
何も言わずにやっちゃったけど、良かったかな。心配してるだろうに…。いいか、後でサユが言い訳すれば。まただ。同じ私で、どうしてそういう思考になるのかなあ、もう。
ともかくブラックが先、さくっと切替えよう
ここは全くの別世界だ。
泉には、優しい木漏れ日が落ち、鳥のさえずりがのどかに聞こえる。そのほとりには、ホームセンターのガーデンコーナーにあるような白いチェアとテーブル。このあたりが制作サイドの限界かと。いつもそこで女神は紅茶を飲んでる、と。どこで湯を沸かすのかわかんない、と。
ちなみに呼ばれてない馬は普段はここに居る。今は三匹とも出払ってるので居ない。
で、ブラックは、さっきの状態のまま転がされている。
このブラックを泉に落とせばいいはず。今の私はスカスカなので、力技ではできない……って、私、実体化してる! ブラック、触れる。杖、コチンコチン頭が叩ける。えええ? いったいなんなの!
いやいや、もういい加減、いちいち驚くのやめよう。そうは思っても驚くんだけどね
とりあえず、ブラックをよっこらせと泉に落として、なんてことしないよ。もともとしないから。
杖をかざすと虹が出る。ブラックに虹を当てれば、部品ごと浮いて移動し、泉へ静かに沈んでいく。
はあ、やれやれ。ちょっと一息。泉の底を覗き込んでみる。番組だとそこまで見えないから。オリジナルはどこに沈んでるんだろう。
……真樹姉ちゃん、すごい化粧だ。
映る自分の顔を見てどうする。
そうか、そうなるんだ。じゃあ、蒼も、瑞樹兄ちゃんの姿か。女神を呼ぶ前に蒼になるべきだったか。瑞樹兄ちゃんだったらどうなってたか。
………わかんないな。
いいや。この間に紅茶でも飲もう。せっかく実体なんだし。紅茶を飲む為だけの実体化だったら、もー笑うしかないけど。案外、真実だったりして。




