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虹の守護神プリズム 現世降臨! 2



 竜は、地竜、水竜、翼竜に大別される。


地竜は地脈に由り、水竜は水脈、翼竜は天脈。生まれの理から、数もその順。ことさらに地竜が多く感じられるのは、知能の高さと、地小竜という小兵を随意に作り出せること、そして人と同じ大地に住まうことが理由。


 王都は、地竜の攻撃には滅法強いと姫様は言う。


 都は固い岩盤地層の上に築かれている。地脈から湧き出る地小竜も、岩盤を突き抜けては地上に出て来ることはできない。彼らが王都に攻め入る場合は、王都より離れた場所で地上に出て、それから城壁突破を余儀なくされる。ドラゴンクラスはもっと顕著で、出現場所がかなり限られる。


 図体がデカイからね。それはまず良かったと思う。あんなものがどこにでもホイホイ出たら堪らない。


 王都の城壁には、守石が随所に施されている。守石とは、地竜と地脈との繋がりを断つ石。地脈は地竜にとってエネルギー源であり、断てば長くは動けない。では、人間すべてを守石で守ればいいのだが、石は希少なうえに、


「地脈は地竜だけのものではありません。人にも必要です。完全に遮断してしまうのは危険なのです。水脈も、天脈も。全てはこの星の脈動なのです」


 だから『阻害』にとどめるよう最低限を配置する。


 姫様の講義は、わかりやすい。以前、トッテンに聞いたときはちんぷんかんぷんだった。彼もあまり理解してないと思う。


 それにしても、柔らかい土でないと出て来ない竜、まるで冬眠する蛇や蛙のよう。


 冬になると、民宿の裏山にぽこぽこ穴が開いているのをよく目にした。穴の様子で、何が居てどのくらいの大きさかわかる。そう教えると、親切心で穴を土で塞ごうとするかわいいお客様が居て、あわてて止めていた。死ぬよ、中の生き物。


 姫様の説明を聞きながら、そんなことをつらつらと思い出していた。


姫様馬車には、相変わらずの面子が乗り込んでいて、外にはデンセンも居て、気が抜けない。


 違う話が姫様としたいのに。


「もうすぐ王都です。王宮に、いえ、王都に入ってしまうと、王太子とは話せなくなりますよ、サユ様」


話すどころか会ってもないけど。必要あるのかなあ。知らないなら知らない方が良さそう。


応えを躊躇っていると、

「もう着いてしまいます。急がないといけません」

「あの……」


 いけなくないけど。強引な感じがするなあ。


「そういえば、サユ様は、王太子の馬車には乗ったことがないでしょう? 次の休憩の時にご見学なさればよろしいかと」


 ……強制なんだな。


「そうだわ、それが良い」


姫様はぱちんと両手を鳴らし、そして侍女に目で合図。侍女は窓を開けて手を振った。


「いかがなさいましたか?」


次女に気付いたデンセンが窓に寄ったらしい。


「姫君がご休憩なさりたいそうです。隊をお止めください」

「はっ」


そして窓が閉じられる。


「さあ、参りましょう」


姫様が私の手を引いた。ここまで私は「あの」しか言ってない。


「いいんですか? このまま乗っても?」


王太子の馬車に足を乗せようとしたところで、確認してみる。


「是非に」


民族衣装ですが、いいですか。という意味ですよ。姫様。

あちらの世界でやんごとなき方に会うのにジーンズは失礼なんです。

姫様もやんごとなき人でしたね、そういえば。

デイもそうですね、よく考えれば。


 じゃ、いいか。


自己完結して、再び馬車に乗るべく足を上げたら、砂煙をあげる一騎がこちらに向かって来た。


「姫! 予定にない行動は困ります」


言いながらデイが馬から飛び降りる。


「そうですか。ではわたくしは戻ります。サユ様、ごゆっくり」


姫様は軽く頭を下げて踵を返した。


 待って、私一人で王太子に会ってどうするの?


「いいえ」デイは膝を折り、「サユも一緒に戻してください」


「なぜですの? わたくしの行動は管理されても仕方ありませんが、サユ様はご自由になさってもよろしいのではなくて?」


自由なら乗りたくないけど…。どうしようかとデイを見たら、目が合った。


「サユ、こっちに」


固い声に萎縮して、馬車にかけた足を下ろしたら、馬車内からどどどと足音がして、


「姉上」


金髪の少年が慌てたように馬車から半身を外に出した。


「早くお上がりください。こんなところで何をなさってるんですか。お待ちしてたのに。サユ様は? ああ、いらっしゃる。ありがとう、姉上」


王太子は姫様と同じく、金髪に青い瞳。背は私と同じぐらい。結構発育が良いが、まだ頬が丸くて子供子供している。


なんて観察をしている間に、王太子は馬車を降り、私の手を掴んで、再び馬車へと。


「さ、姉上」


そうして弟は姉を誘導するように手で招く。デイは膝を折ったままだ。


 どうしよう。


王太子は歩み寄る姫様を笑顔で迎えると、デイを一瞥し、「デイユーキ将軍、大義である。持ち場へ戻られよ」


 うわ、もう一人前なのね、この人。


デイは、「は」と一言で頭を下げ、立ち上がった。その後、私を見てるけど、どうすればいいの、黙ってないで教えて。私だって困ってるんだってば。


 て、言う間もなく、姉弟に連れて行かれてるよ、私。






◇◇◇◇◇






 王太子の馬車には、ちゃんとした部屋があった。侍女は部屋の外。姫様と王太子と私の三人が部屋の構成員。


「この部屋は外に声が漏れないのです」


姫様が唇に人差し指を当てて言う。

漏れないなら、そのアクションは不要だと思うけど突っ込まない。


「お会いしたかったです、サユ様」


片膝着いて挨拶する王太子。


そんなことされると反射的に土下座したくなるのでやめてください。


あたふたと姫様に視線を遣ると、ニコニコ笑って、

「王太子にはひどく悋気する許嫁が居るのです。他の女性とダンスはおろか話すこと、目が合うことだけでも三日は荒れます。たとえサユ様が奇跡の一族だとて、彼女の悋気は遺憾なく発揮されるでしょう。だから今のうち、ね」


 ね、とか可愛く首を傾げられても……。なんだそれは、の感想しかない。


 この部屋は扉がついて隔離され調度品も整い、それなりの広さのベッドもある。声も漏れない。以上の条件から、妃と使う前提の部屋だと推測。その未来の妃は悋気持ち。妃より先にこの部屋に誰かが入ったと知られれば、姫様はセーフ。私はアウト。バレたら絶対まずいが、そういう時に限ってバレる法則は発動する。バレたら最後、シラを切り続けようが、真実を告げようが、「わたし、王太子さまのことだいすきなんです」と言おうが、結局は同じだ。それでも私はまだいい。逃げればいい。可哀想なのは…。


そんな可哀想な王太子は私の目を見て、

「王都へ入ればサユ様とお話することもままなりません。ですから、どうか……」

そして下向き、首を振る。

「ご無理を申しました。すみません」


 内容ないのに、いきなり謝罪だけっ。


「サユ様」王太子を庇うような優しい姫様の声。

「弟は、白騎士様にお会いしたいのです。白く輝く騎士様に。ですが、デイユーキ様のお許しが出ないのです」


意味がよくわからないけど、

「許さないのなら、命令したら済むのではないですか?」

さっきもデイを下がらせたよね。


「王太子の権限で動かせるものには限度があります。将軍としてのデイユーキ様は国王の翼下です。彼がこの隊に付くのは王命で、私たちはそれに助力はすれども阻止することはできません。私たちが勝手に彼の任務から逸脱した命令を下すことはできないのです。ですから、サユ様のことは、従兄弟としてのデイユーキにお願いするしかないのですが…」

「断られたんですか?」


コクンと姫様は頷かれた。


 なぜに、私のことをデイに頼むか、それをデイも勝手に断るか。


「ですので、こうして、不躾ながらサユ様に直接お願いしようと思ったのです。お聞き届けくださいますか」


 ちょっと考える。白騎士の何が見たいのだろう? 私だってそんなに見てないのに。でも、私のなかで王太子の株があがった。無理を通そうとはしない彼は好感が持てる。


「あの」そして姫様は小声で弱気に、

「黒騎士様は、お忙しいですよね……」


 もう一度深く考えよう。この姉弟はいったい何がしたいのか。


王太子が膝を着いたまま頭を垂れ、

「王宮に戻れば白騎士様や黒騎士様を拝見する機会もありましょう。ですが、触れることは適いません」


 触りたい、と。なるほど。しかし、蒼騎士はどうでもいいんだな。私もどうでもいいとは思うけど。


「わかりました。失敗するかもしれないですが」

軽く返事をしたら、

「本当ですか!」

のけぞりそうな勢いで、王太子が面を上げた。


 やってみたいという気が私にもある。危機にならないと変身できないのでは、不便なこともあるだろう。待ち伏せとか闇討ちとかしたい時とか(嫌なヤツに成り下がりそうだ)。


 その時、ドアノッカーが叩かれ、同時に馬車がゆらりと進み始める


姫様が扉を開け、何言か交わした後、また扉を閉めた。


「隊の進行はデイユーキ様の権限ですので」


無表情で姫様は言った。内心の舌打ちが聞こえるようだ。


「もうすぐ着いちゃいますか?」

と聞けば、

「もうすぐ着いちゃいます」

同じ言葉で返す王太子。思わず笑ってしまった。


「では始めましょうか。かなり恥ずかしいですけど」


黒は馬車を壊しそうで、蒼は水浸しにしそうでしないが期待もされてない。だけど白なら光るだけ。


「え」と顔を赤くする王太子。


いや、脱がないし。変身時にマッパになるのはアニメの定番だけど戦隊モノはならないから。なれないとも言う。


「あの……」とまた姫様。


この様子はナイトブラック関連だ。私もいいかげん慣れてきたぞ、と。


「姫様は、王都に戻ってから遠慮なく黒騎士を触ればよろしいかと」


姫様の顔がぽおっと赤く染まる。


「わ、わたくしは、そんな、さわるとか、そんな……」


私の言い方がいけなかった。でも訂正しない、うん。


そんな姫様は放っておいて、


「目を瞑ったほうがいいと思います。眩しいですよ」


深呼吸して、片手を上げる。


「天空の騎士 ナイトホワイト 華麗に参上!」


ふぎゃあああ、やっぱりはずかしいいい。


 光が体から拡散する。


姫様と王太子は、眩しさに手で顔を覆っているのが、私からはよく見える。


 体が締め付けられる感覚がして、ふわりと浮き、くるくる回る。


 ブーツが床に着く音で、それが終わったのだと知れた。


「できた」


ほっとする。自由に変身できた。よかった。


「サユ様」


駆け寄ってくる王太子。


両手を広げて迎えるわけにもいかないから、私は棒立ち。


「あの、あの、お手に、触れても?」

「どうぞ」と手を差し出した。

「ありがとうございます」

と手の甲に口づけを落としてくれた。


 うわ、と思ったけど、グローブの上からだ。


 ん? なにか聞こえた。


 やっぱり、聞こえる。


 姫様と王太子の様子は変わらない。


 変身すると聴力あがるのかな。


 麒麟だ。なにか……


「姫様、王太子殿下、デンセンを呼びます、ここに居てください」


「サユ様?」


姫様が私を引き留める素振りを見せる。


「行ってきます」


が、聞く間も待たず、私は馬車から駆け下りた。


「麒麟!」


呼ぶ間もなく、麒麟が私の横に並び立つ。


「サユ様? 何があったのですか? 殿下と姫様はご無事ですか?」


私の出で立ちと緊迫した様子に、デンセンは騎士らしくきちんと反応した。


「お二人とも馬車の中です。お願いします。危険は麒麟が睨む先。馬車を止めたほうがよいかもしれません。見てきます」


ふわっと人の身長ほど浮き、


「麒麟、ここを頼む」


そしてグンっと垂直に上昇し、方角を定めて飛ぶ。


 それは、ほどなくして見つかった。


大きな影が三つ。その向こう、まだ遠いが白い城壁が見える。


 王都を狙って? 


いや、三つの影は、こちらへ向かってくる。


 では、すでに王都は陥落?


私は、三つの影が小さくなるまで上昇を続け、それらを飛び越えて王都へ向かう。


 幸いにも、王都に爪痕はなかった。


確かめておいて何だが、ヤツらは王都なんかどうだっていいのだ。姫様だけが目的。難攻の王都へ姫様が戻る前に、殺す気だ。


 とすると。


私は後ろを振り返る。


「まさか」


迷っているヒマはない。また飛んで戻る。隊列の上空を過ぎ、後方に見つけたそれ。そこにも影が三つ。やはり大きい。闘技場で倒したドラゴンより大きいかもしれない。


「挟まれた……意外と頭を使うんだ。おどろき」


皮肉な笑いとともに出た言葉は、私自身の胸も抉った。急いで地上を目指す。上空から降り立つ私に、デイは険のある瞳を向けた。


「サユっ」


 怒らないで。へこんでるんだから。


「……どうした?」


 途中見た前方斥候も後方斥候も、戻るにはまだ時間がかかるだろう。もしかすると戻らないかもしれない。地小竜がたくさん湧いて出ていたから。斥候なんてとても数が少ないのに。無事であって欲しいと思いながらも私は加勢しなかった。


 だって。

加勢していたら、早く戻れない。力尽きるかもしれない。私はホワイトのコントロールができないの、わからないの。


 「サユ?」


私は斥候の騎士さんみたいに敵の分析もできない。でも、見たままなら伝えられる。


「行く先、王都との間にドラゴンが三体、でも王都は無傷だった。隊の後ろにも三体、大きいのが、いる。地小竜も出てる。かずがおおい。たくさん」


十の上はたくさんって幼稚園児か。


「斥候の人たち、戦ってた。もどれない、かも」


やだな、涙声だ。


「サユ」


頭をくしゃっと撫でたかったんだろうけど、あいにく兜です。

デイは、それをぱこぱこ叩いて、


「ありがとう。もう馬車に居て。大丈夫だから」


大丈夫なわけない。


「麒麟!」


無力な自分がイヤ。


「ペガサス!」


できることをやったって、報われなきゃただの悪あがき。それでもいい。


「サユっ、だめだ、行くな」


行くよ、そんなの。ここで行かなきゃ、私ってなに?


「一撃食らわせたら、竜樹兄ちゃん呼ぶから」


天使の梯子が現れる。麒麟もまだ居る。馬は複数出せるんだな。


「麒麟、一緒に戦って」羽を畳む白馬を撫で、「ペガサス、私が力尽きたら迎えに来て」


そして浮く。優雅に飛ぶペガサスより私の方が速い。


「サユ、少し待て」


きっぱりと涼やかな声だった。だから私も空に留まった。


「隊はこのまま進む。まずは王都側のドラゴンだ。北大隊長にこれを」そう言って、デイは肩にあった紐を外し、「飾緒だ。見れば俺のだとわかる。花を踏まずに黙して守れと伝えろ」


私がぽかんとしていると、


「城門を閉ざし防衛体勢だけ整え、決して攻撃するなということだ。敵後方からの援護は敵の反撃により王都を巻き添えにする可能性がある。そして西大隊長には、シャンリンの轍を追えと言うんだ。それで伝わる」


私を伝令に使うってこと?


「その大隊長達はどこに?」


飾緒を受取ろうと手を伸ばす。その手を取られ、デイの胸へと抱き寄せられた。


「巻込むつもりは無かった。俺と一緒に居る事でおまえが危険なら……」


ぎゅぎゅと力が入ってる。デイの鎧は固いけど、私の鎧は柔い。って、痛いってば。


「一緒に居なくても、きっとどこかで私は戦ってる。だったら一緒の方がよくない?」


この世界に居る限り。私は奇跡のアーマーだから。できるのにやらないのは性に合わない。


「サユ」


デイが感極まってる、ちょっとっ、兜あげないでよ。まずい、これ、唇が……だーかーーらー、雰囲気に呑まれてる場合じゃないんだってば。


ぐいと胸を押し、

「その大隊長さんにはどこに行けば会える?」

「王都にある一番高い塔。そのてっぺんへ行け。そこに北の兵が居る。サユなら飛べる。説明よりも、それを見せるのが一番早いだろう」


 城門くぐると手続きが面倒そうだというのは私にもわかる。くぐった途端に捕縛拘束の悪夢再び!ってなこともわかる。


 でもなんか変だな。


まずは王都に行くでしょ。それで塔に行って、二人の大隊長に連絡してから、飛び立って前方ドラゴン三匹に雷撃食らわせて、運べないからそのままにして、後方のドラゴンにも雷撃を食らわせる、と。忙しいな。北とか西とか、兵士とか。いちいち足止めされそうだし。捕縛されないまでも、時間とられるよね。


 デイを見たら、目を逸らした。そうか、雰囲気に呑まれていたのは私か。さすが将軍というべきか、私を早々に戦線離脱させる気だな、この策士め。そうはいくか。


デイの胸を想いっきり突き飛ばしつつ、

「ペガサス、おまえ、私以外の人間乗せて飛べる?」


 私が直に運ぶもありだけど不測の事態が怖すぎる。第一それで飛べるのかそもそも不安。やっぱり研究は大事だな。今日生き残ったら頑張ってみよう。


 ペガサスは、ぶるっと首を振り上げた。


「私が一緒でもだめ?」


 ぶるっ。


「麒麟は……聞くまでもないね」


 つーんとあっちを向いている。


 ダメかやっぱり。スナイフでも乗せていって王宮に落とせばカンタン。姫様もペガサスが運んじゃえばカンタンと思いついたんだけど。もともと馬ってヤツは神経質だからね。いいよ、キミらを責めたりしない。


 責めるべきはこいつだ。口元がうにゃっと歪んでるのは気のせいか。馬に断られてよかったね、ふん。


「ペガサス、麒麟、後は頼んだ」


デイなんか見てやるもんか。全速で急上昇だ、ばかあ。


その勢いのまま、三体のドラゴンを飛び越し、弾丸のごとくキリモミにて王都襲撃。


 城門は既に閉ざされていた。地竜には気付いたんだね。塔は……あれか。高い。兵士らしき人影がある。スピードを緩め、だんだんと近づく。振り返って、ここから地竜が見えるか確認。ホワイト、視力も上がってる模様。遠ざかる地竜の背が見える。普通の人も、そうだと思えばそうだ、というぐらいにはわかると思う。もっと近い時もあっただろうし。


 そして向き直る。


見渡せるようにか、尖塔の上部は全開口になっている。落ちたら怖いよ。 


 そして矢を構えた数名の騎士さんがいらっしゃった。私を狙ってる?


めんどくさーいいいいい!


 いっそ、雷撃かましてやろうか、こら。


焦ってはいけない。こんな時こそ、手順を踏む。舐められないように威厳をもって正々堂々名乗る。この距離だと聞こえないと思うので、すすすと寄ることも忘れずに。寄った途端にじりじり下がられて、結局同じ距離なのが哀しい。まあ、いいや。大声で叫ぼう、と思ったら、人数が増えた。三人から十人ほど? たくさんだ(またか)。


 とか考えてるうちに人数がますます多くなってる。落ちるよ、ほんとに。ん? 地上にも兵士がいる。騎士と兵士の見分けがいまいちわからないけど。


 とにかく、


「私は……」


名乗ろうとして自分に待ったをかけた。


どうしよう、天空でいく? 奇跡でいく? どっちにしろはずかしい。死ぬほど恥ずかしい。コタツに潜って丸まっていたい。


ちょっと悩んだだけなのに、ざわざわし始めた。教育がなってないぞ、デイ。


もう、いいや、両方言ってしまえ。


「私は、天空の戦士ナイトホワイト。こちらの姫君ルサラシャ様には奇跡のアーマーと呼ばれている者だ」


ひくっと誰かの息を呑む音が聞こえる。この耳、やっぱりいいな。


「これを」とデイに預かった飾緒を見せ、

「デイユーキ将軍からの伝言を伝えたい。北の大隊長はおられるか?」


みんな顔を見合わせている。さっさと動けよ。私は時間がないんだ。


「居場所を、お教え願いたいー」

「お待ちください」

すっと前面に現れた人物は、腕を胸に付けお辞儀している。鎧はシルバーメタリックだけど、肩先に飾りが入ってる。歳はかなり上、たぶん。耳から顎にかけて傷があり、その耳たぶが下半分無い。避けた軌跡がわかるような傷跡。


「しばしお待ちください。連れて参ります。騎士殿、こちらに降りていただけますか?」

「いや、時間が無い。このまま待つ。すぐに呼んで頂こう」


私、何様? でも本当のことだし。 


「では、お待ちくださる間、こちらでお寛ぎください」


と再度降りるよう促される。これは、降りた途端に捕縛コースのような気がする。危ない。


「急いでいる。では、この場で伝えさせてもらう。ご伝言を」

「いえ、機密事項が含まれていると咎を受けます。ご容赦を」


 なんだとー


 のらりくらりしてるから絶対疑われてるよ。どうしたら信じてもらえるんだ。泣きたい。けど泣かない。やれることをやる、それしかない。信じてもらえるよう誠心誠意だ。 


私は、兜を脱いで、小脇に抱えた。


またも息を呑む声が聞こえた。子供だとか若いだとか女だとか。声でわからなかったの? 体は凹凸なくてごめんねと思いつつ、


「私は、サユ ササヤマ。ただの人間です。私は姫様を救いたい。信じてください。そのためにここに来たのです。どうか、北の大隊長に会わせてください。お願いします」


ぺこっと、百八十度近くお辞儀した。空中で。


「聞きましょう。ですから、どうか、あなたも私を信じてください」


にっこりと手を差し伸べたのは、さっきから喋っている人。


「私は北軍を任されている大隊長、ソヤンクワ ハルミトフと申す者です。お嬢さん」 


……おまえか。信じてもなにも最初から嘘ついてるじゃん。


脱力するも、すすと寄って、その手を取った。時間がないんだよ。変なことしたら引きずり落としてやるから。


「降りましょう、お嬢さん。私は高い所は苦手でして」


無理してたんだ。それは悪い事をした。全然反省しないけど。そうだ、嘘つきの恩返しをしてやろう。実験かねて。だって、塔の長い階段をこのおじさんと手を繋いで降りるのは気が進まないし。


片手で兜を被り直し、

「そうですね。私が降ろしてさしあげます」


ぐいっと両手を持って引っ張っれば、顔が真っ青になった。姫だっこしないと無理かなと思ったけど、もともと私の地力で浮いてないわけで、持つ手に体重は伝わって来ない。これなら、どこか持っていれば良さそうだ。


「ひいい、お、おじょうさん!!」

「大丈夫ですよ。下へおります」


ふわふわゆっくり降下する。地上から歓声やら喝采やらが聞こえる。なぜ喝采?

真上から見ると、人垣が円状に割れ、ここへ降りろとばかりに空けられる。


北の大隊長ソヤンクワ、いい歳したおっさん、円の中央、四つん這いにて、ぜーはー言う。


 優しく降ろしたのに。


たたっと駆け寄ろうとする足音に、おっさんが手をあげて、


「急ぐ。西を呼べ」


鋭い声に、駆け寄る足音がそのまま遠ざかる。


 最初からそうしてください、お願いします。






 その後、私が通されたのは、塔の一番下の部屋。さっき降りたところから数歩の距離。この建物、上に行くほど尖ってるので、下に来るほど広い(当たり前)。ここがおっさんの、もとい、北の大隊長の執務室である。王宮じゃないんだ?と思ったら、王宮にも彼の部屋はあるそうで、今度遊びに来いと言われた。


 だから、そんな場合じゃない。


 予想通り、ドラゴンは塔からも確認できたようで、すぐに城門を閉じ様子を窺っていたという。ドラゴンが遠ざかることに安堵しながら、王太子の隊列がそろそろ着く頃と気を揉んで、斥候を走らせたらしい。


 西の大隊長は、デイの伝言を聞いた途端に踵を返した。名前を聞く間もないほど慌ただしかった。 


「では、私もこれで失礼します」


お辞儀して立ち上がった。ごそごそと兜を被る。これが無いと飛んでる時に髪の毛が痛みそうなんだ。


「まあまあ。王宮からお茶を持って来させてますから、もうしばらくお待ちください」


のんびり口調でソヤンクワのおっさんが言う。お茶なんかいらない。


「今度頂きます」

「少し、いいですか?」


にこっとして私にもう一度座るよう促す。


「いえ、良くないです」


おっさんは、わーっはははと笑い、

「はっきりしてますな」

だと。知らんわ。


「うーん」と次にソヤンクワは考え込む。おっさんの一人劇場はこれ以上見たくないので、「それでは」と扉に向かって歩き出した。


「わかった、言う言う、言うから」私の眼前に体を滑り込ませ、「ここに居てほしいのです。お嬢さんを守るよう、将軍に言われてまして」


「は?」

「言っちゃダメなんだけどね。言うしかないでしょ、この場合」

「は?」

「『花を踏まずに黙して守れ』の『花』は、お嬢さんのこと。丁重にそれと知られず保護しろって意味ですよ」

「はああああ? じゃ、城門閉じろとか、後方から援護はするなとか……」

「将軍がそうと? それは定石だから、言われなくてもよいことです。現に門は閉じていたでしょう?」

「戻りますっ」


あったまきた。今度という今度は絶対許さない。


がっと足を踏み出したら、

「ここは私の顔を立ててくれませんかね?」


媚を含んで言われても気持ち悪いだけ。


 だめだー、怒れるー


察した騎士の何人かが扉をガードする。


 くうう、許せないー


ぶわあと風が舞い起こり、扉が瞬く間に吹っ飛ばされていた。

騎士も飛んだ…。


「やっぱり無理だったよ、将軍」


声に振り向けば、おっさんがニターっと顔を綻ばせ、すらりと剣を抜いた。


「だいたいね、奇跡のアーマーを傷つけずに抑えるなんて無理なんだよ。悪いね。お嬢さん。命令なんだ。王都からは一歩も出さない」


 やる気? やる気なの?


バシン、と雷響。どうやったかは知らない。私の両掌に雷がバチバチと音を立てて集まり渦を巻いている。漏れ出る光も相当だ。風も私を中心に吹き荒れている。


しかしまだ、北の大隊長の上段に構えられた剣先は迷う事無くただまっすぐに私に向けられていた。


「わかった。それなら王都ごと破壊するまで」


両手をあげて………ハタと止まる。それはいかん。なに言ってんだ、私。瑞樹兄ちゃんよりヒドイ。ふと辺りを見回すと、そこもヒドイ。部屋の中、何も残ってない。よくよく見たら、大隊長の裾とか袖とか、やだ、鎧もボロっちくなってる。よくそれで立ってるよね。どこかで切った? カマイタチ? じゃあ私のせいじゃないよね。ちがうよね、うん。両手を見る。雷ある。どうしよう。とりあえず、握り潰してみた。バチバチ煩かったけど、だんだん収束。良かった。外で放そうかとも思ったけど、被害が出るとね、いけないよね。


 ちらっと大隊長ソヤンクワを見る。固まってる。


「……行きますね。私より王都の方が大事ですよね?」


少しは反省してるので、


「命令違反じゃないですよ、私が勝手に行くんですから」


ダッシュして逃げた。



 うわーん。


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