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恋はすぐそばに  作者: ペンドラゴン
六小瀬神海の秘密
8/17

登校

尾山美樹菜との会話。

翌朝、通学路である堤防沿いを歩いていると、

尾山美樹菜おやまみきなの姿を発見した。


歩幅の関係上、彼女の歩みは遅い。

身長の低い彼女にはそのため、すぐに追いついてしまった。


「よう、美樹菜。」


「あっ。御、御瑠田。」


ツインテールの黒髪が揺れ、どんぐり眼がこちらに向けられる。

すっきりとした鼻筋に、立体的な口元。溌剌とした顔立ちは中学の頃とは違い、

高校に入ってから急に大人びたものとなったが、今は元気がなさそうだった。


久しぶりに話したからか、美樹菜の頬は赤く染まっていた。


「どうした?顔が赤いぞ。」


「な、なんでもないよ。それより御瑠田から話してくるなんて珍しいよね。」


「そうか?そうだっけか?」


「そうよ。」


「そうか。」


「・・・・・・・。」


「・・・・・・・・。」


そして高校に入ってからはこのように、会話が全然続かない。

中学のころまでは近所だったこともありよく遊んでいたのだが、

高校に入った途端、一切そういうことはなくなった。

そのため自然と会わなくなり、会っても話す話題を探すのに苦労する。


いい加減、愛想を尽かされてしまったのだろうか。

そう思うと、彼女との腐れ縁もこの高校で最後だという気になる。


アディオス、尾山美樹菜。


「御瑠田、寝不足?」


美樹菜は言って、顔を覗き込んでくる。


「うん、そうなんだ。よく分かったな。」


「分かるわよ。目の下にそんな隈作ってるんだし、それに・・・だから。」


小さい声で何かをぶつぶつと呟いて、彼女はそっぽを向いた。


やはり嫌われているらしい。

また沈黙が訪れそうだったので、俺は適当に言葉を紡ぐ。


「どう?部活とか楽しい?」


「う、うん。柵野瀬さくのせ先生きびしいけど、なんとかやっていけてる。

 一年生の子も教えなくちゃだし、しっかりしないとね。」


「そうかぁ、頑張ってんだな。中、高と続けて吹奏楽やってたし、腕前は相当なもんだろ?」


「全然ダメ。最近上達しないし、私ってセンスないのかも。」


「でも一年教える立場なんだからすごいんじゃないか?」


「教えるって言っても初心者よ。一年生で私よりうまい子なんていっぱい。

 嚥下高校は吹奏楽強いからうまい子が集まってくるの。」


はぁ、と肩を下げて美樹菜はため息をついた。

彼女は銅像でも担いでいるかのように顔を歪ませる。


「美樹菜は何の楽器吹いてるんだっけ?」


「フルート。」


「フルートって銀色の縦長いやつか。あれって金管なのか?」


「木管よ。」


「うん?吹奏楽って金管楽器と打楽器だけだと思ってたんだが違うのか?」


美樹菜はそれを聞いて目を丸くした後、腹を抱えて笑いだした。

近くを歩いていた学生がびっくりして振り向くほどのボリュームだった。


「そんなに笑わなくてもいいだろ?」


「ご、ごめん。」


なおも背中を丸めて笑う彼女に、俺は少しムッとして言う。


「ごめんで済んだら警察は入らん。それに知らないことを知ることが学生の役目なんだから、

 知らないことを笑うな。」


「ほんとに、ごめん。だって私たちの中じゃ当たり前だったから。

 つい笑っちゃった。ほんとにごめんなさい。」


許さん、と言いかけてふと俺は六小瀬神海を思い出した。

そういえば彼女はこんな時、すぐに許してくれた、と。


そして昨日の出来事が、脳裏に鮮やかに蘇る。


廃工場で佇む儚げな姿。

肩車をした時のあたたかな感触。

柵を悠々と飛び越えて行った彼女。

俺の怒声を受ける彼女。

暗がりで怒りを露わにした彼女。

逃げてしまった――自分自身。


慙愧の念が押し寄せ、俺の言葉を詰まらせる。


彼女はあの後どうなったのだろうか。


「御瑠田、どうしたの?」


「なんでもない。」


「ごめん、そんなに気を悪くするなんて思わなくて、私。」


「大丈夫、怒ってないから。」


そう。美樹菜に怒っているわけじゃない。

怒っているのは他ならぬ自分自身にだったから。


「フルート、頑張れよ。応援してる。」


そう言って、立ち去ろうとした時、携帯が鳴った。

エルガー作曲の愛の挨拶が美しいハーモニーを奏でる前に、

電話を取って耳に当てる。

着信は姉からだった。


「どうした?」


『アンタが寝坊したせいで電車に乗り遅れた。』


「え?」


確かに姉を起こすのは俺の仕事だったけど、

それでも充分、電車に間に合う時間だったはずだ。


『10分もアンタが遅れたせいで、二度寝の時間も後ろに

 伸び、電車に間に合わなかったのよ。』


「いやいや、二度寝してたのかよ姉貴。

 それは姉貴にも落ち度があるだろ?」


『却下、きゃっっっか。今日帰ったら肩もみしなさい。

 それが条件よ。』


「姉貴のは時間が長いから嫌なんだよ。10分ならやってもいいよ。」


『つべこべ言わず1時間やるの。わかった?じゃあ切るから。』


「おい、姉貴―――――。」


切れた。

最悪だ。


あの拷問に等しきマッサージをやる羽目になるとは。

もし、アイアンメイデンか姉の肩もみを選ぶとしたら、

俺は一択で前者を選ぶだろう。前者は肉体的

苦痛を味わうだけで死ねるが、後者は肉体的にも精神的にも

苦痛を味わう上に死ねない。


終わった。


「お姉さん?」


「ああ。あの姉貴からだよ。」


「そう。なんか言われた?」


「聞かないでくれ・・・。」


がっくしと肩を落とした俺に、

美樹菜はいやに上機嫌な微笑みを向けてくる。

この笑顔だけは中学から変わらない。


「着信音、愛の挨拶のままなんだ?」


「え?ああ、そうだよ。いい曲だよな。中学の時に教えてもらったんだっけ?」


「うん、中二の時。良かった、気に入ってくれてたんだ。」


「バイオリンの音色がいいよ。フルートでも出来るの?」


「勿論。元々ピアノの曲なんだけど。

 主旋律をバイオリンからフルートに変えるだけだから。」


「今度聞かせてよ、美樹菜。」


「えっ?」


美樹菜は目を輝かせて顔を近づけてくる。


「いや、聞きたいなぁって思って。」


「いつ?」


「いや、別にいつだっていいけど。」


「決めて。」


真剣な顔つきでさらに距離を縮めてくる。

もう、五センチぐらいしか離れておらず、

彼女の大きな瞳には俺が映っている。


たまらず言った。


「美樹菜、近いって。」


「わぁッ、ごめんッ。」


驚いた猫のように飛び退いて、美樹菜は

頬を紅くした。


「じゃあ、今週の土曜日は?」


「今週の土曜日ね?分かった。御瑠田の家行くからっ。」


「楽しみにしてるよ。」


「うん、練習しておく。・・・・やった、脈あるかも。」


「何て?」


「何でもない、何でもない。約束、忘れないでよ?」


美樹菜は明るくそういうと、たっと駆け出した。

吹奏楽部にしておくのはもったいない程の綺麗なフォームのランニングで、

思わず面食らった。


そんな後ろ姿を見て、俺は六小瀬神海の言葉を回想していた。


『美樹菜はあなたのことが好きなの。』


その言葉に淡い期待を持ち始めている自分がいた。

尾山美樹菜は、俺の事を好きなんじゃないかと自意識過剰な考えを抱いていた。


「そんなわけあるか。」


咆哮と共に言葉を捻りだす。

六小瀬神海の口車に乗せられているだけだと自分を押しとどめる。

あいつは幼馴染で、それ以上でも以下でもない。

それはおそらく、彼女も同じだろうと。


しかし、その推測も美樹菜の去り際の笑顔を見ると分からなくなるのだった。

あの笑顔が、どうもただの幼馴染に向ける微笑みとは違って見えるのだ。


神に選ばれた六小瀬神海の笑顔だけでなく、

俺は幼馴染の破顔にすら何かしらの期待を描いているのだった。


やっぱり俺は女の笑顔には弱い。


確信に変わりつつある真理を胸に、俺は学校までの道をぼーっと歩いた。





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