剣と魔法と、時々“旅人”
「始まりは城だ、何も無い町じゃ無い!」と言った奴、残念。
大穴の向こうは森だった。
秘境か何かの、本当に人気の無い、ジャングルの奥地。
「やれやれ、参ったなぁ」
向こうで空高く飛翔するのは、見た事も無い、如何にも凶暴そうな怪鳥。
ゲームでしか見た事が無いが、名付けるならば「ロック鳥」だろう。
キョワァーン、キョワァーン、と奇怪な鳴き声が甲高く鳴り響く。
「狩るか」
不意に、神の口から危険な単語が洩れた。
それもその筈、自宅へ帰れずに謎の美少女に異界の地へと突拍子も無く飛ばされた挙句、食事に有り付けなかったため、空腹感が最高潮に達している状態だ。
「OK。なら、今日のの晩飯は鶏肉のステーキで決まりだな」
「“フォトンブラスター・セットオン“……参…弐…壱…シュート」
狙いを定め、神は腰のホルスターから、一挺の、およそ小型とは到底思えない程の小銃を取り出すと、狙いを定め、引き金を引く。
銃口から魔方陣が現れ、弾丸は一閃の光の筋へ、そしてそれは怪鳥の両翼をあっさりと貫いた。
「へぇ、『ライトニードル』か。流石に腕は鈍っちゃあいないみたいだな」
両翼を貫かれ、重力に従い自由落下する怪鳥の首を一閃。
ライドの剣によってトドメを刺された怪鳥は、その命の幕を呆気無く降ろされてしまったのだった。
日はまだ高い。
食料となった怪鳥を『ボックス』という無属性魔法で作成した異次元空間に収納し、再度銃を構えた。
どうやら怪鳥の血の臭いに釣られてやって来たのか「ウルフ」と思しき生物に囲まれてしまったらしい。
直ぐに血の臭いを消したが、集まって来てしまったのはしょうがない。
「『パラ・アナスティーシァ・ブレット』……“拡散”!!」
「ウルフ」に狙いを定め、確実に仕留めていく。
そこをライドが血を出さずに、的確に首の付け根を刺し貫き、命を刈り取っていく。
一匹、二匹、そして最後の一匹を仕留め終え、異空間へ次々と収納されていく。
『ボックス』の異空間は、どういう理屈か・どういう仕組みでかは知らないが時が止まっている状態なので、何時でも新鮮な食材を腐らせずに保存できる事が可能だ。
更には爆弾さえも爆発する前に収納してしまえば爆発を防げるので、これだけで生き伸びる確率は格段に跳ね上がる。
まさに命綱。
神は召喚された際、これが最初に憶えた魔法であり、以来、とある魔法と共に使用頻度はかなりといって良い程高い。
扱えたのは生きている人間では神ただ一人で、収納装置の存在により既に忘れ去られた魔法のひとつであった。
勿論、それを教えたのはライドであるのだが。
ライドの世界は、科学で魔法が解明された世界『マギアテックス(MAGIATECHS)』と呼ばれている。
その起源は、原始宗教思想からなる“マナ”という超自然的エネルギーだそうだ。
そんなアニマティズムを研究する内、世界のありとあらゆる物……詰まる所、森羅万象はマナで形作られており、生命はそれを少なからず生成しているという事実を実験により証明されて以来、そこから生み出された“魔力”も研究され、解明された事から、名も無き世界は魔法を意味する“MAGI”と歯車を意味する“GEAR”、そして科学技術を意味する“TECHNOLOGY”を掛け合わせた『マギアテックス』と呼ばれる様になり、同時に科学と魔法が発展・調和する様になっていったのだ。
当時、神の世界と同じ様に科学だけが先行した『マギアッテックス』は一人の少年によって世界を救われた。
彼は人類史上、初めて魔法と呼ばれる未知なる力を手に脅威と戦い自らの命と共に勝利をもぎ取ったのだった。
その後、彼の聖骸は彼の遺言に従い研究に利用され、僅か三年も経たない内に誰でも魔力を持ち、誰でも魔法を使える程に成長できる様になったのだ。
その少年こそライド=ゲッツナーなのである。
それから二百年後、その魔法が災いしてか、神が勇者として魔王と呼ばれる存在を倒すために召喚される事になるのだが。
恐らく、先程の少女はあの口振りから察するに神が何者なのか知らないのだろう。
しかし、此方にとっては有利だ、誰にも悟られずに行動する事が出来る。
まず、異世界に来たら、真っ先に人々の会話に耳を傾け、世界の情勢を知り、文字、言語を知った上で図書館に向かう。
それか、近くの村か何処かで本を読む。
あの時、神は実際にそれを行った。
機械を動かす時に、取扱説明書をよく読むかの如く。
丁度言語圏が全く同じだったのでそれほど苦労はしなかったが、それでも解らない事が数多くあった。
「お、丁度良い大きさの石が在るな」
ライドが卓袱台位の大きさの平たい棚石を見つけた。
後は手頃な石で机の形に整え、その下に火を起こすための枝木を敷けば簡易ステーキ台の完成だ。
が、しかし。
この場合可燃性の枝はいらない、魔法で火を起こせば充分事足りる。
神は最初に仕留めた獲物である「ロック鳥」らしき怪鳥を解体した。
羽毛は毟った後、何かの素材に使えそうと判断し、纏めて『ボックス』の中へ。
肉や内臓は、臭みを取り、一部を保存食用に塩や香辛料に漬け、残りの新鮮な肉を食べる分だけ残して『ボックス』に戻した。
解体した事で時間が経過したのか、辺りは薄暗くなってきた。
『ランタン・ライト』を『ボックス』から取り出し明かりを確保、勿論防虫性能はばっちり、結界もオートで展開済みだ。
火属性のエレメントが込められたコンロの様な機械に魔力を流し、棚石を炙る。
この機械は『グリル・バーナー』と呼ばれる物で、ライドの世界で購入した物だ。
所謂、持ち運べる“簡易ガスコンロ”の魔法版といった所だ。
石の周りの空気が揺らめく、そろそろ石が焼けてきた頃だ。
『グリル・バーナー』の火を一旦止め、石の上に肉を置く。
じゅわわぁー、と美味しそうな音を立てて肉は焼かれていく。
サシが多いのか、肉自体の脂だけで美味しそうに焼けていく。
『ボックス』から水を出し、コップに注いでいく。
「さて、この世界で初めての野宿だ、あんま考えても仕方ないから明日に備えて今日は憂さ晴らしにぱーっといこう」
「だな。あの女、言い掛けてたが……神、お前の事を勇者だと言ってきた。と、なれば勇者としての仕事を終えなければ元の世界にゃ、一生帰れない訳だ」
「メンドクセェ事この上ない…おっと、旨ぇなこの鶏肉」
神は文句を洩らしながらも、焼けた肉をつつき、頬張る。
何と言う味だろう、肉本来の旨みが口いっぱいに広がる。
脂もほんのり甘く、それでいてしつこくなく、後味が爽やかだ。
すぅーと口の中で溶けていく感じはきめ細やかだが繊細さと大胆さを兼ね揃えたマグロのトロの様。
弾力は頬肉級、程良い弾力があり噛めば噛む程じゅわりと肉汁が幸せを運んでくる。
今までに食べた度の鳥肉より、全てにおいて優れた味である事には間違いない。
気付いた時には、既に食べ尽くしてしまっていた。
恐らく、味からして高級食材な事には間違いないだろう。
でなければ、こんなにも食が進む訳が無い。
残りの時間「ウルフ」を解体し、それから照明を『ランタン・ライト』から『鬼火』に切り替え、空間拡張と隠匿結界を施された簡易テント(召喚された先で手に入れた支給品)を張り、漸くと二人は眠りに就いた。
夜は怪奇、奇怪で妖しい“もののけ”が徘徊する。
『鬼火』を明かり代わりに選んだ理由はただ単なる怪物避けが目的では無い。
怪物――――この幻想世界では魔物か魔獣と呼んだ方が相応しいだろう。
兎に角、人間の魔物も魔獣もお化けや妖怪といったおどろおどろしい物を極端に避ける傾向にある。
ただの魔力の残留思念である“ゴースト”では無い、超自然的な物……“スピリット”なのだ。
アニミズム兼シャーマニズムを絡んだそれは、生物の延長戦である人間……この場合山等を根城にする盗賊や、尾行てきた攫い屋なんかにも効果がある。
此処まで生きてきて、奴隷にされでもしたら世界を救うどころの話では無い。
いや、勇者を奴隷にしたら世界そのものが滅びる羽目になる。
それだけは避けねば。
加えて、本人はあまり認めたくは無いが、神は生物学上雌……つまり女。
用心に用心を重ねた結果『鬼火』を習得するに到ったのだ。
“妖”は“呪”に通ず、よってそれに勝る物は無し。
毒を喰らわば皿まで、毒を以て毒を制す。
それが身を守る術。
ついでに言えば『ランタン・ライト』や『鬼火』という魔法は専用の小型の機械に記録されている魔法で、他には予備の、『ボックス』、『バリアシールド』、『コネクトリンク』、『カモフラージュ』、『インビジブル・スルース』『コピー・スキラー』、『テレポタ』の計七つの魔法データが登録されている。
中でも『コネクトリンク』は一風変わっていて、オブジェクトに自分の感覚器官をリンクさせたり、所持者の記憶を読み取ったりと一見、使い勝手の悪そうなイメージとは裏腹に兎に角“超”が付く程感知・探知に長けた索敵機能に特化した魔法である。
そんな訳で、『コネクトリンク』は『ボックス』の次に利用度は高い。
野宿で、就寝となれば警戒を怠ってはならなず、常に非常線を張り巡らさねばならない。
故に寝るとなれば『鬼火』や、辺りの木々にリンクし辺りを見張る必要がある。
ひゅー、どろどろどろ…と妖しく青白く燃えながら辺りを漂う『鬼火』に救われジャングルの夜は更けていく。
翌朝、神達は食べられそうな食材や、珍しい物を採取し、朝食を取った。
中でも、茸は、毒のある物が多く、後々罠等に使えそうな種類が多かった。
朝食を取った後はジャングルの道無き道を移動する。
途中、突然のスコールに見舞われた。
直ぐに簡易テントを張り中へと逃げる。
流石サイエンスフィクションアンドファンタジー(SFF)の世界『マギアテックス』で、発水性が高く丈夫な化学繊維の素材でできている。
普通、この様なファンタジー世界ではテントは有るか無いか、有っても布製か、魔物の素材製である。
後者はそれなりに値が張るため、一般人は入手できない可能性が高い。
学園があり通っていれば、或いはギルドで稼いでいるのなら多分お目にに掛れるかもしれない。
兎も角テントが防水性で無ければ、今頃びしょ濡れ状態だったかもしれない。
雨の降る中、神はオリジナルの魔法『ウォッシャー』、『ドライヤー』、『ウォッシャー・アンド・ドライヤー』を構築し、機械に登録した。
移動して、狩って、また移動。
そんなこんなで移動する事実に三日、遂に町へと到着した。
「やっと辿り着いたな」
ぽつりとライドが呟く。
「全く、歩かされたぜ。ま、あのままあの女に従ってたら長距離まで一気に、しかも楽に移動できたかもしれねーけど、癪に障るから逃げて正解だった」
「ああ全くだ」
口々に文句を垂らし、煉瓦製の門の前まで到着した。
「見掛けない顔だな?」
鎧を着た門番が尋ねて来た。
「ああ、俺達は旅人初心者でな。やっとの事でジャングルから抜けて来た所だ」
嘘は言っていない。
自然の中でのサバイバルの経験は余り無いし、この世界には来たばかりだ。
それでもこの二人、実力者である事に変わりは無いのだが。
「原始の森を抜けて来たのか、よく生きて抜けて来たな。まぁいい、出身は?何処の出だ?」
「遠い所」
「此処へは何しに?」
「ただの観光」
「手形は?」
どうやら関所の様に手形と呼ばれる物が必要らしい。
「無い。何処か辺境の地に住んでたし親も居ない。兄貴と二人きりで暮らしてたから手形がどんな物か解らないんだ」
よくもまぁ口が回るもんだ、と神は呆れる程の自分の口達者振りに感心する。
それにしても、人生の先輩であるライドを兄と呼ぶには抵抗は無かった。
但し、言い方の問題にもよる。
彼女は「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼ぶ事に激しく抵抗感を感じているのだ。
理由はその言葉自体“妹(弟)萌え”というサブカルチャー的要素をふんだんに含んで(いや、孕んで)いるからである。
「…成程な、良く解った」
「それで?手形ってのはどうやって手に入れたらいいのか教えて欲しい。もし、お金を払う様なら俺達は持っていない。但し、お金になる様な物は持っているけどね」
すかさず、彼女はこの世界に来て最初に狩った怪物の、それも上等な羽をちらりと見せ付けた。
と、門番の顔色が変わる。
「こ、これを…何処で!?」
どうやらこの門番はこの羽の価値が解るらしいく、目を見開いていた。
「拾った、原始の森で。……で、物は相談なんだけどこの羽を鑑定に回してくれないかな?」
「いや、“ビッグウィング”の虹色大羽を鑑定に出す必要は無い。手形には申請手続きが必要だが、この羽を譲ってくれたら私が特別に発行しよう」
「OK、交渉成立だ」
「私も門番としての仕事が在るからな、発行は明日以降になる。それと良かったら、この後私の家に案内しよう。羽を譲ってくれたお礼だ、暫く私の家に泊まっていくと良い」
「有難うございます。俺はジン、ジン=ワルキュリエ」
「俺はライド=ゲッツナー」
「私はリード・G=キーパーだ。さ、次の人の邪魔になるから門の向こうに入りなさい」
「有難うございます、リードさん」
リードと言う門番の男性はさらさらと羊皮紙に何かを書き綴っている。
「ささ、これを持って行きなさい」
「これは?」
「この村の地図と私の家の地図だ」
彼女等はこの場所を町と信じていた矢先、此処は村だという事が判明した。
「村、ですか?」
「そう、此処は所謂国直属の“疎開村”と呼ばれている。そして私達村の住人は戦争や災害に際し人々を何時でも避難させるため、永住しながら管理を行っている。ついでに言えば緊急時以外は手形が必要なのだ」
成程、と神は村を覆っている壁が堅牢な理由を理解した。
街並みに敷地が広いのも頷ける。
そのため、疎開先としての機能を維持するため、村人は国から永住権を賜っている。
手形も、維持・管理のひとつらしく、用が無い時に悪人達の巣窟にされるのを防ぐためだとか。
一旦リードと別れた神達は村を散策がてら、村について村人に訊ねる事にした。
ギルドに関してだが、緊急時以外に開く事はまず無いそうだ。
登録をしたいなら、此処の近くにある町で登録をしなければならないと村人は説明をしてくれた。
ただ、解体と換金(国内・外国為替)は出来るそうで、安心した。
銅板百枚で神達の世界の金額で言う処の一円、此処では銅貨一枚で十円。
銅貨百枚で鉄板一枚、つまり百円。
鉄貨百枚で銀板一枚、即ち千円。
銀板百枚で銀貨一枚、そう…一万円。
銀貨百枚で金板一枚、そして十万円。
金板百枚で金貨一枚、もう何も言うまい百万円。
金貨百枚で白金板一枚、超大金持ちな千万円。
白金板百枚で白金貨一枚、億万長者一億円。
……と言った具合だ。
ギルドに登録すれば専用のギルドカードが創られるらしい。
そしてギルドカードはキャッシュ兼ビザカードの代わりにもなるらしい、との事。
そして時間の方は相変わらずの廿四時間制で、感謝せずにはいられなかった(心の中で)。
魔力光時計で、光が届かなくても貯蓄した魔力を糧に針が機能するらしい……原理は解らないが、魔導機技術機構と似ているとか似ていないとか、とライドは神に説明した。
因みに門番は『一日三期制』で、午前零時から午前八時の第一期、午前八時から午後十六時までの第二期、午後十六時から午前零時までの第三期とあるらしい。
リードという男性は第二期で丁度交替してから四時間……午後十二時に、神達と出会ったのだ。
兎に角素材は解体しているので、換金(為替…面倒臭いので以下銀行)言った後食事をしてもう少し村を散策と言う名目で本や旅に必要な雑貨の購入しようと事になった。
銀行と解体屋はギルドの裏手にある。
一先ず、其処に向かった。
売る物は「ビッグウィング」の何の変哲もない羽数枚、「コモンウルフ(リード談」の毛皮と肉(内臓)と骨。
何故かというと、リードに「ビッグバード」の羽を見せた時彼は心の中で驚きを隠せなかったのを目のあたりにしている。
と、言う事はもしも肉を出したら確実にあの厳格な風貌と肉の味からして多分希少な戦力の持ち主だと騒がれる。
「コモンウルフ」は実力があればそこそこの実力を持った学生でも普通に倒せる――とは言うものの、仲間を呼ばれるのは非常に厄介なのだが――し、羽に関しては抜けた物を偶然拾ったと誤魔化せばいい訳だ。
抜け落ちた羽を拾うだけなら大した実力はいらない。
ただ、保存調理用に加工した物を出していいのかは非常に迷った。
だが、調味料・香辛料が市場で普通に売られている所を見ると、これは市場での物々交換が効果的だと判断したため、銀行での交換は止める事にした。
市場を通り過ぎ、緊急仮設練のギルド「スクランブル・オブ・メネス」に到着した一行は裏手に回り銀行に入っていった。
不思議と解る、此処の文字や言語が。
そう言えば、勇者として召喚された時、特典として言語共通翻訳機能があると開発部のとある研究員が言っていたな、と、ふと思い出が神の脳裏をよぎる。
中はあまり人がいなかった。
それはそうだろう、此処は“疎開村”、現在は村の管理者だけが住む村だ。
広大な敷地を持つが、村自体の人口は極端に少なく過疎状態だ。
「おやおや、人が来るなんて珍しい。もしかして旅人ですか?」
初老の男性が神達の入店に気付くと、余裕のある口調で尋ねて来た。
「まぁな。門番のリードさんって人から換金するなら此処が信用できるって紹介されたんで、ね」
「ほぅ、成程?あのリード(小僧)からか。ああ、確かに。此処には何軒か換金所はあるが、銀行を兼ねた場所は此処しか無いならな」
先程まで呼んでいたであろう新聞をカウンターの端に置くとにぃ、と笑みを溢し、左手の親指と人差し指を顎に据えてこう言った。
「ウェルカムトゥ、ギルドバンク『ベスト・トレーダーズ』へ。俺は此処の店長クレイクだ」
「俺はジン」
「で、俺はライド」
「ではジン、ライド、お前達は何を換金しに此処へ来た?」
「これだ」
神は予め『ボックス』から出しておいた「ビッグウィング」の数枚束ねた羽と「コモンウルフ」の毛皮に骨をカウンターに置いた。
皮は処理を完璧に施しているため、獣臭さは消えている。
「おう、流石だな。「ビッグウィング」の羽もさる事ながら「コモンウルフ」の毛皮の処置が完璧になされている。こりゃあ」
「俺の実家のじいちゃんがマタギでな、猟の仕方を教えてやるって言って毎日連れだされて叩き込まれたんさ」
「マタギ?」
「俺の居る所じゃ猟師の事をマタギって言うんだ」
「へぇ…」
「「コモンウルフ」の毛皮の処置から言って少々高値になるな。それでも銅貨三~四枚って所か」
「普通は幾らで取引される?」
「相場によって違うが銅板五十から銅貨一枚って所だ。今回は武器加工用の骨も合わせた毛皮合計三十九枚となると……占めて鉄板五十六枚、「ビッグウィング」の羽を更に足すと鉄貨十四枚て所だ」
「鉄貨って事は……随分とまぁ、俺達ゃ儲けた訳だな」
「そりゃそうだ、商売だからな。それに他の場所なら己の利益の独占のためにもっとケチられた上安くされてたぜ?」
「紹介してくれた人がリードさんでホント良かった、と切実に思ってる今日この頃」
「ああ見えてリードのボウズの人を見る目は確かなモンだ。此処を紹介したって事は信用されたって訳だ」
もしも出会った門番がリードでなければ、と想像して身震いをした。
「そういやお前達は予定はあるか?」
「あんまり見なかったマーケットに寄って、リードさんの家にお邪魔するけど」
「一体何があった?」
神は少し躊躇ったが、ライドがクレイクというこの男性は信用するに値すると言ったので、一部を伏せて、“原始の森”と呼ばれる所から来たという事を話した。
勿論、「ビッグウィング」を狩った事、そこにあった“虹の大羽”と呼ばれる羽をリードに渡した事を話した。
「成程な。だが今後は気を付けてくれ、“虹の大羽”は「ビッグウィング」の後頭部から“取れるか取れないか”のかなり希少な羽だ。ま、だからこそお前達の実力を見抜いて此処に寄越したんだ。ある意味リードのボウズに助けられた訳だな」
「仰る通りで」
二人は、あはは、と苦笑いをして気を紛らわせる。
「にしても、香辛料と調味料が普通に売られているんですね?」
すかさず神は此処までの疑問をクレイクに尋ねてみた。
「ん?ああ、調味料は兎も角、香辛料を求めて旅をした時代は今は昔。栽培できる方法からの収穫や、採取で随分とこの世に出回ったからな。今じゃ普通に手に入る」
成程、という事は保存食の技術の発達もそこそこ有る筈。
そこで、『ボックス』を開きバザーで出す予定だった、「コモンウルフ」と「ビッグウィング」の燻製と腸詰めとモツの香辛料・調味料漬けの瓶とハム、新鮮な熟成肉を取り出して広げた。
これには流石のクレイクも驚いて、是非この保存食の技術を教えてくれとせがまれたので、そのために必要な瓶作りと缶詰技術も同時に教えると約束した。
これでこの技術が広まれば何かあった時、長期戦に備える事が出来るだろう。
まして此処は“疎開村”だ、此処が万が一攻撃された場合はこの技術がこの先必要になって来る。
教えようとした理由はこの世界は保存技術がそこそこ発達してはいてもまだまだ未熟で、物が簡単に腐り易い状態だ。
これでは幾ら食材を蓄えても腐るのをただじっと待っているばかりである。
それに保存技術が広まれば戦争や自然災害、邪悪な脅威に晒されて、村から一歩も出られない時の最終手段として大いに役に立つ。
発酵技術は酒やチーズ・調味料が在る事から大丈夫だろう。
食事を近くの食事処でクレイクとするがてら、シェフやコック達にも記憶の及ぶ範囲で保存技術を教えた。
此処で香辛料に関して解った事が幾つかある。
この世界では植物性の香辛料だけで無く、“動物性香辛料”の存在が確認されているからだ。
何でも、本来ならそれは毒として処理しなければならないのだが、何処かの旅人がその土地に住む先住民の知恵を他の人々に享受したからだとか。
代表的なのは「ポイズンウルフ」の亜種、灼熱の紅い毒を持つ「マグマウルフ」と武具等に使用される程硬い装甲を持つ巨大砂漠蠍の「クリムゾン・チリ・スコーピオン」の二種。
特に「マグマウルフ」のスパイスの毒は近隣諸国でも有名な激辛の酒“ウルフィンスキー”の原料にもなる。
そういう意味で、神達は常識では測れない――それに「やはり此処は剣と魔法の幻想世界なんだ」――と、改めて痛感した。
食事処を後に、一旦クレイクと別れた一行は当初の予定通り市場へと向かう。
勿論、保存食の交渉だ。
通常、「コモンウルフ」の肉は不味くてとても食べられた物では無いが、入念な下処理と保存技術で臭みは取れ、更に肉質が変化し、肉本来の“旨み”が生まれている。
当然レシピの記載したメモもこっそり付けてだ。
但し枚数は二、三枚程度。
そんなにばら撒かなくても良い、食事処で、既に大勢の食の専門に教えてある。
これで食の専門達による口コミがその後の発展に繋がるだろう。
家庭用にもそれは言える事で、ほんの少しばら撒けば、今度は専門の職人のネットワーク以上に飛び火する様な異様な早さで広がっていく。
つまり、専門職人のネットワークだけでは技術が伝わらない、そのために市場へ出向いて一般家庭の人々に教えれば、彼等は隣町へは足を運ぶ機会が多いのでそこでその保存技術を流してくれる。
また、この世界は『ボックス』という魔法や転移の魔法が困難だと思われるため、ギルドで遠征する時非常食として支給品の中にあれば少なからずとも長期戦に臨める。
思わぬ所で思い掛けない成果を上げた二人はリードの家へと向かう事にした。
現在、魔法暦一二六三年九月二日十五時四十二分。
始め、腕時計型の機械のログを見た時違和感を感じた。
もしこれが正確なら、これはとんでもない機能が備わっている事になる。
…………御丁寧にも、ちゃんと標準日付機能まで正常に作動している。
機械の名は“コマンドブレッチ”と呼ばれ、戦いのために特別にオーダーメイドされた“ブレスウォッチ”である。
ライドの世界『マギアテックス』の技術力を持ってして開発されたそれは普通に市販されている“ブレスウォッチ”よりも超高性能である。
それに魔法はある程度使えていても、日付け等、到底解らない。
なのに“コマンドブレッチ”は正確にこの世界の日付けを捉え、画面に表示されているのだ。
――――一体何が目的なんだ?
モニタを覗きこむ度、神の背中にひやりひやりと悪寒が走る。
どうやらライド“に”は気付いていない……いや、気付かれていない様だ。
気付かれない様に、飾り立てられた魔光時計を確認しながら彼の家へ、確実に足を運んでいった。
彼の家で出迎えてくれたのは奥さん……では無く五歳位のツインテの娘。
「俺はロリコンじゃない」と真っ先に否定しながら次いで出て来た奥さんに案内されリビングのソファに座る。
そしてやれやれといった感じでライドが念話を飛ばしてきた。
『いやぁ、お前って肝心な時にヘタレだなー』
『何がだ』
『しらばっくれるな、相棒。さっきの可愛い娘にお熱だった癖に』
『色々と誤解をを招く様な事を言うな。つか何だよ、お前だってそうじゃねーのか?どうなんだ』
『大丈夫だ、お前とは違ってその気になればスーパー賢者タイム発動できるから』
『そのまま爆発しちまえよ』
『その時はお前諸共だ』
『野生に帰れ、狼が』
『挑戦状か。面白い、受けて立とう』
『ならば話は早い』
『『戦争だ!!』』
等と奥さんが紅茶を入れてきている間、リアルロリっ娘から発展したであろう下らない妄想戦争を繰り広げていた。
その内リードも帰って来たので、夕食の時本当の事を打ち明ける事にした。
軽く二女紹介をすると妻、つまり奥さんの名前はフェイ=キーパー、娘はフィリア=キーパーというらしい。
意外な事に、リードさんがフェイ、フィリアと一緒に食事の用意をしていたので聞いてみると、「今の時代、貴族でも男でも家事が出来なければ生きていけない」と。
神達が居た世界でもどうやらそれは変わらないらしく、安心したのか、神達もそれに加わりキッチンは賑やかになった。
「では、頂きます」
神達が狩り、下処理をし熟成させた「コモンウルフ」の肉と香草のスープを一口。
何とも言えない美味しさが口の中でハーモニーを奏で、まるで一夜限りのコンサートを聴いている様な錯覚に陥った。
「「コモンウルフ」の肉の出汁がこんなにも美味しいとは……流石だ」
本来、「コモンウルフ」の肉は硬くそれ以上に臭みが強烈でとても食べられた物では無い。
しかし、肉を軟らかくし、香辛料で臭みが取れたその味は極上の味だった。
それもその筈、「ウルフ」種の肉は元々美味しいのだ。
極寒の地では、地元の住人は「アイスウルフ」・「マグマウルフ」の肉が主食だ。
老若男女問わず、それらの料理は人気のメニューのひとつである。
だから原種である「コモンウルフ」が不味い訳が無いのだ。
兎も角、料理を堪能し何気ない会話で盛り上がり、ひとしきり食事を終えた頃、本題の切りだす。
「リードさん、実は……」
急に改まった神達の顔色を見るや此方も真剣な顔付きに変わる。
「本来、俺達はこの世界に居ない……“異世界の”住人なんだ」
異世界の、を強調する。
「異世界?」
子供心からだろうか、純粋な瞳で真っ先にフィリアが応えて来た。
「ああ。“次元単位”で此処とは違う世界、から跳ばされて来たんだ」
「『次元跳躍』……並行世界じゃない――寧ろ其方も夢物語な話かもしれない――が、空間を越えて召喚(呼び出)された“勇者”という存在らしい」
召喚されただけで、詳しい事は聞かされてないので何に対してかは今の所不明。
唯一状況を知っていそうなあの少女の手のひらで踊らされるのは非常に癪に障るが、有るであろう王都に向かう趣旨を述べた。
たまたま召喚された先が原始の森だった事、そこでこの村に漸く辿り着いた事も、彼等に語った。
こう言った物は普通、秘匿しておくべき事項なのだが、この村で信頼の高いクレイクとの繋がりや、リードの人を見抜く力を信じ、話す事を決意したのだ。
無論、彼等が自分達の事を言い触らさないでくれと釘を刺した。
「……成程、君達の事情は解った。そうだな、ギルド登録をするならスーリリュマンド…いや、此処から近い隣町より魔族王の国“ディブレイカーズ皇国”ですると良い」
魔族王……聞き慣れない単語だろう、神達はこめかみに人差し指を置き、何かを捻り出すかの様に首を傾げた。
「君達の世界の、創作物語の中では、魔族を統べる王…つまり魔王が悪役なのが定説なのだろう?しかし、この世界は少々勝手が違っていてな、善なる魔法王・中立なる魔族王・悪なる魔神王の三勢力存在しており、この世界を創り出している。寧ろ彼等が居なければこの世界はバランスを保てずに崩壊してしまう。それは彼等の最も望まざる、忌むべきものである」
何とも壮大な創世神話体系な話に目を見開き、あんぐりと…まではいかないが、ぽかんと口を開けていたのは間違い無い。
いや、寧ろ己に正邪を求める姿勢は、理性を持つ全ての生物が積極的に取り入れるべき要項と言っても良い。
――――光と闇、陰と陽、聖と邪、善と悪、正と負…………何と無く、彼の言いたい事が解った気がした。
あの時の激戦が蘇る。
束の間の休息こそ有れど、連戦による連戦で、結局神は、自分自身と向き合う暇が無かった。
ライドはライドで、踏ん切りを着けた様だけど、その先の事はあまり考えてなかった。
詰まる所、心の整理が付いていなかったのだ。
「まじんおー、じぶんのわりゅいとこりょ、きじゅかせる、とくい、ふぃりあ、だいしゅき!」
フィリアは魔神王がお気に入りの様だ。
しかし、子供心を差し引いても、理に適っていると言えよう。
邪なる物が絶対に悪だとは一概に言えない、今まで逃げて来た“己の負と真正面から向き合わせる才能”が、あるのだ。
確かに、これは度の世界においても正しいと言えるものだ。
世の大人は、是非ともこの姿勢を見習って欲しいものだ。
何しろ、この世界で“魔盲”と呼ばれる者や奴隷――特に犯罪者以外の攫われた者達――の叫びに耳を傾けない奴等が多いときた。
(悪の美学はとやらは一体何処へ行ったのやら?)
兎に角、自分の偽善を貫くためにも、魔族王とやらが治める国へ出向く必要がある。
(前途多難、だな)
彼女等は普通に同じ人間の住まう国の王“魔法王”に謁見してから事の真相を聞き出せれば良いいと考えてきた。
――――が、どうやらそれは浅はかだったみたいで、此処に来て軌道を根本的に修正しなければならなくなった。