幻想、再び
※処女作です
※SFチックな変身ヒーローが機械が衰退した幻想世界で無双したらどうなるのだろうという作者の冒険譚です
※主人公の一般的な女性のあり方に否定的な印象が多々あります。
※R‐15はもしものためです
夏もそろそろ終わり頃、初秋。
現在9月、旧暦ではとっくに九月だ。
「まだアイスから離れられない……」
少年――――いや、少女はぐったりとしていた。
制服――――但し、一般に男子生徒が着ているもの――――に身を包み、鞄を左肩に掛けている事から学生である事が伺える。
『四季が在るのは風情が在っていいが、面倒臭い国だな、メガトキオシティーってぇのは』
『何時の時代だ。今は日本だっつうの』
『俺の世界基準』
『メンドクセェな、おい』
さっきから彼女の脳内に直接響く声、彼女は無口で言い返した。
所謂“念話”、と呼ばれるもので、他から見れば痛々しいのだが、彼女から見れば唯一の交信手段である。
何故か。
――――彼女は手に入れているのだ、この世界では有り得ず、得体の知れない未知の力を。
『なぁ、戦女神よ』
『何だ?』
『この世界は不思議だ、世界がマナに満たされているのに人々はそれに気付かない』
『当たり前だ。この世界じゃ魔法だの、陰陽術だの、気だの、超能力だの……皆オカルト。少なくとも周りはそれが普通なのさ』
確かに、この世界は特異だ。
魔力や霊力、気力といった摩訶不思議なる力で満ち溢れているのに、音沙汰ない。
例え居たとしても、世間では中二病も良い所なのは言うまでも無い。
漫画や小説、夢物語の、そんな空想的、構想的な幻想世界では無いのだ。
多分、並行世界では知れ渡っているのだろう。
『取敢えず、今は学校に行くのが最優先事項だ』
学校に着いて早々、神は鞄を3―A教室の自分の机に置くと、屋上に向かった。
遅刻では無い。
遅刻なら、鞄ごと、屋上へ向かう筈だ、そうで無ければひとつ、彼女がただ単に早く着過ぎただけである。
よく向かうせいか、手慣れた手付きで屋上に出る扉の鍵を開けて開いた。
教室に向かえばじきに冷房の電源が入るだろう、しかし、神は独りきりで過ごす時間が多かったため、あまりクラスメイトに馴染めずに二年間を過ごしてきたのだ。
異世界に、それも“勇者”として“召喚”される前は神にとっての日常だった。
崩された過去の日常、それが日常になった現在。
「よいしょ」と腰を下し、大の字に寝そべり、両腕を後頭部に回して簡易枕を創り上げた。
東の空では朝日が昇っているというのに、銀色に染まる月が沈み切れずにいる。
緋色に染まる太陽よりパッとせずに、直ぐに消えてしまう月。
儚く拙い(それ)が昔の記憶をフラッシュバックで甦る。
そして一人勝手に黄昏れる。
――――嗚呼、あれは勇者になる前の自分なんだな、と。
ふと、扉が開く音がした。
(何なんだ、全く)
視線を音の主に向ける。
黒い髪の、およそ絵に描いた様な美少女と思われる生徒だ。
絵に描いた様な女子生徒に嫌気が差したため、視線を沈むのを拒む月に戻し、だんまりを決めた。
「貴方は、何を見ているのかしら?」
艶のある、甘ったるい高い声で、誘うかのように尋ねてきた。
「…………………………………………」
しかし、神の関心は白銀の月にある。
眩し過ぎる太陽に目を反らし、程良い光で人々を導く月。
この世界に帰還を果たしてから、神はこの先の未来の己について考える様になった。
此処まで自分自身、太陽と同等の存在なのにそれから逃げて、ただひたすらに光から避け続け、暗がりの隅っこを求めて来た。
この世界で、恐らく化物並の力を使用する事が出来るのは自分だけ、その力が露見した時、一体どうなってしまうのだろう、と。
「隣、いいかしら?」
「……勝手にしろ」
不貞腐れ、ぶっきらぼうに応える。
「月、奇麗ね」
「……ああ」
「知ってる?外国には月の神が中心の神話があるの」
「メソポタミアだろ?」
感情の込もっていない、冷たい口調で突き放す様に応えた。
「シン。シュメール語でナンナで。嵐の神エンリルの息子で、太陽神シャマシュの父。暦を司る事から農耕神としての側面を持つ神で同時に運命神としての役割も担う」
「あら、詳しいのね」
「少なくとも、一年坊に言われたか無いさ」
女子生徒の眼が一瞬見開く。
あくまで表情を崩さないので解り辛いが、瞳孔が開いたのを見逃さなかった。
「何故、私が一年生と?」
神はすっくと立ちあがる。
――――面倒だ。
教室に戻るには早すぎるが致し方ない。
ぱきぱきと身体の節々から響いてくる。
――――彼女を相手にするよりは幾分かマシだ。
扉を開き、去り際に振り向かずに、一言。
「お前の“胸”に聞いてみろ」
キキキィィィ、クオン、ぱった、と扉が閉まった。
放課後、今朝方に出会ったあの女子生徒につるまれる前に退散しよう。
『朝は惜しい事をしたな』
『煩っせ』
一応、神は女である事を除いても容姿は絵に描いた美男子である事に変わりは無い。
自覚はある。
一般に認知されている女子としては絶望的だろう。
何しろ平坦で凹凸は少ない、ボン・キュ・ボンな体型の人間は「ふふん♪」と付け上がるだけだろう。
しかし、男子として見れば、これ程の逸材は無い。
それ程彼女が特異なのだ。
ジェンダー社会が根付いてしまっているこの世界で、彼女の事を「性同一性障害」と口々に言うだろう。
『けど、何だ。世の中数多の女って奴ァ、ホント見る目が無ぇ』
『んだよ、唐突に』
す…っと、教室の窓を開けた。
ここは二階、運の良い事に真下には校舎に入る玄関口の屋根が。
何処の高校も、校舎に上がるのに上履きに履き替えない。
だからこそ決行する。
手摺に手を掛け……勢い良く跳躍、手摺に着地し、その勢いで再び跳躍した。
すとん、と平然と屋根へ降り立ち、二、三歩助走を付け、今度は足裏へ魔力を溜め、それを放出、跳躍した。
魔力をブースター代わりにした事で更に勢い強め、門を飛び越え地面へと着地した。
にも拘らず、周りは唖然としていない。
目の前でいきなり超人的な行動をいち生徒が行った、なのに気に止めないのは、既に人気が無かった事と、既に日が沈んでいたためである。
いや、日が沈み、人気が無くなるのを見計らった、計画的行動である。
それなら“転移”した方が良い、と言ってやりたい所だが、それでは思いっきり怪しんでくださいと言っている様な物で、癪に障るという事で子の様な行動に出たのだ。
直ぐに宵闇に紛れ、家へと帰ろうとした矢先……足が動かなくなった。
――――いや、光り輝く魔方陣に足を絡められたと言った方が良いだろう。
(おいおい、マジかよ)
ずぶり、ずぶずぶと沈んでいく神の体、振り解こうと躍起になるが、更に魔力でできた触手に絡まれてしまった。
『諦めろ』
「覚えてろよ、ライドぉぉぉぉぉ!!」
魔方陣に沈み切った時、そこには宵闇に紛れて、ちょんちょんと移動するコオロギが一匹いるだけだった。
こつこつ、こつこつ。
「……ん」
こつこつ、こつこつ。
「……うー…んん」
こつこつ……べしん!
「――――ってぇ――――――――!?」
額をノックされ、トドメに手刀を喰らわされ、強制的に眠りから覚醒する。
「ライド、この野郎っ…何しゃーがる」
「しゃーねーだろ?」
痛みに額を押さえ、然も忌々しそうに近未来的なスーツを装着している青年を睨みつけた。
この青年、名をライド・ゲッツナー。
アルファベットで“Ride=getsoner”と表記する。
Ride・get・onの単純な単語を単純に並べた、意味不明且つ、安直な名前だ。
一見、バラバラな単語だが、組み合わせる事によりいかに安直か解る。
Get ride
Ride on
Get on
因みに神が召喚された先の初代にして、最強の勇者だ。
しかし、彼女が召喚されてから実に約二百の歳月が経っている。
では、何故、彼は神の前に立っていられるのか。
「無意識の内に、“英雄の守護陣”が発動してたのが幸いしたな」
“英雄の守護陣”
勇者として異世界に召喚される際、世界と言うコンピューターのホストサーバから添付されるアプリケーションプログラムの様な物で、一種の守護者みたいなものだ。
世界が自ら定めた過去の英雄の魂を、一旦、輪廻に還さず、刻み付け、それに防衛プログラムを付け加えたプログラムデータだ。
召喚者が定めた距離を行動範囲とし、判断はほぼデータ自身が決める事ができる。
ややこしいが、つまり、戦女神が自らの“英雄の守護陣”を発動させているからこそ、勇者ライドは生身の体で、地に足を着ける事が出来ている状態なのである。
神は辺りを見回す。
暗がりであまり見えないが手の感触から、納屋の様な木でできた部屋だと、何と無く理解する事が出来た。
目に魔力を流し込み、それを循環させて強化を図る。
と、さっきより視界が晴れ、はっきりそこが物置小屋だという事が解った。
そして恨めしく悪態を吐いた。
「最悪だ」そこに、今朝の女性が神の目の前に現れ、立っていた。
「流石、あの世界の住人にしては魔力の扱いが上手ね、さぞオカルトに精通していたのかしら。ねぇ…………勇「帰れ、フラグ建設女!」……連れないのね」
嫌味な表情で謎の美少女を睨みつけながら、すぐさま腰を低く構え、逃げる体制を取る。
「……三十六計」
「逃げるに……」
「「――――如かず!!」」
神とライド、共に、右掌に純粋で高濃度・高密度の魔力の塊を集中的に練り、収束・凝縮させ、謎の美少女に向かって投げつけた。
しかし、簡単に避けられてしまった。
が、狙いは其処では無い。
魔力の塊は、木製の壁にぶつかり、雷が落ちた様な轟音を響かせ煙を吐いた。
「ふふ……残念、無駄よ?この部屋は最上級の魔法でも破壊できない結界で強化されているの。だからそんな魔力の塊如きで突破しよう等と……えっ嘘ぉ!?」
それまで大胆不敵な笑みを浮かべていた表情が嘘の様に崩れ驚愕の顔に歪んだ。
開いた口が塞がらないとはこういう事なのだろう、だが気付いた時にはもう遅い。
二人は既に、ただの魔力の塊によってできた大穴の向こう側へと逃走し、消えてしまっていた。
「うーん……どうしよう。人選、間違えちゃったかしら?」
見事に出し抜かれてしまった。
少女は腰が抜けたのか、ぺたりと腰を地に着け、頭を抱えながら、眺める大穴の向こうに向かって「はぁ…」と溜息を吐いた。