ホワイトランド
実話ではないですが、フィクションでもないです。なんか共感出来なさそうな皮肉っぽい主人公ですが、飽きずに見てくれたら嬉しいです。感想を頂けたらもっと嬉しいです。
あの白い箱の中に入ってた、カスタードクリームパイはまだ残ってる?
何故か俺はそれを好きでも嫌いでもないのに、今はとても愛しく感じる。
折角、両親が買ってきてくれたから食べたいんだけど。
シーツの染みも、温かい毛布も、握っては伸ばして一人っきり。
空気が吸いにくくて、吐きにくい。換気はそんなに悪くない。
目眩とか動悸とかは麻痺するもんだってやっと分かった。身体がリズミカルに引き攣ってる。
点滴が奏でるミルククラウンの音は、聴こえなくて、聞こえない。
やってらんねぇ、って感覚が強い。指先の皺が二重に見えるほど、視界がぼやけてるんだけど、どうしたらいい?
多分、もう少しって意味なんだろうか。
もう少しで……、もう少しで俺は死んでしまうんかな。
ベッドで寝て、天井の蛍光灯が、ジー……って鳴いている。『今まで』の人生を振り返るフィルムの音みたい。
俺は『今まで』を思い出してみる。
正直、そんなに良い人生じゃなかったな。
中1の時に、体育の授業でキーパーなんかしちゃって。ボールを捕まえにダイブしたら、ポストを計算してなかった。骨折。
中2の時に、好きな女の子から恋愛相談された。なんか、野球部のキャプテンが好きらしい。
中3の時に、受験ムード……は味わってないな。公立なんて簡単に受かったし。
修学旅行も、文化祭も、何一つとして、思い出がねぇよ。参加したっけな?
体育祭は覚えてる。
なんか、馬鹿みたいに綱引きとかして、馬鹿みたいにリレーの二番手をやって。
それで、賢そうな眼鏡小僧みたいに、貧血でぶっ倒れたんだっけな。覚えてるよ。
あの時は、学校に大規模な地震が起きたかと思った。小学生の頃は、地震が来ると妙にはしゃいだりしたのに、そんな感じじゃなかった。
膝が無くなったと思って、そしたら膝が地面に落ちていて。
バタッ、て音がしたと思ったらいつの間にか倒れていた。
何分後か、何時間後か。
もしかして、何日も、何週間も、経っていたのかも。
流石に何年、ってことは無かったけど。
「先生、ウチの息子の病名は何ですか!」
そんなことを両親は言ってたかもしれない。俺は寝かされて、微妙に聞こえなかったから。
母親は泣いていた。父親はどうか知らないけど、必死に何かを堪えてた。
ただの貧血じゃねぇの?って疑問と、バクンバクンと心臓が高鳴って、気持ち悪かった。
だから、俺が白血病だって聞かされた時は、流石にテンション落ちた。
白血病?
何だよ、それ。
“腫瘍化した白血球が変形し、無数に増えて、ガンみたいになってる”
は?うるせぇよ、って感じ。
なんか治らないらしい。 医術の進歩ってそんなものかよ、って突っ込む以前の問題で、もう取り返しがつかない状態になってるんだって。
どうしていいのか、よく分からなかった。
だって、悲劇でもなんでもないよ、これは。
付き合ってる彼女なんていないから、悲しい別れもない。
実は、反抗期だったから、家族との折り合いもついてない。
やりたいこと、夢、そんなものないから、挫折もしてない。
とりあえず、流れ流れ生きてきたから、何のドラマもない。
淋しい、って思われるかもしれないけど、普通はそうじゃないのかな?
かっこよくもない男が、人生を語ろうなんて出来っこない。
違うか?
世界の中心で愛を叫べない。
今、会いにゆけない。
瞳をとじても、誰も思い浮かべられない。
花びらのように散りゆく中では、奇跡が起きなかった。
だから、筋違いだと思う。俺じゃなくて、もっとそういうのが似合う奴の方が良いんじゃないか?
外を見ると、桜が綺麗だ。
窓にくっついたり、虹みたいにアーチを描いたり、凄くかっこいい。
ギア1、ギア2、ギア3。
誤作動以前に泣きそうで、ちょっと辛い。
蛍光灯が瞼の裏を照らして、睫毛がくっきりと見える。
眠ってしまえば、このまま、全て消えてしまうかもしれない。
俺は何も知らなかった。
白血病どころか、白血球、赤血球、ヘモグロビンなどの物質ですら。
少し、自分で調べてみたら、『フィラデルフィア』みたいな単語が出てきて、面倒になり、諦めてしまった。
医者がダメだっていうからダメなんだろう。
もうダメ、手遅れ。
それしか分からなくい。
あとは、勝手な想像と、勝手な感性と、勝手な述懐と、勝手な盲信。
阿保らしい意見だけど、単純に勘違いしていたことがある。
(白血病って血が白くなるんじゃないの?)って。
いや、俺以外でもそんなこと思ってるやつはいるんじゃないかな?
俺は頭が悪いから、そう思ってたんだけど。
試しに手首を切ってみた。
すると、立派に赤く染まっていった。
血が床に落ちていって、俺の周りに赤い斑点が出来て。
何だ、白くねぇじゃん、って安堵感と、急にブラックアウトする脳内の気絶信号。
頭が真っ白になった。 ブラックアウトじゃなくホワイトアウト?
白血病の白ってこういうこと?
長い気絶から覚めたら、母親が目茶苦茶に泣いていた。
父親は目が血走って、何を話していいか分からないって顔をしていた。
俺に対して、謝ったり、叱ったり、随分と忙しそうだった。
あぁ……俺は自殺しようとしたんだ。
そこで初めて気付いた。
俺は死にたかったのか?
いや、違う。そうじゃない。
今でも寝るのが怖い。寝ると、そのまま死んでしまいそうで。
早く死にたかったのか?
思い残すことなんてないし、ゆっくりと余生を過ごせばよかったのに?
俺は今まで、何してきたんだろうな。
中1の時に、頑張って、ハットトリックでも決めればよかった。ファンタジスタを気取って、ドリブルで抜け出したりして。
中2の時に、駄目元で告ってればよかった。もしかして、あの時の恋愛相談は俺の気を惹くための作戦だったのかも。
中3の時に、御三家かなんか目指せばよかった。ノーベル賞でもピューリッツァ賞でも、至上最年少で取ってみせたかった。
修学旅行は海外へ。
文化祭では、詩吟でもやってみようか。
体育祭は……そんなもの、休めばよかったな。
禿げた頭にグサグサと突き刺さる、後悔の光線。
たまに目眩がして、世界がまた白くなる。
俺は何のために生きていたんだろうか。
俺の後ろにある道程は、何にも残ってなかったのか。
俺は死んでしまう。
あのブラックアウトで、身体が白く染まっていって、土に還ってさよならバイバイ。
何だかな。
後悔だらけ。
多分、狂ってたんだよ。あの体育祭の日まで。
何もしてこないで、いつか腐るのを待っていたんだろうな。
脳内から産まれた、“何かしたい”って衝動を無視してたんだろうな。
俺が本当に生きていたのは、三分前ぐらいからだったんだろう。
あぁ、俺は少しだけでも生きていたんだな。
“産まれてこれただけでも、人生に感謝しなさい”って、学校の先生が言ってた。
うん、よかった。
このまま『俺』が白く染まっていって、大地に還ったとしても、俺には生きていた時間がある。
後悔出来てよかった。
生きていてよかった。
これは俺の命だったんだ。
あぁ、でも。
カスタードクリームパイは最後に食べたかったな。
まだあるかな?
あの白い箱に入っているやつ。
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