愛し方 第3話 (店)
夜、店に出ると、中川さんが直ぐに話し掛けてきた。
昨夜、大丈夫だったか聞いてきた。
「ひどい! あの人に預けるなんて」オオバーに言うと、ビックリして、
「どうしたん!何かあったん!」
「夜中に、ご飯を作れって言うは、朝まで話に付き合わされるは、大変やってんから。寝不足よ、ホラ見て!」顔を上げて、目のところを指差した。
嘘ばっかりついてやった。あのまま背負って、サッサと行ってくれてたら、こんなに頭の中が弾けそうな事に成らなかったのに。
もしかして、時チャンは遠回しに「自分の事は諦めろ」って言うとんのやろか、
イヤ!そういう事では無かった。
そやけどなんで?
一緒に居たいから結婚したいと望んではいかんの?
子供は要らないって言っているのに。
闇の部分って何やろ?
アア頭が痛い! 二日酔いで痛いのか、考えすぎで痛いのか、分から無く成って来た。
其れから何日か経って、もう後1時間で、今週の仕事はお終いと言う時に、中川さんが私の側に来て、私と同じ様に、店のホールに向いて立ち並び、私の顔を見ないで、
「仕事終わってから、付き合って欲しいねんけど」突然の言葉に横を見上げると、彼は無表情で前を見ていた。
サボって無駄話をしていると、誤解され無い様に無表情で、話しているんだと思い、私も前を向いて無表情で、「怖いですね」と言ってみた。
何か有ったのだろうか?
凄く気になって聞きたかったが、仕事中の為周りを気にしながら、
「何処で待ってたらいい?」前を向いたまま聞くと、
「店を出た東角、僕も8時で終わりやから」さっきの緊張した話し方とは違い、彼のいつもの話し方にもどっていた。
「分かりました。私だけですか?」ちょっと不安で聞いてみた。
「そう、吉田は今日は遅いから。でも知ってるから、後で来るかもしれんけど。それじゃ後で」
店の前からタクシーに乗り、中川さんは何も言わないので、私も黙って乗っていたが、走ってる方向でなんか嫌な予感がした。
中川さんは何か緊張している様で、その緊張が伝わって話が弾まず、タクシーは中川さんの言うとおり走り、止った。
見事に予感は的中して、時チャンの店の前に来ていた。
店には、時チャンに凄く叱られたけど、どんな店か見たくて1回来た事がある。正確に言うと、この前酔い潰れた時を入れると2回だが、この前のは記憶にほとんど無いので、1度来ただけと言う方が正しい。
前に来た時は昼間だったので、今見ているような、明るいガラス戸では無かった。
電飾が綺麗で、品が有り、ドアを開けると楽しいことがある様な、そんな店の玄関に成っていた。
中川さんがドアを開けようとしているが、ドアの向こうに時チャンの世界がある。
私を見たらきっと怒る、いやビックリして、怒って無視される。
やっと一緒にやって行こうと言う事に成ったのに。
この人に私達の事を話しても、理解出来ないだろうし。
強引に、少し開いたドアを両手で閉め、
「私帰ります。ここに入りたくないんです」パニクってるせいか敬語が出た。
「この前ここで、ただ酒飲んだから、そのお返しをせんと気がすまへんねん。優ちゃんの知り合いやったら余計や、僕一人やったら、よう入らんから優ちゃんに来てもうてんけど。頼むは、一緒に入って」
中川さんの影に隠れて入っていった。
入ると店の中を見ないで、ボーイさんと斜め下だけを見て席に着いた。
中川さんと向かい合わせに座り、横に元男だとはとても思えない、綺麗な女性が二人来てくれた。
飲み物を注文する時に、後頭部に痛い視線を感じ、後ろを振り向かなくても時チャンと分かっていた。
目に見えない時チャン光線は、怒っていた。
私はもう開き直って堂々と遊んでやれと思い、ウィスキーをロックで飲み、私の左に座っている女性と話も弾み出し、その頃になると時チャン光線も感じ無くなり、店も忙しくなってきた様だった。
私と話している人は、名前を「水城」と言うそうだ、そのミズキさんの頬っぺたと下唇がふっくらしていて、触ってみたくなって「ちょっと、触ってみてもいい?」と聞いてみた。
中川さんは驚いていたが、「女の人やからいいよ、はい!どうぞ」とミズキさんは、胸を突き出してきた。
「ごめんなさい。胸と違うのよ」笑いながら言うと、
中川さんとミズキさんの声で「エー、違うの?」
ミズキさんの声が完全に男の声に成っていたので、又、笑ってしまい、もう一度お願いをして頬っぺたと唇に触れる事になった。
頬と唇をそっと触っていると、
「何してんの?」吉田さんが来た。
事情を話すと「僕のも触ってみて」と言いながら、私の横に座ると私の飲んでいたグラスを空け、
みずきさん達に「この前は有難う御座いました」とお礼を言っていた。
一番私がお世話になったのに、まだお礼も言っていなかった。
言おうとしたその時、ミズキさん達が「ちょっと、失礼します」と言って、会釈をして席を立って行った。
他の席でも、店の人達が席を離れて行きだした。
きっと、ショウが始まる。不安で逃げ出したくなる気持ちを抑えて、迷子になった子供の様に、店の中を見回し、時チャンを探した。
カウンターの傍で、私を見ている時チャンの目に会い、そっと席を立ち、向かった。
時チャンは、何も言わず鍵だけを私に渡してホールへ行った。
店の時チャンの部屋けん事務所に入ると、店からダンス音楽が聞こえて来た。
テーブルの上にお弁当が有り、その上に紙が貼ってあった。
「優へ、お茶が入っています、お前が飲む頃、猫舌のお前に飲み易くなっていると思う。しっかり食べろ!」私が、食べていないのを知っていて、用意をしてくれた、そして、この部屋に私が何時来るのか分かっている時チャンに、それと、時チャンの女の部分を認めたくなくて、私がショウを見れ無い事を知っている時チャンに、感謝と刹那さで、涙が落ち、また落ちる。
お弁当を口の中へ押し込んでは、お茶で、流し込む事をしていると、ステージ衣装のタキシード姿でミズキさんが入ってきた、
「あっ、御免なさい。手袋を取りに来たら電気が点いて・・いたので・気になって、大丈夫?」
横に座り私を見て、そっと「可愛そうに・・・」と低い声で言い、私がどんな気持ちで今居るのか、この人は何となく分かっている。
止まっていた涙が溢れ出して来て、止め様と手で拭いても流れ出てくる。
「止まるお呪いをして上げようか?」又、優しい声で言た。
するとミズキさんの顔が段々近づいてくる。
これってど言う事?エッ! もう直ぐ鼻と鼻が引っ付くけど、これ御呪い?
頭の中が真っ白に成った時に、「ミズキ!」鋭い声がした。時チャンじゃないみたいな声が。
ミズキさんは、ニコッと笑うと顔を離し「じゃーね」と言って出て行った。
ミズキさんと同じタキシードで宝塚のスターの様な時チャンが立っていた。
これって、女装?、男装? 考え始めたとたん。
「一人で居るんやから、鍵せんとあかんやろ!」怒っている。
アッ!そや、今何やったんやろう?
「時チャン今の何?何やったん? やっぱり御呪い?」
「何やったて?お前に、チュ−しょうと、しとったんやろ!」
「エー? エッ御呪い違うの?」
「アホ!・・・御呪いて何や?」
「さあ、知らん」泣いてたなんて言われへん。
「そやけど、ミズキさんがそんな事するとは、思われへんは」女に成ってるのに。
「もうええわ、帰ろう!」私の為に仕事を早く終えるのだろうか。
「時チャン、私だったら中川さん達と帰るから良いよ」 ウッワー、後姿でも怒ってるのが分かる。
「さっきみたいな、能天気な事が有って、ええか、ようく聞いて下さいよ。私が、余り良く知らない、それも酔っている男二人と一緒に、貴方様を帰すわけには行かないでしょう。如何ですか、分かりましたでしょうか」
怖い時チャンをちょっと、いじくって見たくなり、泣かされてる仕返しをする様な気持ちで、
「時チャン気が付いてないと思うけど、スゴーイ、変な敬語に成ってるよ」
言ってやりました。
振り向いて「なあ、俺の部屋・ 今 ・凄い ・汚いねん、お前の部屋に今日泊まるで。ええやろ!さぁ、帰ろ!」と言われてしまいました。
私は負けても嬉しいです。
店に居る二人に挨拶をしに行くと、中川さんはすっかり鼻の下が伸びて上機嫌、吉田さんは酔っ払って、私と一緒に帰ると行って、きかないのを、時チャンが引き離して、それでやっと私と時チャンは、店を出る事が出来ました。
吉田さんを引き離すとき、傍に居たミズキさんの足を時チャンがほんの一瞬ですが、ミズキさんの顔を見ながら、蹴るのを見てしまいました。
私の知らない時チャンを、幾つか見てしまい、店に行く事がもう無いように願いたです。
「時チャンたら、チュ−やて−」車の中で、冷かしながら笑い転げていた。
始めは笑っている私を無視して、運転をしていたが、
「もう、ええって!」と言いながらニヤニヤしている。その顔は大きな立派な大人だ。