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愛し方  作者: 越華
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愛し方  第1話 (となり)

深夜隣の住人が帰って来ました。

鍵を開ける音、ドアを最後まで持って閉めないから、「ドーン」という音が響く。

この音達がするのが、午前2時過ぎ。

それから数を5まで数えると壁を叩く音。

叩く音も「コン・コン」2度続けて、1回たたくパターン・続けて2回たたくパターン・3回たたくパターンそれぞれ意味がある。

「コン・コン」3回鳴ったら私はベッドから急いで出て、冷蔵庫に用意してある冷えたおしぼり2本と、冷えた水を持ち下駄箱の上のトレーの中から、キーを手に取りながら、ツッカケを履き、大急ぎで外に出てドアに鍵をかけ隣の「コン・コン」の部屋へなだれ込む。

風呂場へ行き、洗面器を持ち出し、ナイロンの袋を入れ開き、壁側のベッドで苦しんでいる女の顔をナイロンの袋に近づけ、洗面器を持たせると首におしぼりをのせてやる。

吐いたときは水で口を濯がせ。

後は服を脱がし、寝巻きを着せ、布団をかぶせて、そっと鍵をかけて帰る。

部屋に帰ると眠気も覚めてしまって、もう1度寝るのに苦しむ。

3回の時は、殆ど意識が無く私独り用事をして、終えることが出来るので楽。

2回の時には、泥酔ではなく、酔っているとゆうぐらいで意識は有り、口はきける。

しかし、正気と夢うつつの状態の為服を脱がせ、寝巻きに着せ替え、それからである、顔のマッサージをしなければならない。

もちろん化粧を落としてあげた後だから、時間がかかる。

1回の時は何もしない。

しないがその他がある、話し相手だ。

これは彼女の仕事の休みの前日が多い、一番私がなごむ時であり、幸せな時でもある。

彼女は、身長174センチ、体重は量らない、その辺のモデルなみの顔をしている。

一緒に歩くと目立つので並んで歩かない。

秋の涼やかな気持ち良い今宵は、3回壁を叩かれた。

「今日は、イヤ!」と声をあげたが部屋の中は私独り、誰かが代わりに行ってくれるはづもなく、体を起こした。

寝巻きを着せ終わった頃、寝ている彼女の目から涙が、こめかみを伝って流れ落ちていた、綺麗だと思うのと切なく、悲しく、かさぶたの心の傷から血が滲んできた。

「これで、何回目やろう」両目をいとおしく拭く。

前にしつこく喧嘩越しに聞いた事が有り、話を聞く事で、相手をよけい傷つけてしまった事があった。

その時の彼は抑揚の無い、感情の無い言葉で話してくれた。

店の客に、店の子が侮辱され、挙句の果てに土下座して事を収めたと言う。

私は、土下座、という事に衝撃を受け、私はそうして得たお金で暮らしている。

一人部屋で泣いた。

そんな私は傍で何も出来ないから、せめて呼ばれた時は出来るだけ速く行く事が、私の出来るこだと思ってしている。

でも、時々苦しくなる。

「おやすみ」 と言って布団を掛けようとしたら、ゆっくりと目が開いた。

「お帰り! お水いる?」と聞くと、返事の変わりに右側に体をずらし、ベッドの壁側を空けた。

「寝巻きが無いから」と答えると、上を向いたまま、ベッドの下の引き出しから、丈の長いティシャツを差し出た。

薄い黄色、肌の色が何と無く見えそうな色だ。

おでこの辺りに感触を感じて目が覚め、「ハー、やっぱりだ」今の状態が頭に浮かぶ。

彼女から彼に変わって、私の横で寝ている。

彼の左腕で腕枕、私の背中に彼の右腕、おでこの上は綺麗な顎が。

完全に抱き寄せられた状態で寝ていた。

目を閉じて反対側に寝返りを打つと、右手がみぞおち辺りに来て、グッと引き寄せられた。

目を開けないでいたら、「た・ぬ・き」と耳元で囁かれ、それでもジッとしていると、背中が温かく成りだんだんと意識が遠のいて、寝てしまった。

耳元で「コーヒー飲む?」と言う優しい声に、とっさに反応して「うん」と言ったが、また眠ってしまった。

目が開くと、枕にうつぶせで寝ていた。

ベッド横にあるイスの背に水色のブラジャーが、掛けてあるのが見えた。

(ウソヤロ―!)「ブラジャーをして寝ると、健康に悪い!」と言って、服を脱がさずに腕の所から、引っ張り出して取ってしまう。前にもやられた。

「あー・・・、もう!」と言いながら隣の枕の下に顔を突っ込むと、愛しい人の匂いがした。

枕が少し上がり、笑った目が覗き込んで、

「朝飯にしよう」

「わかった!」起きたいが起きると、胸の形が判ってしまう。

顔だけ出すと、彼が足元に座ってコーヒーを飲んでいた。

「何してんの?」(何でそこにいてるわけ?)

「人が寝てるのを見てると、安らかな気持ちになるな。昔、誰かさんのを3時間ぐらい、見っとたときがあったけど。寝相が元気で、なかなかのもんやったナ−」

「誰の・・・えっ! いつ、そんな事が有たっん?。」(ホンナわけないは、絶対に)

「俺が受験勉強してる時。 家より落ち着くんで、お前の部屋よう借りとったやろ?」(なんか口元が笑った。なんか知らない事がある。なんやろ、なんなんよ!)頭の中が無駄にくるくる動いた。

「それは、私が学校へ行って、居ないときでしょう。・・・エッ! 待って、さっき3時間て言ったよね。」

疑問だけが口を突いて出てくる。混乱した。

「それって夜? イヤ夜とかは無いよね?」

「うそ!あったんだ」親は何しとったん。何を考えてんねんな。

彼は、私の言う事に一々頭を縦に振って、知っている者の余裕を漂わせて答えている。

「クラブ活動で疲れ切っとたのか、8時ごろに行った時も寝てた。夏はクーラーが利いてはかどった。覚えてへんか?・・・ブラウスに、アイロンがかかってたり、冬の制服にハーブの匂いがしてたり。あれみんな俺がしたんやで、脱いだ服をハンガーに掛けたのもナ。」

前は、私は寝ると少しぐらいの音では起きなかった。

「でもほとんどは母さんがしてたんでしょ?・・・冗談やろ?  本当は、何回かでしょう?・・アッ!」頭の中で弾ける音がした。

母さんは、私の部屋を掃除してくれた事など無かった。

ある時期数ヶ月だけは良くしてくれた、不思議だったけど嬉しかった。

机の上に時々おやつも有った。

「もう今日は、立ち上がれへん!絶対あかんわ」私の知らない所で何かがあったなんて。

「おばさん俺の事信用というか、お前を任せてくれてたんやな、だから勉強もお前の事も、ガンバッテ出来た。いつ来ようが、いつ帰ろうが勝手にさせてくれたし。でも、さすがにお前の下着は、させてくれへんかったな。 安心したやろ?」下を向いてニヤついている、まだ何かある。

「本当に?そのニヤつきはなに?」胸の形が判ろうがどうでもよくなって、ベッドに座って聞いていた。

「本間や、そこまでさせては申し訳ないて、叔母さん言うとった。」、この人には髪の毛が跳ねていようが、肌が見えようが関係ない、私その者を見てくれている。

可笑しくて声を出して笑ってしまった。

愛されている人間の豊かな笑い声だと、自分の笑い声を思った。

彼も微笑みながら立ち上がって、そばに来ると私にコップを持たせ、水色のセーターを脱いで掛けてくれた。

白いシャツが目にしみ、コップを渡そうとすると抱きしめられ、彼の体温が伝わって来た。

この後どうなるのかドキドキしたが、コップを持った手を首に回して、私も彼を抱いた。

彼の体がビクッ!としたが、心を乱してくれたお返しに、より強く抱いた。

「ごめん。」小さい声でやっぱり言った。

ムカツクからさっきよりもっと強く抱いてやった。

「ふぅ・・・意地になってへんか? 苦しい、参りました!」手を離してやった。

「フン!よわっちいの」私の心は冷えて固まった。

「あんなに強く、抱きしめられるんやから、これから強く抱きしめても大丈夫やな。」

「エッ!どう言う事?」二人で冗談のような会話で、心を隠しあう。

心のジェットコースタ。

彼は愛してくれているけど、これ以上は絶対に前へ進めない。

週刊誌で見たけど女装する男の人に、付いている女の人を『おこげ』というそうだ。

彼には聞かせたくない言葉だ、笑いにする様な者ではないとキット落ち込むと思う。

私がベッドを直し、コーヒーを飲み干して振り向くと。

彼は私の存在を忘れている様に寝巻きに着替えて、今綺麗にしたベッドに、平気で入って寝ようとしている。

彼の夕方の出勤時間まで、話をしていたいのに。

「モウ!・・・帰ろう!」服を抱えて、隣との境目の板を外した、ベランダのほうへ帰ろうとしたら、せつなく、どこかおどけた声で、

「今日は、独りで居たくないナ」その声を聞くと、すぐに服をイスに置き、弱い私は目覚まし時計を手にとって、

「何時?」と聞くと、

「4時間ある」時計をセットして、ベッドの壁側に入り、彼の手を握り目をつぶって、寝る用意に入った。

「神様、私は、又、負けてしまいました」彼の押し殺した笑い声で、私も笑みを浮かべながら、何か話そうと考えていたが、1分もしない間に眠くなり、彼が腕枕をしようと動いているのは判るが、目を開けられない。

脳が寝てしまっているので、抱き寄せられている事も、何か遠くで起こっているように思え、意識は遠のいていった。

意識が遠のく前に、ハッキリしないが、おでこ・鼻・くちびると順番に温かいものが、触れていったような感触がしたが、起きた時は寝る前よりも、もっとリアルな感じで蘇た。

あれは唇か? 私の思い違いなのか、でも感触が確かにあった。

そうだったらどんなに嬉しいか。

彼が、女から少しづつでも、男に移っていってくれれば、心配している人達がどんなに喜ぶ事か。

いつも男ではない、それは、彼にとっては苦しみで、両方の心を持ったまま、生活をするのがどいう事か、私には悔しいけど良く解らない。

その事で、二人の将来を楽しみにしていた、親達も悩み苦しんだ。

彼が車ごと海へダイブをした時、私は、自分しか彼を救う事が出来ないなんて、酷い錯覚をして、両親に心配をかけ、彼の両親に、辛い希望を持たせた。

何よりも彼を無視して、自分の感情で彼に付きまとい、いつも一緒にいようとした。

周りから二人が付き合っているように、彼がノーマルに見えるようにした。

そして、彼にはこの事が、どれほど辛いことか、彼にいわれるまで気が付かなかった。

彼に、離れるように言われたが、彼が私の顔を見るのが嫌になるまでと、言う条件で許してもらった。

このマンションに越して来る頃には、二人の、周りの人には分からない、世界が出来ていた。

彼が店で働くために、親元から離れることを聞いて、「私を置いていくんだったら、それでも良い。

私も家を出る。誰も知らない東京へ行って、いい加減な生き方をして、自分の人生を壊す。」

と、本気で脅した。

引っ越す前に幼馴染の両家の親を集めて、親達に彼が「偏見は自分が受けるから、そして、結婚を望むなら結婚をします、子供が欲しいのなら作ります。ですから、彼女を僕の傍に置かせてくだい。」泣きながら、いつ家出するか判らない私を、押し止めるように親達の了解を取った。

午後3時、目覚ましが鳴る前に時計を止め、これから変わって行く彼の顔に、お別れをする様にながめ、お互いの体温で温まったベッドを抜け出して、彼を起こす。

起きた瞬間から、夜のプロの女の顔に成る。

もう私の存在はこの部屋からは、無くなっている。

私が居てはいけない空間。

シャワーを浴びている間にそっと帰る。

部屋に帰ると自分の気持ちを消す為に、ベッドに飛び込む。

隣では別の時間が流れている。

私の存在しない時間。

前は、気持は落ち着いているのに、たまに涙だけが流れる時があった。

電話が鳴り「行くよ!」の声。

「いってらしゃい!」声は明るく出るが、言葉に心が付いて行かない。

彼女の働きで生活をし、彼の愛で生きている。

時々私の人生は、私という人間はどうなって行くのか、不安でじっとしていられなくなる。

彼にとって良き人が、見つかり幸せになってくれれば、私も人生を生きていける。

でも、彼の存在を消すことが出来ず、私の愛は湖の底に沈んでいる。

2人きりの生活でいろんな思いが、重く耐えられ無くなり、私だけの時間を持ちたくて、昼間働きたいと相談すると、一言「だめ!」夜カルチャーセンターに行きたいと言うと、危ないから「だめ!」辛かったけど部屋へ行かないで反抗し、五日目に折れてくれた。

カルチャーセンターは昼間行き、バイトは、条件としてカルチャーセンターのある週2日間のみで、夜7時までには帰るという事で許可が出た。

今では楽しくて、内緒でバイトの喫茶店へ週五日行っている。

店の休みと、彼の休みの日以外行っている。

時間は店の好意で、だいたい夜7時半ぐらいから11時半ぐらいまでとしてもらい、彼の完全に居ない時間帯にしてもらった。

バイト先は24時間開店している店で、彼の店とは逆方向。

遅く成ったときはタクシーで飛んで帰り、今の所バレてない。

少し怖いけどこの楽しさをやめたくない。

カルチャーセンターでは日本画を習っている、この頃面白くなってきて、これもまた楽しくて休んだことが無い。

終わった後皆でお茶をするのが楽しくて、彼の知らない世界を持つ事で、構ってくれない、彼への仕返しのような気持になるのはどうしてか、私、近頃反抗期の様だ。

今日も電話で見送った後、急いで用意をして店に行く。

店に出ると、勤め帰りの人達で半分の座席が埋まり、店に出ると背筋がシャンとする。

ここが私にとっての、世の中であり自分独りで生きる社会だ。

10時を過ぎた頃から客層が変わって、夜の仕事の人達で、一層店は活気ずく。

私の知らなかった世界と場所、その空間に居るとなんだかワクワクしてくる、華やかで現実的で、それなりのオオラを持っている人が沢山居て、体の中から何かが湧き出ている様に見える。

彼も外では、ここに居る人達の様に、オオラが出ているのだろう見て見たい気が何度もしたけど、綺麗な顔の彼女を見ると、劣等感で一杯に成ってしまうので怖くて行けない。

本当の理由は、彼女を認めたくないから認めると私の存在が無くなる。

今日は11時半を過ぎてしまい又、こんな日に限ってタクシーが捕まらない。

帰ったら12時を過ぎていた。

ベランダに行って隣を見てみると、真っ暗でほっとしたが寂しさが、また生まれた。

今夜は月夜。

カーテンを開け放して、コーヒーを飲みながら月見をしていると、何か香りが欲しくなって、アロマの5時間持つと言われた、青いロウソクを3本部屋のあちら、こちらと、点けておいてみた。

幻想的で香りに酔い、ほのかな灯りにひたると、(世の中すべての人が、幸せであれ)という気持ちになる。

白いお月様とお酒が飲みたくなり、コンビニに勇気を出して急いで行くことにした。

帰って来て、ベランダから隣を覗くと部屋は暗く、まだ帰ってきていなかった。

酒のあては、貝の缶詰、出し巻き卵、漬物セット。

心が開け放たれ幸せで寂しく酔った。

「この苦しみ、あなたは解りますか?」独り言を言って、ビンを空にし「親が見たらきっと泣くな」せつない独り言。

「一人で遠くへ行きたい、こんな暮らし嫌だ。よし!お給料もらったら旅に出よう。そうしよう。このまま床で寝るのもまた、いいもんだ。誰かさんの様に介抱してくれる人が居ないのも、かえって楽。私一人。」酔って真っ直ぐ歩けなかったけど、誰も入って来れない様にロック・チェーンをして、冷蔵庫のビール2缶を飲み干して、床に横になった。

子供でもなく、妻でもなく、友達でもなく、知り合いでもなく、単なるお隣さんでもなく、女の人を受入れられないから恋人でもない。

涙が耳から床に落ちていく。

「何を私は、ウジウジしているのだろう、今日の私は変!」

肩の痛みで目が覚め、痛みですぐに動けないのでじっとしていると、ベランダ越しの空が朝焼けで美しく、昨夜に続いて自然の美しさが今の曇っている私には有り難い。

カルチャーセンターの用意をして、ドキドキしながら電話を見ると、メッセージが入っていた「ただいま」不機嫌な声、録音時間は4時になっていた。

「私の事が心配じゃないの?返事が無ければ普通心配するよ。」独り言を言い、急いで見付からないうちに部屋を出た。

彼の部屋の前を通る時はドアが開くのではないかと怖かった。

バイトが終わって、家のゴミを捨てに行く途中廊下を歩いていると、綺麗な彼女が、無表情で通り過ぎて行った。

いつもドアが閉まる時に音がするのにドアが音も無く閉まった。

私は固まったままで後ろを見ることが出来ない。まだ11時過ぎ(何で今頃?それも完全にシラフで。 部屋に帰りたくない逃げよう!)

とにかくバイト先へ逃げた。

誰かの家に泊めてもらうつもりで行ったが、バイト先の親しい人達は帰った後で誰も居ない。

マスターと会ったので変な電話や、「不信な人が家のそばに居るので」と嘘を言って、ホテル代を借りようとしたが、明日まで帰らないので、自分の部屋を使うように言われ、断ればマスターを信用して無い様で、泊まらせてもらうことにした。

部屋はかたづいていて、綺麗に整理され[男の部屋]という感じがする。

ベッドのシーツを変えるように言われていたが、お世話になるのに新しいシーツを使うのは、申し訳なくそのまま使う事にした、枕はタオルをひいて、服のままベッドに入ったら、彼とは違う匂いがしている。

いい匂いだが化粧水が違うのか甘い匂いだ。

すぐに意識が遠のき遠くで声がしている。

マスターが朝帰ってきて困ると思い、チェーンはしなかった。

重い意識の中で、帰ってきたから起きようと思いつつ目が開かない。

声は二人のようで、「恋敵」「仕返し」「もったいない」と聞こえ、もう一人「いや、いい」この声は彼に似ている。

「おきて」声がして目を開けると彼が居た。

「なんで?」頭の中が寝起きのせいか、真っ白になって止まった。

マスターの顔を見ると「泊まって貰って良かったんやけど。お迎えが来てしもうたから」とニッコリ笑い。

その横の人は、事務的にマスターに

「お世話に成りました。行くぞ」と私の顔も見ないで言い、先に玄関の方へ行った。

マスターの方へお辞儀をして「どういう事か解らないけど、有難う御座いました。」

マスターも「ごめんね!」気の毒がり、

「いえ、それでは店で、それとシーツ変えないで寝ました、朝シーツを変えよおもって、私の匂いが付いてたら申し訳ないので、変えてください。」

「君の匂いのなかで寝るのも良いかもナ」

私が笑うと、マスターの顔が引きつっていた。

玄関に居る人が、怒った顔でこっちを見ているのが解った。

私は後ろに居る人をまったく無視して

「マスターの匂い好きです。とっても安らいでよく眠れました」マスターは苦笑いし、後ろに居る人に手を振った。

なんで?知り合いか?彼の表情がおかしい。

助手席に載るのが好きだったが、最近乗ることも無くなっていた。

外はまだ暗い、何時だろう新聞配達の人が走っていたから、3時は過ぎている。

夜明けまでは時間が有りそうだ、この前の様な朝焼けが出て欲しいな。

ずっと外を見ていたが、家に着くのに時間が掛かっているのに気がつき、周りの景色を見てみると、やっぱり違う一時間は走っている。

彼の横顔を見ると前より表情が穏やかに成って来た。

(私の反乱で、パニクッテんだろうな、心が痛いけど、でも私は謝らない絶対に。)

やっとマンションの前に着き、先に部屋へ行こうとドアを開けたら「車入れてくるから、そこで待っといて!」 ウッ!逃げれない。

穏かな朝だと言うのに、これから修羅場です。

大きく息を吸いゆっくり吐いた、2度した頃に戻って来て、前を歩いて行く。

私は、さっきの決意とは逆に後悔で一杯になり、何に対して後悔しているのか、彼に何を誤るのか、どう言ったら良いのか、解らなくなっていた。

エレベータに乗ると、薄っすらと良い匂いが私からしているのに気がつき、そっと襟を立て匂いをかぐ、マスターの匂いだった。

急いで上着のファスナーを閉め、襟を立てて、顎で蓋をする様に、上着の中へ顔をうずめた。

彼の部屋の前を通り抜けようとしたら

「お前の部屋に、頼むから他人の匂いを入れんどいて。」体が止まり。罪悪感が広まった。

部屋の中へ引きずり込まれると、真っ直ぐ風呂場へ連れて行かれ、とにかくその場を逃げたくて、

「着替えないし、着替えとって来る」

無表情ですかさず「俺が取ってくる。先にシャワーしとって」

「でも、どこにあるんか知らんやろ?」

「しってる!」大きな強い声で言い切られた。

(あっそ!あんたは、なんでもしってんねんな!)上から落ちてくるお湯の中で、無性に腹が立った。

シャンプーや石鹸は彼の匂いのする物、部屋に帰ったら洗い直すつもりで、彼のシャンプーや石鹸を、いつもよりたっぷり使い、出ると、下着とティシャツ・部屋着用のズボンが置いてあった。

「私の何が解っているのよ、私の心と、下着や服は一緒じゃない」つぶやき。

怒りが湧き大声でわめき出しそうになるのを、こぶしを強く握る事でこらえ、頭にバスタオルをかぶって、彼の座っているソファに座った。

差し出された水を飲み干すと、急に悲しくなって涙がポタポタと落ち(泣くな、泣くな)何度も自分に命令するのに涙は落ち、今までの悲しい、辛い、悔しい気持ちが止められない、閉じた口から泣き声は嗚咽となって出て(バスタオルをかぶってるから、見えないから)頭の隅でそう言っている自分がいた。

彼は動かずにじっとしていたが、次第にいろんな彼の悲しみが、わがままな私に伝わってくる。

洗面所で顔を洗って、髪をドライア−で乾かしていると、自分の居場所が何となく解って来た。

結論を出すのが怖いし、頭の中も整理されていない、寂しいからだけでは無い。

(お腹がすいた)「ああ!お腹がすいた、腹減った」オーバーに声を張り上げると。

ドアが開いて、「う・る・さ・い。野菜サンドやで・・」「紅茶ネ」お互い引きつった、笑顔の会話が交わされ、引きつった笑顔の中から、私の帰りを待ちながら、サンドを作る姿が浮かび出てきた。食べている時は、下を見たまま顔を上げないで急いで食べ、逃げるようにソファに向かった。

ソファで眠気を我慢していると、後片付けを済ませた彼が横に座った。

(イヨイヨやな)肩を抱き寄せられたので、頭を彼の肩に載せると落ち着き、素直に「ごめんなさい」が言える気がして来た。

しばらくの沈黙の後、彼の体が少し揺れ手で顔を拭いている、泣いている。

私も又涙が出てきた。(この人と、別れたほうがこの人の為に、成るんとちがうやろか?今まで勝手な思い込みで、この人の為と思っていたけど、自分の為やった離れたくないから。私の気持ちで、この人を振り回したらあかんナ)

「ごめん。心配や嫌な思いさせて。」素直にそれだけは言えた。

少し間が空いて彼は洗面所へ顔を洗いに行った。

(言い出すのは私から、今だったら私から言える、彼から言われてすがり付く様な事はしたくない)

「ごめん」横に座りながら言われた。

「何が?」判っている深い意味を持たない言葉だと言うことを、でもきっかけにした。

「話しせへん?」

「いいよ」いつもの優しい眼差し、心が揺れた。

「私達、少し離れてみいひん?」

「離れるゆうて、どうゆうこと?」

「お互い違う所で生活するゆうこと。」

「ぼくから、離れるゆうことか?」

「自分の生活の基盤がちゃんとあって、お互い時間があれば会うゆうこと」

「ほな、俺が時間が無いゆうたら、お前は会いにこうへんねんな、俺に会いたくても」揺れた。

「時間がないんやったら、仕方ないね」笑みを浮かべて顔を上げると、彼の顔色が変わっていた。

体全体から怒りが込み上げ、それを何とか抑えている。

「ごめん、ちょとシャワー浴びてくる」揺れた。

彼の下着と部屋着を出し、涙をこらえ風呂場の前で、

「着替えおいとくから」言い終わった瞬間、風呂場から手を引っ張られ、シャワーの中で抱きしめられた。

「本間に離れるんか、なあ! 俺もお前みたいに考えて、離れようと思た事があった。離れられへんかった、そやから海へ飛び込んだや。

男の時も、女の時もお前がいつも俺の中にいるんや。」良く解っていた、でも言わんとあかん。

「だから、離れるの!」今度はもっと彼を傷つける。

私も生きて行けなくなる。

(素肌にシーツや布団の肌触りが、こんなに気持ち良いなんて知らんかった。)

2度目の強引なシャワーで又、下着が要るようになって、ベッドに入って待っていたら、彼が、ベランダから私の下着を持ってユックリ歩いて来た。

「ピンクか、白か、迷うて、遅くなりました!」 喧嘩越しの笑いを浮かべて、丁寧に言う。

「10分も迷うか? 第一私が、はく下着やで何で迷うわけ!」 こっちも、ニッコリ笑い返す。

ベッドの足下に座り、背中を向け下着をよこさない。

「すいません下さい」 丁寧にお願いすると、下着を座っていた所に置いて、

「コーヒー入れよう!」台所のほうへ行ってしまった。

(この野郎、何にも着けてないのを知ってて、そう出るか!)

ベッドに潜り込み顔を出して見たら、あった下着が無く、ニッコリ笑ている彼がいた。

(何かされる)

とっさにシーツの端を掴み、布団が浮き、そのとたん反射的にシーツの上を転がった。

「オー!」 歓声をあげている。

「いいかげんにしてよね!」 本当に腹が立った。

ニヤ着いた顔で「復讐、苦しめたバツ!」

「もういい!」 シーツを巻いたまま部屋へ帰ろうと歩いたが、シーツがきつく巻きついた為に、歩きにくい(エーイ!)腹立ち紛れにシーツを取った。

「コラ−、止めて!」彼の叫び声がして、ベランダの戸に私の手が掛かる前に、私はシーツに包まれた。

「ごめん、もうせえへん、頼むわ」後ろから巻かれた手は、大きかったが、声は優しく、いつもの様に落ち着いていた。

心は大きく揺れた。

兄が来てくれた。

優しい「安ボン」が私の引越しの為に。

「安ボン」にとって、彼は男友達にうつるのか、どうなんだろうか、冷やかし半分に「そこのお似合いのお二人さん、チャラチャラせんと、速よ梱包しておくれ!」2人はまったく動じない。

ビール片手に、語らいながら梱包を続けていた。

後ろに気配がし振り向くと、兄が青いナイロンの袋を差し出して、

「こんな物まだもっとたんか。ほかすか?」外からでも中に白い布が入っているのが解る。

胃の底が緊張し、体全体に汗がにじみ出るような、感触と共に(どないしょ。見られたらどないしょ。)

「ほかしといて」いつもの様な調子で言ったつもりだが、2人の方へ顔を向ける事が出来ない。

カラカラの口にコーヒーを含み、飲み込もうとした時に、コーヒーが喉を通る音と、ナイロンの音が、同時に聞こえ反射的に顔を上げると、彼が青いナイロンの袋に手を入れていた。

「出したらあかん!」叫ぶ。(神様!)

「あかんて?ブラウスに血が付いてるやん。どないしたん? これ」袋からブラウスは出ていた。

兄はブラウスを見て私に「どうするのや?」「言うのか?」と目で聞いて来る、そうゆう兄を見て一気に落ち着き彼に、私達家族が黙っていた事を話す事にした。

「安ボン、どっから話したらええ?」聞くと、近くのダンボールを脇へ寄せブラウスを広げて、

彼の側で「このブラウスの血は優ので、あの時、部屋に入ったらベッドで苦しんでて。もうビックリして、親を呼んで病院へ連れって行った、夜7時位かな、相手を警察へ届けることにしたんやけど、優が嫌やゆうから、届けは出さへんかった。傷も残らへんゆうし」

「何でそんな事になったんや!」驚きのせいか口調が強い。

自分が原因と知ったら・・・・・

私が話す事にした「どんな風に話して良いかわからへんから、有りのままに出来るだけ、感情を入れないで話すわ、安ボンに言って無い事も、あると思うけど、1年生の時、放課後3年生の女子に呼ばれてん。時チャンのクラスの子。」眉間に縦じわが入った、もう話の半分は解ったと思う。

「時チャンのクラスに入ったら、時チャンの席に座らされて、髪の長い綺麗な人が、時チャンに会うな、他の人も、2人は上手くいっているから、私に邪魔をするなって。時チャンとは、別に何でも無かったから、そこで解りました。言うとけばよかったんやけど、理不尽さに腹が立って。小さい時から私達は、将来一緒に暮らすと思って、両方の家族もそのつもりで付き合っています。もし、時チャンが、他の女の人と付き合ってるんだったら、おばさんやおじさんから時チャンに、別れるように言ってもらいます。お名前は何というのですか?どなたですか?と、言うてしもてん。ごめん。

それから、時チャンの机の上に腹ばいにされて、長い髪の人がバンドで背中を何度か叩いた。その人と後どうなったんか知らんけど、それが原因で別れたんやったら御免ネ」笑顔を交えて話した。

「ごめんな、そんな事何にも知らんと。傷つけてしもうて俺は・・・・」

彼を助けるように、大きな声で兄が

「髪の長い、お前と一緒に居た子といえば、吉川茜やな?時そやろ!優は、誰がしたか言わなかったけど、これで解った吉川に一言でも言わんと、腹の虫がおさまらへんわ!」

ブラウスを見ていた彼の心は今どんなだろうか?

運送屋が行った後、彼は何時もの様に仕事に出かけ、新しい部屋を兄と片付けて、家の周りを散策

しながら兄に、心の中を見て欲しくなって、

「なんで引っ越すことになったか、ゆうてもええ?」

「ハードな人生送ってるからな・・・あいつの親心配してたけど、うちの親はちょっと安心してた。

23歳やったらまだやり直し出来るゆうて、あいつには悪いけど正直ゆうて、俺もこのまま自然に終わってくれへんかな、と思わんことも無いねんで、男の26歳はまだまだや、これからや。」

鼻の奥がツーンとして目が熱くなって、涙をこらえるのに唇を噛み、こらえ無言で歩いていると、

「重たくなってん」口から出てしまった。

「生活がか?それともあいつがか?」

「上手く言われへんけど、生活とか時チャンとかとは違うねん、傍にいて私の人生じゃなく、彼の人生を私は生きてる。傍にいて自分の人生を、生きたいそんな事思てしもてん。」

「そうか。」

その夜、2人で布団を並べて寝た。布団の中で誰かと話しているようだったが、私は寝入ってしまった。

バイトや好きなお稽古に通っているうちに、1週間はあっとゆうまに過ぎ、1ヶ月を意識を持たない様に過ごし、彼に連絡を取らずにいた。本当はどれ位我慢出来るかやってみたかった。

朝、携帯が鳴り久しぶりの声がした。

「おはよう、1ヶ月過ぎても電話がないねんけど、毎日が楽しいか?」チョッと機嫌が悪そう。

「おはよう!朝、散歩に行ったから気分爽快。怒ってるんやったら切るわ。」

喧嘩をするつもりは無いけど、声を聞いてドキドキする自分と、私をほったらかしに出来る人に腹がたった。1ヶ月も電話をかけて来ないで、私をほったらかしにしておいて、掛けてきて、聞いた言葉が皮肉。

「ごめん。声聞いたら腹が立って、時間ある?」腹が立つのは私のほうやって!

「いっつも空けてるよ」嘘ではない。頭の中では、いつも空けていた。

「・・・・ベランダで、昼ご飯食べよか。」昼には早いと言いたかったが、ドキドキがやまない。

「タクシーで行くから10分で着くけど。用意手伝うわ。じゃね」電話を切って急いで家を出た。

部屋の表札に書かれた「野田秀時」懐かしい、鍵は持って来ていたがチャイムを鳴らした。久しぶりの彼は綺麗だが少し線が細く成った様に思え、髪は肩を過ぎていた。

「こんにちは、お邪魔します。」わざと丁寧に言った。

優しい笑顔で「いらっしゃい、どうぞ」部屋へ入ると、いつもの彼の匂いがした。

甘いローションの匂い。

前を歩く彼の背中に体を付け「今度何ヶ月後かな?」ため息混じりに言ってみた、

「アホ!気が狂うわ。今度は許すけど、又こんな事したら一緒に暮らすで。」前に回した私の手を上から押さえて言った。嬉しいけど前と同じには成りたくない。

「エー、せっかく出たのに。」愛には包まれていたい。

「パスタ持っていって、ビールは後で持っていくから」てきぱきとして、白いセータが似合っている

誰かに自慢できないのが残念。

ビールで眠たくなり、2人で昼寝をする。久しぶりに深い眠りにつけた。気が付くと夜9時を過ぎていてベッドは私一人、バイト先に休むことを伝え、しばらく目をつぶっていたら、雨の音が聞こえ、暖かいベッドで又眠った。夜中に目が覚めた時は、隣で彼が寝息をたてていたから、眠りにもすぐに入っていけた。

コーヒーの匂いで目が覚め、隣の枕を見るとでこぼこしてて、幸せな眠りの時間を過ごした。

「起きた?」

「ウーン!」気持ちよくて、ベッドから出れない。

「何も食べないで寝てたから、お腹すいたやろ、何食べたい?」

「なにもいらへん、(貴方がいたら何もいらない)このベッドにずーと居たい」

「そやな、そうしたいな!コーヒーはいったよ」私の話に乗ってくる様子も無いので、

「シャワー浴びてくる。一緒にどう?」気分転換に言ってみた。

「先行ってて、後で行くから。」

「ウッソー。来るの?」でも私の中では、何を見られても良いと思っていた。

「入るぞ!」本間に来た。

「どうぞ、いいよ。」顔だけを見て気絶しそうになったが、両手を前に出して、バスタオルを広げ私の顔だけが見える様にして入って来た。自分の腰にもバスタオルを巻いて。

「なに?」気持ちを見られない様に精一杯の声を出した。

「体を拭いてやりたいけど、出て!」ニッコリ笑いながら言う事が出来る人間にムカツク。

彼が巻いてくれたタオルを、この前のシーツの時の様に取りたくなったが、ホットした気持ちと優しさが心地良く(きっと私今、幸せな顔をしているな)風呂場の戸を閉める時に「早く出てきてね?」つい新婚さんの言うような台詞を言ってしまった。

「おぅ!」戸の向こうで返事が返って来る、これもまた新婚さんだ。

笑おうとしたが笑えない。

ベランダに出ると少しだが夕焼けが出ていた、「もうそろそろ帰らないといけない」と、私を急かせているようで、夕焼けのオレンジ色は、せつなく、ただただ切ない。

タクシーの窓を開けて、風の中を走っていると、黙って彼の部屋を出てきた切なさや、その他の色んな事が飛んで無くなり家に帰ったら、何も始まっていないゼロの状態に成っていて、彼の存在自体知らない生活を始められる様な、気がして夜道を走り家に帰った。

あれから、電話の代わりに、葉書が毎週1枚届くようになった。

簡単な時は「おはよう。今から仕事に行く」と書かれてあり、長いときでも葉書半分程で終わっている。

声が聞きたくなるのを無理やり用事を作って、外に出て我慢していたが、私も葉書を出すようにしたら、また違った安らぎが生まれ、会わなくても辛くなくなってきた。もう4ヶ月目に入っている。このままでいい。


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