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8.毛玉の衝撃

 

 人間であった頃の私を表すなら、偏屈。その一言に限る。

 歳と共に協調性なるものを学習し、その性質はなりを潜めていったが、子供の頃は本当に酷かったと思う。

 カラスが何色かと聞かれれば白と答え。女なのに自分は男だと主張し。かと言って男子に混ざって遊ぶ訳でもなく一人でお人形遊びをしていたり。教育番組なんてガキの見るものよ、と仁義なき映画をこよなく愛していた。

 そんな私と同じものを、今目の前にいる毛玉から感じる。


『……はじめまして。あなたのお名前は?』


「……目クソ」


 そんな名前を本当につける親がいるならぜひ見てみたい。

 一筋縄ではいかないと思っていたが、せめて名前くらいはちゃんと教えて欲しいものだ。セルジュに名前だけでも聞いていれば良かった。いや、そもそもこの子は王族の人間なのだろうか? 何も知らない子が迷い込んで来たのかもしれない。やっと次女が来たのかと思い込んでいたが、身なりが酷すぎる。

 蛾次郎も驚きのもじゃもじゃした薄灰色の髪の毛。その色も兄弟お揃いの赤みがかった金髪とは違うし、服も酷いものだ。どんな冒険をして来たのかと思うほどあちこち破けている。しかし着古してる感じではなく、むしろまだ綺麗な部分だけ見るとまだ真新しい感じがするし、素材も上質のものだとうかがえる。

 ……そういえば、セルジュが次女はお転婆すぎるとか言っていた気がするが……。まさか朝から今現在(昼過ぎ)の間にそこまでボロボロにして来たのだろうか……。一体どんな大冒険をして来たのかと言うのか。


『ねぇ、どうしてそんなに服が破れているの?』


「押し寄せる暗殺者たちから命からがら逃げのびて、森で息を潜めていると伝説の白い獣が現れて、私を楽園に連れて行ってくれると言うからついて行けばそれは獣の罠で、いきなり現れた底なし沼に私は落とされ、必死の思いで這い上がり、気がつけばここに」


 なんという壮大な嘘をつく子だろう。伝説の白い獣や底なし沼がこの森に存在するなどついぞ聞いた事は無い。


「お、お姉さま……嘘はダメです……」


 毛玉のなめらかな口に感心していると、彼女に負けず劣らずボロボロになったオレリアが泣きそうになりながら現れた。ボロボロになっても衰えない美貌は本当に素晴らしい。それよりも、お姉さまと言っていたが、やはりこの毛玉が次女なのか……


「ダンスの練習から私を道連れに逃げ出して、壁をつたい木をのぼり、森に入ってすぐにウサギを見つければ追いかけ回して、そのとちゅうに川に落ちて私を踏み台にして逃げたくせに……」


 恨みがましい目で毛玉を見るオレリア。しかし毛玉はそんなオレリアを見る事もせず、疲れたとばかりに横になってお昼寝タイムに突入しようとする。……セルジュの苦労が分かる気がする。そして、私もこんな風だったな、と思い出して子供の頃私に関わっていた人達に謝罪して回りたくなった。


「もう! お姉さま起きてください~! まだ精霊さまにちゃんとご挨拶もしてないです~!」


「別にいーよ。私、この国出てくし」


『どうして出て行くの? 何かやりたい事でもあるの?』


 必死なオレリアが可哀想で、助けてあげようと寝転がっている毛玉に話しかけてみる。しかし彼女はもじゃもじゃの下に隠された目で私を一瞥しただけで、何も言わず寝に入ってしまった。

 ……分かる。同じ人種であろう私には分かる。黙り込む時。それは自分にとって不都合な事がある時だ。問いの答えなんて特に無くても、不都合な事さえなければ適当な事を言っておしまい。だが、黙り込む時は何かやましい事、もしくは嫌な事があった時。

 つまり、彼女がこの国を出て行くと言った事にはちゃんと理由はあって、なおかつそれはマイナス思考によるものになる。

 あの円満家庭の中に一体どんな不満があって出て行くと言っているのかは知らないが、偏屈な彼女の単なる誤解である可能性が高い。そんなつまらない誤解で出て行けばきっとアレン達は悲しむだろうし、彼女にとっても誤解したまま離れるというのはとても不幸な事だと思う。偏屈な彼女には説得なんて無意味かもしれないけれど、彼らが悲しまないようにできる限りの事はしよう。


『ねぇ、名前は何と呼べばいい?』


「だから、耳クソだってば」


「もう! だからどうしていつもそんな汚いこと平気で言うの!? ほら、ちゃんとオデットですってご挨拶してください!」


 ありがとうオレリア、もうそれで充分よ。名前が知りたかっただけだから。さすがに『毛玉』なんて呼べないし。


『オデット。顔を上げて?』


 顔が土まみれになるだろうに、そんな事も気にせずうつ伏せになっているオデットに近づいて言うが、微動だにせずにたぬき寝入りをしている。……偏屈の大先輩である私にそんな態度をとるとはいい度胸だ。

 私は力わざに出た。オデットの周りに生えている草を急激に成長させて操り、お腹周りに巻き付けて無理矢理立たせる。にょろにょろと動く草の不気味さにオレリアは「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げていたが気にしない。


『人と話す時はちゃんと人の目を見なさいと……』


 ゆらゆらと波打つ手でオデットのもじゃもじゃをグイッと上げると……私は驚きすぎて、次に出す言葉を失ってしまった。

 オレリアの美貌を例えるなら、春の花。彼女の微笑みはとても可憐で人の心をなごませる。それに相反するかのようなこのオデットのまさかの美貌に思わず魅入ってしまう。

 人が立ち入れない場所に積もる雪の上にある静謐な氷。そんなイメージを抱かせる。

 白すぎる肌の上に浮かぶ水色の瞳、スッと通った鼻梁にその下にある薄い唇。オレリアも充分整いすぎていると思っていたのだが、オデットがさらに整っていると感じるのは人が触れてはいけないと思わせる神秘的な雰囲気のせいだろうか。よく見ると、薄灰色だと思っていた髪は、ちゃんと手入れをすれば銀色に輝くのかもしれない。


『……なんて、もったいない』


 草に絡みとられて不満そうに暴れていたオデットは、私の呟きに「は?」と不審そうな目を向ける。そんな目線を無視して、私は彼女の額に口付けを落とした。


「ちょっ……!? 何すんの!? 気持ち悪い!!」


『今、あなたに呪いをかけたわ』


「……は?」


『これから一週間、毎日欠かさずここに来る事。もし、来なかった場合……あなたは“豚”になるわ』


 本当は皆にしたような加護の口付けなんだけど、ここに来させるために嘘をついた。さすがに豚は嫌なようで、「豚バラ肉…」と呟きながら青ざめている。この様子ならちゃんと毎日来るだろう。隣りでオレリアまで泣きそうになっているのはちょっと可哀想なんだけども。でも、オレリアが皆に言ってくれればなおさら、セルジュを筆頭にした焦る家族一同に無理矢理ここに送り出される事だろう。


 ふふ、腕がなるわ。一週間でオデットを可愛くしてみせるわよ。

 こうして、『オデットを説得』という目的を忘れて、一週間の美容強化期間が始まった。

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