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7.流れいく穏やかな日々

 

 ◇


 私はまた、夢のような幻を見る。


 真っ白な四角い部屋に、真っ白なベッドに横たわる私。

 違うのは、側にいるのが『彼』ではなく、母であるという事。


 母の印象は、一言で言うと『福々しい』、だった。

 太っていた訳ではないけれど、丸くて張りのある頬と、いつもにこやかな表情が福の神のようで、私はよくお饅頭を母にお供えしたものだ。

 そんな母だったのに、今は頬はこけ、面持ちも暗い。

 それに、まともに寝ていないのだろうか、と心配になるほど目の下のクマも酷いし、服はヨレヨレで髪もボサボサで……。いつも身なりを気にしていた母なのに、痛々しくて見ていられない。


 これは本当に一体何なのだろうか。

 どういう原理でこんな幻を見るのだろう。

 そもそも、これは幻なのか、それとも現実なのか。


 ごめん。ごめんね、お母さん。親不孝ものでごめん。

 私、ここにいたいの。もう、人間になんて戻りたくない。

 それだけ、ここはとても心地良いの。

 ごめんね。


 丸まった母の小さな背中を眺めながら、私はただ謝罪を繰り返すしかなかった。



 ◇



 セルジュ事件から時は流れ、二人目の子供シャルロットという女の子、三人目の子供レオナールという男の子が泉に訪れた。

 どちらも、賢そうなセルジュと打って変わって、無邪気すぎるというか、なんというか……。アレンの純粋すぎる部分と、アドリエンヌの天然の部分を併せ持ったような……。可愛いのだけれど、少し将来が不安になるような子供だった。

 彼らはアレンのように頻繁にここに来るなんて事はなく、それでもそれなりに私の事を慕ってくれているようでたまに顔を見せに来てくれる。


「精霊さまー」


「せいれいさまー」


「あ、おい! お前らそれ以上行くな!」


 ぼちゃーーーん。

 セルジュの叫びも虚しく、シャルロットとレオナールは泉に落ちてしまった。

 状況説明をすると、私は泉の対岸にいて、アホの子二人はそれに気づかなかったのか、それとも泉の上を走るスキルでも修得していると勘違いしていたのか、とにかくそのまま一直線に私の方へと突っ走って、泉に落ちた。


「バカかお前らは!? 泉があるのが見えなかったのか!?」


「だってー、レオが止まらないから、行けるんだって思ってー」


「えー? ボクはあねうえが止まらないから止まらなかったんだよー?」


「人のせいにするな! いつもいつも前をよく見ろとあれだけ……」


 泉に落ちた彼らを拾ってセルジュの前に持ってきてあげると、セルジュのお説教タイムが始まった。苦労してそうね、セルジュ。将来ハゲないといいのだけど。

 気づかれないくらいの目線で、そっとセルジュの赤みがかった金色の髪の毛を眺めていると、彼の肩越しに木に隠れてもじもじしている女の子が見えた。四番目の子供だろうかと思い、微笑みながら手招きするも、肩をひとつ震わせて木の陰に隠れてしまった。

 人見知りが激しいのか。新しいタイプの子ね。セルジュ以外はみんなアホの子だと勝手に思っていたけど、そうではなくて良かった。セルジュの髪の毛の心配も少しなくなるというものだ。


「オレリア、こっちへおいで。ちゃんと精霊様にご挨拶するんだ」


 馬の耳に念仏状態の二人へのお説教を諦めたセルジュが呼ぶと、女の子はおどおどとしながらも近寄って来る。


「あの……、オレリア……、です……」


 ……なんて可愛い子なの。いや……、可愛いと言うより、綺麗、と言った方がいいかしら?

 整いすぎている顔立ちは人形のようで、恥ずかしさで俯いた顔に長く濃いまつ毛が影を落とし、妙な色気を醸し出している。母親譲りの赤みがかった金髪は兄妹全員お揃いだけど、それでも一際輝くその髪の毛はとても上質な絹糸のようだ。


「精霊様、三女のオレリアです。すみません、人見知りが激しくて……。でも、僕たち兄弟の中で一番優しい子なんです」


 そう言ってオレリアの頭を撫でるセルジュの表情はとても優しいものだった。シャルロットやレオナール含め、弟妹達をとても大切にしている事がよく分かる……。……ん? 今、“三女”って言った? 次女はどこへ行ったのかしら? まさか……


『……セルジュ、レオナールって女の子だったの……?』


「えー? ボク、女の子だったのー? しらなかったー」


「えっ? レオ、オカマさんなの?」


「お前らはちょっと黙ってろ! ……精霊様、レオナールはれっきとした男ですが……」


『あら、そうなの? “三女”なんて言うから、レオナールが次女かと思ったわ』


 ワザとボケたのだけど、セルジュは真に受けて長いため息をついた。あんまりからかいすぎると、セルジュの毛根によけい負担をかけてしまうかしら? 自重してあげないといけないわね。 


「次女は……、その、なんていうか、ちょっと変わった子で……。いい子なんですが、その……、ちょっとお転婆すぎるというか……。すみません、近々必ず挨拶に来させますので……」


 歯切れが悪すぎるのは、庇いきれない何かが次女にあるという事だろうか。


『私は別にいいのだけど、王族はここに来ないといけない決まりがあるのでしょう?』


 それよりも、自ら苦労を背負い込んでそうなセルジュの毛根の方が心配だ。

 いまだ泉に来ない妹の事を考えてまた長いため息をつく彼に、私は人間の毛根に良いらしい薬草をウサギに取ってきて貰ってプレゼントすれば、何の効果があるのか知らないみたいだったけど、涙ぐみながら凄く喜ばれた。

 周りの人間はマイペースすぎる人間ばかりで、自分の事を心配して何かをしてくれるという人間がいないらしい。……ホント、苦労してるのね。


 セルジュが年々苦労性としてのレベルを上げる一方、比例してここは賑やかになる。それは不快な事ではなく、むしろ私に一種の安らぎを与えてくれた。

 セルジュは生意気な子供の印象から一転して、苦労性の心優しい少年だと分かった。

 シャルロットとレオナールは双子かと思うほど行動や言動が似通っているアホの子。だけど、その突き抜けた無邪気さは見ていて楽しいし、微笑ましい。

 オレリアは最初こそ全然喋らなかったものの、シャルロットとレオナールに引っ張られて私と絡むうちに段々とお喋りになり、今では私に一番懐いて頻繁にここに来るようになった。彼女は本当に愛されるために生まれてきたような子で、仕草の一つ一つが愛らしく、どんな花よりも可憐に微笑むのを見れば、きっとどんな気難しい人間でも笑顔になるだろう。

 彼らと過ごす時間はとても穏やかで、見返りを求めずただ無邪気に私を慕ってくる彼らと一緒にいると、私まで綺麗な生き物になったかのような錯覚を覚えるのだ。


 それからまた時は流れ、六番目、七番目、八番目の子供もここに来た。特に問題もなく挨拶は済み、彼らもまたここに遊びに来るようになる。纏まって遊びに来れば、その時はもう保育園……いや、動物園のようだ。

 飛び回る園児(野生児)達六人と、それを保育士(飼育員)のように見守るセルジュ。本当に彼らを見ていると飽きない。

 毎年一人づつ増えて賑やかになっていくけれど、変わらない穏やかな時間。人に流れる時間は早くて、この時間もそう長くは続かないだろう。だからこそ、愛おしく感じるのかもしれない。

 人間である事を厭った私が、彼ら人間を愛しく感じるのもおかしな話だけども。


 そんな穏やかで愛おしい時間の中、現れたのはまた毛色が変わった女の子だった。


 毛玉。

 第一印象はそれだ。

 とにかく蛾次郎をひどくしたような感じで、もじゃもじゃの髪の毛は目まで覆われていて、表情をうかがい知る事はできない。

 だが、これだけは言える。


 この子、私と同じ匂いがする。

 

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