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41.冷たい唇


 私は、断罪されたい。


 これも一種の“逃げ”なのだろうと思う。

 けれど、この痛みがあるうちに、断罪されたいのだ。


 リュカとテオドールと一緒にいると、予感がする。

 いつか、この痛みは消えてしまうだろうと。


 痛みを……、ファズルの事を思い出す事が減っていくなんて、絶対に許されない事だ――。



 今日もまた、リュカが泉で気持ちよさそうに浮いている。――痛みが薄らいでいくのが分かる。


『リュカ。もう泉に入らないで』


「これは“教皇代理”の、だ~いじな役目だから~」


『不愉快なの。それが聞けないなら、私を帰して』


 痛みが消えてしまう前に、この痛みを連れて帰りたい。

 リュカの顔から、表情が消えた。まただ。私が帰りたいと言うたびに、こんな顔をする。けれど、それは一瞬の事で、彼はすぐにいつもの不敵な笑みに戻るのだ。


「ダメだ」


『……どうして、私にそんなに執着するの? あなたの軽口のように、私を本当に愛している訳ではないでしょう? もしかして、国益の事? 心配いらないわ。私がいなくなっても、新しい精霊……、あなた達からしたら“神”が現れるから』


 不意に腕を掴まれ、泉の中へ引っ張り込まれる。すぐさま私は泉と同化して彼の手から逃れようとしたけれど、彼の“私を離さない”という意志が泉に強く反映されて逃げられなかった。


『離しなさい!!』


 叫んでも彼は艶やかに微笑むだけ。彼の頬を打とうしたが、それよりも早く腰に手を回され、そのまま唇を奪われる。

 深く、浅く、キスを繰り返す。私が逃れようともがくたび、私を抱く腕は強くなり、執拗に唇を貪る。

 一度唇が離れ、目と目が合う。あいも変わらず何を考えているのか分からない瞳。私への想いも、男としての情欲も、何も映していない。

 それなのに、また私の唇を奪う。私の全てを喰らい尽くすかのような、激しいキス。

 唾液が唇から入り込み、それが彼の心を覗かせた。


 私への強い執着心。それがどうしてなのかは、もっと深い所にあって見えてこない。

 けれど、“何か”を見つけるためだという事だけが分かった。

 その“何か”を渇望している様は、悲痛なほど――。


 やがて息が続かなくなって、リュカは浮上する。息を乱しながら泉から顔を出した後でも、私を離さない。


『本当になんなの!? 私に執着する理由をいい加減に言いなさい!!』


「……さない」


 息が乱れて、言葉を上手く出せていない。息苦しいのか、それとも別の理由からか、泣きそうな顔をして、私を強く抱き寄せた。


「俺を置いて行くなんて……、俺を一人にするなんて、絶対に許さない……!!」


 既視感。

 アレンがいなくなったすぐ後、泉に引きこもってしまった私を連れ戻した時の、彼女の言葉を思い出す。


 ――私を、一人にするなんて、許さないから……!!


 まさか、本当にオデットの生まれ変わりだと言うの? まさか、そんな偶然ある訳ない。けれど、それなら、私になんと言われようと泉に入っていたのも頷ける。

 オデットの魂を持っているのなら。私のために、無意識のうちに泉に入らなければ、と思ってしまっていたならば……。


 私の手が、無意識のうちにリュカの頭を撫でる。


『……分かったわ。どこにも行かない』


 オデットの魂を持っているのかなんて分からない。テオドールと同じように、リュカからも何も感じないのだ。

 だけど、どうしてかこう言わずにはいられなかった。どこにも行かない、なんて言葉をいつか後悔するかもしれない。

 それでも、嫌いなはずだったのに、彼が泣く姿を見たくなかった。


 私の言葉に安心したのか、私を抱く力が弱まった。彼の胸を押し、少し離れる。心を見せなかったリュカが、今は迷子になった子供のような顔をして私を見ていた。

 水色の瞳が潤んでいるのは、水のせいなのか、それとも……。


「何を……、しているんです? 二人とも……」


 陸の上から、声が聞こえてきた。見上げると、微笑んでいるのに、目が笑っていないテオドールが立っていた。

 少し離れたとはいえ、リュカの手はいまだ私の腰に回されており、私の手は彼の胸に置かれている。つまり、抱き合っている状態だ。更には、見つめ合っていた……、という状態をいつから見ていたのだろう……。うん、絶対勘違いされてる。


「なんだよ、テオ。やっと俺の愛を女神様が受け取ってくれたというのに、邪魔するなんて野暮なヤツだな」


『テオドール、聞かなくていいわよ。リュカの妄想だから』


「俺の女神様はホントに照れ屋さんだなぁ。さっき『どこにも行かないわ。永遠に私の心はあなたのものよ』って言ってくれたじゃないか」


『言ってないし。ホント妄想癖が酷いわね』


「リュカ! いいから早く上がってこい! 選定の儀がもうすぐ始まるというのに、何をやっているんだ!」


 テオドールに怒鳴られて、リュカはやっと泉から出る。

 なんだか、テオドールの様子がおかしい。リュカを叱りつけるのはいつもの事だけれど、目がいつもより険しいのだ。

 そんなにイチャイチャしてるように見えたのだろうか。とても心外だ。ああ、でも、“選定の儀”とかなんとか言っていたから、大切な行事を放ってこんな所で遊んでいればそりゃあ怒るか。


『ねぇ、選定の儀って何?』


「失礼しました、女神様。選定の儀とは、儀式というより会議のようなもので、教皇を正式に決める重要な場の事です」


 そりゃダメだ。怒られて当然だ。


「まあ、私に決まっているようなものですけれど、一応リュカも長年“教皇代理”としていましたから、出てもらわないと困るのです」


「仕方ない。俺も“己の役割”をちゃんと果たそう」


 服を着終わったリュカは、濡れている髪を両手で後ろに撫でつけ、無駄に格好をつけながら颯爽と去って行った。……テオドールを置いて。


『……迎えに来たのに、置いて行かれちゃったわね?』


「はぁ……。もう、いいんです……。それよりも、女神様」


 疲れきったサラリーマンのような溜め息をついた後、テオドールはこちらに向き直って真剣な眼差しで私を見つめる。


「私が教皇になれば、教皇権限でリュカのここへの出入りを禁止させますので、もうお心を煩わせる事も無いと思います。ご安心ください」


『えっ……』


 そういえば、リュカをここに来させるなって、言っていたのだった。

 先ほどのリュカの様子を思い出す。もしも……、もしも、彼がオデットだったなら……。出入り禁止なんてできない。


「それでは、私も急いでおりますので、今日は失礼させて頂きます」


 私が考え込んでいるうちに、テオドールも颯爽と行ってしまった。

 まぁ……、今度来た時にでも撤回すればいいか。

 そう考えていたけれど、それから一ヶ月。リュカも、テオドールすらも、姿を現さなかった――。

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