40.心があるということ
R15?
下ネタが出てきます。
朝の爽やかな時間帯に投稿しちゃってすみません。
下ネタ苦手な方、ご注意ください_(._.)_
翌朝、リュカがフラフラと現れて、私の睨みに気づいてないかのようにファズルの小屋に入って行っては、すぐに寝入ってしまった。
我が物顔でファズルのベッドで眠る彼に腹を立て叩き起そうとしたが、殴っても蹴ってもビクともしなかった。一体どれだけ図太い神経をしているのだろか……。
太陽が真上に来る頃、髪の毛をボサボサにさせて、やっと起きてきた。
「ふぁ……ぁぁ。おはよう、俺の女神様」
『……あなた、ここへはもう来るなと私が言っていたと、テオドールに聞かなかった?』
「さぁ? 言ってたような、言ってないような?」
『あなたのそういう所が嫌いなの!! 私にここまで言われて、なぜまだ来るの!?』
私の問いに彼は答えず、おもむろに服を脱いで、そのまま泉に飛び込んだ。その瞬間、荒れていた私の心は凪いでしまう。それが、どうしようもなく悔しい。
リュカは仰向けに水面に浮かぶと、どこか遠くを眺めながら呟く。
「……ホント、なんでだろうな」
自分でもよく分からず罵倒されに来るようだ。なるほど、マゾなのか。余計気持ちが悪い。とりあえず、真っ裸のまま仰向けに浮かばないで欲しい。
「多分、ここが一番静かに眠れるから? ほら、俺ってモテるからさ、夜這いなんて日常茶飯事だし、一応次期国王だから、“お飾り”とはいえやる事いっぱいあるし?」
なるほど、金と権力と、オマケに顔がついてくると、そりゃあ女が寄ってくるか。性格がどうであろうと。……あれ?
『あなたが王様になるの? それなら教皇は? 教皇は銀色の髪を持ってないといけないんじゃないの? あなたの他にも銀色の髪の子がいるの?』
「いや、いない。俺は不信心だからな。それに、テオのヤツが虚弱体質だから、国王の一番の仕事である“種付け”に不安があるってんで、俺が国王、テオが教皇っていう流れに自然になってる。どうせ、ここ何代かの教皇もほぼ“お飾り”だ。どっちにしたっておんなじさ」
『ふ~ん、なんだか大変ね? 昔と違って、殺伐としてそうで……、嫌な感じだわ』
肥大した国が抱える問題なんて、世界が違えど同じようなものなんだろうな……、と嫌な気分になった。
ここは、本当に御伽の国のようだった。やって来る子達も皆無垢で。こんな道楽息子のような欲にまみれてそうな子なんていなかったのに……。
いや、オデットは少し毛色が違ったか。男遊びも激しかったし……。そう考えれば、リュカはオデットに似ているかもしれない。一度、オデットが男なら……、と妄想して、すぐさま却下した覚えがある。
顔も、温和そうなテオドールに対して、リュカは鋭利な感じで、見れば見るほどオデットに似ているように感じてきた。もしかして、オデットの生まれ変わり……?
『いえ、違うわね。こんないい加減でどうしようもない感じではなかったもの』
「えっ……? 人の顔ジロジロ見た後に何それ? 俺の知らない所で勝手に貶めないでくれる?」
『文句を言う前に、その汚いモノを隠してくれる?』
「汚いなんて、セザールに対してなんて酷い事を! この俺のセザールは数え切れないほどの女を満足させた名君なのに!」
言う事が下衆い。セザールって誰だ。どうして男って、自分のモノに名前をつけたがるのだろう。女は胸に名前つけたりなんてしないのに。
『ふふ、そういう見栄をきる男に限って、大した事ない男ばかりなのよね』
「何っ!?」
嘲笑すれば、彼のプライドを傷つけたのか、憤慨した様子で泉から上がって大股で近づいてくる。勿論、真っ裸でだ。この男は恥じらいをどこに置いてきたのだろうか。
私の目の前まで来ると、リュカはまた私の腰に手を回して、耳元で囁くように言う。
「なんなら……、試してみる?」
『……どうやって? 私、水だから感触なんてしないんだけど』
「…………」
今まではそんな事を言えば、ノってくるか、顔を赤くさせる女にしか会った事がないのだろう。まさか、そういう風に返されるなんて思ってなかっただろうリュカは、驚きのあまりスコンと表情がなくなって黙り込んでしまった。
『ふふっ……、あはは! あははははははは!!』
なんだか、その顔が私の笑いのツボにヒットしてしまって、彼の肩をバシバシと叩きながら笑いが止められなかった。
ヤバい! オデットを初めて泉に投げ入れた時以来の顔芸的大ヒットだ!
「まいったな……。そう言われると、どう返していいか困る」
髪を掻き上げながら笑う彼の顔は、彼がそんな顔をするなんて信じられないほど、柔らかく、穏やかな笑顔だった。
それに驚いて、笑いが引っ込んでしまった。
『……』
「何? そんな熱く見つめられると、色々と漲っちゃうんだけど?」
『いや……、あなたにも、ちゃんと心はあったんだなぁ、って思って』
あ、なんか語弊がある言い方だったかも。まるで心が無いみたいな言い様だ。心が無いなんて冷酷非情な人間のようではないか。
私は、リュカが何を考えているのか分からなくて、その心がどこにあるのかが分からなかった。だから、さっきの笑顔を見た時、彼の心を垣間見た気がしたのだ。
彼も、私のあまりにもの言い様に、口を開けて呆然としている。けれど、それは一瞬で、すぐにいつもの腹が立つ笑みを浮かべた。
「そりゃあ、俺も人間ですから」
ですよね。いくら生きてる価値が無さそうな人間でも心はあるものね。もしかしたら、私が知らないだけで、すごい悩みを抱えてるかもしれないし。失言だった。
「リュカ!? もうここに来るなと言っただろう!? それになんだその格好は!? 早く女神様から離れろ!!」
テオドールが現れて、リュカの耳を引っ張りながら私から離した。そういえばリュカは真っ裸だった。くっついていたから、下が見えなくて忘れてた。
『こんにちは、テオドール。今日はどんなご用?』
「ご機嫌麗しゅう、女神様。用が無いと……来てはいけませんか?」
切なげな瞳で私を見つめるテオドール。……昨日の、私の必死の突き放しは、功をなさなかったようだ。
リュカが服を着ながら、ニヤニヤと私とテオドールを見比べているのが鬱陶しい。
「あ……、いえ、その……。本日は、これをお持ちしました」
渡されたのは数冊の本。一番上の本の題名を見てみる。
……『氷の女王~甘美なる愛欲の日々~』。
『……エロ本?』
「ち、違います! あ、いえ、違わなくはない……かも? で、でも、違うんです! それらの本は官能小説なのですが、事実が巧みに混ぜられていて、歴史家の間でも重宝しているものなのです! これならば、歴史書よりも女王オデットと神の獣の様子が描かれていますから……」
著者の所に、あの天然兄弟の中の二大巨頭であった、シャルロットの名前があった。
そういえば、歴史を愛と欲望にまみれた捏造の物語としてファズルに教えようとしていたな……、と遠い目になってしまう。小説書いてみたら? と進めた事はあるが、本当に書いていたなんて……。それも、重要参考書みたいな扱いされてるとか……。
五百年も経っているのに、なお私を愕然とさせるなんて、シャルロット……。恐ろしい子だわ……。
着替え終わったリュカが寄って来て、一冊を手に取った。
「どれどれ。……『濃密な花の匂いが充満している。ベルレアン卿はその匂いに誘われるかのように、彼女の熟しきった花びらに口づけをする。彼女はその名の通り、氷の微笑で言うのだ。「高潔なベルレアン卿も、わたくしの前ではただの獣。今日からあなたを、わたくしのペットにしてさしあげましょう」』」
『あははははははは!!』
「リュカ! こ、声に出して読むんじゃない……!」
顔を真っ赤にしているテオドールの横で、私は大爆笑する。
シャルロット酷すぎる! それじゃあ違う職業の女王様ではないか。自分の妹を一体どういう目で見ていたのだろう。その本を見たオデットが、苦虫を潰したような顔をしているのが目に浮かぶようだ。
なんだか、今日はよく笑っている気がする。心を閉じ込めてしまおうか、なんて考えていたのに、今日こんなに笑える自分をなんて現金なヤツなんだと思う。
それでも、心を閉じ込めていないからこそ、笑ったり哀しんだりできるのだと、実感する。心を閉じ込めていないからこそ、ファズルを想うたび感じるこの痛みが、ファズルがまだ私の中にいるという事の証なのだ。
リュカとテオドールが本を取り合って、じゃれるように喧嘩している。
彼らは、また違った痛みを連れてくる。アレンの姿をして、ずるかったあの時の私を思い出させるテオドール。もうファズルがいないという事実を私に分からせるリュカ。
彼らはまるで私の罪の形をしているかのよう。
……くだらない。
彼らに対してなんて失礼な事を。
けれど……、もし、彼らが罰をも連れて来てくれるのなら――。