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38.女神の憂鬱


 あれから何度も帰ろうとしたが、その度に銀色の光に弾かれる。

 泉の底でたゆたう意思達が言うには、私達が眠りについてから五百年経っており、その間ずっと王族が私達を癒すためにその身を浸していたことによって、この泉との繋がりができてしまったらしい。そのせいか、泉の水を操るまではいかなくとも、彼らの意志が反映されやすくなっていて、“私”を帰すことができないようだ。


「ああ、俺の愛しの女神様。いつ見てもその輝く美しさは俺の心を楽園へと連れて行くようだ」


『勝手に行って、そして帰って来なくていいわ』


 今日も今日とて、ありえない事にこの国の第一王子であるリュカは、気持ち悪いセリフをほざきにやって来る。


「そんなつれない言葉ですら、俺の心を甘く酔いしれさせる。俺の愛しの女神様はなんて罪深い方なんだ」


『……不思議ね。あなたに“愛しの女神様”なんて言われても、皮肉を言われてるようにしか聞こえないわ』


「それは心外だ! こんなに、こんなに、あなたを愛しているというのに!」


 芝居がかった大袈裟なリアクションで嘆くリュカ。その様が、余計にわざとらしく感じて私をシラケさせる。特に、あの皮肉じみた笑みに、挑発的な瞳。それを見ると、無性に腹が立つ。


「俺のこの想いを分かってもらうためには、もっと俺のことを知ってもらわなければいけないか……」


『脱ぐな!! 下まで脱ぐなといつも言っているでしょう!?』


 彼は、毎日この泉に浸りに来る。テオドールと双子の兄弟である彼は、共に“教皇代理”をしているらしい。だから、オデットが決めた『教皇は日課として泉で水浴びをしなければいけない』というのを、虚弱体質のテオドールの代わりに律儀に守っているようだ。

 もう泉は元に戻ったのだからそんな事しなくてもいいと言っても、『俺と女神様との神聖な儀式だ』と言って、いつも気持ち悪い喘ぎ声と共に水浴びをしている。


「女神様、ご機嫌麗しゅう」


 リュカの気持ち悪さに辟易していると、テオドールがやって来た。今の私のどこがご機嫌麗しく見えるのだろうか。


『テオドール……。その後ろの方々はどなた?』


 彼の後ろには、数人の聖職者のような人間がいた。皆、人好きのする笑顔を浮かべている。


「はい……。こちらは……」


「女神ディーナ様。私は教皇代理補佐をさせて頂いておりますクレマン・バルテルミーと申します。よもやこの生があるうちに、女神様のお目にかかることができようとは……。この老いぼれには、身に余る光栄でございます」


 クレマンと名乗った彼が着ているブカブカとゆったりとしたその服は、白を基調としているけれど、全体的に金色の凝った刺繍がされており、嫌味にならないくらいのアクセサリーをつけている。

 へりくだった言い様だったけれどどことなく高貴な雰囲気を纏っていて、それが高圧的ではないけれど有無を言わせない雰囲気になっており、なるほどこれがリュカの言っていた“老獪な”人間なのかと思った。

 その後も、似たような神官達が私に挨拶をしてきた。皆揃って、へりくだった態度だったけれど、“欲”が垣間見える。私を利用しようとする“欲”が。

 まぁ、人間だものね。色んな欲があって当たり前だろうけど。正直、相手にするのは疲れる。

 チラリとテオドールを見れば、彼らの先頭に立っているにも関わらず、所在無さげに俯いている。まさに“お飾り”のような立ち位置。

 ああ、もう、アレンの顔でそんな顔しないで欲しい。


『あなた達。誰の断りを得て、ここへ入ってきたの?』


 私はゆっくりと、子供に言い聞かせるように言う。しかし、その言葉の意味は“拒絶”。それに対して、いまだのんびりと水浴びをしているリュカ以外は緊迫した様子になる。


『ここに立ち入れるのは、緊急の時を除いて王族のみ。五百年経って、その制約は忘れ去られていたのかもしれないから、今回は見逃しましょう。けれど、今後王族以外は入って来ぬように』


「女神様……!! なぜ王族以外に女神様にお会いできる名誉をお与えくださらないのですか!? 我らは、あなた様に忠誠を誓い、この生をも捧げる覚悟であなた様に仕えております。あなた様のお姿と、お言葉を戴ける事は、何よりもの我らの歓び!! どうぞ、我らにもあなた様にお会いできる名誉をお与えくださいませ!!」


 なんて……面倒臭い……。女神に仕立て上げた事、恨むわオデット……。

 彼らが私に祈る事は、私が望んだ事では無い。けれど、私にとっては面倒なだけの女神信仰は、この国を守るために仕方なくおこった事。そして、これからも必要な事だろう。

 面倒だけれど、本当にこの上なく面倒だけれど、この茶番に付き合ってあげよう。


『私は姿を見せなくともこの国を守護し、時には奇跡を、時には加護を与えているわ。それ以上に、あなた方は何を望むと言うの? その欲深さこそが罪。罪をあがなうために祈りなさい。その罪が消えた時、私はあなた達の前に現れましょう』


 さすが私。いい女神っぷり。なんて自画自賛してみる。

 さあ、早く帰りなさい! 帰りたいのに帰れない状況に苛々してるのに、狸どもの相手をする気力なんて無いのよ!


「ははは! 爺さま達、残念だったな! そういう訳だから、お前達はさっさと去ってもらおうか」


 ズボンだけを履いたリュカが、馴れ馴れしく私の肩を抱いて笑う。


「リュカ!! 女神様に対してなんて馴れ馴れしい事を……!?」


「そうです、リュカ殿下!! 女神様!! やはり納得いきませぬ!! なぜリュカ殿下がこうしてあなた様に触れられて、我らはいけないのですか!?」


 せっかくそれらしい流れで追い払えそうだったのに……!! リュカのせいでまた面倒な事になってしまった……。


『王族と私の間でなされた制約は、人の身にはあずかり知らぬ事。それを知ろうとする事は、罪を重ねる事と心得なさい』


 怒っている演出として、泉をぐるぐると渦巻かせてみる。


『さあ、立ち去りなさい』


 泉がザバァッ、と波立つ音を上げた時、おじいちゃん達は小さく悲鳴を上げ、顔を青ざめさせて逃げて行った。テオドールも、逃げてはいないが真っ青だ。可哀想に。


「ははは! いい気味だあのジジイども! なぁテオ!」


「く、口を慎めリュカ! それと、早く女神様から手をどけろ!!」


 そう悪態をつきながらも、テオドールはおじいちゃん達がいなくなった事に安心したような感じだ。


「なぁ、それよりも女神様。王族との制約って何?」


「そういえば……。私も『王族以外は立ち入る事を禁ずる』という事は知っていても、その理由までは知りません」


『ああ、理由……? そんなたいそうな理由なんて無いわ。ただ、当時の王様を気に入ったけれど、不特定多数の人間がやって来るのが面倒だっただけよ。ああやってボカして言った方がハクがつくかなぁ……って』


「はは! 確かにそんな理由じゃ、ジジイどもは引かなかっただろうな! さすが俺の女神様だ」


「そんな……、理由だったのですね……」


 楽しそうに笑っているリュカに対して、テオドールは理由のあまりにもの軽さに落ち込んでいる。

 本当は、ちゃんとした理由ならある。王族は、なぜか私達を癒せる力があるからだ。だから、私達は彼らを求める。

 オデットの日記を読めば、そこらへんの事情を理解していても良さそうなのに。とても厳重に保管されていたらしいし、ちゃんと読んだ事は無いのだろうか?

 まぁ、知らないならそれでいい。リュカに教えるのはプライドが許さない。


 まさか、あいつが泉に入るたび、哀しみが薄らいでいっている……、なんて、あいつにだけは絶対に教えない。

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