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36.流れすぎた時間


 元の世界に帰ろうと決めてから一夜明け、私は昨日の自意識過剰の変態を待っていた。

 ……正直、あいつには会いたくないのだけれど。あいつ意外ここに誰か来るのかも分からないし、いつ来るのか分からない誰かを待っているのも時間の無駄だ。

 なぜ私があいつに会いたいのかというと、私がいなくなってから、彼らがどう生きたのかが知りたいからだった。あれから何十年経っているのかは分からないが、あれだけの事件があった時の女王と英雄である彼らだから、多少の話は残っているだろうと期待を込めて……。


 朝陽が昇り始めて、小鳥の囀りが聞こえる。泉を包む穏やかな、清らかな空気。

 不思議だ。こうしていると、あの頃と何も変わらないように感じる。今にもあの小屋からファズルが眠たげに瞼をしばたたかせながら出てきて、森の向こうからはオデットが髪の手入れをせがみに現れそうな錯覚に陥る。


 木々の合間から、人影が見えた。泉の淵に座っていた私は思わず立ち上がる。そんな自分に自嘲する。あり得ない期待を抱くなんて、馬鹿馬鹿しい。どうせ、来たのはあの変態だろう。

 そう思っていたのに、木々の合間から現れたのは、淡い茶色の髪をした穏やかそうな青年だった。

 その、甘い顔つきに、私の心が大きく揺れた。


『アレン……!!』


 彼は、私を視認すると、柔らかく微笑み――、そして私の足元で跪いた。


『え……?』


 どうして、そんなことするの? そう言おうとする前に、彼は顔を上げまるで見知らぬ人に対するような態度で言った。


「お初にお目にかかります、女神ディーナ。私は、このエビュマーニュの第二王子にて、ディーナ教の教皇代理を務めております、テオドール・ドュー・エビュマーニュと申します」


 王子……。ああ……、そうか。彼の子孫なのだから、顔が似ていても不思議ではない。また……、また、私の元に戻って来てくれたのだというのは、私のただの妄想。彼らのことを想っていた時に現れたから、都合の良い期待をしてしまっただけ……。

 ……あれ? この国の名前って、エビュマーニュなんて名前だっただろうか? エビュ……、までは同じだと思うけれど、気持ちもう少し短かったような……?


「女神様におかれましては、永い眠りから覚まされましたこと、深くお喜び申し上げます」


 恭しく私に跪く彼は、昨日の変態と同じように私のことを“女神様”と呼ぶ。なんかレベルアップしてる……。まぁ、どっちでもいいか。もう私帰るし。


『あなたに、聞きたいことがあるのだけれど……、いいかしら?』


「……!? あ、はい、私に答えられることならば」


 耳から聞こえるのではく、頭の中に直接話しかけられることに驚いたようだったが、持ち直し爽やかな笑顔を向ける。その笑顔に、私の心は甘く疼く。

 見れば見るほど、アレンに似ている。生き写しと言ってもいいレベルだ。けれど、彼はアレンではない。もし、もしも、彼の魂を持っているのだとしても、この態度からして私のことを覚えていないのだろう。

 それならば、人であり、更には王子である彼は、人でない私と関わってもいいことなどありはしないだろう。

 側にいたいけれど、彼が幸せであるならば、私は何も告げず元の世界に帰ろう……。


『……私が消えた当時のオデットという女王と、ファズルという白銀の獣は知っているかしら?』


「はい、よく存じております。エビュール最後の女王であり、このエビュマーニュを建国した偉大なる女王オデットは、今もなお民に崇められています。神殿には女神様の像の隣には必ず女王オデットの像があり、女神様の足元には“神の獣”ファズルの像も座しております」


 神の……!! 獣……!? 英雄どころではなく、ファズルまで神にレベルアップしてる……!? 時代の流れって恐ろしい……。本当に、一体あれからどれだけ時間が経ってしまったのだろうか。


『あの……、その……。現代の話はいいの。オデットと、ファズルが、私がいなくなった後どうやって生きたのか知りたいのだけれど……』


「歴史書、そして聖典にはこうあります。女王オデットは“奇跡の夜”、ゴリュールの攻撃にエビュールの滅亡を悟り、女神様へ祈ります。『女神ディーナよ、私の声が聞こえるならば応えてください。私の命を捧げます。死してもあなたの側に仕えます。ですから、どうぞ民の命をお助けください』……と。その願いを聞き届けた女神ディーナは、その力で敵味方関係なく傷ついた者を癒し、その慈悲の心にゴリュールは改心し、退いていきました――、と失礼しました。ここまでは女神様ご自身がご存知ですね」


 いや、全然知りませんけれど。その殊勝な方はどちらさまでしょう?

 私の知るオデットはそんな弱い女ではない。あの時、彼女は私の力の限度を知っていた。私にそう願うことは、すなわち私に自身を犠牲にして民を助けて欲しいと願うこと。彼女は、たった一度も、そんなことは願わなかった。

 自らの手で全てを、私のことすらも守る決意で私の元を去ったのだ。


「その後のことですが、女神様の奇跡で多くの民の命は救われましたが、時すでに遅く、エビュールは国としては成り立たないほどに壊滅していたのです。それでも女王オデットは諦めませんでした。そのカリスマ性と、深い信仰心で“ディーナ教”を興し、ゴリュール人を筆頭に信者を増やし、そうして集まった人に伴う資産でもって、この“神国エビュマーニュ”を興したのです」


 私が女神とか言われてるのはオデットのせいか! 私がいなくなっても、私を利用して国を建て治すなんて、やっぱりただでは起きない女だ!

 笑いがこみ上げてくる。よかった。私がいなくなっても、オデットはオデットのまま、逞しく生きていたのかと思うと、安心する。


「しかし、この国が建ってしばらくは、神の存在を疑う不信心な者達からの侵攻がやみませんでした。そこで活躍したのが“神の獣”ファズルです。“神の獣”は、女神ディーナの奇跡をその身に宿し、自らの血を剣とし、盾とし、幾百、幾千の敵をその身一つで退けたと言います」


 え、えええ? あの優しい意思たちが、まだファズルの身体の中に残っていたということだろうか……? それとも、ただの時代の流れで話が誇張されているだけだろうか……?


「あの“奇跡の夜”以降、女神ディーナは姿を現しませんでしたが、“神の獣”の奇跡の力で神の存在を疑うものはいなくなり、より信者を増やし、我が国はわずかの期間で大国までになったのです。我が国が平和になってから、女王オデットは王太子コンラッドに王座を渡し、“ディーナ教”の教皇になった後、数々の偉業を成しながら、百九歳まで女神ディーナに祈りながら穏やかな生を送り、“神の獣”は泉の側で静かに生き、女王オデットよりも二十年早く女神ディーナの元に召されたと言います」


 百……九歳!? 長生きしすぎ!! いや、それよりも、コンラッド生きてたの!? ファズルのあの涙は何だったの!? いやいや、いいことだけれども!! ああ、ダメだ、驚きの連続で混乱する!!

 でも、オデットと、コンラッドのことは安心できた。苦労はあっただろうけれど、きっと彼女らは逞しく生きていたのだろう。

 問題はファズルだ。『泉の側で静かに生き』って……。やはり、私への気持ちをそのままに、その命がなくなるまで、私のことを想いながら生きていたのだろうか……。

 一人、この泉で佇む彼を想像する。それを、自分の姿に重ねる。

 きっと、私なら耐えられないだろう。愛する人がいなくなった場所で、愛する人の思い出が沢山詰まった場所で……。どれほどの、寂しさと痛みが彼を包んでいたのだろう……。


『ねぇ……。もう少し、ファズルのことを詳しく知りたいのだけれど……』


「申し訳ございません……。私が知り得る知識は全てお話いたしました……。お力になれず申し訳ございません……」


 彼は心底申し訳なさそうにしている。アレンと同じ顔で、そんな顔をされると必要以上に罪悪感に襲われてしまう。


「おい、テオ。大事なもの忘れてるぜ」


 そう言って現れたのは昨日の変態。

 不敵に笑う彼の手には、一冊の分厚い古びれた本があった。

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