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31.ファズルとゴリュール

 

 昼前くらいにオデットを起こし、滋養強壮に良いらしい薬草をあげて彼女を見送った。それと入れ替わりのように、こちらに勢いよく走ってくる姿があった。

 猪もかくやというほどに突っ込んで来た彼は、器用にも私の一センチ手前ほどで急ブレーキをかけ、私の手を強く握って鼻息荒く言った。


「精霊様!! 俺と結婚しましょう!!」


「何を言ってるんだお前は!!」


 目が血走ったコンラッドに求婚されたと思ったら、今は宰相におさまっているらしいセルジュが漫才師も真っ青なタイミングでコンラッドの頭を叩いた。


「だって!! 叔父上!!」


「だっても何もない!! お前は身体だけでなく、頭の中まで筋肉まみれなのか!?」


「叔父上それは俺の筋肉に対しての侮辱ですか!?」


 この組み合わせは初めて見たので新鮮だけれど、今はひっそりとしていたかったので勘弁してほしい。いつもこんなドツき漫才みたいな事しているのだろうか?

 しかし、セルジュも大変そうだ。弟妹達が手元を離れて苦労が少なくなったとはいえ、次はコンラッドに苦労をかけられている日々が目に浮かぶ。広くなった額から、また髪の毛がハラハラと散る幻覚が見えるようだ。


『はいはい、ちょっと落ち着きましょうね。で、どうしてコンラッドはいきなり結婚なんて言い出したのかしらセルジュ?』


 コンラッドはなぜだか知らないが頭に血が上っているようで、話ができそうなセルジュに話を振った。


「いえ……、私も詳しくは知らないのですが、ファズルと掴み合いの喧嘩をしていたので、それ関係かと……」


 それはまた珍しい……。彼らはじゃれあいのような軽い喧嘩はよくするけれど、本気でした事なんて無い。原因は……、やはり私が絡んでるのだろうか。

 とりあえず、コンラッドを落ち着かせるために、ファズル小屋の横にある椅子に座らせて、優しく背中を撫でながら言う。


『どうしていきなり結婚だなんて言い出したの? もしかして、ファズルとの喧嘩に何か関係あるの?』


「ファズル……!! アイツがハッキリしない態度なんてとるから、ウルドゥジャー王女が調子に乗るんだ!!」


 ドンッ!! 落ち着きかけていたのに、ファズルの名前を出した途端、コンラッドはまた激昂して円テーブルを叩きつける。

 うるず……? うるじゅじゃー? とにかく、この国の響きじゃないし、今この国には王女と呼ぶ存在もいない事から、ゴリュールの王女だろう、と推測する。その王女が調子に乗る……とは、どういう事だろうか?

 コンラッドは、やはり頭に血が上りっぱなしでお話が通じる状態ではないので、助けを求めるようにセルジュを見る。すると、彼はコンラッドの話に納得したように頷きながら、口を開いた。


「精霊様。この度の戦でファズルの活躍はご存知でしょう」


 それと、コンラッドの奇行がどう関係あるのか分からないけれど、ひとまず頷いおく。


「コンラッドもそうですが、彼の戦いぶりは身体能力に優れるゴリュール人でも下を巻くほどのものだったのです。特にコンラッドを庇った時……、私は見ていないのですが、ファズルから流れた血が剣や盾となる奇跡の力を使ったとか……」


『ええ。ファズルは毎日泉から直接水を飲んでいるから、私の力が及びやすい身体になっていたの』


 本当は、優しい意思達が自発的に動いてくれたのだけど、説明するのが面倒だったのでそういうと、セルジュは驚いた顔をした。


「では、それはファズルの力ではなくて、精霊様の力だったという事ですか。それなら、もう少し問題が簡単に片付くかもしれません」


『問題って何かしら? オデットもファズルを守るからとか言っていたけれど、ファズルが何か問題に巻き込まれているの?』


「そうなんです。彼の勇敢な戦いぶりもゴリュールの興味をひくには充分だったのですが、それに加えてあの奇跡の力。それをどうしても欲しいと思わせてしまったのです」


 つまり……。戦争の道具として役に立ちそうだから、勧誘されていると……?


「勿論、お断りしました。しかし、ファズルという名はゴリュールの名であるし、稀に完全な獣の姿で生まれる者がいるらしく、ゴリュールの者なのだから返してもらうのは当然だと言って聞かないのです。それでも、我が国を守護する精霊様の大事な方だから、と断り続けて、ファズル自身もこの国から離れないと主張していました。そうしたら、ゴリュールはファズルの家族だという者を出してきたんです」


『……ファズルの事を捨てた家族が何しに出てきたって言うの?』


 私の『声』はテレパシーのようなもので、高いとか低いとかは感じないけれど、私の心情というか気分がダイレクトに伝わるみたいで、殺気と呼べるほどの不機嫌丸出しの『声』を聞いたセルジュは震え上がっている。


「せい、精霊様……、お、落ち着いてください……!! オデットもファズルの家族が出てきた時に同じ反応をしたんですが……。『捨てたんじゃない、迷子になってそのまま行方不明になっただけだ』、『ずっと探していた。これからは家族で暮らそう』、と言い張りまして……」


『はぁ!? ふざけんじゃないわよ!? あの子明らかに虐待されてた痕があったし、本人もそういう風な事言ってたんだから!! だいぶ舐めた事言ってるわね!!』


 ドンッ!! バリッグシャァっ!! 叫ぶだけでは気が収まらず、コンラッドと同じように円テーブルを力の限り叩きつけ……たら、精霊の力を甘くみすぎていたようだ。力の限り叩いたら円テーブルを叩き割ってしまったようだ。

 セルジュだけでなく、今度はコンラッドまで震え上がってしまっている。ちょっと落ち着けたという事で結果オーライという事にしておこう。


『そんなふざけたやつら、早くたたき出しちゃいなさいよ』


「ゴリュール軍が国内にいる間は強気な態度には出られません。彼らは特に頭に血が上りやすい人種ですから……。下手をすれば国内に血を流す事になります。それに……、一番厄介なのがウルドゥジャー王女がファズルを気に入ってしまいまして……。あろう事か婚姻相手として欲しがってきたのです。とにかく、あの手この手でファズルに絡みついて鬱陶しい事この上ない状態で……」


 セルジュはゴリュールの鬱陶しさに鬱憤が溜まっていたようだ。まだ愚痴々々と文句を言っている。

 思い浮かぶのは、オデットの逢い引き用庭園で仲睦まじそうに抱き合うファズルとゴリュール人の女の子。きっと、あの可愛らしい女の子が王女サマなのだろう。


『ねぇ、コンラッド』


「はい、なんでしょう?」


『さっき、ファズルがハッキリしない態度をとるから王女が調子に乗る……、とか言っていたけれど、それはつまり、可愛い女の子に好かれて悪い気がしてない感じだという事かしら?』


「えっ……!? いや、その、なんていうかっ」


 あわあわ、おろおろ。豊かな表情を隠そうともしない彼は、王という難しい立場になった時やっていけるのだろうか、と自分の悩みも置いて心配してしまう。


『いいのよ、コンラッド。ファズルだって健康な男の子ですもの。可愛い女の子に目移りしてしまうのは仕方ない事だわ……』


 自分で言っていて、酷く心が疼くのを感じた。自然と視線が下へと向く。そこへ、とても十五歳とは思えないゴツゴツした手が視界に映り、それは私の手を強く握った。


「あんなヤツのために心を痛める事はありませんっ!! ファズルなんかより、俺がもっと精霊様を幸せにしてみせますっ!!」


 ああ、なるほど。そういう流れで『結婚してください』だったのか。ファズルが他の女とイチャイチャする→私が悲しむ→「お前が悲しませるなら、俺が幸せにしてみせる!!」っていう熱いノリで来たのね。


『ふふ、コンラッドは優しいわね。でも、私とは結婚できないわよ? だって、私は子供を産めないもの』


 懐かしいやりとりに、また私の心が疼く。以前、私がこの世界で精霊となって間もない頃、可愛いあの子に同じ事を言った。結局、アレンとは結ばれる事はなかったけれど。でも……、妻を迎え、子供を沢山作っても、ずっと私を想ってくれていた。一度生を終えて、姿が変わってしまっても、私の元へと帰って来てくれた。

 そう、変わらない想いを、ずっと私へ向けてくれていたのだ。

 それでも、信じるのが怖い。信じて、裏切られるのが怖い。それでも。彼の心がそう簡単に変わるのものだとも思わない。ゴリュールの王女と仲良くしているのは何か理由があるからかもしれない。

 信じるのは怖い。でも、信じられないからと言って、疑う事しかしないのは馬鹿だ。

 そう、私は馬鹿だ。傷つきたくないからと、何も聞かないよう、何も言わせないようにファズルを遠ざけてしまった。


『コンラッド……。ファズルを、呼んできてもらえる?』


 ちゃんと話をしよう。彼が、今どんな思いを抱えているのか聞こう。

 傷つくのは、それからにしよう。

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