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29.疑心

 

 寒い。おかしいな。私、身体無いから、寒いなんて感じないはずなのに。

 ああ、もしかしていつの間にか人間に戻ったのだろうか。

 ううん、そもそも夢を見ていただけかもしれない。人間じゃなくなるなんて、そんな非科学的な事信じない派だった。

 そう、きっと夢。心が痛いのも、きっと“彼”が私と別れるなんていったから。きっと、私はまだ未練たらしく“彼”の事が諦めきれないんだ。

 心の底から冷えるようなこの寒気は、きっと“彼”の奥さんに刺されて、死にそうだから、寒く感じてるんだ。

 だって、ほら、瞼を開けようとしても、重くて開かない。

 ううん、開かないんじゃなくて、開きたくない。

 だって、開くのが怖い。見たくないものが見えてしまう。それが、とても怖い。

 “あの人”がいない世界なんて、見たくない。


 閉じた瞼の向こうが、ぼんやりと明るくなるのが分かった。

 その明りは、銀色なんだろうな、となんの疑問も抱かずに思う。


 ああ、ごめんね。もう逃げないと言ったのに。私は、また逃げている。

 こんなにも自分が弱いだなんて思わなかった。こんなにも心を乱される存在がいるだなんて思わなかった。

 恋をしても、いつだって心は私のもので。

 恋をするのは私の心。相手が欲しいと思うのも私の心。いつだって、“私の”心が欲を満たそうと動く。

 心を奪われた、だとか。好きになるのに理由なんていらない、だとか。そんな事思った事ない。

 心は、私のもの。好きになるのは、顔だとか、お金だとか、優しさだとか、いつだって何かしらの理由があった。

 そう自覚していたからこそ、私はいつだってある程度の自制ができていた。こんな惨めに逃げ出すような事なんてなかったのに。

 それなのに、“あの人”相手には言う事をきかない。


 あれ……? “あの人”って、誰だろう?

 私を刺した人と結婚している“彼”? それとも、愚直で、綺麗な“彼”?


 銀色の光が大きくなってくるのを感じた。

 ああ、暖かい。あんなに寒かったのに、私が自分から逃げ出して、自分で自分をこの寒い場所に追いやったっていうのに。あなたを、また一人にしようとしていたのに。あなたは、まだ私を許してくれるのね。

 瞼を開くのは怖いけど。きっと、あなたが側にいてくれるなら、怖くても目を開けていられる。

 “あの人”のいない世界は怖いけど、あなたが一人で泣くのは哀しいから。

 だから。



 ――空から、涙が落ちてきていた。


 大粒のそれは森に降り注ぎ、木々を激しく打ち付けていた。

 涙? 雨? いや、違う。あれは、私の心に反応して渦巻き上がっていた、泉の水だ。今は落ち着いたから、空高く巻き上がっていた水が落ちてきているのだ。

 泉があんな状態になるなんて、私はどれだけ取り乱していたんだ、と自嘲する。そんな私を呆れもせずに落ち着けてくれたオデットに礼を言おうと、視線を空から側にある温もりに移した。


 銀色。それは、私が定期的にお手入れしてあげている髪の毛ではなく、全身を覆う体毛だった。


『……ファ……ズル?』


「ディーナ、落ち着いた?」


 周りを見渡しても、ここには私とファズルしかいない。オデットだと思っていた私を落ち着けてくれた銀色の光は、ファズルだった。

 彼は、いつものように優しく微笑み、愛おしげに私に身体をすり寄せてくる。


『……っ触らないで!!』


 さっきまで違う女と抱き合っていたのに。どうして私に対してそんな風にできるのか。

 彼は傷付いた顔をしたけれど、それよりも混乱の方が上回っているようで「どうしたの? 何かあったの?」と、オロオロとしている。

 何かあったの? じゃないわよ!! そう叫びそうになるのを堪えて、冷静に話そうと必死に心を抑えつける。


『……。……最近、毎日お城に行ってるのはどうして?』


「え……? だから、この前の戦争関連で色々としなきゃいけない事が……」


『女の子と抱き合う事が、あなたのしなきゃいけない事なの?』


 言葉を遮って言うと、彼は呆然とした様子で口をだらしなく開けたまま動きを止めた。銀色の毛に覆われた顔では顔色なんて分からないけれど、きっと人間であったなら真っ青になっている事だろう。


『私、今日見てたのよ? あの、可愛らしい女の子は、誰? ううん、誰とか興味無いわ。あなたとどういう関係? 何も無いとか、見えすいた嘘はつかないでね?』


「誤解だディーナ!! 本当に彼女とは何も無いんだ!! 僕が愛してるのはディーナだけだって、ディーナだって分かってるはずだろ!?」


 そうね。今朝まで、それを信じてた。最近のファズルの様子に少しの不安はあったけれど、私を呼ぶ声はいつも優しくて。微笑みで細まる瞳は、いつも私への愛で溢れていた。

 でも、私は知っている。心と、身体は別なのだと。違う誰かを想っていても、違う誰かと抱き合う事はできるのだと。ファズルだって……、ううん、アレンだって、それを知っているはず。


『……ファズル。しばらくここに近づかないで。それと、オデットを呼んで来て。……ああ、でも、今は忙しいのかしら? 忙しかったら無理に来なくていいと伝えてちょうだい』


「ディーナ!! 僕を信じてよ!!」


『あんな場面を見て信じれるはずないでしょう!?』


 堪えきれず、叫んでしまう。どうしてファズルが泣きそうな顔をしているの? 泣きたいのは私の方。でも、この身体じゃ泣けなくて、泣けない分辛辣な言葉で発散してしまいそうで、彼を傷つけてしまいそうで怖い。


『お願いだから……、早く行って……。私に、酷い事を言わせないで……』


 今は何を言っても無駄だと悟った彼は、けれど名残惜しそうにこちらを何回も振り向きながら離れて行った。


 きっと、愛しているのは私だけと言う彼の言葉に嘘は無い。

 けれど、私の人間だった頃の記憶が邪魔をする。そんな甘言を吐く男なんて腐るほど見てきたし、本当だとしても肉体的に裏切る男だって腐るほどいる。

 そんな記憶が、彼の事を信じさせてくれない。

 きっと、彼と私の立場が逆なら、彼は信じたのだろう。それが、余計に私の心の汚さを浮き彫りにさせて、自分が惨めになる。


 どうして、キレイな彼は、私を好きになったのだろう。

 キレイな心を、信じる事ができない、汚い心を持つ私を。

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