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27.チカラと穢れ

 

R15?


残酷な表現はしていないつもりですが、流血シーンが少しあります。

苦手な方、ご注意下さい。

 

 こちらから攻撃を仕掛けると言っても、数的には圧倒的にこちらに分が悪く、奇襲をかけては深追いをせずすぐに土壁の中へと逃げ帰るという事を繰り返した。死傷者も出ているが、幸いにも多大な犠牲は出さずに一週間が過ぎた頃、この国と友好関係にある国からの援軍が到着した。

 獅子が描かれた黒い旗と共に現れたのは、狼とライオンが混ざったような顔の獣人の軍団だった。

 ファズルの生まれた国、ゴリュールである。

 彼らは、普通の人間よりも力が強く、素早い。敵国の背後に現れた彼らは、瞬く間に敵国の半数以上を屠っていった。

 余りにもの力の差に、尻尾を巻いて逃げ出すのかと思えば、そこはやはり脳筋世界の人間。一矢報いるために命を捨てて、こちら側に特攻をかけてきた。

 命を捨てた人間の底力は凄まじく、平和に生きてきたこの国の人間の守りなど簡単に破り、コンラッドの近くまで接近を許してしまう。

 コンラッドは、敵兵に囲まれても怯むどころか鬼神の如き闘志で剣を奮う。きっと、国民を殺された哀しみと、これ以上は死なせないという決意が彼を奮い立たせているのだろう。

 恐れを知らないかのようなコンラッドの怒涛の如き進撃に塞がれていた道は開かれ、彼が通った後には敵兵の亡骸の道が作られた。

 そんな彼を、ファズルが側でよく支えていた。猪突猛進で隙の多いコンラッドをフォローするかのように立ち回っていた。

 人間よりも、普通のゴリュール人よりも素早く動ける彼は銀色の閃光となり、コンラッドに刃が届きそうになる前に鋭い爪で薙ぎ倒す。

 二人の戦う姿はまさに鮮烈。

 その姿は、さながら闘神とそれを護る守護獣のようで、士気が落ちていた兵達を奮い立たせた。


 その様子を泉に映して見ていた私の心は悲鳴を上げていた。

 生きるためには仕方ない。誰かを守るためには仕方ない。

 けれど、二人が手を血で染めるのを見るのは耐えられなかった。

 コンラッドが剣を振り落とすたびに、敵兵の命が消えていく。ファズルの剛腕が敵兵の骨を砕くたびに、敵兵は断末魔の悲鳴を上げる。

 ファズルの綺麗だった銀色の毛は血に塗れ、血の海から生まれた魔獣のようだった。

 コンラッドの戦う姿は、血を求める狂戦士のようだった。

 純粋で、キレイだった二人が血で穢れていく様は、とても、とても、哀しくて、辛くて、苦しくて。

 まだ子供の彼らが血に濡れてしまわなければいけないこの世界を、私はここに来て初めて呪った。


 猛然たる動きをしていた彼らだったが、実際は神でも何でもない彼らのスタミナは当然のように切れてくる。

 やがてコンラッドの瞳が虚ろになり、ファズルの足元がおぼつかなくなった頃、駆けつけてくれたゴリュール人によって敵兵は数を減らしていき、残り僅かという時だった。

 満身創痍だったコンラッドの背後から、剣が振り落とされた。


『コンラッド!!』


 遠く離れたここからでは声なんて届かないのは分かっているけれど、叫ばずにはいられなかった。届かないはずなのに、届いたかのように彼は背後の剣に気づき、それを防ごうと剣を持つ腕を上げる。

 しかし、その剣は彼に届く事はなかった。

 剣が深く沈み込んだのは、ファズルの身体。

 ファズルがその身を呈して彼を守ったのだ。

 他者の血で赤く染まった身体は、今は彼自身の血を流す。

 私は、その姿に悲鳴を上げた。


 ファズルが死んでしまう。ダメ。嫌よ。イヤ。死んじゃイヤ。どうして。どうして、ファズルが血を流しているの。誰か、ファズルの血を止めて。助けて。誰か。

 お願い、誰か助けて――!!


 瞬間。泉の力が届かないはずの遠い場所で、優しい意思達の存在を感じた。

 日常的に泉の水を摂取していたファズルは、身体の隅々にまで泉の水が染み渡っている。私が何かあった時のためにと施した加護という名の『無事でありますように』という願いに、彼の身体にいた優しい意思達が反応したのだ。

 みるみる内にファズルの傷が塞がっていき、流れてしまった本来私達にとって毒となるはずの血は、彼の『守りたい』という純粋な心によって逆に力となり、血の盾となり彼らを守り、血の剣となって彼らを傷つけようとする者を葬った。

 その神がかった奇跡が、後に別の問題を連れて来る事になるのだが、この時の私はただファズルが無事だったという事と、“毒”に触れてしまった意思達の事に心を占められていた。


 血の剣は不純な血を流し、それに触れたせいでファズルに宿っていた意思達はこの世界にいられなくなってしまった。

 私がファズルを助けてと願ってしまったせいで、消えてしまう事になってしまったのだ。

 罪悪感と、後悔が押し寄せる。

 あそこは感情の全てをなくしてしまう哀しい場所だったけれど、何からも傷つけられず、何も傷つけず、どんな場所よりも安全に眠れる場所だったのだ。

 私が彼らの安息の地を奪ってしまった。心を捨ててしまうほど傷ついていた彼らにとってそれはとても残酷な事で、謝っても許される事ではない。

 それでもファズルが助かったという安堵の方が大きく、私がどれだけ自己中心的で卑しいのかが知れる。そんな自己嫌悪の渦に沈みかけていた時、消えていく意思達の感情が流れ込んできた。


 臆病だった自分が恐れずに動けた勇気。その結果、キレイな心を持つ彼を守れたという誇り。これで、胸をはって“元の世界”に戻れる――と。きっかけを与えてくれた私に、感謝すらしながら。


 そして、優しい意思達は満たされながらこの世界から消ていった。

 私が自己嫌悪に陥るのを消えていった優しい彼らは望んでいないだろうし、彼らの行為を穢す事になるような気がして、私は謝るよりも感謝の気持ちと、彼らのこれからの幸福を祈った。


 周りにいた二ヵ国は壊滅。後の二ヵ国がこれからどう出るか分からない不安はあるものの、ひとまず危機は去った。

 完全に無事とは言い難いけれど、ファズルもコンラッドも生きている事に、私は安堵しきっていた。

 無事に帰ってくると言ったのに、命を投げ出すような行動をし、戦いが終わってもすぐに帰って来なかったファズルにどんなお仕置きをしようか。

 そんな事を考えていると、聞きなれた足音が近づいて来ていた。

 私は足音の主の困った顔を思い浮かべ、ほくそ笑みながら待つ。

 一時間耐久くすぐりの刑に処そうか。それとも、彼からキスをするように言おうか。それとも……。

 考えが纏まらないうちに、木々の隙間から鈍い銀色の体躯が見えた。

 彼の真っ直ぐな瞳が私を捉える。血で傷んでしまった彼の美しかった銀色の毛が輝きを失っていても、私を映す瞳は輝きを失っていなかった。

 その瞳を見た瞬間、彼に言おうと考えていた文句の数々はどこかに消え去ってしまった。

 次に、彼が微笑みながら言った言葉に、不満も何もかも消え去って、愛しさだけが残った。


「ただいま、ディーナ」


 私は気がつけば彼に駆け寄っていて、強く、強く、抱き締めていた。


『おかえり、ファズル』


 戻って来てくれた。

 それだけで、もう充分だった。

 生きていてくれた事が嬉しくて、まだ離れないでいいという事が幸せで。

 その事だけで胸いっぱいで、ファズルの雰囲気が少し変わった事に、その時の私は気づけないでいた。

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