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14.矛盾する心

 

 最近はアドリエンヌも子供を産んでおらず、子供達も成長して、泉で遊ぶよりも恋に勉学にと忙しいようだ。

 あの賑やかで穏やかな日々を想うと、この美しいだけの景色がどうにも物足りなくなる。希薄になった感情でもはっきりと自覚できる“孤独”。身を切り裂くような激しい感情では無いけれど、ジワジワと徐々に蝕む病魔のよう。

 ――寂しい。

 思って、苦笑する。人になりたくない私が、人であるあの子達に温もりを求めるなんて矛盾している。


 銀の指輪を太陽にかざして眺める。

 アレンから貰った銀の指輪。最近、何故かこれを眺める事が多くなった。これを眺めていると、寂しさが和らぐ気がする。何故だろう。

 私は、自分で思っていた以上にあの子を大切に思っていたのだろうか。それとも、もう会えないという抑制が、今頃反動となって表れてきたのだろうか。

 ぼんやりとした意識では、その答えを導き出す事ができない。私の意識を覆っているものの奥の奥では、私は、何を思っているのだろう――


「精霊様ーーー!!」


 ぽちゃんっ


 甘く響く声が聞こえたかと思えば、勢いよく後ろから抱きつかれる。その勢いで、銀の指輪が泉に落ちた。


「あれ?今、何か落ちました?」


『ええ、昔可愛い子から貰ったものがね。いつも泉の底にしまってあるから気にしなくていいわ。それより、今日はどうしたのオレリア?』


 振り向くと、春の花を思わせる美女が、輝く赤金色の長い髪を拗ねるように弄りながら言った。


「……また、オデット姉様に好きな人を取られたんです」


 滲んできた涙が長く濃いまつ毛に付いて、彼女が瞬きをするたびにキラキラと光る。そんな演出が付いた瞳で懇願するように見れば、男は彼女を守りたくなるだろう。

 だが、こんなに美しくも庇護欲をそそられるオレリアよりも、オデットの方が一枚も二枚も上手なのだ。


『だからオレリアも、私の“男ゴコロ操作術”の授業に参加すれば良かったのに』


「そんなこと、私にはできないですぅぅぅ!」


 何を想像しているのだろうか、羞恥で顔を真っ赤にさせながら地面に突っ伏して本格的に泣き始めてしまった。

 まだ彼女達が子供だった頃、私が『可愛いだけじゃいつか飽きられて捨てられるわよ』と、子供相手に言う事じゃないと分かっていながらもイタズラ心で“男ゴコロ操作術”の授業を行っていた事も今は懐かしい記憶だ。

 オデットは女王になるための勉強の一環として真面目に受けていたのだが、オレリアは「そ、そういうことは、おたがいの真心があれば大丈夫なんですっ」と無駄に純粋さを発揮して私の授業を避けていた。

 それの結果がこれだ。正直者はバカを見るといった言葉をよく体現している。

 いや、決してオレリアをバカにしている訳でも、オデットが卑怯な手を使って、わざとオレリアの想い人を取っている訳でもないのだが。

 オデットはあくまで人の上に立つ者として、人を従わせる手段として少し活用しているだけなのだ。少しだけでもあの美貌だから、本人が思っている以上の効果を上げて、本人の知らないところでオレリアのような被害者が出ているらしい。

 そして、オレリアもそれが分かっているから、オデットを憎めないのだ。


「オデット姉様だから、仕方無いんです……だって、普段は氷のようなのに、ふとした瞬間に微笑む姿はさながら永久凍土に射した女神の慈悲の光のようで、それに心を奪われてしまうのは仕方ない事なんです……」


 なんだかよく分からないが、無愛想な人間がたまに笑うギャップがいいというアレだろうか。


「仕方ない……そう、仕方ないんです……でも、それでも、苦しい……」


 はらはらと静かに涙を落とすオレリア。その庇護欲を掻き立てられる姿を男の前で見せればいいのに。


『オレリアの好きな人は、オデットともう恋人同士なの?』


「いいえ、オデット姉様は興味が無いようです……」


『それなら、諦めるのは早いんじゃない?』


「どうしてです?もう、あの方の心はオデット姉様に囚われているというのに……」


『人の心ほど変わりやすいものは無いのよー?結婚してたって他に好きな人ができたりなんてよくある話だし』


 経験者は語るってね。結婚してたのは私じゃなくて『彼』の方だったけれど。

 ああ、でも、きっとアレンならそんな事は無いんだろう。誠実で不器用な彼は、たった一つのものを守るので精一杯に違いない。よそ見をする余裕なんてないだろう。

 不器用な彼が涙を流す姿を思い出して、それをとても愛おしく感じる自分に気づく。それが、恋愛感情なのか、それとも子供達に対するものと同じなのか、今の私には分からないけれど。


『とにかく、諦めるのは早いわよ? オデット相手だから仕方ないとか、頑張らない自分に対しての言い訳にしか聞こえないわ』


「……っそ、そんな事は……!?」


『オレリアは、オデットにも負けないくらい綺麗だから大丈夫。自信持って? ね?』


 アレンの不器用な所が似てしまったオレリアを抱き寄せる。

 可愛いオレリア。あなたの父親のように泣かないで。私まで悲しくなってしまう。アレンのようにあなたを縛るものなんて無いのに、我慢する必要なんて無い。


「オレリア」


 私の腕の中から聞こえるすすり泣く声を遮るように、澄んだ声が聞こえてきた。

 こちらへ向かってくる彼女の波打つ銀色の髪が、ふわりと揺れる。子供の頃よりも研ぎ澄まされた美貌が、輝きを放っているかのようにその銀髪を、白い肌を、アクアマリンの瞳を見せる。

 手を伸ばせば触れられる位置まで来た彼女は、紅く色づいた薄い唇を開く。


「アンタ、まだウジウジしてんの? 精霊様もそうやって甘やかすから、オレリアがいつまでもそんななのよ? なんで私みたいに泉に放りこんだりしないわけ?」


『オデット。オレリアの心はあなたみたいに頑丈にできていないの。繊細なの。分かる?』


「何それ、ケンカ売ってんの?」


「えっ? あ、あの、オデット姉様? 精霊様?」


 軽く喧嘩のようになっている私達を見て、オレリアは泣く事も忘れて慌てている。しかし、これは私とオデットなりの挨拶のようなもので、本気で喧嘩している訳ではない。こういう場面を何度も見ているはずなのに、オレリアは純粋すぎていまだに本気で喧嘩していると思っているのだ。


「や、やめてください!ケンカはよくないですー!」


「だいたい、オレリアがウジウジしてるのがいけないのよ? 私は別にアイツの事なんとも思ってないって言ってるじゃない。早く告白しちゃいなさいよ」


『そうよ、告白しちゃいなさいよ。望みのない相手より、自分の事を好きって言ってくれる可愛い女の子の方がいいに決まってるんだから』


「えっ? あ、あの……」


「そうよね。私の事好きって言ってくる男も、すっぱりフったらすぐ他の女と付き合ったりしてるヤツ多いし。だから大丈夫よオレリア」


『なんて言っても可愛いしね、オレリアは。だから大丈夫。告白しちゃいなさい』


「そうよ、むしろ告白しない意味が分からないわ」


「えっ? えっ? な、何……?」


『だから告白よ』

「そう告白」

『早くしないと他の女に取られちゃうわよ?』

「そうよ、だから早くしないと」

『早く早く』

「告白告白」


「も、もうやめてくださいーーー!! 分かりましたから!! 告白しますからーーー!!」


 洗脳は成功したようだ。叫んでから青ざめているオレリアに「言ったからには必ずしなさいよ」と釘を刺したオデットと笑い合う。

 こうしていると、人間だった頃を思い出す。女友達とくだらない話をしたり、恋の話をしたり。楽しい時間。かけがえのない時間。それは今の私には人間の頃の半分にしか感じない。

 人間である事を疎んじた私。どうしてそう思ってしまったのだろうか。それは、心を手放すほどのものだったのだろうか――


「オデット!オレリア!」


 思考の波に呑まれそうになった時、低く鋭い声が聞こえて我に返る。


「セルジュ兄様、どうしたの?」


 肩で息をしながら切羽詰まった様子の兄に、オデットが心配そうに問いかけた。


「父上が……っ!父上が倒れた……っ!!」


 アレンが、倒れた。

 それを、私はやはり自分とは関係の無い、どこか遠くの世界で起こっている事のようにしか、感じれなかった。

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