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13.限りある輝きに祝福を

 

 ◇



 ああ、まただ。


 真っ白な四角い部屋に、真っ白なベッドで眠る人間の私。

 今回は、『彼』でも、母でもなく。幼なじみが側にいた。


 彼女は彫刻のように動くことはなく、まつ毛エクステで重そうになった双瞼でじっと私を眺めていた。

 やがて、彼女は高級バッグから何かを取り出して、おもむろにそのゴテゴテとしたネイルを付けた手を私の顔に近づける。


 え、それ……油性……ペン……!?

 あっ、ちょっ、お前何してんの?

 ねぇ、ちょ……ぁあ!!


 ……おデコに『肉』……ってお前!? 子供みたいな事すんな!!

 え? まだすんの? うわわわ、ヒゲ書くならまだラーメンマンみたいなヤツの方がマシだよ! 何青ヒゲみたいにしてんの!?

 最悪!! お前、戻ったら覚えてろよ!!


「……!? ナミ……?」


 私の叫びに反応するように、彼女がこちらを向いた。

 ――え?

 目が、合った。

 声も、聞こえた。


 これは、現実? それとも、幻?

 分からない。恐い。私は、どこにいるの?

 嫌だ。恐い。ここにいたくない。


 視界が荒れ狂う波のように歪む。

 それは、泉の精が代替わりする時を覗いた時と、同じような――…



 ◇



 ――…いさま…


 ――せいれ…さまー



 誰かの声がする。

 ここは、どこ?

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 見上げる水面には、ゆらゆらと外の世界が泳いでいる。

 ああ、そうだ。私は『泉の精』。森と、その中にある小さな国を守る精霊。

 いつから私はそんなものになったのだろう? どうして私はそんなものになってしまったのだろう?

 私の中にある渦巻く違和感が、一生懸命答えを探そうとしても、膜を張ったような意識がそれを阻む。

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 今の私はまるであの水面のよう。形なく揺れ動き、幻の世界を映し出す。己の存在さえも、幻のような――


 ――私の意識が、どこか遠くへ消えてしまいそうになった時、一つの塊によって水面が激しく揺れた。


 既視感。

 それは、柔らかく微笑むあの子と初めて出会った時を思い出させた。

 あの日と違うのは、溺れて沈んでくるのではなくて、確かな意志を持って私の方へ向かってくる。

 静かな氷を思わせる理知的な瞳は、水と同化しているはずの私に確かに向けられていて。


 伸ばされた白く小さい手が、私の意識をすくい取った。



 ザバッ……


「もう! 呼んでるんだから早く出てきてよ!」


 泉の外へ最近できた小さな友達と共に出た。彼女は整った顔を不機嫌そうに歪ませている。けれど、私は今自分の身に起こった事を整理するので精一杯だった。


『――私、消えかけて、た……?』


「……え?」


 小さな友達の、不安に揺れる水色の瞳が私を見つめる。

 何が起きたのか。分からない。分からないけれど、私は消えかけていたんじゃないだろうか――この世界から。そして、それを引き止めてくれた小さい手。


『オデット。私、あなたに助けられたみたい』


 そう、彼女の手が私の意識に触れた瞬間、薄れた意識が浮上するのを感じたのだ。

 理解できなくて、不思議そうにしている彼女の濡れた銀髪を撫でる。気恥ずかしそうにしているが、まんざらでも無さそうに俯いている彼女の様子が微笑ましくて、私の心にじんわりと温かいものが広がった。


『さあ、今日は何をして遊びましょうか?』


「今日も勉強よ! アンタのためのね!」


 今日も空は高くて、青い。柔らかそうな雲が流れ、それを追いかけるように鳥達が羽ばたいている。

 緩やかな時が流れる空の下には、おとぎ話の中のような森。

 木々が囁き、花が歌い、動物達は森の中を踊るように駆け回る。

 鏡のように輝く泉の側には、美しくて小さな少しお転婆なお姫さま。


 もう少し。

 もう少し、このままで――…




 ◇



 人に流れる時間は早い。

 今日は、オデットの十八歳の誕生日。それに併せて、彼女の立太子の儀も行われる。

 そう、オデットは女であるにも関わらず、長兄であるセルジュさえも押しのけて次代の王の座を勝ち取ったのだ。そうなった背景には、私の存在が大きかったという事は否定しない。


 事の発端は私の何気ない一言だった。


『そんなに政治に興味あるなら、オデットが女王になればいいのに』


 本当に何気無い一言だった。まだ小さいのに、やたらと政治の話、主にこの国の現在の情勢についての不満、改善点などを懸命に話すものだから、じゃあオデットが頑張ればいいじゃない、という軽い気持ちで言ったのだ。

 この国は、酷い男尊女卑の風習がある訳では無かったのだが、男が王の座に就くという暗黙の了解的なものがあったため、最初は聞き流していたオデットだったのだが、次第に野望が燃えてきたらしい。

 オデット曰く、「アンタを見てると、我慢という言葉がバカバカしく感じてくる」……だとか。そこは褒められていると前向きに解釈した。


 そんな訳で、欲望に忠実になったオデットは飛ぶ鳥を落とす勢いで益々勉学に熱心になり、武術も嗜む程度では収まらず並の使い手では相手にならないほど極め、更には私の指導の元、男を手玉に取る術も身につけ――超人。まさにそんな言葉がしっくりくる人間に成長した。


 超人オデットは、まずその美貌と実力で国民の支持を得、父王アレンの腹心を懐柔し、それからアレンに直訴、そして最大の難関だと思われていたセルジュはというと、「うん、僕は二番手の位置がしっくりくるからいいよ」とあっさりオデットに王の座を譲るという骨肉の争いなどとは無縁に、実にすんなりと事が運んだのだった。本当に平和すぎる国だと思った。



 遠くで、人々の歓声が聞こえてくる。きっと今頃お披露目パレードみたいなものをしているのだろう。

 私も祝福しよう。あの子の輝く未来のために。

 限りある生命の灯が燃え尽きるまで。最後のその時まで、輝きを失わないように、私はここで祈ろう。


 鳥達が羽ばたいていく。花と共に、私の想いを乗せて。

 

 

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