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12.陽が射す場所

 

 何が? そう言葉にしようにも、あまりのギラギラ具合に圧倒されて、ブンブンと首を横にふるのが精一杯だった。


「嘘つきなさいよ! オレリアが『精霊さまに愛情表現をしろって言われた』って言ってたんだから!」


 怒れる宝石、もといオデットの言葉に唖然となる。

 いや、確かにそういう事は言ったけど……。それと、今のこのオデットのギラギラに何の関係が……?


「あれから、何かおかしいなって思ってたのよ。みんなして挙動不審だし、うっすら笑いながら『綺麗だね』なんて言ってくるし」


 うわ……それは気味が悪い……


「それだけなら良かったのよ。それだけならね……!」


 深く重いため息をつけば、スパンコールでギラギラとしているリボンの端がオデットの顔にかかった。それが目に入ったオデットは苛立たしげに荒々しくリボンを引っ張り投げ捨てる。


「あまり害もなかったから放っておけば、だんだんと増長していって、私と目が合うたびに『綺麗だね』って堂々と言うようになって、最近じゃ『いただきます』のかわりに『オデットの美しさに乾杯』なんて言うのよ! 何の嫌がらせよ!

 さらにお母さまなんて毎日、毎日、私を可愛い可愛い言いながら、ビラビラした服を着せたがるわ、オレリアもそれに便乗してキラキラしたもの付けたがるわ、下の子達はそんな私を囲んで、『綺麗』『可愛い』の大合唱するわ……。

 それが少しずつ増長していくのよ! このままじゃ私そのうち増えすぎたレースとキラキラに埋もれて窒息死してしまうわ!」


 私が忠告した『さりげなく、遠回しに』という言葉はどこへ行ったのだろうか……。

 後で聞いた話なのだが、オデットのあまりにもの無反応具合に、「この程度じゃオデットの心に響かない!」と段々とエスカレートしていったそうだ。加減と手段を考えて欲しかった。


『それは……大変だったわね……?』


「何ひと事みたいに言ってんの!? アンタのせいでしょ!? まったく、守護精霊のくせして、守るどころか災難に合わせてどうすんのよ!?」


『オデット。確かに、あなたの家族達は少々度が過ぎるところもあるかもしれない。でも、それはあなたを想うからこその行動なの。あなたはとても愛されているのよ? そんな気持ちを災難だなんて言ってはいけないわ』


「アンタに何が分かるのよ!?」


 オデットは、また綺麗に整えられていた銀髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

 ああ、これは重症だ。いや、もじゃもじゃ具合で重症なのは分かっていたけれど。久しぶりに聞いた「誰も私の事なんか分かってくれない」的な台詞に、ここの穏やかな時間にとっぷりと浸かっていた私には少々刺激が強かった。


『何を馬鹿な事を言っているの? 分かる訳無いじゃない』


 刺激された私の心に反応して、泉がさざ波立つ。


『『何が分かるの』ですって? それで、『分かる』なんて言っても『分かるはずない』って否定するんでしょ?』


 私の意識が、覆っているものを蒸発していくように、ふつふつと沸き起こってくる。


『でも、『分からない』なんて言おうものなら『どうせ私の事なんて誰も分かってくれない』って余計殻に閉じこもってしまうんでしょ? そんなの、『私の事分かって』って言ってるのと同じなのよ?』


 穏やかさを失った私の様子に、オデットは私を睨みつけるようにしているけれど、その水色の瞳の中には怯えの色が揺れている。


『言っとくけど、誰もあなたの気持ちなんて分からないし、あなたも誰の気持ちも分からない。

 似たような感情を他人と共有する事もできるけれど、結局は別の生き物なの。完全に同じ気持ちを持つ事なんてできないのよ。

 分からないからこそ、少しでも分かるように、近づけるように努力するんじゃない。そんな努力もせずに勝手にひねくれて、小汚い髪の毛にした挙げ句、人の気持ちまではねつけて、馬鹿じゃないの?

 そんな事も分からずに、ただ自分は孤独だ、可哀想だ、なんて自己陶酔するのは、本当にただの馬鹿としか言いようがないわ』


 悲劇のヒロインぶった思考のせいで、手を伸ばせばある幸福を捨てるなんて、愚かしいにも程がある。

 大切だと思った子だからこそ、大切だと思った人の子供だからこそ、余計に苛々する。


「何よ……何よ……!! アンタなんか嫌いよ!!」


 オデットの瞼の中の清冷な氷が溶けて、大粒の雫が零れ落ちた。

 一瞬、水晶が零れたのかと思うほど、それはとても綺麗だった。

 けれど、綺麗な涙を流す彼女は、その涙の美しさも帳消しにしてしまうほど、顔を真っ赤にさせて顔を歪ませている。

 憤怒。まさにそんな言葉がしっくりくる。


「自己陶酔なんかしてないわよ!」


 地を蹴る煌めく靴。

 陽の光を受けて、髪が、服が、腕が、オデットの動きに合わせて煌めく軌跡を描く。

 キラキラと弧を描くそれに目を奪われて、油断していた隙にいつの間にか私はオデットに組み敷かれていた。


「私はただ、この髪の色が嫌いなだけよ! 白くて、不気味で、誰にも似ていないこの髪が!!」


 オデットの白くて小さな手が振りかぶる。

 ぽよん。

 振り下ろされた先は私の水でできた身体。緊張感の欠ける音を立てながら、ゆらゆらと身体が波打つ。


「鏡を見るたびに! お父様やお母様のものでない髪を見るたびに! 私は誰なのか分からなくなって……! 本当に私はあの人たちの子供なのかって、いつも、いつも、不安で……!!

 みんなが楽しそうに笑ってても、私は笑えないの! みんなの中にいると、よけい私の異質さが浮き上がって、私は違う生き物なんだって、ここにいちゃいけないんだって……!!」


 ぽよん。ぴちょん。

 白い手が私の身体を揺らすたび、オデットの瞳から零れる小さな水晶が私の上に落ちてくる。

 それが私の身体に一粒、また一粒と融けるたび、オデットの感情が流れ込んできた。

 孤独、不安、恐怖。

 小さな身体に必死に詰め込んで、今にもはち切れてしまいそうだった。


「……もう、いやだ……! 苦しいよ……誰か、助けてよぉ……!!」


 すがり付くように私の胸に顔を埋めて泣く彼女を、私は身を起こし抱き上げた。


『助けて欲しい? だったら私が、助けてあげる』


 潤む水色の瞳が私を見つめる。銀髪が乱れて顔に張り付いているのを、私は慈しむように撫でながら整えて、そして――



『なんて言うと思ったら大間違いよ!!』



 投げた。

 キラキラと弧を描きながら宙を舞うオデット。

 その時のオデットの顔と言ったら見ものだった。まさに豆鉄砲をくらった鳩。これをネタに、これから数十年彼女をからかう事になる。



 バシャーーーン!!



 泉へと勢い良く落ちたオデット。すぐ浮かんでくるだろうと思っていたのに、彼女はもがきながら沈んでいく。

 あ、しまった。あれだけジャラジャラ宝石を付けていれば、そりゃあ重いか。

 急いでオデットを引きあげて、咳き込むのが落ち着いてから、私はまた彼女を抱き上げて言う。


『少しは目が覚めた?』


 オデットは恨めしげに私を睨む。『助けてあげる』と言った言葉を一瞬でも信じてしまったのだろうか。生憎、私は人間だった頃勤め先で、すぐに新人が泣いて逃げ出すから指導をやらせるなと警戒されていたほどの他人に厳しい人間だったのだ。


『あのね、誰も他人の心が分からないのと同じ。自分を助ける事ができるのは自分だけ。

 悩むのも自分。悩みの答えを見つけるのも自分。誰かが道しるべになってくれたとしても、示してくれた道を行くか行かないかは結局は自分が選ぶの。分かる?』


「……わかんない」


『そうね、まだ子供だものね、子供には難しいわよね』


「……!? バカにしないでよ!!」


『ふーん? じゃあ、どういう意味か分かったの?』


 私の安い挑発に乗っかってくるも、やはり理解できずに黙るオデット。

 私も正直、子供相手にこれで分かってくれるとは思っていないし、ひねくれた価値観を一瞬で変える事なんてできないだろうとも思う。

 でも、どうにもこういう人間を見ているとイライラしてしまうのだ。


『要はたかが髪色ごときでウジウジすんな! って事よ!』


 そう、どんな理屈をこねようと、結局はこれが言いたかったのだ。


『オデットがどんなに拒否しようとも、あの純朴なくせに絶倫なアレンと天然万歳なアドリエンヌの子供に変わりないし、その銀髪はとても綺麗だし、家族全員オデットの事を大切に思ってるし、特にオレリアなんかはこっちが引くくらいオデットの自慢をするし、とにかくオデットが思い悩むような事なんて何も無いんだから』


「ぜつ……りん……?」


 あっ、しまった。子供相手に使う言葉ではなかったか。


『と、とにかく、オデットがいつまでもそんなんだったら、セルジュの髪の毛がなくなる日も早くなっちゃうわよ?』


「え……なんで?」


『知らないの? 心労がすぎると、ハゲちゃうのよ?』


「ハゲ……セルジュ兄様が……ハゲ……」


『そうよ。セルジュの髪の毛を守りたいなら、心配させるような事は……』


「ぶっ……はは! あははははは!! ハゲ!! セルジュ兄様が……!! ハゲーーー!!」


 どうやらツボにハマってしまったようだ。絶倫という単語を忘れさせようとセルジュをネタにしてみたが、効果覿面すぎたかな。



「僕は……ハゲてませんけど……?」


 密かに先程から木陰で成り行きを見守っていたセルジュが、ハゲ発言に堪えきれず出てきた。ネタにしてごめんねセルジュ。また毛根に優しい薬草あげるから許して。

 セルジュが言葉を発したのを合図に、わらわらと他の兄弟達も出て来て、笑いすぎて地面に転がり回っているオデットの周りに集まってくる。


「オデット姉さま、大丈夫? ああ、こんなにびしょ濡れになって、でも、そんなオデット姉さまもうつくし「オデット、なんで泣いてんのー?」「さむいの?」「オデットねえさま、おかしいる?」「オデットがわらってるー」「オデットねえさま、わらったかお、かわいいねー」


 笑い転げるオデットに、その周りで言いたい放題の兄弟達。まるで纏まりが無いような光景だが、彼らがオデットを心配している気持ちが伝わってくる。


『いつまで笑っているのオデット』


 笑いすぎてお腹を痛そうに抱えているオデットの脇に手を入れ、私と同じ目線まで持ち上げた。


『今日はサービスよ。私が道しるべになってあげる。彼らの気持ちを素直に受け入れなさい。そうすれば、あなたは救われるわ。言ってる意味、分かる?』


「……わかんない!!」


 笑い顔から、頬を膨らませて不機嫌そうな顔に変わるオデット。けれど、その目線はただ無邪気に笑いかけてくる兄弟達に向いていて。また水色の瞳が潤むのを私は見逃さなかった。


 春の陽射しのような兄弟達に囲まれて、オデットを覆っていた氷が溶ける音が、聞こえた気がした。

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