ウサギ男にマウントパンチ
2 ウサギ男にマウントパンチ
ハク様を膝枕したままわたしはソファーにもたれて眠ってしまい、目が覚めたら朝の七時だった。
昨日の夕方からいままでって、寝すぎだろ、わたし。
ヤッベぇと思って鞄から携帯を出して家に電話したらお母さんから「泊まるんなら連絡くらい寄越しなさい」と怒られてしまって「ごめーん」と謝っておく。
わたしの体が動いたことでハク様も目を覚ます。わたしは「ハク様~、わたしも寝ちゃってたぁ。もう朝の七時だよー。お風呂借りていい? 家に帰ってたら学校遅刻するのー」とお願いする。
わたしが通っている高校はわたしの家と獅子国神社の間にあるのだ。
「別に構わんぞ。そこを出て右のドアだ」と言ってハク様は玄関側を指差す。
ありがとー、と言って立ち上がろうとするが、わたしは派手にズッコける。のおおおお脚が、脚が痺れてるううう。ハク様に見守られながらしばし悶絶して、脚の痺れが治まるなり急いでバスルームに行く。よかった、シャワーついてる。わたしは制服のシャツとプリーツスカートと紺色のハイソックスを脱いで、制服のシャツの中に着てた白いTシャツも脱いで、で、ピンクのブラジャーを外したところではたと気づく。
着替えがない!
Tシャツとブラジャーはまだ我慢出来るとして、なんとしてもパンツと靴下だけは履き替えておきたい。再びスカートとTシャツを着たわたしはリビングに戻って「緋月が使ってた部屋ってどこ? 着替え借りたいんだけど」とハク様に訊ねる。
ソファーに座ってぼんやりしていたハク様は「奥を左だ」と言いながら玄関とは反対側を指差す。いまだ踏み入ったことのない、リビングの奥側か。だが探検してる余裕はないな。言われたとおり進んでそこにあった部屋のドアを開けると、おお、女の子っぽい部屋だ。というか緋月が使っていた部屋なのだからあたりまえか。ベッドの枕元に大きなクマのぬいぐるみが置かれている。緋月、むかしっからクマ好きだったからなぁ。
和んでる場合じゃない。わたしはタンスを開けて下着類のゾーンを発見。一枚ずつ丁寧にたたまれていて、いかにも緋月らしい。って、下着の色が全部白だし。清楚キャラにもほどがある。
ブラはサイズが合わないってわかってるから(わたしが緋月に優っているのは胸の大きさくらいだ)、緋月のパンツ一枚と靴下一足を拝借してテトテトテトとバスルームへ小走り。途中ハク様から「学校に行くのならブラジャーくらいはつけていったほうがいいぞ」と言われて、わたしは舌打ちしながら両手で胸を隠す。しまった、ブラつけるの忘れてた。ちっ、ボーっとしているようでしっかり見てるやがるんだな。
高級そうなシャンプーやボディーソープに興奮しながら最速で全身を洗い、速攻でバスルームを出てからバスタオルで全身を拭く。緋月のパンツと靴下を履いてブラジャーをつけてTシャツを着て制服のスカートとシャツを着て、もっかい緋月の部屋まで行ってドライヤーで髪を乾かす。うっしゃ、準備完了。
リビングで通学鞄を拾ったわたしはハク様に「じゃあ行ってきます」と言って学校へ向かおうとするが、あ、ハク様のごはんどうしよう?
「ハク様ごめーん、ごはん作ってる暇ない~。適当に食べといて」
「気にするな、『うまいんだ棒』がまだ残っているし、冷蔵庫にもなにかあるだろう」
「ほんっとごめんね。帰りにモア買ってくるからさ」
「モア? なんだそれは?」
「知らない? ファーストフードだよ。めっちゃ美味しいから、楽しみにしといて。じゃあね」
それだけ言ってわたしは猛烈ダッシュ。脱衣所に脱いだままだったピンクのパンツと紺色のハイソックスを回収して通学鞄に押し込んでダッシュ。急げ~。
ギリギリで朝のホームルームに間に合うも全速力で自転車を漕いできたから息も絶え絶えで汗びっしょり。せっかくシャワー浴びたのに意味ねー。
一時限目は英語だった。うげー、英語は超苦手だ。自分の国の言葉すら満足に使いこなせないのに他の国の言葉なんて覚えられるはずがない。
肉体的疲労と精神的疲労が相俟って、英語のあとの休憩時間は机にうつぶせて過ごすことにする。ハク様を膝枕したまま寝てたから体中痛いし、朝ごはん食べてないから頭フラフラ。今日は省エネでいこう。
と思っているのにまえの席の男子二人がうるさい。
「まーた新宿でウサギ男が出たらしいよ」
「マッジで? こええー」
「今度の被害者は左手の指全部切られたんだって」
「エグすぎ。ウサギ男の武器なんだっけ?」
「鎌だよ、鎌。雑草を刈ったりするときに使う草刈鎌」
「犯人は農業関係者? それとも園芸が趣味の奴?」
「そっち関係は警察もさすがに調べてるっしょ。でもいまだに犯人が捕まんないてことは違うんじゃない?」
……なんだそれ? ウサギ男?
わたしは体を起こして「なにそのウサギ男って?」とまえの席の男子たちに訊ねる。
「守宮知らねぇの? 最近ここらで有名な通り魔だぜ」と坊主頭の男子が言う。
「殺しはやんないけど、被害者に一生モノの傷負わせて逃げんの。指切ったり眼球えぐったりさ。タチ悪いよ、ほんと」と茶髪の男子が言う。
「なんでウサギ男って呼ばれてるわけ?」とわたしは訊く。
「頭にウサギのマスクかぶってるんだよ。カワイイ感じのウサギじゃなくて、リアルなウサギのマスク。背が高くて体もごっつくて、いかにも怪人っぽいからウサギ男なんだって」と茶髪の男子は半笑いで言う。
「誰が言い出しかわかんねぇけどさ、今時怪人ってありえなくね? ぶはははは」と坊主頭の男子が声を上げて笑い、茶髪の男子も釣られて笑う。
ハハーン、どうもこいつらはウサギ男を一つのイベントとして楽しんでいるらしい。アホだな。被害者が本当に出ているなら笑っていられない話だろ。
「馬鹿者、笑い事ではないぞ」と誰かが男子たちに言う。そうそう。笑い事じゃない。注意した奴、偉いぞ。
坊主頭の男子と茶髪の男子は注意されて反省するでもなく逆ギレするでもなく、呆然としている。うん? このリアクションつい最近どっかで見たような……、あ、コンビニの店員さんだ。
わたしはもの凄く嫌な予感がして振り返る。ギャー予感的中! 男子に注意したのはハク様だった!
「な、なな、なにしてんのハク様~?」とわたしは思わず立ち上がって叫ぶ。
「ふむ。世の中が随分と様変わりしているようだから、久しぶりに散歩でもしようと思ってな」とハク様は顎に手を遣って言う。
「散歩するのはいいけど、なんでわたしの高校に来てるわけ?」
「散歩に出たはいいが、どこに向かうとも決めていなかったからな、とりあえずおまえのあとを追ってきた」
「追ってきた? どうやって?」
「もうおまえの匂いは憶えた。追跡は可能だ」
「え、においって……わたしそんなに汗くさい?」わたしは焦ってシャツの胸元を摘み、開いたり閉じたりして匂いを確認。
「体臭や香水の類ではない。魂の匂いだ。霊感ゼロのおまえに言ってもわからんだろうが魂にはそれぞれ特有の波長があるのだ。俺はそれを【匂い】と表現している」
なんだよ、ややこしいこと言いやがって。
ハク様は水色っぽくなるまで色落ちしたダメージ加工のデニムに黒いロックテイストのTシャツという格好。へぇ、こんなラフな服も持ってるんだ。コンビニで買ったサングラスもちゃんとかけてる。外国のミュージシャンみたい。裸足なのは相変わらず。
「ハク様だーッ!」と甲高い嬌声を上げて駆け寄ってくる女子がいて、うるさいなぁと思って見たらそれは美緒だった。美緒はわたしの腕にしがみついてきて「えー、なんでー? なんでハク様がこんなところに~?」
うっわ、おとなしい優等生タイプの美緒がこのテンションって、完全にハク様のこと好きじゃん。サングラスで目を隠してるのにどうして? あ、そういやこの子、幽霊が見えるとか言ってたな。霊感が強いのか。
クラスの女子たちはハク様に見蕩れてはいるものの、我を忘れるほどじゃない。極端に霊感が強いのはどうやら美緒だけのようで一安心。一人くらいならなんとかなる。
「わああああ、ハク様をこんなに近くで見たの初めて~」と美緒はポニーテールと眼鏡をピョコピョコ揺らしながらはしゃぐ。普段真面目なだけにいろいろ溜まってんだろうな。「あれなの? 守宮さんってハク様とお知り合いなの?」
「ん? まあね」
「ちょっとー、それなら教えてよ~」
いや、わたしと美緒ってそこまで仲よくないし。わたしがあんたを美緒って名前で呼んでるのも、あんたが【九十九里浜】なんていうレアすぎて呼びづらい名字だからだし。
ハク様はわたしのほうを向いて「おまえの友達か?」と訊いてきたが、わたしが答えるまえに美緒が「どうも~九十九里浜美緒ですぅ、初めまして~。守宮さんとは大親友なんですよぉ」とハートマーク全開で割り込んでくる。ウザ。
真夏の銀行並みに清涼感たっぷりの笑顔でハク様は「クジュウクリハマミオか。うむ、よろしく」と呟く。そしたら美緒は腰が抜けてしまったみたいに座り込んで「笑顔素敵すぎる~」と恍惚の表情。
勘弁してよ。
いかん、このままでは次の授業が始まってしまうではないか。わたしはとりあえずハク様を教室の外に連れ出そうとする。しかし美緒がそうはさせまいとまとわりついてきて「どこ行くのー、もっとハク様とお喋りしたいよぅ」
「ダメダメ、ハク様はお忙しいの。ねぇ、そうですよねハク様? さあ、お外に参りましょー」とわたしは強引にハク様の体を押す。
「ん? ああ、外に行くのか? わかった」とハク様もよくわからないままわたしの指示に従ってくれる。よし、このまま教室を脱出だ。
ただハク様は優しいから、美緒の左頬を撫でつつ「また会おう、ミオ」などと甘く囁いちゃう。
美緒は全身を強張らせて「はああ~ん!」とクリーミーな声を上げる。「守宮さん! 私もう絶対この左の頬っぺた洗わないから!」
「んが~放せ! おまえの洗顔事情なんて知るか!」
わたしは興奮状態の美緒をなんとか振り払ってハク様を屋上まで引っ張っていく。階段を上ってる最中にチャイムが鳴ってしまったから次の授業には確実に遅刻だ。
「ハク様、急に学校に来たら困るよ」とわたしが怒るのにハク様は「行きたいと思った場所に行ってなにが悪い」と平然と言ってのける。
イラッとしてわたしが「ハク様がいたらパニックになるだろ! 自分が他人に与える影響ってものを少しは考えろって!」と声を荒げると、ハク様は一歩下がって身構える。「いや、あの……さすがにもう蹴らないから。危険人物みたいに扱うのやめて。軽く傷つく」
ハク様は構えを解く。「多少騒ぎにはなるだろうが、民と触れ合うのも神の務めなのだ。それにこのサングラスとやらをかけていれば大丈夫だと言ったのはおまえではないか」
「そうなんだけどさ、美緒は特別に霊感が強くて、サングラスかけてても駄目みたい」
そうか、と囁いてハク様は腕を組み「まあしかし、散歩に出たおかげで面白いことを聞けた」と言う。「ウサギ男か。なぜウサギのマスクをかぶった怪人をウサギ男と呼ぶのだ?」
「あ~、むかし流行ったバラエティ番組に怪人が登場するコーナーがあって、その怪人たち名前にね、【男】って絶対ついてたんだよ。ラッコ男とかカルガモ男とか。まあそれも別の特撮ヒーロー物のパロディなんだけど」
「むう、ウサギ男はバラエティ番組から来ていて、そのバラエティ番組はパロディで……、うむむ。よくはわからんが、とにかくそのバラエティ番組とやらの影響で怪人は全てナニナニ男と呼ばれるようになったというわけだな?」
「うーん、どうだろ? いまのはわたしの勝手な思いつきだもん。わたしたちの世代だともうそのバラエティ番組自体を知らないんじゃないかな? わたしだってお父さんが録画してたヤツを見て、たまたま知ってただけだし」
我が父はバラエティ大好きなのだ。
「勝手な思いつきを、さも真実のように話すな、馬鹿者が」と落胆した様子で呟いてからハク様は憂いの表情で町を見下ろす。「しかし、ウサギ男、か……、犯人にとっては実に都合のよい呼び名だな」
「え、どういう意味? 犯人のこと知ってるの?」
「俺を誰だと思っている? 神だぞ? この世界で起こっていることは全て見通せるのだ」
「うっそだー。コンビニ知らなかったくせに」
「そんな瑣末なことにわざわざ神の力を使うか愚か者。神の力は崇高なものなのだ」
「崇高ね~。まあいいや、犯人わかってるんなら警察に言って早く逮捕してもらおうよ」
ハク様はゆっくりと首を振る。ハク様の白銀の髪が揺れる。
「それは出来ん。俺が人間の営みに手を出すことはない。神はただ見守るのみだ」
「なに言ってんの? 実際に被害に遭ってる人がいるんだよ? 神様ならなんとかしてよ」
「人間が起こした問題は人間が解決するべきだ」
「ちょっとそんなの冷たいんじゃない?」
「人間からすればそうだろう。だが地球という生命の観点から物事を見た場合、果たして冷たいと言えるだろうか? 人間本位の、傲慢極まりない考え方を一度改めてみろ。そうすれば、むしろ人間などお互いに殺し合って数を減らすべきではないのか、いっそ滅んでしまったほうがいいのではないか、という見解も生まれてくるはずだ」
「……かもしんないけどさ」
「それでも、この星の生物の中で最高の知的進化を遂げた【人間】という種族の可能性を信じるからこそ、神々はいまもおまえたちを見守り続けているのだ」
「なんだよー偉そうに。だいたい人間を作ったのって神様なんじゃないのかよー。それなのに滅びればいいとか勝手すぎじゃないのー?」
「それはおまえたちが知るべきことではない」
ちっ、大事なところで逃げやがって。わたしは面倒くさくなってくる。
「わかりましたよ、ウサギ男のことはわたしたち人間でなんとかしますよ」と拗ねた口調で言う。「じゃあわたしは授業に戻るから、ハク様は神社に帰ってて。散歩したいなら学校が終わってからわたしと一緒にしよ」
「む、一緒に行ってくれるのか。おまえは態度こそ粗雑だが、心根は優しいな」
急に褒められてわたしはドキっとする。
「や、やや優しくなんかないって。ハク様が独りで出歩いたら町がパニックになるでしょ? ハク様のために~とか、そんなんじゃないんだから」
「混乱を避けるため、ということだろう? それも優しさから来る考えだ。おまえはまるで熟し切るまえの野苺のような女だな」
「はあ? 野苺? なにそれ? 髪の色だけで言ってんでしょー?」日本人が言ったらドン引き確定のクサい台詞でもハク様が言うと素敵に聞こえるから困る。
「爽やかな酸味の奥にまろやかな甘みが隠れている、ということだ」言いながらハク様は、美緒にしたみたいにわたしの頬を撫でてくる。頬を撫でるのがハク様の癖っぽい。癖というか、頬を撫でたり頭を撫でたりすることが女性に対して効果的な手段だとよくわかっているんだろう。効果的な手段はやっぱり効果抜群で、わたしはすっかりハク様の手中に堕ちて気持ちよくになっちゃう。ううう~、認めたくないけどこういうところは上手いんだよな、コイツ。
ハク様はサングラスを外し、わたしの腰に手を回してわたしを抱き寄せる。芸術作品みたいなハク様の顔が近づいてくる。え、ちょ、キス?
「あ、ちょ、ダメ……、ズルいよ神様パワー全開じゃん。ほんと、こんなのズルいよ」
「霊感ゼロのおまえに神の威光は無意味なはずだろう?」
「そんなことないよぅ、わたしだって、それなり、に……」
そう言いながらわたしは無意識に目を閉じてしまう。あれ? わたしってばハク様を受け容れちゃうの? 違う違う、これは神様パワーのせいだ。わたしは別にハク様のことなんてなんとも思ってない。ハク様とキスしたいなんて思ってるはずがない。だからこれは神様パワーのせいで、無理やりこういう状態にさせられているんだ。こういう気持ちにさせられているんだ。
こういう気持ちってなに?
キスを迫られても抵抗しない、抵抗出来ない、抵抗したくないって気持ち。
でもそれって、本当に神様パワーのせいなの?
あたりまえじゃん。神様パワーで体中がポワワ~ンってなってて力が全然入らなくて、そんな状態だからこそ受け容れちゃうんであって、正常なわたしだったら、無理やりキスしてくる奴なんか速攻でぶん殴ってるもん。
だけどさ、わたしってむかしから強引に頼まれると断れないところあるでしょ? 昨日の膝枕だってそう。嫌がってたけど、最後はしてあげたじゃない。
なに? じゃあわたしは強引に迫られたら誰にでも膝枕してあげるし、誰にでもキスを許すってこと?
いや、誰にでもってわけじゃないよ。わたしが言いたいのは、少なくとも、わたしはハク様に好意を抱いているんじゃないかってことだよ。
んなわけないし。昨日会ったばっかりだよ? しかも相手は神様だよ?
誰かを好きになるって気持ちに、いつ会ったとか、相手がどういう人とか、そんなの関係ないよ。
ああもう、よくわかんない。
そうだね、頭でいくら考えても意味ないのかもね。ほら、ハク様の顔の気配がすぐそこまで来てる。とにかくいまはハク様とのキスに集中しなさい。
わたしは全神経を唇に集中させる。ふわ~、わたしってば実はこれがファースト・キスなんだよな~。やばい、死ぬほど緊張してきた。
それなのにハク様の唇が触れたのは、わたしのおでこだった。はにゃ?
唇にキスじゃなかった。おでこにチューだった。
ハク様は「ふふ、いちいち初々しいな、おまえは」と悪戯っぽく笑う。
わたしは半分涙目でハク様をキュウと見上げる。もしかしてわたしおちょくられてる? むがー。
「どうした? ちゃんと唇を奪って欲しかったのか?」とハク様に訊かれるが、心がまだあっちこっちに跳ね回っている最中だったからまともに頭が回らなくて答えられない。
わたしはハク様の胸に顔を押し当てて「んもーハク様のイジワルー。女の子の気持ちを弄ばないでよ~」
「ふむ、それはすまなかった。頬を上気させて恥らうおまえを見ていたら、ついからかってやりたくなったのだ。許せ」
「……許さん、このエロ神め」
「ふはは、なんたる暴言。これは罰を与えてやらんとな」
「へ? 罰?」
わたしの腰に回っていたハク様の手がいきなりわたしの脇腹をくすぐってくる。
「ひにゃ!」
「そんな愛らしい声も上げるのだな」
「にゃはは、やめ、やめてって! うひん」
「この際、その生意気な言葉遣いを改めさせてやろう」
「あはぁはは、ああ、ちょ、コラ、どさくさに紛れて変なとこ触る、な、ひあ、あははは、ちょと、マジ、ひひふ、駄目だってぇ」
「ん~? 少しは俺を敬う気になったか?」
「う、敬うよー、あっ、ん、敬うってばぁ」
「随分と投げやりな言い方だな、もっと心を込めて」
「アハハ、んぐふ、ひふ……わかった、からぁ、にゃはひ、ちゃんとハク様の言うこと聞くからぁ」
「反省しているなら、まずは深く謝罪すべきではないのか」
「ご、ごめ、くふっ、んな、さい、あくん、ふあ、ん、ふええ~ん、もう、許してぇ~」
わたしはあまりのくすぐったさに耐えられずに泣き出してしまう。これってなに泣き?
「泣けば済むと思っているのか、甘い考えだ」
「ぐふ~ん、あははは、ぐず、ん、はあ、ひぐ……もう~、ひふぅ、あれでしょ~? 敬えとか言って、結局ハク様はわたしのこと苛めたいだけなんでしょ~?」
わたしがそう指摘するとハク様は手を止める。琥珀色の瞳が楽しそうに光る。
「バレたか。おまえの反応はいちいち面白いからな、ついからかってやりたくなるのだ」
「は、ハク様がわたしのことオモチャにして遊びたいっていうのはわかったから。でもいまはダメ。ここじゃやだよぉ」
「ほう、どこならよいのだ?」
「続きは神社に帰ってからにしよ? ね? お願い」
ハク様はしばらく考えてから、やっとわたしを自由にしてくれる。わたしはキス寸止めからの超絶くすぐりという落差の激しい連続攻撃で心も体もふやけてしまっていて、思わずへたり込んでしまう。体中が大きな音を立てて脈打っている。暑気と体の火照りに誘われて流れ出した汗が体中を濡らしている。涙が顎を伝って滴り落ちる。
や、ヤバかった。
「少しからかい過ぎたか」と言ってハク様は目をわずかに丸くする。「さて、ではおまえの言うとおり社に戻って、残りの『うまいんだ棒』でも食べるとするか」
ハク様はサングラスをかけ、少しだけ膝を曲げてジャンプする。しかもそのジャンプ力はとんでもなくて、ハク様は屋上を囲んでいる高いフェンスの上に楽々と乗ってしまう。すげ。振り向いてわたしを指差し「モアとやらを買ってくるのを忘れるなよ」
そして、まるで十センチの段差から下りるみたいな気軽さで、フェンスの向こう側へと跳び下りる。うっそ! まだ足腰に上手く力が入らないわたしは這うようにしてフェンスまで行って下を見る。ハク様は普通にグラウンドを歩いてる。
「ハク様ぁーッ、部屋に戻ったらぁ、ちゃんと足の裏洗うんだよーッ」とわたしはどうでもいいようなことを叫ぶ。ハク様は振り返らず、掲げた右手をゆっくり振って応えた。
ハク様の背中が見えなくなるまで見送って、その頃にはなんとかわたしは立てるようになっている。手のひらと膝とスカートについた砂埃を落として、着衣の乱れを整えて、校舎に入ってトイレに行って、手と顔を水で綺麗に洗い、鏡を見る。映った自分の顔を眺めるうちに、おでこにチューされたのを思い出す。全身がムズムズムズ~。エッロ! あの神様エッロ!
いまから授業に出る気にもならないから、休憩時間まで時間を潰すことしよう。トイレの個室に入って便座に座り、細く長い溜め息を吐く。五分。十分。ボヘー。十五分。二十分。ボヘヘーン。で、二十五分(あくまで体感時間)が経過したくらいだったと思う。わたしは不意に「あ」と声を上げてしまう。
さっきわたし、なんとか解放してもらいたい一心でとんでもないこと口走ってなかったっけ?
自分の発言を詳細に思い返す。お願い、とか言ってた。ここじゃやだ、とも言ってた。あと、続きは神社に帰ってから、とかも。続きってなんの続き? わたしなにしてたっけ? なにされてたっけ?
「……ッ!」
眩暈がして、トイレの壁に側頭部を打ちつける。痛みなんて全然気にならない。
チャイムが鳴って、わたしは半分無意識でトイレを出る。かなり怪しい足取りで廊下を歩き、教室のドアを開けて、ハク様のことを質問してくるクラスメイトたちを完全に無視して自分の席に座り、力なく机に突っ伏す。
わたし、ハク様のオモチャ決定じゃん!
「ちょ、守宮、なんか口から魂的なもんが出てね?」と男子の誰かが言う。
「白い、朱璃が全体的に白いわ」と女子の誰かが言う。
ええ、ええ、魂も漏れ出すでしょうし、白く透けたりもするでしょうよ、そりゃあね。そりゃあね!
その後の授業をどうやって受けていたのか記憶にない。しかしノートには授業内容がばっちり書かれている。意識は停滞していても黒板の文字を書き写すことは出来ていたらしい。習慣って怖いな。十年近く、ほとんど毎日繰り返してきた作業だもんね。
下校しようと駐輪場に向かっていると、なんと美緒が声をかけてくる。
「あの守宮さん、ちょっといいかしら?」
ハイテンションモードのときと表情が全然違う。冷たくて硬い。さっきの馴れ馴れしさが嘘のよう。
「ハク様LOVEの美緒ちゃんがなんか用ですかぁ?」とわたしは嫌味な言い方をする。いまはあんたなんかに構っている余裕はないのだよ。
「さっきは恥ずかしいところを見せてしまったわね」とか言いながら美緒は凛とした雰囲気を出そうとするが、いや、もうさすがに無理だろう。「そのことで、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「あー、わかってるよ。もう学校にハク様連れてきたりしないからさ、安心して」
「そ、そうじゃなくて」
「ん? じゃあなにさ?」
「もう一度ハク様にお逢い出来ないかしら?」美緒は恥ずかしそうに目を伏せて言う。「私、小さい頃に獅子国神社のお祭りでハク様をお見かけして以来、ずっとお慕い申し上げていたの」
うわあ、グイグイきたー。クラスメイトのまえであれだけの醜態を晒しておきながらヘコむどころかポジティブに前進とは、メンタルが強いというか恥知らずというか。それともハク様にそれだけ憧れてるってことなのかな。
あ、でもこれって丁度いいかも? 美緒を連れていけばハク様と二人きりにならなくて済むし、もしさっきみたいにおちょくられそうになっても美緒を囮にしてわたしは逃げればいい。ナイスアイディアじゃない? 倫理的には最低だったとしても。
「うん、いいよー」とわたしは悪魔の尻尾を忍ばせながら快諾する。「いまから一緒に神社行こっか?」
興奮気味の美緒を落ち着かせながら二人して自転車で獅子国神社へ行く。いきなり美緒を連れていったらハク様怒るかな? というか部外者を連れていっていいのかな? まあちゃんとモアは買ったから、これでハク様の機嫌は取れると思う。
神社の階段を上がり始めてすぐ「ハァ、ハァ、ここの階段はやっぱりきついわね」と美緒が文句を零す。息切れるの早……。
「考え方次第だよ。ダイエットだと思えばいいの」
「な、なるほど」
美緒はわたしより背が高いけど凄く華奢で、運動が出来そうにないってことがよくわかる体の動かし方で階段を上っていた。日頃から鍛えてない人には相当つらいんだろうな、この階段。わたしは美緒のペースに合わせてゆっくりと上る。
「まえから聞きたかったんだけど、守宮さんって、ハァ、髪、そんな派手な色に染めてるのに、どうして、ハァ、先生に怒られないの?」
「ああ、これ?」わたしは朱色の髪を指先でクルルンと巻きながら言う。「染めてないよ。地毛だもん」
「本当に? 赤毛って凄く少ないって聞いたことあるわよ?」
「うん、赤毛の人って世界人口の二パーセント未満らしい。テレビの受け売りだから合ってるかどうか自信ないけど」
「もしかして、あなたってハーフなの?」
「そうそう。お父さんが日本人で、お母さんがスコットランド人」
「はっきりした顔立ちしてるけど、あんまりハーフには見えないわね。なんというか、外人特有の濃さがない」
「そうなんだよー、ハーフのくせに妙にサッパリしてるんだよねぇ。顔に関してはお父さんの血が強かったんだと思う。でも髪は完全にお母さんの遺伝子。この赤い髪のせいで、初めて会った人はみんなわたしのこと不良だと思うわけ」
「思ってたわ、不良だって」
「あははー、やっぱり?」わたしは苦笑い。「でもわたしはこの髪すっごく気に入ってるんだよ。苺とおんなじ色だし」
ハク様に野苺みたいだって言われてその気になってるわたしって単純?
「トマトとも同じね。あと血の色……」
「こらこら、喧嘩売ってんのか~?」
階段はまだ半分くらい。ペースはどんどん落ちる。わたしは退屈なので美緒に話題を振る。
「美緒さ、ウサギ男って知ってる?」
美緒は不思議そうな顔をして「ウサギ男? 羊男の間違いじゃなくて?」
「羊男?」とわたしは訊き返す。
「そう、羊男」
「なにそれ?」
「村上春樹の小説に出てくるの」
「ハルキ?」
「え、知らないの? 信じられない。日本を代表する作家の一人よ。もの凄い有名人なんだけど」
「知らない。ハルヒなら知ってる」
美緒は怪訝な顔になる。「ハルヒ?」
「うん、ハルヒ」
「誰それ?」
「ちょっとまえに流行ってたアニメ。エンディングのダンスが有名で、アキバで外人さんも踊ってたよ」
「アニメのダンスを、外人が踊るの?」
「そうそう」
ハルヒが理解不能って顔の美緒。わたしはハルキが理解不能。お互い全く噛み合わない。
んん? わたしなんの話してたっけ? ……そうだ、ウサギ男。
「ってか、ウサギ男だよ。知ってる?」わたしは話を戻す。
「羊男じゃなくて?」と美緒は訊き返してくる。
「いやいや、無限にループするからやめよう、それ」
とか喋ってるあいだに階段を上り切る。わたし独りのときよりも倍くらい時間がかかったんじゃないだろうか。空がすっかりオレンジ色になってしまっている。
疲労のあまり膝に手をついてうな垂れている美緒の背中を二回叩いて「おつかれさん」とわたしは労う。
額の汗をハンカチで拭いながら美緒が「ウサギ男って」と口を開く。「ウサギのマスクをかぶってるの?」
「うん、そう」
「背が高い?」
「らしいよ」
「黒いロングコート着てる?」
「さあ、どうだろ」
「黒い大きな鎌持ってる?」
「ううん、持ってるのは雑草を刈る、ちっこい鎌だよ」
「じゃあ、あれは違うのね」と言って美緒が指差した方向に、わたしも視線を合わせる。
一瞬自分の目を疑ってから「あ~、どう見てもウサギ男だよね、あれ」
耳がピョンと立った、白ウサギがいた。正確には、リアルな白ウサギのマスクをかぶり、黒いロングコートを着込み、死神が持ってるみたいなでっかい鎌を担いだ、長身で痩身の人間がいた。
ウサギ男はわたしたちを真っ直ぐ見ている……気がする。マスクをかぶってるから視線なんてはっきりとはわからないが、見られているように思う。
ウサギ男に「こんばんはぁ、そんな格好してて暑くないですかぁ?」と声をかけてみる。
「いや~、それは平気。それよりこの鎌が邪魔なんだよ。持ち歩くのに不便でさぁ」とウサギ男は言う。若干高めだけど、間違いなく男性の声だ。
美緒がわたしの腕を掴み「ね、ねえ、ウサギ男っていったいなんなの?」と言う。
「……通り魔」
「えええ? そんなッ」
ウサギ男が担いだ鎌を揺らしながら近づいてくる。ちょっとちょっと、なんかヤバくない? というか確実にヤバい。なんでこんなところにウサギ男がいるの? わたしたちを襲うつもり? なんでわたしたち? あ、イカれた通り魔に道理も理由もないか。
わたしはモアのハンバーガーとポテトとジュースの入った紙袋を美緒に手渡し、肩にかけていた通学鞄を地面に置く。
「美緒、下がってて」と言ってわたしは前進開始。体中の神経、筋肉、関節などに【戦闘準備】の命令を伝達する。ギリリ、ミリリ、とわたしの体がわたしの声に呼応する。イケるかいマイバディ?
イエス、ボス!
突如加速して間合いを詰めたわたしはウサギ男の懐に潜り込み低空の両足タックルを決める。自分よりもリーチのある、しかも武器を持ってるような奴を相手に立って戦うのは分が悪い。 だから倒してしまうのだ。
「おわっ」と情けない声を上げるウサギ男。地面に倒れても鎌を手放さない。しかしわたしはウサギ男に武器を使う時間を与えてやらない。素早くサイドポジションに回ったわたしはウサギ男の右手(鎌を握っているほうの手)を押さえつけつつマウントポジションに移行して顔面を軽く殴ってやる。するとさすがにウサギ男も鎌から手を放して両腕で顔のガードを固める。
「あんたなんで通り魔なんてやってんの? バッカじゃん?」とわたしが言うと、ウサギ男は素っ頓狂な声で「はあ? 通り魔? なに言ってんだよ、俺はこの世界の平和を守ってんだって」と答える。
ふざけた返答だ。わたしは振り上げた拳を躊躇なくウサギ男の顔面に落とす。
「きゃあああああ!」という女みたいな悲鳴が上がって、おいおいウサギ男め、痛いからってなんて声出してんだよ、と一瞬思うけど、でもそれは美緒の声だった。ええーそっちぃ?「守宮さん、なんてことを!」
わたしは立ち上がり、意識が朦朧としているであろうウサギ男を見下ろしながら「だってこいつに何人も襲われて、酷い怪我させられてるんだよ?」
「だ、だからってなんであなたがそんな……、そういうのは警察に任せておけばいいでしょ?」
大股で歩いていってわたしは美緒の胸ぐらを掴む。
「悪い奴が目のまえにいたから捕まえた。なんか文句ある?」
バーサーカーモードに入っているわたしはとても好戦的だ。
「も、文句というか……」とドモりながら美緒はわたしの顔を見ていたのだが、急に視線をわたしの背後にズラして「え? あ、嘘?」
振り返ってみて、驚いた。何事もなかったみたいにウサギ男が立ち上がっていて、首をコキコキと傾けている。もう回復した? でもわたしは三発もマウントパンチを顔面にクリーンヒットさせたんだぞ? 手応えもあった。脳が揺さぶられたダメージはすぐに回復したりしない。
ウサギ男は重そうな鎌を片手で楽々と持ち上げる。こいつ、なんか変だ。普通じゃない。
「美緒、わたしがあいつを抑えてる間に逃げて」
「でもそれじゃ守宮さんが……」
「気ぃ遣ってる余裕ないからはっきり言うけど、鈍くさそうなあんたがいると足手まといなんだよ。わたし独りのほうが戦いやすい。わかった?」
「なんで戦う必要があるの? あなたも一緒に逃げればいいでしょう?」
もう、この子面倒だなぁ。戦うことが怖いし、逃げることも怖い。とりあえずなにかしらの行動を起こすことが怖いんだ。動かずじっとしていれば、周りが勝手に問題を解決してくれると思ってる。甘いなぁ。そのくせ自分の好きなこと(ハク様に関して)だと急に行動的になる。利己的だなぁ。ま、この子が、って言うか、若い奴は総じてそんなもんだ。偉そうに語ってるわたしも含めて。
鎌を再び担いだウサギ男が「うしろの子も俺が見えてるっぽいね。かなり霊感が強いんだな」と言う。
いきなりの神様関係者っぽい発言。もしかして……。
わたしは恐る恐る「あんた、通り魔だよね?」と訊いてみる。
「誰が通り魔だよ? 違うっつーの。ふっざけんじゃねーぞ」とウサギ男は怒ってるように聞こえる台詞を普通のテンションで言う。「せっかく新しい社守に挨拶しようと思って待ってたのにいきなりマウントパンチされるとか、俺どんだけ可哀想なんだっつー話だよ」
「ええええーッ!」まさかの人違い。「あああ、わたしてっきりあんたが通り魔だと思って」
「早とちりしてマウントパンチしちゃうなんて、きみは凶暴な女の子だねぇ」
「だ、だだ、だってそんな紛らわしい格好してるから悪いんじゃん!」
「へ? この格好はハクの奴に言われてやってるんだけど?」
わたしはショックのあまり軽い頭痛を覚える。手のひらで額を押さえつつ「……あの馬鹿が絡んでんのか」と呟き、やんわり息を吐く。
大鎌を持った黒ウサギについて熱く語り合っている小学生の男の子たちがいて、通学中になんとなくその話を聞いていた緋月は大鎌の黒ウサギのことをハク様に話したらしい。
たぶん黒ウサギはアニメか漫画のキャラクターだったんだろうけれど、ハク様はもちろんそんなことわからないから「大鎌を持った黒ウサギか、面白いな。おい、トキオ。これからおまえは大鎌を持ってウサギの格好をしろ。ただ、黒ウサギというのは俺の趣味ではない。白がいい。白ウサギだ」と適当なことを言っちゃう。
神様の言うことだからトキオさんも渋々ながら従う。トキオさん可哀想。ハク様の適当な思いつき発言以来ずっとこの格好らしい。せめてもの抵抗で顔以外は人間の姿をして、服装も黒で統一しているんだって。それが逆にキモい。いっそ全身ウサギのほうが可愛くていいんじゃないか?
ハク様の社のリビングでわたしはハク様に「トキオさんって、ハク様とどういう関係なの?」と訊ねる。
「俺の下僕だ」とハク様が答えるなり、トキオさんが「誰が下僕だよ、誰が」と割り込んでくる。
「こんなふざけた格好してるけどさ、俺も一応神様なんだよ朱璃ちゃん。神様にも上下関係があってね、ハクは俺の上司ってところかな」
ハク様はここら辺で一番偉い神様らしい。ここら辺ってどこまでだ? 東京周辺? 関東? 日本全体? 質問してみたら「人間は知らなくていいことだ」といつものようにハク様に言われる。じゃあ中途半端に興味引くようなこと教えないでよね。
ソファーに座ってわたしとハク様とトキオさんが喋っているのを、美緒はとろけそうな表情で眺めている。いや訂正、ハク様だけをとろけそうな表情で眺めている。美緒は「ハク様のお傍にいると胸が締めつけられて、なにも喉を通りません~」とか言い出して(階段上りでバテただけだろ)、美緒のぶんのモアはトキオさんが食べることになる。トキオウサギはウサギの口でチーズバーガーをモニュモニュモニュモニュ食べてる。どう見てもマスクじゃない。人間サイズのウサギがいるようにしか見えない。口の中を覗いてみても、人の顔なんてないもん。
ハク様は美緒にポテト食べさせてもらってる。自分で食えよ、とは思うも美緒が幸せそうだからいいか。
ハク様には事前にサングラスをかけさせて「美緒にあまり刺激的なことしないでね」と言ってある。「刺激的なこと、とはなんだ?」とハク様が訊いてきたから「とりあえずお触り禁止」と答えておいた。隣で話を聞いていたトキオさんが「どこのキャバクラだよ」と言って笑ってた。
よしよし、この雰囲気なら学校の屋上で言ったこともお流れになりそうだ。
と考えてわたしは安心していたのに「さて腹も膨れたし、朱璃よ、先ほどの続きといくか」とハク様に言われてガビーン。
「いや、だってみんないるし」
「ほう、二人きりのほうがよいのか?」
「そういうこと言ってんじゃなくてぇ」
「じゃあ寝室へ行くぞ」
そう言ってハク様はわたしの手を取り、強引に引っ張る。いやいやいやいや無理無理無理無理!
「ちょ、ちょっと待ってハク様」
「どうかしたのか?」
「いやー、そのー」と言ってからわたしはハク様にそっと耳打ちする。「わ、わたし、いまいち体調が優れなくて……」
「風邪か?」
「あ、かもしんない。熱はないみたいなんだけど、体がダルくって。だから遊ぶのはまた今度にしよ」
「なるほど、それは仕方がないな、日を改めるとしよう」とハク様も納得してくれる。おっしゃーッ適当な嘘で切り抜けたぁ!
と。
わたしがピンチを脱した感動に浸っていられたのも束の間、ハク様は美緒を手招きして「美緒よ、俺と遊ばんか?」と爽やかな笑みで誘う。
「ははははい! 是非! どのようなことをなさるのですか?」と美緒は嬉しそうな顔で受諾する。
「さて、なにをしようかな。とりあえず俺の部屋に行くとしよう」
美緒はハク様に連れられてリビングの奥に消える。あーあ。
結局わたしの立てた悪魔的計画のとおりになってしまった。わたし酷い奴だな。卑怯者だ。でも美緒は喜んでいたしハク様の欲求も満たされるし、別に誰も傷ついてなくない? わたし逆にいいことしたんじゃない?
そんなわけない。しっかり傷ついたよ、わたしの良心が。
わたしがトキオさんの隣で鬱モードに突入していると、トキオさんが「なーに落ち込んでんの?」と軽いノリで訊いてくる。
「えー、だってハク様の遊びって、なんかエッチぃことしそうなんだもん。美緒、大丈夫かなぁって」
「いくらハクでも、さすがに女子高生相手に変なことはしないと思うぜ。でもハクはモテるからなぁ、あの美緒って子のほうからアプローチしちゃうかもしんない」
「ハク様、やっぱりモテるんだ?」
「そりゃあもう。なんせハクは【どんな美酒よりも女を心地よく酔わせる男】と呼ばれているからねー」
「嘘くせ~。どうせ神様パワーのおかげでしょ?」と言ってわたしはポテトを三本まとめて頬ぼる。「トキオさんだって神様なんだから、神様パワーでモテモテなんじゃないの?」
ずっとご陽気キャラだったトキオさんのテンションが急に落ちる。肩とかガクーンってなる。
「それが……ッ! この格好のせいで全然モテなくなっちゃったんだよ~ッ! 誰も近寄ってこないんだよ~ッ!」
うお~んと泣き出すトキオさん。さすがに神様でもこの格好じゃあモテないか。わたしはやれやれと苦笑いしつつ、なんか可哀想だったので膝枕で慰めてあげる。今度の膝枕は横向きの耳掻きポジションだ。
「トキオさんって苦労してそうだよねぇ」わたしはトキオさんのおでこの辺りを撫でてあげながら囁く。
「苦労してるよ~あのワガママ野郎の思いつきで、いままでどれだけ酷い目に遭ってきたか~ちくしょ~」
神様でも職場のストレスってあるんだな。
「ううう~朱璃ちゃんはいい子だなぁ、全然俺のこと怖がらないもんなぁ」
「うん。最初は人間サイズのウサギってびっくりしたけど、慣れれば見た目ウサギだし、可愛いよ」
「マジで? 俺可愛い?」
「うんうん、可愛い可愛い」
初対面でマウントパンチかましちゃったし、ここはサービスしておこう。
「はうう~朱璃ちゃんはマジでいい子だなぁ」
「ははは、そんなんじゃないよ。あのわがままな神様に振り回されてる者同士、仲よくやっていこうって思っただけ」わたしは素敵にスマイル。
「そうかー、俺たち似た者同士なんだなぁ」
「うん、だからお互い助け合ってやっていこうね」
「オッケー。じゃあさ、一つお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「うん、いいよ。なーに?」
膝の上で鼻をすすりながら泣いていたトキオさんはわたしの顔を見上げて「おっぱい触らせて」
「無理」わたしは素敵スマイルを維持したまま即答。
「あ、無理?」
「うん、無理」
「ちょ、ちょっとだけでも無理?」
「ちょっとだけでも無理。いま膝枕してあげてるだけでも大サービス」
「え~、ハクにはキスさせてあげたんでしょ?」
ちぃ、あの馬鹿なに喋ってんだよ。わたしはぼちぼち笑顔を保てなくなってきて、口元がヒクヒクしてくる。
「それは、ハク様に失礼なことしちゃったからお詫びの気持ちもあって……それにキスっていってもおでこにチューだったし……」
「あれだろ、失礼なことってハクの顔面に蹴り入れたことだろー? それだったら俺なんかタックルからのマウントパンチ連打だぜ? 俺のほうが被害でかくね?」
うう、それを言われるとなにも反論出来ない。
「そのお詫びの意味での大サービスだから」
「えええー、不公平じゃんかよー。ハクにはキスで俺は膝枕なのー? ふーこーうーへーいー」トキオさんは子供みたいな仕草で暴れる。もー、やっぱ男ってアホばっかだな。しかもこれで神様らしいし。
しかし、涙目で拗ねるウサギの姿には思わず萌えてしまう。でへー。
わたしは笑顔をやめて、ちょっと口を尖らせて「じゃあどうしろっていうんだよぉ?」と不機嫌っぽく質問する。
「だからおっぱいを……」
「なんで男ってそんなにおっぱい触りたがるの? ぜんっぜん意味わかんない!」
「女でも男の腹筋とか触りたがる子いるでしょ? それと一緒だって」
「そ、そりゃあそういう子もいるかもしれないけどさぁ……」
「おっぱいが駄目ならお尻でもいいよ」
反射的にわたしは「もっとやだよ!」と怒鳴りながらトキオさんの顔面に肘を落とす。
トキオさんは両手で鼻を押さえながら床に転げ落ちて「おごッ、ぼぁ」と苦痛の声を上げる。「ちょ、また暴力かよ! 勘弁してよマジで!」
「あああ、ごめんごめん。つい……」
「きみさ、おかしいよ? なんで神様に平気で暴力を振るえるわけ?」とトキオさんに言われてわたしは縮こまる。はああ、わたしって怒りっぽいよなぁ。心のコントロールが下手なんだろうなぁ。
わたしは大きく溜め息をつき、冷静さを取り戻す。
「あのさ、一回お触り系から離れない? もっと別の……」
「なら、パンツ見せて」
一瞬の静寂。
「はああああ?」とわたしがあからさまに嫌そうな顔をすると、トキオさんは鼻をさすりながら「あー鼻が痛いなぁ。さっき誰かに暴力振るわれたもんな。顔面にマウントパンチしてきたり肘を落としてきたり、誰だったかなぁ、そんなエッグいことするの~」というあざとい台詞を吐く。むかつく~。
「むぐぅ~……。ぱ、パンツ見せるって、どうしたらいいのぉ?」わたしは強く口を閉じてむくれる。
「よし、んじゃソファーの上に立って、自分でスカート持ち上げてみよっか?」
「なーんだよそれ! チラッと覗くとか、そういうことじゃないのかよッ?」
「んまぁ覗くのも悪くないんだけど、きみみたいな暴力的な女の子が顔を真っ赤にしながら羞恥に悶える姿と比べたら、どうしてもワンランク落ちるんだよねぇ」
「なんのランクだよ、ふざけやがって!」
「あーいたたたた、誰かさんにやられた傷がまた痛み出してきた~」
ウキャーこいつ殺してやりてぇ!
「ああーん、もう~、わかったよ~やるよ~」とわたしは仕方なしに言って、ソファーの上に立つ。
「はい、足は肩幅に広げてね」
わたしは言われたとおりに足を開く。馬鹿正直になにやってんだろ。
「こ、こう?」
「いいねー。そんじゃあスカート持ち上げていこうか。ゆっくりね、ゆっくり。焦らすみたいにー」
わたしはスカートをちょっとずつ持ち上げていく。ああ~なんでわたしって無理強いされると断れないんだろ~。意志弱いのかぁ?
トキオさんはわたしの顔とスカートを交互に見ながら「うおー、いいよ。すっごくいい。超エロい」とか言ってきて、わたしは泣きそうになる。ってか泣いちゃう。
わたしは言葉で最後の抵抗。「ふぐぅ~、この変態~」
「そうだよー、男はみんな変態なんだよー。知らなかったの~? お、もうちょいで見えそ」
わたしはあんまりにも恥ずかしいから瞼を閉じる。やだやだやだ、どうしてパンツ見せなきゃいけないの、誰か助けてぇ……。
とか思ってたら、メリメリメリメリ! という異様な音が聞こえてきて、恐る恐る目を開けてみる。あ、ハク様だ! ハク様がトキオさんの後頭部をうしろから鷲掴みにしている。このメリメリメリメリはトキオさんの頭蓋骨が軋む音だ!
「ト~キ~オ~、朱璃になにをしている~?」ハク様は冷たい笑みを浮かべて問う。
「あ、ああああれぇ? ハクくん、きみ、美緒ちゃんとお楽しみの最中だったんじゃあないのかい?」
「コーラが飲みかけだったのを思い出して取りに来たのだ」メリメリメリメリがより一層強くなる。「さあ、質問に答えろ」
「や、ここここれは親交を深めるための、れ、れれれれレクリエーション的なもので!」
「ほおーぅ? レクリエーションだと? レクリエーションでなぜ朱璃が泣いているんだろうなぁ?」
「あ、あああ、ごめん、嘘。レクリエーションじゃない。これはちょっとしたギブ&テイクであって」
「どぉんな理由があろうとも! 俺の社守に手を出すことは許さん!」
「ひいいいいいいいい!」
トキオさんのすすり泣く声が断続的にリビングに響く。わたしはズダボロのトキオウサギを再び膝枕してあげている。
「なぁんで俺だけいっつもこんなふうになっちゃうわけぇ?」と嘆くトキオさん。そうか、いっつもこんなふうなのか。
「ほらぁ、もう泣かないの。パンツなら今度ハク様に内緒で見せてあげるからさ」
「ほんとに? ほんとに見せてくれる?」
「その代わり一回だけだよ。あと変態っぽいのはナシだからね」
あまりに哀れすぎて、パンツぐらい見せてあげてもいいかなって気になってくる。
「するする、約束する。あ~、きみのパンツが見れるって思うと、生きる気力が湧いてくるぜー」
「バーカ」とわたしは笑う。とても神様の台詞とは思えないぞ。
わたしは携帯を開いて時間を確認する。げげ、もう夜の七時だ。今日こそはちゃんと家に帰らないと。
「トキオさん、わたしそろそろ帰らないといけないんだけど、美緒呼んできてもらってもいい?」
「えー、まだ遊んでるんじゃないの? 邪魔したらまた怒られるじゃん」
「頼むよー、美緒の家族だって心配してるだろうし」
「しょうがねぇなあ」
面倒くさそうにトキオさんはハク様の寝室に出向き、五分ほどして、さっきと同じように面倒くさそうな足取りで戻ってくる。
「美緒は?」とわたしは訊ねる。
「駄目だ、ありゃ。もうね、テンション上がり切っちゃって帰る気ゼロ。今日はここに泊まっていくってさ。んで、美緒ちゃんの自宅の電話番号聞いてきたから、上手く説明してあげて」と呆れた声で言ってトキオさんは手のひらサイズのメモ用紙をわたしに渡す。
「上手くって、なんでわたしが?」
「美緒ちゃん、完全に躁状態だったし、あれじゃあまともな会話なんて出来ないよ」
「トキオさん電話してよー」
「男だとめっちゃ怪しまれるって。それに美緒ちゃんをここに連れてきたのはきみでしょ?」
う、確かに。
なので、わたしは美緒の自宅に電話する。
「はい、九十九里浜です」と上品そうな女の人の声。たぶん美緒のお母さんだ。
「あ、もしもしこんばんは。わたし、美緒さんのクラスメイトで守宮といいます」
「あら、美緒のお友達? こんばんは」
「あのですね、美緒さんが人生についていろいろ考えたいとか言ってうちに押しかけてきていて、なんだかよくわからないんですけど、今日はうちに泊まっていくらしいんですよ」
「え? なんですかそれ? 美緒、そこにいるんですか? ちょっと代わってください」
「それがいまは誰とも話したくないみたいで、わたしの部屋の押入れに閉じ籠もっちゃってて未来の猫型ロボット状態なんです」本当はハク様の部屋で楽しく遊んでまーす。
「猫型ロボット? あの、意味がよくわからないわ。とりあえず美緒に――」
「明日にはちゃんと家に帰るそうなので心配しないでください」
「いやだから美緒と代わ――」
「じゃあそういうことなんで、失礼しまーす」
携帯の通話OFFボタン、ポチ。
……。
超パワープレー。前線にセンターバックが上がっちゃって、さらにゴールキーパーまで上がっちゃうくらいのパワープレー。しかし、変にもっともらしい嘘をついてあとでややこしくなるより、わけわかんないこと言って適当にボカしとくくらいのほうが丁度いいのだ。
おっと、美緒のお母さんがわたしの家に電話をかけてきたらマズいことになるのでわたしは素早く自分の家に電話をして事情を説明する。ハク様絡みなので、うちのお母さんも渋々嘘に付き合ってくれることになる。セーフ。
「ごまかせそうかい?」とトキオさんが訊いてくる。
「うん、なんとか。じゃあわたし帰るよ。ハク様に挨拶したほうがいいかな?」
とか話してたハク様がリビングにやって来る。
「ハク様、わたし帰るね」
「帰る? おまえ、ここに住むんじゃないのか?」
「住まないよ~、家から通う」
「実家はここから遠いのだろう?」
「そうだねぇ、自転車で三十分ってところかな」
琴葉町はやたらと広い。神様の世界と人間の世界との間の空間に造られている琴葉町は東京と繋がっているのだが、実質東京よりも面積が大きいらしい。その広大な琴葉町で、わたしの自宅は獅子国神社から近いほうだろう。
「緋月の部屋がそのままだし、こっちに住むのもアリっちゃアリだけどね。まあ、またそのうち考えるよ」と言いながら、実はここに住む気なんて毛頭ない。このエロ神様と同じ屋根の下に住むなんて危険すぎるでしょ。
わたしは玄関に向かう途中で大事なことを思い出す。
「あ、そうだ! ウサギ男」わたしは振り返り「結局通り魔のウサギ男って、トキオさんじゃなかったの?」
トキオさんはピオンと伸びた細長い髭を指で摘まんで引っ張りながら「俺、通り魔なんてしてないってー。するわけないってー」と間の抜けた声で主張する。「だいたい人間は俺のこと見えねーしな」
「なんで見えないの?」とわたしが聞くとハク様が「神にも様々な役割があってな、トキオの役目は【哨戒】なのだ。哨戒に当たる者は気配を消すことに長けていて、普通の人間がトキオを認識することはまず出来ない」
わたしは小声でトキオさんにショウカイとはどういう意味か訊ねる。ふむふむ、見張り役のことか。
「でもわたしと美緒には見えてたじゃん?」
「きみは社守だからね、特別に【視える】ように設定してあげてるんだよ、特別に」とトキオさんは偉そうに胸を張る。
「設定ってなに?」
「それは神様側の話だから朱璃ちゃんには教えられないんだな」
「教える気がないんなら気になるような言い方すんなって」わたしはウンザリした顔で微弱に怒る。「じゃあ美緒も【視える】設定なの?」
「いやぁ、美緒ちゃんの場合は霊感が異常に強いからだよ。稀にいるんだ、そういう子。霊感の強い人間のまえでは俺も本気で気配を消さないと見つかっちゃうのだ」
本気で気配を消すって、変な表現。
なにかを考え込んでいたハク様が口を開く。
「トキオ、おまえしばらくまえに泥酔した状態で侵入者の捕縛に向かったことがあったな」
「ん? あ~、ハクと飲み比べしてたときだろ? あんときの侵入者の野郎さぁ、おとなしく捕まりゃあいいのに抵抗しやがったから、鎌でバッサリいってやったぜ、へへへ」
「それだ」とハク様はトキオさんを指差して呟く。「泥酔していたおまえは気配の消し方が不十分だった。だから侵入者を抹殺する姿を人間に目撃されたのだ」
「え? マジでー? 俺見られてたの?」
わたしは小さく手を挙げて「あの、侵入者って?」と訊ねる。
話の腰を折られてハク様は、邪魔すんじゃねぇーよ、的な表情でわたしを一瞥してから、嫌々ながらも説明してくれる。「神同士にもテリトリーがあり、他の神のテリトリーには許可なく立ち入ってはならんという決まりがあるのだ。だが神の中にも悪事を働く愚かな神がいてな、そういう輩がテリトリーを無視して侵入してくることがある」
そこは教えてくれるんだ。判断基準がわからん。
「わかった。その侵入者を退治するときにトキオさんは目撃されちゃったんだね、霊感の強い人に。それで噂が広がって、ウサギ男なんていう架空の通り魔が生まれたんだ」
わたしの話を聞いていたハク様は渋い顔。え、違うの?
「ウサギ男が架空の存在だとしたら、被害者が出るのはおかしいだろう?」
「あ、そうか。って、ハク様は全部お見通しなんだっけ」
「ふむ。まあとにかく、身近に危険が潜んでいるということだ。朱璃も気をつけたほうがいい」
お? ハク様、もしかして心配してくれてる?
「わたしは強いから大丈夫だよ。通り魔が現れたって返り討ちにしてやるぜ!」わたしはVサイン。
「全く。言っても聞かん女だな」
「なんでも自分の思いどおりになると思ってるほうが甘いんだっつーの。じゃ、美緒のことよろしくねん」
これ以上引き留めらないうちにわたしはそそくさと玄関に向かう。
「おい、明日の朝飯は?」
しまった、完全に忘れてた。
「ハク様、コンビニまでの道憶えたでしょ? コンビニでなんか好きな物買ってきて食べてよ。いろんな物が置いてあるからさ」と言ってわたしはリビングを出る。ハク様がまだなんか言ってるが聞こえないフリ。
さあ、帰ろ。久しぶりにお父さんとお風呂でも入ろっかな~。