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ストロベリー  作者: ゆう
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神様に前蹴り




      1 神様に前蹴り




 偉い神様の部屋っていうわりに完全に洋間だった。しかも冷房まで効いていた。ここは神社で、住んでるのは日本の神様なんでしょ? ふざけているのか。さらに人がせっかく、神様ってどんな神々しい姿をしているんだろう、背中に羽でも生えているんだろうか、などとメルヘンチックな想像を膨らませていたのに、神様は普通に人間の男の姿をしていたので、ちょっとがっかりだ。

 まあ想像を裏切れたことに関しては仕方がない。むしろ人間の姿のほうが親近感あるし、それはそれでありかもしれない。

 ただ、差し当たって大きな問題があって、神様は高そうな白いバスローブを着ており、高そうな白いソファーに座っているのだけれども、脚を思い切り開いてるもんだから下半身が丸見えで、そしてなんとパンツを履いていなかったのだ。ふざけているのか。十五歳の少女を迎えるというのにそれはどうなんだ神様? やっぱりふざけているのか。

「あの、グロいんで脚を閉じてもらっていいですか?」とわたしが言うと神様は右の眉だけをピクリと上げて「ん? なぜ俺がおまえに指図されなければならんのだ?」と不遜に呟く。

「いや、だから視覚的にキツいんですけど」

「これだから【社守(やしろもり)】は困る。神に意見するなど罰当たりにもほどがあるぞ」

 わたしはウザくなったので神様の顔面に前蹴りを叩き込んでソファーごと後方に吹き飛ばしてやる。我が視界から消えろ。守宮(もりみや)流格闘術を学び、若くして黒帯の実力を持つわたしの蹴りは神すらも凌駕する。高校の帰りにそのまま神社に来ちゃったから制服を着ていて蹴る瞬間にスカートがめくれてパンツ見えたかもしれないが、そんなことよりも蹴らずにはいられなかった。

「いいから下半身を隠せ」とわたしは神様を指差して言う。

 神様はけっこうな量の鼻血を垂らしながら立ち上がって、理解不能って顔で「おまえ、俺が誰だかわかっておらんのか?」と訊いてくる。

「知らん」知ってるけど。

 神様はいかにも気だるげにソファを跨いで歩いてきてわたしのまえに立つ。けっこうな角度で見上げなければいけないくらい背が高い。二次元世界の美形キャラみたいに脚が長い。切れ長で涼やかな目元からは氷柱(つらら)っぽい尖った印象を受けるが、よく見るとしっかりした二重瞼で睫毛も長くて女の子みたい。形のいい鼻はしっかりと高く、俺生意気です、って主張してる感じ。色の薄い唇は生気が抜け落ちているようで、だからこそ神秘的な美しさがある。肌はローションでも塗ってるんじゃないかってくらいキメ細やかに煌いていて、牛乳みたいに白い。髪は肌よりもっと白くて、白っていうか光の加減で銀色に見える。んで、その滑らかな髪は腰に届くくらい長い。

 肩口をうしろから引っ張られてるみたいに背中を反らして立つ神様のプロポーションは日本人ではまずありえないほどに高次元のバランスで成立していて、なんというか、艶かしい? まあ、とにかくエロいんだ、この人は全体的に。男のくせに色気がある。

 体が揺れ動く度にぼんやり残像が残って(わたし目が眩んでる?)、コンピューターグラフィックで処理された映像を見てるんじゃないかと勘違いしてしまう。

 なんだこの嘘くさい生き物は? 全部が作り物くさい。

「俺はこの世界の神だぞ? 社守の女のくせにおまえはなにも知らんのか?」

「はいはい神様でしょー? 本当は知ってるよ。あんたのイカれた出迎えにちょっとご立腹しただけだって」

「なんだ、腹を立てていたのか。どこにそこまで業腹に至る要素があったというんだ?」

「おまえの下半身だよ……。若い女の子に向かってなに見せてんだって」

「若い女ならもっとおずおずと照れてもよさそうなものだがな」

「いや、わたし、いまでもお父さんと一緒にお風呂入ったりするから見慣れてるし。まあ、お父さんのヤツとちょっと違うけど、ベースは同じだし」

 神様は白んだ視線をわたしに向けてくる。

「おまえ、歳はいくつだ?」

「十五」

 神様は薄く瞼を閉じて口をつぐんでしまう。えーえー、そりゃあこの歳でお父さんとお風呂に入ってるなんておかしいですよ。友達からも変だって言われますよ。でも別にわたしは反抗期とかなかったからお父さんとずっと仲いいし、うちの湯船は大きいから二人でも余裕で入れるし、お風呂でお父さんとお喋りするの好きだし、わたし的には全く普通なのだ。

 神様はソファを元に戻して座って、ここに来い、とでも言うふうに左の膝を叩く。わたしは肩にかけていた通学鞄を下ろして神様の傍まで行って、クルリと一八〇度ターンして神様の左膝に腰掛ける。ふんわりいい匂いがする。神様の匂い? 香水とかの人工的な匂いじゃなくて、なんだろう、フェロモン?

「クセがなく(つや)やかな朱色の髪、透き通った蜜色の虹彩、……緋月(ひつき)と同じだな」と言って神様はわたしのロングのサラサラストレートヘアを撫でながら顔を覗き込んでくる。

「んまあ、双子の姉妹だからね」とわたしは答える。神様の指が髪から肩に下りていって、腰の辺りまでスススー。触り方がいちいちエッチぃ。わたしは顔が熱くなってくる。「あんま変なことすると、ぶっ殺すからね」というわたしの脅しなんて意に介してないみたいに神様の指は脇の下を通ってお腹のほうに伸びてくる。「ちょ……あんたさ、緋月にもこういうことしてたわけ?」

 神様はわたしの肩に顎を乗せて「ちゃんとハク様と呼べ」と囁く。吐息が耳に当たってくすぐったい。「ほう、胸は緋月よりおまえのほうが豊かだな」

 神様……もといハク様が背後からわたしの胸を見下ろしながらモロにセクハラ発言してくるが、わたしはそこまでシモネタ潔癖症でもないのでギリ我慢出来る。

「キャバクラじゃないんでセクハラはやめてくださいねー。女子高生相手だと犯罪ですよー」と冗談っぽく言おうとしたけど緊張で声が揺らいでしまう。「あはは、神様だから犯罪とか関係ないか……。そうだよね、神様だもんね」

「どうした? 急におとなしくなって」

「えっと、さっきはその、いきなりあんなの見せられたからびっくりしたって言うか……。で、やっぱり神様の顔面蹴り飛ばしたのはマズかったなぁって反省してて、だからあの、蹴ったりしてごめんなさい」

「俺が怖いのか?」

 言われてみて、自分の体が小刻みに震えていることに気づく。

「ん、ちょっとだけ」

 神様蹴るとかさすがにヤバい。天罰下るかもしれない。それにお父さん以外の男の人とこんなに密着するのなんて初めてだ。なんかいろいろ怖い。

「ふむ」と言ってハク様はわたしをお姫様抱っこして立ち上がる。んきゃ!「案ずるな女。俺は鼻の骨を折られた程度で(いか)るほど器量の小さい神ではない」

 鼻の骨が折れてたのか。マジでやりすぎた。あれ? そのわりに鼻筋が綺麗。

「え、怪我は? ってか鼻血出てなかったっけ?」

「治った。なんせ神だからな」ハク様は左の口尻をわずかに上げて言う。「愛玩動物のように愛らしい瞳に、いかにも柔軟そうな桃色の薄い唇。ふむ、美しい。全体的な顔立ちは緋月よりもやや鋭いか? どうやらおまえは少し我が強そうだ」

 わたしはプンと拗ねてソッポ向いて「あんまり緋月と比べないでよ」と言う。「わたしをあいつの代わりだなんて思わないで」

「姉をあいつ呼ばわりとは、穏やかではないな。……緋月が嫌いか?」

 幼い頃の緋月の笑顔を思い出す。ちょっと泣きそうになる。

「あんな奴、大っ嫌いだよ」




 とても信じられない話だろうけれど神様はいる。様々な土地ごとに神様はいる。世界の国々に神様はいる。一神教の信者さんたちにしたらとんでもない事実だ。しかし、みんなそんな神様たちの存在には気づいてない。気づけない。

 わたしが住んでいる琴葉(きんよう)町にも神様はいる。琴葉町は一応東京都に属しているらしいけど景色的にはすっごい田舎で、実は地図にすら載ってない。琴葉町は普通の人には認識出来ないのだ。琴葉町があるってことを認識出来るのは琴葉町で生まれ育った人たちだけで、たぶんその辺も神様の力が働いているんだと思う。

 琴葉町の町民は神様とともに生きてきた特別な民族だ。けれどもなにか変わった力を持っているというわけではなく、ただ神様の存在を認識することを許されてるってだけの話。その認識能力も、外部の者に琴葉町の秘密を喋ろうとすればたちまち消失してしまう。そして琴葉町に二度と戻れなくなる。だからわたしはゲームを買いに秋葉原へ行ったって、服を買いに渋谷に行ったって、琴葉町のことを誰にも話さない。話す必要もない。

 で、わたしの双子の姉【守宮(もりみや)緋月(ひつき)】は琴葉町にいる神様のお世話をする【社守】だったのだ。社守の資質を備えた人間は十三歳の誕生日を迎えると体のどこかに三日月型のアザが浮かび上がる。緋月のアザは左胸に浮かんだ。「ほら見て、三日月のアザ。私、社守になれるんだよ。緋月って名前の子に三日月型のアザが浮かぶなんて、すっごくドラマティック。ああ~神様のお傍にお仕え出来るなんて幸せ~」と言って緋月は凄く喜んだ。わたしも「よかったね、緋月!」と鼻息を荒くして一緒に喜んだ。緋月が幸せそうに笑うとわたしも幸せな気持ちになった。




「腹が減った。なにか作れ」とハク様は呟く。

 なにを唐突なこと言ってんだ、と最初思ったけど、お姫様抱っこ状態のわたしが緋月のことを思い出して涙目になっているのを見て、わざと話題を変えてくれたんだって気づく。ハク様けっこう優しい。

「わたし料理作れないよ~? あ、いい物ある。ちょっと下ろして」

「もう少しおまえの顔を見ていたいな」

「ダーもう! いいから下ろせって!」

 手足を振り乱して暴れるとハク様は仕方なしに下ろしてくれる。わたしは通学鞄を拾って中からコンビニ袋を取り出し「はい、これ」

 ハク様はコンマ七秒静止してから「なんだこの細長い物は?」

「なにって、『うまいんだ棒』じゃん。もしかして知らないの? 美味しいんだよ。なんと十円なのだ」

「食べる物なのか?」

 わたしの真似をしてハク様は『うまいんだ棒』の包装パッケージを破る。運動会のリレーで使うバトンを一回り小さくした形状のスナック菓子が出てくる。ハク様は恐る恐るかじり、驚きの表情になる。

わたしも『うまいんだ棒』をひとかじり。ハグハグ。「美味しいでしょ? それはめんたいこ味」

「……美味いな。初めて食べた」

「緋月、お菓子食べされてくれなかったの?」

「いつも、もっとちゃんとした料理だったな」

「うわーひでぇ。お菓子くらい別にいいじゃんねー」

 いや酷くない。むしろ偉い。

 ハク様はなにも言わずふらりと部屋の奥に消える。どこに行ったんだろう。わたしは突っ立っているのもなんなのでソファに座る。なんて素敵な座り心地。いかにも高級ブランドっぽい。お菓子のカスを落とさないように注意しなければ。

 何気に部屋を見回す。神社の敷地内にあって、外から見ればいかにも神社って趣の建物だったのに、内部はフローリングの床で白い壁紙で、白いカーペットが敷いてあってその上に白いテーブルが置かれていて、形の違う白いソファがテーブルを挟んで二つ並んでいて、完全に洋風へとリフォームされている。とりあえずハク様が洋風のインテリアと白色が好きなんだってことは歴然。

 ハク様が戻ってくる。手に赤ワインを持っている。

「日本の神様がワインとか飲んじゃっていいの?」

「飲みたい物を飲む。それが神だ」と言いながらコルクを抜き、グラスにワインを注いでいく。「おい、さっきの『うまいんだ棒』とやらをもう一本くれ」

「うん。チーズ味でいい?」

「ふむ、それでいい。他にはどんな味つけのものがあるのだ?」

「コーンポタージュ味とかサラミ味とか、変わったのだとタコヤキ味とか」

「なるほど。では一通り食してみることにしよう」

 全部寄越せとばかりに手のひらを差し出すハク様。

「へ? いまはめんたいこ味とチーズ味しかないよ? そんなにたくさん買ってきてないもん」

「じゃあ買ってこい。いますぐ」

 わたしは呆れて口をあんぐり開ける。

「なにその言い方? 人をパシリみたいにさ。欲しいなら自分で買ってくればいいじゃん?」

 ハク様は眉間に浅いシワを作って「緋月は俺が欲する物ならすぐに買いに走ってくれたぞ」

「だ・か・ら、あいつと比べんなって言っただろーが! コンビニならすぐそこにあるんだから自分で行ってこい!」

 思わずキレてしまった。また神様相手にやってしまった。緋月の名前を出すから悪い。

「気性の荒い小娘だ」と言ってハク様は大きく息を吐き、前髪を掻き揚げる。「仕様がないな。おまえに神の偉大さを説くよりも、直接俺が出向いたほうが少ない労力で済みそうだ」

「さすが神様、分別あるね。気をつけていってらっしゃーい」と言ってわたしはコンビニ袋からペットボトルのミルクティーを出して飲む。ンググ。ンググ。うまー。

「おい、コンビニとはどういうところだ?」

「んー、なんかピカピカしたところだよ。明らかにこの田舎町の風景から浮いてるからすぐわかると思う」

「どう行けばいい?」

「えー、神社の階段降りて右行って、ずぅっと真っ直ぐ行って二つ目の曲がり角を右に行ったとこ。あ、三つ目曲がるんだったかな? まあだいたいその辺。わたしあんまりこの辺りの地理に詳しくないんだよね」

「……ふむ」

 わたしはまたミルクティーを飲む。ンググ。ンググ。うまー。

「おい」とハク様が言う。

「なによー?」

「ついてきて、くれないか?」

「はあ?」

「その、しばらく社の外に出ていなくて、なんと言うか」

「もしかして、心細いの?」

「いや、心細いとか……そういうことではなくてだな」

 おおーハク様照れてるー。顔赤いー。ぷくく、可愛いとこあるじゃん。

 わたしがニタニタしているのを見てハク様は俯いてしまう。おっと、神様に恥をかかしちゃ駄目だよね。

 わたしは中腰でハク様に近づき上目遣いで見上げて「オッケーオッケー、一緒に行ってあげるよ。ただし、これで一つ貸しだからねぇ」と人差し指を立てて言う。

「貸しだと? さっき俺を蹴り飛ばしたぶんはどこへ消えた?」

「セクハラさせてあげたっしょー? 蹴ったのはあれでチャラ」

 ハク様は苦笑い。「鼻の骨折がチャラになるようなことをさせてもらった憶えはないのだが……」

「ほらー早く行くよ。置いてくぞ?」とわたしが言うとハク様は「わかったわかった」と溜め息混じりにのんびり歩いてくるからわたしは「その格好で行くの?」と訊ねる。ハク様は白いバスローブ姿だ。

「駄目か?」

「駄目に決まってんじゃん。もっとちゃんとした服に着替えてきて」

 右手を腰に当てて体を傾け、一度全身で不満を表現してからハク様はリビングの奥へ。あの廊下の向こうにいろいろ部屋がありそうだ。今度探検してみよう。

 ソファーにドハァと寝転がって待つ。仰向けになったりうつぶせになったり脚を上げたり膝を抱えたりして暇を潰す。いまのわたしはパンツ丸見えでさっきのハク様と大して変わらないくらいはしたない。でもわたしは人前でこんなことは絶対にしない。公然猥褻は罪なのだ。

 足音が聞こえてきて、わたしはめくれ上がったスカートを整えて体を起こす。おー、ハク様カッコいい。白のボトムスにピンクのカジュアルシャツを着て、胸元のボタンを上から三つくらい外しててセクシー。イタリア人みたいだ。

「いいじゃーん。似合ってる」

「適当に着てきただけだ」

「これも緋月の趣味?」とわたしが訊くのにハク様は知らん顔。緋月の名前が出るたびにわたしが怒るからだろう。「そうだ、どうせなら……ちょっとハク様ここ座って」わたしは鞄から黒いヘアゴムを持ってきてハク様のスーパーロングの髪をうしろでまとめる。「いいねいいねー。外国の映画に出てきそう」

「……。おまえ、神をなんだと思ってるんだ」

「前髪こんなに長かったら邪魔じゃない? わたし前髪伸ばしたことないんだよね、目に入って鬱陶しいからさ。切ってあげようか、前髪?」

「切らなくていい。邪魔だと思ったことはない」

「あっそぅ。んじゃ行こっか」

 ハク様を外に連れ出す。獅子国(ししくに)神社の境内は初夏の陽射しに当てられてモワワワ~ンとしてる。

「ついていったあげるんだからアイスくらい奢ってよね」

「いいだろう」

 快諾するハク様だけど、む? 手ぶらだ。ポケットに財布が入っている様子もない。わたしが財布について訊くと「おお、忘れていたぞ。まあなんとかなるだろう」などとのたまう。マジか?

「いやいや、取りに戻ろうよ。すぐそこなんだし」

「金の管理は緋月に任せていたからな。金がどこにあるかわからんのだ。探すのが面倒くさい」

「面倒くさいって……。じゃあ今回はわたしが立て替えるから、戻ってきたらお金どこにあるか探して、ちゃんと返してよ?」

 境内を出て階段を下りる。この階段がやたら長い。

「なんでこんな高いところに神社なんて建てるわけぇ? ここまで来るだけで大変じゃん」

 体力に自信のあるわたしでもこの階段にはウンザリする。

「ここはせいぜい三百段程度だ。千の階段を上らなければ辿り着けない神社もある」

「うわー、千段とか絶対上りたくないよ。神様だから高いところっていう安易な発想がやだ」

 階段をトコトコ降りながら、ふと発見する。ハク様ったら裸足だ。

 わたしの視線に感づいたハク様が「どうした?」と言う。

「どうしたもなにも、靴は?」

「しばらく外に出ていないと言ったはずだ。外に出ないのだから履物などない」

「靴がないって……、引き籠もりにもほどがあるだろハク様」わたしはちょっと引く。「いつから外出てないの?」

「ふむ。天皇とやらを仮の神と位置づけて人心に安寧を与えたい、と言い出した人間がいてな、それ以来だ」

「ええ! それって昭和とかの話じゃん! それからずっと神社から出てないの?」

「ああ、そのとおりだ。本物の神が外を出歩いていてはなにかと不都合だろう?」

「かもしんないけど、せめて琴葉町の中くらい……」

「元々俺は社の外にほとんど出ることがなかったからな、特に問題はなかった」

「そ、そうなの? でもなんか可哀想。なんで神様が人間の言いなりになったりするの?」

「人間が自ら考えて国を動かしていく。神である俺がそれを邪魔することはない。人間の在り方を見守るのが神の使命だ」

「だからってさぁ」

「階段を降りたら右、だったか?」

 いつのまにか階段を降り終わっていた。わたしは頷いて先を歩き、あとからハク様がついてくる。ふう、ハク様も大変そうだな。神様ってなんでも出来るもんだと思ってたけど、そうでもないみたい。

 無言で歩いているうちにハク様と随分距離が開いていた。ハク様はチョロチョロと辺りを見回しながら歩いてるから凄く遅い。景色の変化に戸惑っているっぽい。もっと距離を離せば慌てて走ってくるかな? と考えてわたしはさらに進むが、ハク様はお構いなし。

置き去りにしてやろうか?

 前方から腰の曲がったおばあさんがやって来る。もう七十とか八十とか、それくらいだと思う。「こんにちはぁ」と挨拶してくれるから「あ、こんにちは」と挨拶を返す。声が可愛らしい。わたしの横をおばあさんが通りすぎて十秒ほどして、その可愛らしい声が強く響く。振り返ると、おばあさんが驚愕の表情で立ち尽くしていた。曲がっていた腰がきちんと伸びていた。えええ?

 おばあさんは全身を震わせながらハク様を見上げている。

「は……ハク様?」とおばあさんは裏返り気味の声で呟く。

 ハク様はおばあさんを見下ろし「おお、キミエではないか。久しいな」と言って微笑む。

「あ、アタシなんぞの名前を憶えていてくださったのですか? 若い頃に一度お会いしただけなのに……。それに、アタシはこんな醜く老いぼれてしまって、あの頃の面影など」

「なにを言う。キミエはあの頃となにも変わっておらんぞ? 美しいままだ」

 キミエさんの目から大粒の涙が零れる。「あああ~ありがたや~」

 ハク様はキミエさんの頬を撫でて「すまんが、俺はコンビニというところへ行かねばならんのだ。また今度ゆっくりと語らおう」と言ってから、颯爽とわたしのほうに歩いてくる。キミエさんは顔のまえで手を合わせ、祈るようにしてハク様を見送っている。

 わたしのところまで来てハク様は「どうして、おまえまで泣いている?」と呟く。

「ぐず、う、よくわかん、ないけど、あのおばあさん凄く幸せそうだったから、ジーンときちゃってぇ」

 一度会っただけの人の顔もちゃんと憶えていて、そしてその人の見た目がどれだけ変わっていても気づいてあげられるハク様って、めちゃくちゃ凄いと思う。素晴らしく神様的なやり取りだった。やっぱりハク様は神様なんだと実感した。

 そんなわたしの感動も、十分後には霧散してしまう。コンビニに入るなり「いったいなんなのだここは? 本屋なのか? 酒屋なのか? 弁当屋なのか?」とキョドりっ放しの姿には威厳の欠片すらない。

 気持ちはわからんでもないが落ち着け。ダサい。

 さてアイスどれにしよっかなー、とわたしがアイスのケースを覗いていたらガサッとなにかが落ちる音がして、どうやら立ち読みをしていた女子高生が手に持っていた分厚いファッション雑誌を床に落としたらしかった。女子高生の目はハク様に釘付けになっている。

「はううう~、すっごいイケメン~ッ! あ、あの! 私と付き合ってくれませんかッ?」と女子高生は身をよじりながらいきなりハク様に愛の告白。えええ? ハク様に一目惚れ? 確かにハク様は格好いいけど、その反応は過剰じゃない?

 しかしコンビニ店内にいる女性陣はみんな官能的な表情で感嘆の吐息を漏らしている。なんじゃこりゃ? 特にハク様と目が合った人は、もう我慢出来ない~ッ! って感じになってる。

店内にいた六人の女性がハク様を取り囲む。

「今日、主人の帰りが遅いんです。どうかうちに遊びにいらしてもらえませんか?」「それならうちだっていま誰もいないわッ、うちにどうぞ!」「こんなおばさんなんかより私と遊ぼうよ~」「遊びとかじゃなくて、結婚を前提としたお付き合いを!」「私、脱いだら凄いんです!」「胸、大きいほうが好きでしょ? ほら私Fカップだよ」

 なにこれ? みんながみんな発情しちゃってハク様の取り合いしてる!

 わたしは「ちょっとー、なんなのこれー」とハク様に向かって叫ぶ。

「俺は神ゆえに人心を惹きつける力が甚大なのだ。女どもがこうなるのも自然の理と言える」

「自慢げに語ってないでなんとかしろっての!」

「ふむ」と言ってハク様は女性陣一人ひとりに視線を送りながら「悪いが今日は相手をしてやれんのだ。……そうだな、あの場所から見ているだけなら許そう」

 ハク様は店内の隅を指差す。すると六人の女性は全員揃って指示に従う。まるでハク様に命令されることが嬉しいみたいに。

「その神様パワー、なんとかならないの?」とわたしはひそひそ声で言う。

「瞳を閉じれば効果は弱まるぞ」

 なるほど。【目は口ほどに物を言う】ってヤツか。ちょっと違う気もするけど。

「じゃあ目ぇ瞑っといてよ」

「なんで俺がそんなことをしなければならんのだ」

「いちいち女の人を発情させてたらキリないじゃん」

「女たちが勝手に求めてくるのだ。俺の知ったことか」

 くっ、こいつまた蹴り飛ばしてやろうか。

 って、うああ、ハク様とお喋りしてることで、店の隅に整列している女性陣から嫉妬の視線が~。嫉妬っていうか殺意の視線が~。

「もう~困った神様だなぁ」と愚痴っていると、丁度いい物を発見する。「あ、ハク様これ知ってる? サングラスっていうの。カッコいい人はみんなかけてるんだよ」

 雑貨コーナーに置いてあったレンズの真っ黒なサングラスを手に取り、ハク様にかけさせる。これなら目ぇ閉じてるのと同じでしょ。

「ほおお、まるで夜になったようだ。面白い眼鏡だな、気に入った」

「うんうん、それ買おうね。じゃあお菓子コーナー行こ。『うまいんだ棒』欲しいんでしょ?」

 ハク様は店にあった全種類の『うまいんだ棒』を五本ずつ買う。わたしは抹茶モナカのアイスを買ってもらう。サングラスも買う。レジでお金を払うときハク様は「俺はハクだ。金はあとで獅子国神社まで取りにきてくれ」などという無茶を言ったにも拘らず、店員のおじさんさんは手を震わせながら快諾しちゃう。神様パワーは男の人にも抜群の効果を発揮するらしい。

 神社に帰る途中、ハク様はタコヤキ味がなかったと言ってむくれる。そのくせ、タコヤキを食べたことがないそうだ。タコヤキがどんなものか説明してあげると興味津々で是非食べてみたいと言い出したから、わたしは獅子国神社の階段の下に停めておいた自転車に乗ってタコヤキ屋さんまで一っ走りする。わたしってば超いい子。

 キミエさんとの素敵な再会を見せてもらって心が温まっていたから、ついついいい事をしたくなっちゃったのだ。

 獅子国神社周辺の地理に全く明るくないわたしは一旦家の近くに戻ってからお気に入りのタコヤキ屋さんに行く。そしてお母さんに書いてもらった地図を見ながらもう一度獅子国神社へ。方向音痴のわたしは地図がなければ迷子になること請け合いだ。

 獅子国神社の長い階段を上って境内を横切って、ハク様の社に行く。本堂の脇を通って木立を抜けた先にあるでっかい建物がハク様の社。本堂と同じくらい大きいんじゃないだろうか。

 耳障りな音を立てる木製の引き戸を開けると、今度は荘厳なデザインの両開き木製ドアがある。はい、洋風インテリアきた~。両開きドアの奥の廊下は冷房が漏れ出してきているからすでにちょっと涼しい。廊下を真っ直ぐ行って、リビングに続く片開きのドアを開けながら「ハク様、タコヤキ買ってきたよー」

 ハク様は赤ワインを飲んでいた。テーブルの上には『うまいんだ棒』の破れたパッケージが散乱していて『うまいんだ棒』のカスもいっぱい落ちている。この人はあんまり綺麗好きってわけじゃないらしい。そうか、部屋がこんなにも綺麗なのは緋月のおかげなのか。

「すまんな」と言ってハク様は早速タコヤキを食べる。「おお、これも美味い」

 嬉しそうな顔。ハク様ってお菓子とかジャンクフードを食べたことがなかったんだろうな。神様の食事なんだから、緋月や他の社守の人たちは相当気合を入れて作ってたんだろう。

 あ、わたしのアイスは?

 と思ったらコンビニの袋に入ってた。おいおい融けてきてるじゃん! 冷凍庫に入れておいてくれてもよさそうなものなのに。しかしわたしは怒らない。だんだんわかってきた。この人はそういうことを知らないのだ。買い物とか掃除とかを自分でしたことがないから、常識的な知識がところどころ抜けているのだ。

 でも悪いねハク様。わたしはハク様の常識の足りない部分を補ってあげられないんだ。身の回りの全てをやってあげられるほどわたしはいい女じゃないもん。わたしは緋月ほど、ハク様のことを好きになれないよ。




 緋月はわたしの八分前に産まれた双子の姉で、美人で優しくて頭もよかった。自慢のお姉ちゃんだった。ただそういう出来た姉を持ってしまったわたしは、宿命的な摩擦を抱えて生きていくこととなる。双子間での比較。同じ遺伝子を持つがゆえの葛藤。

 小さい頃はよかった。緋月はわたしを可愛がり、わたしも緋月を慕った。いつも一緒だった。しかし小学校に入って、お父さんのやっていた総合格闘技の道場に通い始めてからわたしの人生は生きにくいものへと変わった。

 お父さんはメンタル面を鍛える目的で緋月とわたしに総合格闘技を習わせたが、緋月には思わぬ格闘技センスがあった。パンチもキックも投げ技も関節技も、一度見ればだいたい出来るようになった。体も柔らかいし、反射神経も凄い。お父さんも驚いていた。

 対してわたしは鈍くさかった。身体能力において緋月とわたしに大きな差はなかったが、格闘技センスに関しては鈍くさいと言う他なかった。

 緋月は凄い、天才、神の子、などと周囲が騒ぎ出し、当然わたしにも注目が集まった。緋月の双子の妹だ、きっとこの子も凄いに違いない、そんな期待をわたしは不様に裏切り続けた。わたしはこの頃、初めて緋月と比べられる苦しみを知った。だから緋月が「このほうが楽だから」という理由で、生まれてから前髪以外切ったことのなかったロングの髪をショートのボブにしてしまったとき、わたしは絶対髪を切らないでおこうと思った。わたしは髪を短くしてまで格闘技に打ち込むつもりはないんですよ、わたしは緋月ほど本気で格闘技やってるわけじゃないんですよ、わたしは緋月とは違うんですよ、という、いかにも子供じみたポーズだった。

 わたしの劣等感は日に日に強くなっていったが、緋月との仲は良好だった。緋月は自分の才能を自慢しなかったし、わたしの低能を蔑みもしなかったから。わたしは緋月の凄さを妬むというより、己の不甲斐なさに苛立っていた。

 わたしのストレスの捌け口は同級生の悪ガキどもだった。調子に乗ってる男子がいれば、ヘイカモン! と挑発。向こうも女子のくせに生意気だぞ~って感じで突っかかってきて、そこからはもう実験タイム。お父さんの道場で習得した技を相手の体で試してみる。まだ小学生のうちは男女間での体格差がほとんどないために、喧嘩しても負けることはなかった。

 三日に一度はストレス発散。フック! ローキック! 背負い投げ! 三角締め! 標的の男子たちをドガンドガンドガンと撃破していった。いつのまにやら喧嘩のスキルがどんどんレベルアップ。緋月の胸に三日月形のアザが浮かぶ頃には、わたしは近所でも有名な不良少女になっていた。

 もちろんお父さんもお母さんも緋月もわたしをたしなめた。わたしは素直に反省した。でもわたしはちゃんと【相手が勝手に挑んでくるのだ】ということを主張した。最初はわたしから喧嘩を売っていたけれど、途中からは売られる側になっていたのだ。

 当時大人気の不良漫画があって琴葉町の男子の間でもめちゃくちゃ流行っていたから、学校ごとに必ず一つは不良グループが作られていた。だからグループの一人をわたしがボコると他の奴らが芋づる式で挑んでくるのだった。

 わたしにとっては好都合。

 で、お父さんは現役時代けっこう有名なプロ格闘家だったからそれを言い訳にして「お父さんの娘だっていうだけで目をつけられるんだよ」などと言って喧嘩を無理やり正当化させていた。

 緋月が「私、喧嘩売られたことなんて一度もないよ?」と言うのでわたしは「緋月はわたしより強いから喧嘩売られないんだよ。まずは弱いわたしから倒そうってみんな考えるの」と適当なことを答えておいた。

 喧嘩に明け暮れるわたしとは対照的に、緋月は社守になるための準備を始めていた。先代の社守の女性が引退もしくは死去する一年ほどまえに、不思議と次の社守となる人間が十三歳の誕生日を迎えていて、新人社守は一年間の準備期間を与えられるのだった。

 この巡り合わせの妙も神様パワー?

 というか十三歳の子供に神様のお世話なんて出来るのか甚だ疑問だったが、まあやっぱ選ばれる人間というのは選ばれるべくして選ばれるわけで、緋月には社守としての資格が充分に備わっていた。それはわたしが一番よく知っていた。

 緋月の胸にアザが浮かんでから十一ヶ月と二十三日後、先代の社守が七十八歳で亡くなり、いよいよ緋月が社守となる日が来た。社守になったからといって特になにか決まりがあるわけではなく、【神様の身の回りのお世話をする】という大まかな務めを与えられるだけで、細かいことは個人の裁量に任されるらしかった。緋月は獅子国神社に住み込みながら中学に通うことにして、週末になると家に帰ってきた。家で神様について語る緋月はとても幸せそうだった。社守である自分を誇り、ちょっと自慢するみたいでもあった。いつもの緋月なら絶対そんな言い方はしないのに、きっと幸せすぎたんだろう。

「神様ってすっごくカッコいいの~。わたしのことも大事にしてくれるし。ああ~社守になれてよかったよぉ」ととろけるように笑いながら緋月は言った。

 わたしは神様にラブラブな緋月を見て苛立った。人生で初めて緋月に負の感情を抱いた瞬間だった。




 わたしはタコヤキを頬張るハク様の顔にこっそりと見入る。確かに格好いいけど、そこまでハマるかな~? 緋月も神様パワーにやられてたのか?

「ねえハク様、さっきコンビニでみんなハク様にポワーンってなってたでしょ? あれって誰でもなるの?」

「個人差はあるが、だいたいの者は神の威光に触れて身も心も俺の虜となるな」

「じゃあなんでわたしはならないの?」

 ハク様は口元についたタコヤキのソースをティッシュで拭きながら「それはおまえが社守だからだ」と呟く。「社守は俺の姿を間近で見ても他の者ほど心が乱れない。そうでなければ俺の傍に仕えることなど出来ないからな」

「ほえー、社守って特別な力を持ってるんだね。凄いじゃん」

「いや、逆だ」と言ってハク様は丸めたティッシュを二メートルほど離れたゴミ箱へ向けて投げる。見事に入る。

「逆って、なにが?」

「力が欠落しているから社守になれる」

「どういうこと?」

「神の威光を感じ取る力……霊感と言えばわかりやすいか? その霊感が極端に低いのだ、社守は。それゆえに務めを全う出来る」

「ええーそうなのッ? 霊感ないから神様パワーに鈍感なだけ? ショック!」

「しかしなぁ、いくら社守の女といえども本能的に神を畏れ敬う程度の霊感は持ち合わせているはずなのだが、おまえときたら……」

「わたし駄目なの?」

「俺をいきなり蹴り飛ばした社守など、これまで一人としていなかったぞ? おまえの霊感は限りなく無に等しいと見える」

「それって社守として、いいの? 悪いの?」

「悪いに決まっているだろう。神を蹴っていいはずがない」

「ごもっともです」

 わたしはまた反省する。神様に対してわたしの態度は酷すぎる。しかしわたしはわたしのやり方を変えられそうにないんだよねぇ。

 どうしてわたしなんかが社守に選ばれたんだろう? わたしみたいに不真面目で適当な不良少女が神様のお世話なんて出来るはずないのに。わたしは緋月とは違うのに。

 グラスのワインを飲み干してハク様は「よし、俺は昼寝をするぞ」と言う。昼寝って、もう夕方じゃん。夕寝だよ。「おい、こっちに来て膝枕をしろ」

「はあっ? なんで? ベッドで寝ればいいでしょー」

「おまえの膝枕で眠りたい気分なのだ。神の言葉になにか文句があるのか?」

「なにそのわがまま? 職権濫用だぞ」

「いいから早くしろ、俺は眠いんだ」

「え~? ん~ううう、しょうがないなぁ」

 わたしは毛足の長い白いカーペットの上でペチャアと女の子座りになる。するとハク様は優しく微笑みわたしの頭をヨシヨシと撫でてくる。あう~、わたしってばヨシヨシに弱いんだよなぁ。もしかして見抜かれてる?

 ハク様が膝に頭を乗せてくる。わたしは膝枕って耳掻きをするときみたいに頭を横向きに乗せるんだと思ってたんだけど、ハク様は顔を上に向けて頭を乗せてくる。ちょ、思いっ切り目が合うじゃん!

 無言でいるのも恥ずかしいのでわたしはハク様の長い前髪を整えてあげながら「ほ、ほら、寝るんなら早く目ぇ閉じてよ」

「もうしばらくおまえの顔を見ていたい」

「また……そういうことを……」

 ハク様の視線がわたしの顔に注がれる。ハク様の瞳の色って変わってるな。琥珀色ってヤツ? 猫みたいで神秘的。さすが神様。

 目を合わせ続けていると照れるので、わたしは視線を逸らしたり瞼を閉じたりしてごまかす。はああ、男の人に膝枕してあげたり、こんなに見詰められたりしたことないからドキドキするし~。

 なんとなく思いついてわたしはハク様に訊いてみる。

「ハク様、緋月ってどんな感じだった?」

「どんな感じ、か……ふむ。緋月はよく出来た女だったぞ。真面目で優しかった」

「ふーん、そっか」とわたし吐息混じりに呟く。「わたしさ、緋月みたいには出来ないよ? ガサツだし、料理出来ないし、優しくないし。ハク様を満足させてあげられないと思う」

「構わん」そう言ってハク様は手を伸ばし、わたしの頬に触れる。これなら霊感ゼロのわたしでも感じることが出来る。ハク様の手のひらから伝わってくる温もりとともに、透明で煌びやかななにかがわたしの体に流れ込んでくる。これが神様パワーだ。クリスタル・ウォーター、ってイメージ。自分でもわけわかんない比喩だけど。

 とにかく全身を巡る神様パワーによってわたしの体の何パーセントかが、いまハク様とリンクしてる。裸を見られてるようで恥ずかしい。でも不思議と安心感に包まれている自分もいる。

「おまえのやりたいようにやればいい。人間は全能ではない。それぞれに出来ることと出来ないことがある。緋月に出来ておまえに出来ないことがあるように、おまえに出来て緋月に出来ないこともあるのだ」

 あーあ、シャクだけど、グッときちゃったよ、わたし。

「うん、わたし頑張るから。これからよろしくね」

「ああ」と言ってハク様は瞳を閉じる。ハク様からの視線がなくなったことで、わたしはハク様の顔をじっくり眺められる。綺麗な顔。「そうだ、おまえの名前をまだ聞いていなかったな。教えてくれ、おまえの名前」

「……朱璃(しゅり)、朱色の【朱】に瑠璃の【璃】って書いて、朱璃」

「朱璃か、いい名前だ」

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