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ころんで、ころんで、ころぶ。

ご紹介しよう


こちら、ついさっきいったい何に躓いたのか地球に熱烈スライディングを両手掲げてプレゼントして差し上げた幼馴染、山吹さくらさん、御歳17才。せぶんてぃーん。

花も移ろう、違った、花も恥らう麗しのじょしこーせーである。


「・・・普通に転んだって言って」

「気を遣ってやったんだよ。今時マンガでだってそうそう見ない綺麗なこけ方だったから」


すんばらしく、はずかしいだろう。どうよ。


「すんばらしく、はずかしいです」

「だな」


それっきり動かない山吹さくらさん、せぶんてぃーん。

リョウタはおーいと声をかける。


おーい、轢かれた蛙みたいにいつまでも公共の道路に転がってんな


「ご通行中の皆様に多大なるご迷惑だぞ」


もっともご通行中の人がいたら山吹さくらさんは転んだ瞬間かのボルトさんもびっくりな瞬発力で健気に健やかに立ち上がって疾風の韋駄天よろしく駆け出すだろうから、つまり何が言いたいのかというと、幸い只今のこの公共道路にはこの二人しかいませんよということ。


それでもこけるというのは恥ずかしい。それは小学生の頃から皆そう。

膝小僧は痛いし、心も痛い。それはちっさいころから皆そう。


なんでだろうなあとか考える心の余裕が逆に出てきたさくらさん。

ちなみに絶賛我らが偉大なる青い宝石その名は地球と熱烈抱擁は継続中。


立っているリョウタから見える後頭部の裏側からそこはかとなく、うう、地球にきっすをしてしまったよ、とアスファルトにぶつかってはリョウタの耳にそんな声が届くから


「おい、大丈夫か、日本の夜明けは近いぞ」


ちょっと優しくなったリョウタの声。

さくらさんは内心してやったり、反面ああコノヤロウめ。


自分の両手に力を入れて、さらば地球よ旅立つふねは!


「大和リョウタ、くん、は、フェミニストって言葉を、習得すべき、だと思う」


立ち上がってプリーツスカートを片手でぱっぱ払いながらリズミカルに文句を垂れる。

一方立ったままそれを見ていたリョウタ。両手は投げやりに制服のズボンのポッケに突っ込んでいた。

それをちらりと横目にさくらさんはああコノヤロウめと内心罵倒垂れる。


そうね、そうそう。ワタシタチそういう関係。


つまり、一応女の子のさくらさんがこけても紳士的に手を貸したりだなんてしない関係。


知ってたけどさとさくらさんがちょっと泣きそうなのはリョウタが、他の女の子ならさっと手を出して大丈夫かとさり気無くいやらしくなくできてしまう実は紳士で優しい男の子だから。ぜんぶそのせい。


「山吹さくらさん、は、もっと、色気のあるこけかたを、習得すべき、だと思う」


まあ、人の気も知らないでにくったらしいこと!


なんてひと睨みだけで押し隠して、さくらさんは歩き始める。


もうね、こういうのお手の物なの私。なんて心で溜め息。


あのね、知ってる?お隣韓国では溜め息すると天井落ちるぞって言う人がいるんだって。幸せ逃げるぞってかんじにね。

私の溜め息の数の分、あんたの頭に天上が落っこちればいいのに。

・・・だめ、やっぱり、だめ。あんたが怪我するなんて、どう考えても、ムリ。だめ。


なんて頭で悶々。

その後ろを、すぐに追いつくリョウタ。これもまたにくったらしいさくらさん。


色気のあるこけ方ってなんぞ?


さあねえ。パンチラとかかしら


不健全。


まったく健全な高校生男子のほうが、不健全だぞ


こんなかんじのくっだらない会話を繰り返しつつ、とてとて二人で歩いていく歩道橋の上。


さくらさんは知っている。

歩道橋のこちら側にお家があるリョウタくんが自分と帰るときはわざわざこの歩道橋を一緒に渡る理由。向こう側のさくらさんのお家の前まで一緒に歩いてくる理由。


こっちのコンビニに用があるからって、ほとんど毎日こっちのコンビニに何をしに行くって言うのアナタ。


それでもこけた時は手を貸したりしない、そういう関係。


「・・・いたい」


突然立ち止まって俯いて、ぽつりと呟き零したさくらさん、に慌てて足を止めて顔を覗き込むリョウタの顔にまたたまらなくなってぽろりと涙零したさくらさん。


「どこ、どこ痛い?」


しゃがみこんで聞いてくるリョウタにしようもないので、ひざこぞう、と呟くさくらさんはもう、なんだか自分が情けないやら意気地がないやら。


ひざこぞう、呟きつつリョウタは確かめてみるけれど、ちょっと赤くなっているだけで別に血が出ているわけではないのでほっとする。


「なんだよぉ、おどろかすなよぉ」

「だって、いたいものは、いたい」

「そんなに痛い?」

「・・・そうでもない」


なーんーだーよーおー


と力ないリョウタの叫びが薄紫の空に消えていく、歩道橋の上。


リョウタ、リョウタ、


迷子みたいに繰り返すさくらさんに、リョウタは眉根を下げて、しゃがみこんで、ん?と聞いてやる。


ん?


それを瞳に写したさくらさんはもう、ああもうコノヤロウめこのやろう!と何度も何度も心の中は花も桜も散りゆく嵐。


「リョウタ、おんぶ」

「おんぶぅー?」


高校生にもなっておんぶ?おーいさくらさーん。せぶんてぃーんのさくらさーん。


茶化してみても、さくらさんは俯いたまま、おんぶ、と頷く。

どうしたの、いつもみたいに怒らないの、そんなに痛いの、大丈夫なの、と混乱のなかリョウタは背中を向けてさくらさんの前に片膝着いた。


「ほら、さくら、おんぶ」


だから泣くな、なくな。と語る背中に、おっかしいなあ昔は、こんなに背中が大きくなかった昔は、私がリョウタになくななくな頭を撫でてあげていたのに。

あれこれそれやっぱりあれ、とぐるぐるした頭のなかを経て、さくらさんはもう、いいや。もう、いいや!って柄にもなくなんだか全部どうでもよくなってしまった。


だって歩道橋の上の空は、もう星だって目立ち始めた。


あれがでねぶー


でぶねー?


ちがうでぇねぇぶぅ


デブねぇ


リョウタばかぁ


なんて夜道を片手つないで歩いた記憶が頭を過ぎれば、自然と心は穏やかになる。


これは、ぜったい、わたしのもの。


そう思えば、さくらさんはせぶんてぃーんのさくらさんに簡単に戻ってこれた。

これって、もちろん、せぶんてぃーんのこの大きな背中の彼じゃなくて、ちっこい彼とのやさしい思い出のこと。


どんっと両手で、待っていた背中を押すと、おいこらさくら!と思い出よりずっと低くなった声がする。


せぶんてぃーんのリョウタくん。


「もういいよ」


おんぶやっぱりもういいよありがとう


青春だあと大声で浜辺で沈む夕日に叫んでみる心の中な笑顔のさくらさんに、ありがとうなんていわれたら満足な文句も言えなくなって、しっかたないなあとリョウタは溜め息。


さくらさん、それ、開き直りっていうのよなんて教えてくれる人は誰もいないから、さくらさんは心がなんと清々しいこと。


きっとさっきのリョウタの溜め息のせいで天上が私の頭上に落っこちたんだ。それで私、ちょっとおかしくなちゃったんだよ。だからあんなこといったのよ、ってそれは後に語ったさくらさんの談。


だから普段は絶対言わないようなことも言えてしまったんだなあ。


「リョウタ、おんぶはいいから、手繋いで」

「てえ?」

「手」


繋いで、と差し出された右手にどうしたのおまえ、やっぱりこけたのまずかった?と言ってみるも、なんだか最近稀に見る幼馴染の晴れやかな顔に折れてしまうのがリョウタくん。

左手で握って、そのままずんずん歩く。

それを、ぽっつぽっつと母親に手を引かれるように半歩後れて着いていくさくらさんは、ああやっぱりなあと確信。

いつも帰り道、並んで歩くリョウタはやっぱり自分の歩幅にわざと合わせていてくれたんだなあ。


やさしいリョウタくん。


でも、それじゃあ、いやなんだなあ、さくらさんは


せぶんてぃーんのさくらさんは。


「リョウター」

「んー」

「あれ、シリウス」

「んー」


指を空に高く指して静かに声を上げるさくらさんと、その半歩前で手を引いてあげるリョウタくん。

なっがい歩道橋の半分くらいを、ふたりでとつとつ。

二つ分の、空気に溶けていく白い息。


「あれが、ベテルギウス」

「・・・」

「ぷろ、ぷろ」

「プロキオン」


地球の次は宇宙ですかさくらさん


そう笑うリョウタに、ぷろきおんなんていつ覚えたのリョウタと本当に不思議そうなさくらさん。


「時は流れるものだよさくら」

「・・・そうだね」


そうだねぇ。それはそうだ。

時は流れていくもので、人は変わっていくものだ


うん。そうだ。


「ポルックスカストル、カペラ、」

アルデバラン、リゲル。


低い声で歌うようにそういう背中にさくらさんは目をぱちぱち。


「なあに、その呪文」

「これに、さくらがいってた大三角を足すと、冬のダイアモンド」

「ふゆのだいあもんど」


あなた、かしこくなったのねえ


呟いたさくらさんは、


賢くなったよ。あれもほんとはずうっと前から覚えてた。アルタイル、ベガ、

「デネブ」


と先を歩く大きな背中に、もう、もう、と涙をまた落っことしそうになったから空を見上げて、見上げて見上げて。

それに気づいたリョウタがちょんと握っていた手を軽く引いて


「地球にきっすはできても宇宙にきっすは無理ですよー」

またこけるといけないから、ちゃんと足元見てなさい。


とまた背中を向けて、人の気も知らないで今度はちょっとゆっくり歩いてくれるから、さくらさんはばっか。このばあか!しかたない青春だあと心で大絶叫、それから本当に小さくちいっさく呟いた。


「わたしは地球より宇宙より、リョウタくんにきっすがしたいなあ」


がっと大きな音を立てて大袈裟なんじゃないのというくらいぐらっと躓いた前を行く背中に、してやったりとさくらさんは、もっと色気のあるこけ方を覚えたらいいんじゃないかなと言葉を投げて、それでも、放されなかった右手と左手を見ていた。


ころころ転ぶのが女心


確かお題が「転ぶ」でした。ひとこと言わせてください。

「タイトルセンスが来い!」

・・・いいタイトルありませんか。名付け親になってやってもいいのよって方いらっしゃいませんか。

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