逆ハー狙い転生モブ女の自我が崩壊する話
自室のドレッサーの前、私はご機嫌に鼻歌交じりで自慢の艷やかな髪を梳っていた。
鏡に映る私は、ほんのり赤く頬を染めて、ほぅっと熱の籠もった溜息をつく。
今日の夜も素敵だった。あんなに求められ愛されるなんて、前世の私じゃ考えられないもの。
(やっぱり神様に願った事は間違って無かったんだわ)
大好きな彼等のいる世界への転生に加えて特典まで付けてくれるなんて、神様はなんて気前がいいんだろう。
(誰からも愛される容姿にしてほしい)
そう願った時、神様はちょっと渋い顔で"そんな都合のいいことは無い"と言っていたけど、結局はこうして叶えてくれたのだから、単なる出し惜しみだったんだろう。
メインキャラが全員私に惚れるのを阻止したかったんだろうか。
まぁ、その懸念は大当たりで、今ではみんな私の唯一になるために、私の気を引こうと一生懸命になっている。
必死に愛を囁いて身も心も財産も捧げようとしてくれるんだもの。笑いが止まらない。
モテすぎちゃって困っちゃう、なんて、前世じゃ絶対言えなかったけど、今の私なら嫌味でもなく言えちゃうんだから、愛される見た目ってやっぱり大事なんだと思う。
「あぁ、でも、今日は彼、おかしな事を言ってたわね」
ふと手を止め、じっと鏡に映る自分を見つめる。
今日、『私のどこが一番好き?』と訊ねたとき、彼は愛おしげに私を見つめながら『吸い込まれそうなその青い瞳だ』と答えたけれど、どちらかと言えば私の目の色は若葉色に近い。
青くは無いと思うのだけど、緑のことも青って言ったりするものね、と自己完結してそのままベッドに潜り込み目を閉じた。
けれど、とても小さな違和感は棘のように私の心に引っかかっていた。
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そうして、一度感じた違和感は拭いきれないまま、小さな棘だったはずのそれは、段々と大きな楔となって私の心にひびを入れていった。
違和感を覚えた翌日から、それとなく彼らに『私のどこが好き?』と訊ねると、それぞれに好きな所を答えてくれるものの、そのどれもが私とはちぐはぐな答えだったのだ。
私は綺麗な黒髪じゃないし、目だって青くない。口元に黒子なんて無いし、落ち着いたアルトボイスでもない。
「ねぇ、あなたは誰を私に重ねているの? いい加減な事言わないで!」
「君こそ何を言っているんだ。疲れてるのか?」
遂に疑心暗鬼が爆発して、ヒステリックに彼を詰ってしまった。
『ほら、よく見てみろ』と背後から抱き竦められ二人で覗き込んだ手鏡の中、愛おしげに俺の好きな青だと囁く彼とは裏腹に、私の目にはやはり若葉色の見慣れた私の色しか見えなかった。
その瞬間、背筋をゾッとしたものが駆け上がった。
……もしかして、本当に見えているものが違うのかもしれない。
彼が愛しているのは、『私』じゃなくて彼の目に映る私……?
迫り上がる胃液を抑え込み、体調不良を言い訳に逃げるように彼の部屋を飛び出した私は、縺れそうになる脚を必死に動かして自宅へと駆ける途中行き合った人々に掴みかかる勢いで話しかけた。
「ね、ねぇ! 私の目の色って何色に見える!?」
「えっ!? えと、すみれ色かな」
「ねぇ! 私の髪って何色に見えるかしら!?」
「おかしな事を訊く娘だね。ピンクブロンドだろう」
(どれも違うわ!! 私は若葉色の瞳にミルクティ色の髪よ!!)
発狂しそうになるのを耐え、何とか転がり込んだ自宅のドレッサーにしがみつく。
見上げた鏡には、青ざめ髪もメイクもボロボロの酷い顔をした、見慣れた自分の姿があった。
それにホッとしたのも束の間、私の中にある疑問が浮かび上がってきた。
「……みんな見える色や姿形が違っていたわ。……もしかして、この姿も私が『私』だと思い込んでいる姿なのだとしたら、じゃあ、本当の私って、なんなの……」
そう呟いた瞬間、ズキッと頭に鋭い痛みが走り思わず目を瞑り額を押さえた。
脂汗が滲む割れるような痛みが段々引いて、漸く薄っすらと目を開け顔を上げた、私の目に飛び込んできたのは、鏡に映る私と同じ体勢でこちらを伺う、真っ白なマネキンのようなナニカだった。




